成長する家族の話(いろんな方向に)
前半はシリルでほのぼの、後半はエミリアとデュークでR15です。
苦手な方はご遠慮ください。
お昼寝中のルーナをメイドに託した私は、庭を散歩していた。
筋力が低下している実感があるため、木登りや懸垂、ランニングをしてもいいかとデューク様に尋ねてみたが、却下されてしまった。
そのため、大人しくひたすら歩き回っている。
いざという時に木に登れなかったらいけないと説得を試みたが、『そんないざという時は訪れないから大丈夫だ』と言われてしまった。
恐らくはあとほんの一押しをするだけで、デューク様はたじろいで反論できなくなっただろうけど、可哀想なのでそんなことはせず、大人しく受け入れた。
なのでこうして散歩をしたり、寝る前に軽く筋トレするだけにとどめている。
歩き始めて十数分経った頃、侯爵邸の門前に馬車が一台とまり、シリルが降りてきた。
「ははうえー! ただいま帰りました」
馬車の方に歩いて向かっている私の姿を見つけたシリルは、すぐに駆け寄ってきて私に抱きついた。
「お帰りなさい。学園は楽しかったですか?」
「はいっ、今日もお友だちといっぱいお話ししました」
「ふふ、そうですか」
六歳のシリルは王侯貴族の子どもたちが集まる初等学園へ通うようになった。
にこにことご機嫌そうな様子から、充実した学園生活を送っているのだと分かる。
入学してすぐにクラスメートと仲良くなったようで、毎日のように手紙を貰っては、返事を書いて渡しているようだ。
学園でのことをいつも心から楽しそうに話してくれて、私も嬉しくなる。
「シリル、放課後も学園でお友だちと遊んでから帰ってきて良いのですよ?」
「ぼくはここで、ははうえとルーナを守るお仕事があるからいいのです!」
シリルは顔をキリリとさせ、胸の前に握りこぶしを構える。
かわいい!かっわいい! と頭を撫で回したくなる気持ちをぐっと堪えた。本人は格好良いと思っているのだから。
「ふふ、そうでしたか。頼もしいナイトさんですね。それでしたら、お友だちをこの家にお誘いして一緒に遊んではどうでしょう?」
「わぁ……! お家にごしょうたいですね! それがいいです」
「はい、そうしましょう」
三日後、シリルはさっそく友人数名を連れて学園から帰宅した。
侯爵邸に遊びにきたのは、シリルと同じクラスの友人の五名で、全て女子だった。
今日は天気が良く風も穏やかなので、庭に設置した大きな円テーブルにお茶やお菓子を用意した。
座るよう促すと、女子五人はシリルの隣を取り合うように争いだした。
「わたくしが隣ですわよ!」
「あなた教室でもシリルさまの隣じゃない!」
「そうです、ずるいと思いますっ」
「それとこれとは別ですわ!」
挨拶を交わした時はお上品な娘さんたちだと思っていたが、なかなか気の強い子たちだったようで、甲高い声に耳が痛くなる。
これは私が間に入った方がいいのだろうかと悩みながら見ていたら、至って冷静そうなシリルが彼女たちに言った。
「みんな仲良くしましょう。こわい顔をしていたら、せっかくのかわいい顔がだいなしですよ。いつものように、すてきな笑顔でいてください」
……何だか愛息子が六歳児らしからぬことを言い出したが、可愛いと言われた子たちは頬を染めて大人しくじゃんけんをしだしたので、何も言わずにじっと見守ることにした。
子どもたちは談笑しながらティータイムを楽しみ、庭を散策したりと楽しんでいる。
お昼寝中のルーナはメイドが見てくれているので、私は少し離れたところで椅子に座り、マーシャさんが淹れてくれたお茶を飲みながら眺めていた。
シリルは本当に楽しそうでこちらも嬉しくなって頬が緩む。
しかし、女子の一人がシリルに好意をアピールしたことにより、五人がこぞってアピールし始めることとなり、次第に雲行きが怪しくなってきた。
「シリルさまと結婚するのはわたくしですわ!」
「なにいってるの、わたしよ!」
「いちばん仲良しなわたしです!」
「はぁ? なに言ってらっしゃるのあなた」
うん。まごうことなき修羅場だ。
これはさすがに私が間に……
なんて思っていたら、少しも動じていなさそうなシリルが笑顔で言った。
