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コミカライズ連載開始記念のおまけ


 シリルの7歳の誕生日の1ヶ月前。

 夕食後の食事室のティータイムで、デュークは凍りつくような鋭い視線をエミリアに向けていた。

 部屋の中にはエミリアとデューク、ダフマン、メイド一名がいる。


「デューク様、どうされました?」


 エミリアは柔らかな口調で問いかけた。

 デュークは何か言いたいけれど言葉にできない時、エミリアにこういった視線を向けることが多々ある。

 それが分かりきっているため、エミリアは返事をゆっくり待った。


「シリルの誕生日なのだが……」

「はい」

「我が家でパーティーを開こうと思う」


 デュークは重苦しい空気を纏いながらそう言った。

 誕生日にパーティーを開くことはこの家では普通のこと。

 それをわざわざこんな空気で切り出すということは、いつものように家族だけで開く普通のパーティーではないのだろうとエミリアは思った。

 思ったが、言葉の続きを待つ。


「シリルの友人とその家族を招こうと思う」


 デュークから彼らしからぬ提案が飛び出した。

 エミリアとダフマン、メイドは目を丸くする。

 デュークが家に仕事の取り引き相手以外の客人を招き、催し物をしようと言い出したのは初めてのことだ。


「それはとてもいい提案だと思います。ですが、その、大丈夫ですか?」


 何が大丈夫かということは、はっきり明言しなくてもこの場にいる全員が理解している。

 ただの茶会程度ならエミリアだけでも問題ないが、息子の誕生パーティーを開くとなると、両親が揃って客人をもてなすことが一般的だ。

 果たしてデュークにそんなことができるのだろうか。


「上手くやれる自信はない」


 デュークは小さく溢した。

 自信がないのにそんな提案を持ちかけてきたことに、その場にいる全員が嬉しくなり、ダフマンは主人の成長に感動して涙ぐんでいた。


「シリルはとても喜ぶでしょうね。私は賛成です」


 エミリアの言葉にダフマンとメイドは笑顔で頷き、デュークの強ばっていた表情は和らいでいく。


 パーティーの段取りや招待状の作成はエミリアがすることに決まり、翌日から準備にとりかかった。



 そしてシリルの誕生パーティー当日。


 緊張しすぎて氷のような表情のデュークは、右手をエミリアに、左手をシリルにつながれていた。


「きっと大丈夫ですよ。ね、シリル」

「はいっ、とっても楽しいパーティーにしてみせますから、おまかせください!」


 シリルは今日の主役だ。自分が楽しむ立場なはずなのに何かを意気込んでいる。

 両端から心強い言葉をかけられて、デュークはほんの少しだけ目尻を下げた。


 シリルは今日のためにダフマンから何やら手解きを受けていたためやる気満々だ。

 どんな手解きを受けていたのかエミリアは知らない。

 シリルに質問してみたが、人差し指を口に当てて『男同士のひみつですから』と上目使いで言われてしまっては、可愛すぎてもう何も聞けなくなってしまった。


 ダフマンはよくシリルにいろいろなことを教えていて、その中には子供にはまだ早すぎるのでは……というようなことが多々ある。

 それでも基本的には信用しているため、きっと大丈夫だろうと信じることにしている。


 パーティーの招待客はシリルの友人とその兄妹、母親だ。

 招待状にはシリルの友人の家族は誰でも参加可能と記載してあったが、小さな子供たちがメインの集まりということもあり、母親だけが参加するのが暗黙のルールとなっている。


 今日は庭園でのパーティーだ。

 エミリアとデュークは横に並んで立ち、シリルはデュークの前に立って招待客を出迎えた。


「本日はお越しいただき感謝する」

「こちらこそ、素敵なパーティーにお招きくださり光栄です」


 デュークは招待客に簡潔に挨拶を述べていった。

 その表情は凍りつくことなく、至って普通のものだ。

 愛想こそないものの、シリルの友人の母親に威圧を向けることなくスムーズに会話できていることに、エミリアは微笑みながら内心で驚いていた。


 シリルは友人からプレゼントを受け取って嬉しそうにしている。

 なかなか好調な出だしだ。

 招待客が全員席につき、シリルも子供専用の席の中心に座ると、エミリアは小声で隣に話しかけた。


「デューク様、今日はあまり緊張していないようですね」

「シリルの父親として対応しているからか、比較的穏やかな気持ちでいられている」

「そうでしたか。それは安心しました」


 ここに来た女性たちは皆、自分の子供の付き添いとして来ているため、デュークのことを異性としてギラついた目で見ていない。

 彼女たちが子を持つ親という立場からデュークのことを見ている限りは、彼は比較的普通に対応できるようだ。

 エミリアは安堵した。


 パーティー会場にはいくつもテーブルが設置されている。

 お茶や軽食を楽しむための席が全員分用意されている他、

 子供たちが楽しめるように、テーブルゲームや本、おもちゃなどが置かれたテーブル席がある。


 子供たちはテーブルゲームで対戦したり、静かに本を読んだりと思い思いに楽しんでいた。

 母親たちは四人ずつ二つの丸テーブルに分かれてお茶を楽しみながら、子供たちを微笑ましく眺めている。


 エミリアとデュークは主催者として別席から全体を見渡し、時折お茶のおかわりを提供したり、子供たちの様子を見たりと、パーティーが円滑に進むように気を配った。


 とても和やかに時間が過ぎていく中、ルーナがお昼寝から起きてからぐずり続けているとメイドの1人がエミリアに報告にきた。

 こういう時はエミリアが抱っこして落ち着かせないと泣き止まない。


