さらけ出す
エミリアが池に落ちた日の夜、ダフマンはデュークの執務室を訪れた。
今日一日の報告はついでのようなもので、一番の目的はデュークに行動を起こさせることである。
「デューク様、お伝えしたい事がございます」
「なんだ」
「エミリア様はデューク様を愛しております」
「……なん……だと!?」
ダフマンはエミリアの気持ちを早速バラした。
彼女には言葉や行動に表さなければ良いと言ったが、自分がバラさないとは一言も言っていないのである。
突然の告知にデュークはペンを持ったまま固まった。
「エミリア様に直接確認を取りましたから、紛れもない事実でございます。そしてあなた様も彼女を愛しくお思いでしょう。さて、いかがなさいますか」
ダフマンはにこやかに淡々と主人を追い詰めていく。
こういうのは早い方が良い。この主人は陰から見守ったところで無駄なのだと、しみじみと思い知ったのである。
質問に答えることなく、デュークはダフマンを冷ややかに睨み付けた。
普通なら怖じ気づくところだが、ダフマンには自分の主人の頭の中が大変なことになっていると手に取るように分かる。故にこれっぽっちも恐れる必要はない。
デュークは混乱しながらも何とか思考を巡らせる。
男嫌いな彼女がなぜ自分を? それは本当なのだろうか。いや、ダフマンが嘘を言うはずがないから本当なのだろう。
いかがなさいますかと言うのは、自分の素直な気持ちを彼女に伝えろと言っているのだろう。
しかし彼女は、自分が人付き合いが苦手でいつも緊張している情けない男だとは知らないはず。
クールでそっけない男が好みなのだとしたら申し訳なさすぎる。
まずはそれを伝えなくてはならない。自分の気持ちを伝えるのはそれからだ。だがしかし……
「うまく伝えられるだろうか」
こういうことは直接自分の口から伝えるべきだろう。
伝えたいことなど山のようにあるが、ほんの一握りでさえも伝えられる自信が無い。
情けない自分のこと、そして彼女を想う気持ちを上手く伝えられるだろうか。
デュークは悩んだが、そんな悩みなどダフマンによって切り捨てられる。
「口で全てを伝えるなど不可能なので、お止めになってください。無駄なことはせず、ある程度は手紙でお伝えください。大切な気持ちだけ直接ご自身の口から伝えればよろしいのです」
「そうか……しかし契約はどうすれば……」
「契約など後からお二人で話し合って解消すればよろしいのでは。まずはお気持ちをしっかりと伝えるところからです」
「……そうだな。分かった」
「お分かりいただけて良かったです。お二人の気持ちが通じ合うよう願っております。では、私はこれで失礼いたします」
スッキリとしたダフマンは、爽やかな笑顔でさっさと退室した。
ヘタレな主人にエミリアの気持ちを伝え、できる限りの助言はした。あとは当人同士でどうにか頑張ってもらうしかない。
「いやあ、楽しみですな」
明日の夕食時はお祝いパーティーを開こうか、今から料理長と相談すべきかと迷いながら 、ダフマンはウキウキ気分で明日を心待ちにするのだった。
その頃、デュークは胃痛に耐えながら真剣な表情で手紙と向き合っていた。
自分のことを全てさらけ出すのはとてつもなく勇気がいる。だけど彼女に伝えなければ。
口では伝えられない情けない自分を不甲斐なく思いながらも、どうか受け入れて欲しいと願いを込めてペンを走らせた。
* * *
翌日、エミリアはゆっくりなら痛みを感じずに歩けるようになっていた。朝食の場へも自分の足でゆっくり歩きながら向かった。
「ははうえ、いたくないですか?」
「はい、痛くないですよ」
「ははうえ、さむくないですか?」
「はい、温かいですよ」
「ははうえ、もう池におちちゃだめですよ」
「……はい、気を付けます」
それはもう、本当にしみじみと反省している。
シリルに何度も心配されながら朝食を取り終え、自室に戻ろうとしたところでデュークに呼び止められた。
「エミリア、これを」
そう言って差し出されたのは水色の封筒。
「手紙でしょうか」
「ああ。それを読み終えたら私の執務室まで来て欲しい」
「かしこまりました」
手紙を受け取り自室に戻ると、さっそく封筒から手紙を取り出した。
仕事関係の内容だろうと軽い気持ちで読み始めたエミリアだったが、すぐに真剣な表情に変わった。
手紙にはデュークが今まで包み隠していた胸の内が綴られているからだ。
━━私は人付き合いが苦手だ。
特に女性と接するのが苦手で、好意を持って積極的に迫られると恐怖やプレッシャーを感じてしまう。
どう接すれば良いのか分からなくなり、頭が混乱してしまう。
