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恋心なんかじゃない

 エミリアがオースティン侯爵夫人となり、二ヶ月が経った。


 義母となったエミリアを慕う元気で可愛い息子は、控えめに言っても天使で、女嫌いである夫とは、挨拶程度の最低限の会話と最低限の関わりを持っている。


 彼らと過ごす日々はこれ以上無いほどに充実していた。

 こんなに幸せで良いのだろうか。浮かれすぎて廊下をスキップしたい気持ちを何とか堪え、淑女らしく淑やかに歩く。

 ここは侯爵家。人目も気にせず駆け回っていた、ど田舎なモートン子爵領ではないのだから。


 もちろん、ど田舎だからといっても一応は貴族の娘なのだから、そろそろいい加減にしようかと何度も兄からお叱りを受けていたけれど。

 そしてこの侯爵家でも、敷地内の木によじ登ったり、池に落ちたり、ボール遊びで窓ガラスを割ったりと、すでにいろいろやらかしてしまっているけれど。


 今まで何をしようが一切咎めなかったデュークも、さすがに窓ガラスを割った時は怒るだろうと覚悟した。

 だけどデュークはエミリアに小言の一つすら言わなかった。


 木によじ登った時は木の真下まで走って駆けつけ、無事を確認するとすぐに屋敷へと戻って行った。


 池に落ちた時は冷ややかな目で全身ずぶ濡れの姿をちらりと見たかと思えば、その場に居合わせたメイドのマーシャに湯船の支度を言い付け、その場を去った。


 窓ガラスを割ってしまった時は冷ややかな目で身体を上から下までじっと見た後、『怪我は?』と一言聞いた。怪我はしていないと答えると、『そうか』とだけ言い、使用人に片付けるよう言い付け、その場を去った。



 この二ヶ月でエミリアはこう思うようになった。

 デューク様ってとてつもなく良い人だよね、と。


 この家に来てからというもの、使用人達からは手厚くもてなされ、ありとあらゆる事に『不満は無いか』『要望は無いか』と聞かれている。これは主人であるデュークからの指示だろう。


 デューク本人からはいつも冷やかな目で見られるけれど、低く冷たい声で言い放つ言葉はどれも普通の事ばかり。酷い言葉を投げ掛けられた事など一度も無い。


 出会ったばかりの頃は、自分には関わらないでくれという雰囲気を全身から漂わせ、冷たく突き放すように言葉を投げ掛けられたものだから、女性に対しては冷酷な人だと思い込んでいた。


 今思えばあの時彼は、『私の事は居ないものとして扱ってくれ』と言っただけだ。何一つとして冷酷な事など言っていない。何なら男嫌いである自分に配慮してくれたのかもしれない。


 自分は男嫌いだが、それは恋愛が絡んだ時の話であって、性別関係無く人間として尊敬できる人は素直に尊敬する。


 彼の人間性にはとても好感が持てる。お互い恋愛感情を抱く事は無いが、できればもう少しだけ関わりを持って家族としての信頼関係を築いていけたらいいな。

 エミリアはそんな風に思うようになっていた。



 エミリアは淑女らしく淑やかに廊下を歩き、愛息子であるシリルの部屋に着いた。


 コンコンッ


「はいっ!」


 部屋の扉をノックすると、中から元気な返事が聞こえてきた。扉を開け中に入ると、シリルは椅子からぴょんととびおりた。


「シリル、今日の宿題は終わりましたか?」

「うんっおわったよー! ……じゃなかった、おわりましたっ!」


「はい、よく頑張りましたね」

「えへへー」


  四歳のシリルは家庭教師から読み書きや簡単な計算を教わっている。

 文字はすらすらと読めるけれど、書くのは少し苦手のようで、家庭教師から出された書き取りの宿題を一人で頑張っていた。


 エミリアがちらりと机の上を見ると、書き取りの宿題以外の紙が目に入る。そこに書かれた可愛らしい文字と言葉に身悶えそうになりながらも、何とか平静を装った。


「エミリアー! これ見てっ見てっ!」

「シリル、エミリアではありませんよ」


 人差し指をピンと立て、笑顔で優しく言い間違いを正す。


「あっ、そうだっ……そうでした! えっとね、ははうえっ見て、くださいっ!」

「はい」


 エミリアはシリルが両手で差し出す二枚の紙を受け取る。それは可愛らしい大きな真ん丸な文字で、紙いっぱいに愛を伝えてくれるラブレター。


『エミリアがははうえでうれしいです ははうえだいすきです』

『きれいでやさしくてすきです いっしょにあそぶのすきです』


 紙を持つ両手が震えてしまうのは仕方の無いこと。

 なにこの子、どこまで天使なの!

 エミリアは微笑みながら、心の中で身悶えた。


「ありがとうございます。上手に書けましたね」

「えへへー。今からね、ちちうえにも書くんだ……えっと、書くです? ……あ、書きます!」

「はい、頑張って書くところを隣で見ていますね」

「はーいっ」


 シリルは椅子にちょこんと座ると、ペンを持ちすぐに書き始めた。

『ちちうえだいすき』と、どーんと大きな字で書き、満足気ににんまりとする。

『かっこいい』『おしごとがんばってください』と、書くスペースが少なくなるにつれて文字が小さくなっていき、しかめっ面になりながらも何とか書き終える。


「ふうー。書けたぁ」


 一仕事終えたようにスッキリとした顔で息を吐き、両手で紙を掲げながらにんまりとした。


「デューク様もきっと喜びますね」

「えへへー」


 エミリアは照れ臭そうに笑う息子がとにかく愛しくて、頭をそっと撫でた。

 今はとにかく楽しく文字を書いてもらえるよう、上手じゃなくても構わないのだ。


 シリルに家庭教師がつくようになってから1ヶ月が経った。

 一人目の家庭教師は、デュークの友人からの紹介で来た人だった。とにかく厳しく、幼子だからと容赦しない人だったのだ。最初から完璧を求め、少しの間違いも責めた。


 シリルはわがままを言わずに頑張っていたけれど、家庭教師が来る時間が近づくと笑顔が消えた。

エミリアと庭で遊ぶ時も、地面に棒切れで文字を書く事が無くなってしまった。今までは彼女が書いた絵に名前をつけて楽しそうに書いていたのに。


 これではいけない。エミリアは執事のダフマンに相談をした。

 厳しくするのはもう少し大きくなってからでも良いのではないか、今はのびのびと自由に楽しむ事が大切ではないか、と。


 侯爵家の教育方針に口を出して生意気だと言われる事を覚悟したけれど、デュークからは何も言われず、翌週にはシリルの家庭教師は違う人に変わった。

見るからに優しげで、話し方ものんびりとした女性だ。ゆっくりと楽しく、シリルのペースに合わせて教えてくれる、とても理想的な先生。


 エミリアは感動した。

 デュークは自分の言った事をきちんと受け止めてくれ、すぐに対応してくれた。

 自分の夫となった人は、女嫌いで無口だけれど、とてつもなく優しい。妻となった自分の考えに寄り添ってくれる素敵な人。


 胸の奥底から淡い気持ちが生まれてきそうになるけれど、これは尊敬する気持ちなのだと自分に言い聞かせる。


 男なんて大嫌い。もう一生恋なんてしないと決めたのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご子息さまのラブレターどちらも凄過ぎ! 愛情たっぷりに育つ様子が目に浮かびます。
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