 エミリアは自分がこの場を離れることを知らせるために、子供たちと話しているデュークの下に行った。


「ルーナの様子を見てきます。できるだけ早く戻ってきますので、それまでの間よろしくお願いします」

「あぁ、こちらは気にしなくていい」


 デュークの簡潔な返事には、ルーナが落ち着くまでそばにいてやってほしいという優しさが込められている。

 とても落ち着いた様子のデュークが頼もしい。

 この場にはダフマンやメイド数人もいるため、エミリアが少し離れたところでおもてなしに影響は出ないだろう。


 エミリアは招待客に一言断りを入れて、ルーナがいる屋敷の方に向かった。


 母親たちは楽しく歓談している。彼女たちの視線の先には子供たちにテーブルゲームのルールを説明しているデュークがいた。

 優しい声色にその物腰は柔らかく、家族以外には滅多に見せない穏和さを間近で目にした母親たちは頬を染め、素敵ねなどと小声で盛り上がっていた。


 夫人の1人が子供たちの様子を近くで見ると言い席を立ち上がった。

 彼女の視線の先には子供たちではなくデュークがいる。


 エミリアがこの場からいなくなったことで、行動に移すことにしたようで、その瞳には恋情を宿している。

 彼女は今日は自分の子供の付き添いとしてしっかり母親らしく振る舞っていたが、デュークの魅力に当てられて、女としての欲心が表に出てきてしまったようだ。


 デュークは近づいてくる女性を視界に捉えると、自分に向けられた視線に含まれている感情にすぐに気づいた。

 エミリアが不在の夜会などでは未だに女性から誘われることがある。だからこの夫人が今から自分にどのように接してくるのかが容易に想像できた。


 政略結婚する貴族の中には、お互いに愛情がなく家の外で愛人を作って楽しむ夫婦が多数存在する。

 自分に近づいてくる夫人はそういった部類の女性だと瞬時に悟り、緊張でデュークの表情は少しずつ凍りついていった。


 今日はシリルの誕生パーティーだ。

 せっかくの楽しい雰囲気を壊してしまいたくはない。それでも一度緊張感に襲われてしまえば、自分ではどうすることもできない。


 どうにか威圧せずに穏やかに対処できないだろうか。この夫人の意識を別のものに逸らせないだろうか。そう考えるだけで、より緊張感が増していく。

 不甲斐ない自分のせいで場の空気を悪くしてしまうことをシリルに申し訳なくなる。


 夫人はデュークのすぐ隣までやってきた。


「デュー────」

「お母さま! わたし、シリル様と池が見たいです」


 夫人がデュークに声をかけ終わるより先に、後方から少女が元気よく夫人を呼んだ。

 デュークに向けていた意識を急に削がれた夫人は軽く眉根を寄せながら振り向いた。


「……池?」

「はい。お庭の池にきれいなお魚がたくさん泳いでいるそうです!」

「そう。楽しんでいらっしゃい」


 夫人が軽くあしらうように言うと、真剣な眼差しのシリルが会話に加わる。


「池は大人と一緒じゃないと近づいてはいけないところなんです。だからミランダさんはお母さんと一緒がいいと思います。一緒に行ってもらうのはダメですか?」


 小首を傾げて可愛くお願いするシリルに、夫人は奥歯を強く噛みしめた。可愛すぎて断れない。

 夫人は少し逡巡した後、何かを思いついたように顔を明るくさせた。


「それではデューク様もご一緒に行きましょう」

「父上は主催者なのでここにいないとダメなんです。ぼくにはメイドがついてきてくれるので大丈夫ですよ。お気づかいありがとうございます。では行きましょうミランダさんのお母さん」


 シリルは夫人の提案に間髪入れずに答えると、有無を言わさず彼女が自分たちに同行する流れに持っていった。


 シリルは池がある方に向かって歩きながら、チラリと後ろを振り返ってデュークに誇らしげな笑みを向けた。

 全てを悟っているかのような息子の表情はとても頼もしい。デュークは口元を綻ばせて、穏やかな気持ちでその背中を見送る。


 エミリアは二十分ほどで戻ってきた。

 その後もトラブルなくパーティーは和やかな雰囲気で終えることができた。


 その日の夜。

 気疲れしてぐったりしているデュークは、夫婦の寝室にあるソファーでエミリアに膝枕されていた。


「今日はお疲れ様でした」

「……私は上手くやれただろうか」

「ええ。とても穏やかに対応されていましたよ」

「そうか」


 エミリアはデュークを褒めるように彼の頭をそっと撫でた。

 今日のデュークは女性相手でも冷ややかになることなく、最低限の受け答えができていたため、お世辞抜きにきちんと対応できていた。


 エミリアはダフマンから報告を受けているため、途中で自分が抜けた時に少し不穏になりかけたが、シリルが未然に防いでくれたらしいと知っている。


 デュークが女性嫌いなことは有名なので、言い寄られて冷酷な態度をとってしまったとしても今更全く問題にならないが、彼はそれを望んでいなかった。


 デュークが落ち込まなくて済んだことにホッとしながらエミリアは今日のことを思い出し、自然体で穏やかなデュークを間近で見てときめいていた母親たちの姿が脳裏に浮かんだ。

 そして今、自分の膝の上でぐったりしているデュークを見てふふっと笑う。


 彼女たちはこんなデュークの姿を知らないのだと思うと、優越感のような気持ちが涌いてくる。

 この姿を知っているのは妻である自分だけ。


 デュークは自分の前では弱さを見せてくれて、それがたまらなく愛おしい。

 この姿は自分以外には決して見せないでほしいと思いながら、エミリアはまたそっと彼の頭を撫でた。



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