少しのことですぐに緊張してしまう。緊張するにつれて、冷酷な雰囲気を醸し出してしまい、低く冷たい声になってしまう。
自分ではどうすることもできず、本当に申し訳ないと思っている。
人と話すのが苦手だ。自分の考えをうまく言葉に表す事ができない。伝えたいことを伝えきれずに、いつも言葉足らずになってしまう。
こんな情けない男を君はどう思う。
素直な気持ちを聞かせて欲しい━━
手紙を読み終えたエミリアは、胸の痛みを感じながら想いを巡らせた。
彼はどんな気持ちでこの手紙を書いてくれたのだろう。
自分をさらけ出すのは簡単なことではない。様々な不安が頭をよぎる。
それでも彼は自分に伝えようと手紙に綴ってくれて、それがどうしようもなく嬉しい。
しっかりと受け止めなければ。自分をさらけ出してくれた彼の役に立てるよう、これからも精一杯努めよう。
そう、たとえ妻として愛されることはなくても。
ツキリと胸が痛むけれど、それは仕方のないことだと諦める。
大きく息を吐きながら両頬をパチンと叩いた。気合いを入れなければいけないのだ。
「よしっ!」
きちんと読み終えた報告をしにデュークの執務室に行かねばならない。自分の気持ちを素直に伝えるのだ。
好きだという気持ち以外を。
恋心をしっかりと胸の奥に押し込め、彼の元を訪ねた。
「失礼いたします」
緊張しながら入った部屋の中には、椅子に座り、どこまでも冷ややかな目をしたデュークの姿。
ああ、まさかこの姿は緊張からくるものだったなんて。それを知ってしまってはもうダメだ。エミリアは胸がキュンとしてしまう。
「手紙を読ませていただきました」
「……そうか」
「デューク様のことを知れてとても嬉しく思います。情けないだなんて思いません。人間らしくてとても素敵だと思います。私はデューク様を心から尊敬しています」
エミリアは穏やかに笑った。
デュークは彼女の言葉にじーんとなった。そして気持ちを伝える覚悟を決めた。
「エミリア、聞いて欲しい」
「はい、何でしょう」
デュークは椅子から立ち上がり、エミリアの目の前まで近付いた。
「私は君が好きだ」
エミリアは一瞬息が止まった。
人に好意を伝えるような雰囲気は全く感じられない冷ややかな目に真っ直ぐ見据えられながら、自分が一番欲している言葉をもらえるだなんて思ってもみない。
「…………へっ? ……あの、でも、デューク様は女性が苦手なのでは」
「君は苦手ではない」
「っっそんなっ……でも、私があなたに好意を持って接したら、恐怖に感じるのでは……」
「君からの好意は嬉しい」
「ふえっっ、でもっ……調子に乗って積極的になってしまったら……」
「君なら大歓迎だ」
「ひえっっ、でも、その……」
エミリアはひたすら狼狽える。嬉しい気持ちよりも、なぜ!? という気持ちでいっぱいなのだ。
「君は……私を嫌っていないだろうか」
デュークは捨てられた子犬のような表情になった。彼が初めて見せる表情にエミリアは胸がきゅーっと締め付けられる。
そして、自分がそんな不安そうな顔をさせてしまったのだと焦った。
「まさか! 嫌ってなどおりません。好きです。大好きなんです。それはもう、どうしようもないくらいに……っっ」
いつもと違い少し早口で前のめりになってしまった。しまったと思いエミリアは口を押さえた。
プレッシャーを与えてしまったのではないかと不安に思い、デュークの顔をちらりと見る。
しかしデュークは気にしておらず、ようやく本人の口から気持ちを聞けたことにホッとし、表情を和らげた。
「ありがとう」
「っっ……!」
感謝の気持ちを口にすると、すぐにまた無表情に戻った。そして今度は緊張しているのか、冷たい目を向けられる。
その様子にエミリアはまたキュンとなってしまった。
「それでだ、その……」
デュークは何かを言いかけて口ごもった。
頑張って何かを伝えようとしてくれているのだと分かり、エミリアは少し待った後、柔らかな笑顔で語りかけた。
「デューク様、また手紙をいただけますか。お待ちしております」
「……分かった」
ホッとした表情に、エミリアはまたキュンとなってしまった。
「それでは失礼いたします」
エミリアは執務室を後にした。
その後、手紙でやり取りを交わしたエミリアとデュークは、結婚前に結んだ契約を解消した。
エミリアの生家であるモートン子爵家の借金返済はもう済んでいる。
先妻の忘れ形見である息子は契約など無くても愛しくてたまらない。
そして、スキンシップは一切無しなどという契約は今の二人には不要なものだ。そしてそれ以上のふれ合いも。
今はまだ付き合いたての恋人のような二人だけど、これからゆっくりと仲を深めていく。