「みんな、結婚なんてまだまだ先の話です。今はだれか一人をえらぶつもりはありませんから、争うのはやめてみんなで仲良くしましょう。ぼくはおおぜいで楽しくあそぶのが好きです。だめですか?」
小首を傾げて可愛く問われ、興奮して今にも取っ組み合いを始めそうだった女子たちは静かになった。
私のすぐ近くで、シリルたちを見守りながら笑いを堪えて震えているのはダフマンさん。
シリルはこの人に吹き込まれた言葉を言っているので間違いなさそうだ。
「……あれ、ダフマンさんの入れ知恵ですよね?」
そう問いかけると、ダフマンさんはニッコリと笑った。
「シリル様の学園での人間関係が円滑になるよう、不毛な争いを収める術を少々伝授しております」
「そうでしたか……」
さすがダフマンさん、抜かりない。
六歳で痴情のもつれの心配はさすがにないと思っていたが、私は女子のマセ具合を甘く見ていたようだ。
そうなると、シリルがいつも貰っている手紙は殆どラブレターな可能性が高くなってきた。
子どもといえど、友だちから貰った手紙を確認するのはどうかと思い、私は一つも見ていないのだ。
返事に困ることが書いてあったら相談するよう言ってあり、一度も相談を受けたことがないので安心していたが、後で見せてもらった方が良いのかもしれない。
シリルはダフマンさんから、どれだけの術を伝授されているのだろうか。ダフマンさんが言う少々は少々でない気がする。
感謝するべきか、子どもにおかしなことを吹き込みすぎないようお願いするべきか悩みながら、楽しそうに友だちと遊ぶシリルを見守った。
その後は、子どもたちは何とか争うことなく楽しく遊び、帰宅時間になった女子たちは馬車に乗って帰っていった。
私は見守っていただけなのに、なぜかすごく疲れた。
「シリル、困ったことがあったら、どんな小さなことでも言ってくださいね」
「はいっ! でもだいじょうぶです! ダフマンから『あたりさわりなく、のらりくらりとかわすじゅつ』を教えてもらって、かんぺきにマスターしましたから! ははうえは安心してください!」
「……そうですか」
瞳を輝かせながら自信満々に言う姿に、少しも安心できないのは気のせいだろうか。
***
シリルは夕食の時間までに宿題を済ませるために自室に行き、私はルーナの部屋に置かれた机で書類仕事をしていた。
ベビーベッドの上の天使を視界の端に入れながら机に向かっていると、領地視察から戻ってきたデューク様がやってきた。
「お帰りなさいませ。何もトラブルはありませんでしたか? 遅いので心配していました」
「ただいま。何の問題もなくスムーズに終えたから大丈夫だ」
立ち上がって彼の近くに寄る。デューク様は顔に疲れが見えるけど、少しだけ目元を和らげた。
「これを買っていて遅くなったんだ。視察先で一番人気と聞いた店のものだから、美味しいはずなのだが……」
そう言って、手に持っていた平たい箱を手渡してくれたので、両手で受け取った。
「ありがとうございます。ケーキ……でしょうか?」
箱はほんのりと温かく、甘い香りが漂ってきて、何だか私が好きな物が入っていそうな予感がする。
「チーズケーキだ。品切れだったから、追加分が焼き上がるのを待っていたら遅くなった」
「そうでしたか。お疲れのところを私のためにありがとうございます。とても嬉しいです」
デューク様が仕事に関係ないことを人に尋ねるだなんて、以前の彼なら考えられないことだ。
チーズケーキが美味しい店はどこかと自分から相手に尋ねたのだと思うと、胸がキュンとなる。
笑顔でお礼を伝えたらデューク様は照れてしまったようで、氷のように冷たい目になった。
未だに贈り物をすることに慣れないようで、全身から醸し出す冷ややかなオーラに更に胸がキュンとなる。
彼はそのままルーナがいるベビーベッドの前に行き、そっと優しく横抱きにした。
無垢な赤子を前にすると、氷のオーラなんてものは一瞬で溶けて霧散するようで、彼の表情は暖かな陽だまりのような笑みに変わった。
***
「ちちうえとははうえは、今はらぶらぶじゃないのですか?」
夕食後、二人で廊下を歩いていると唐突にシリルが質問してきた。
「そんなことはありません。とても仲良しですよ」
シリルのこういった質問にはもう慣れたもので、至って冷静に答える。
「それじゃどうしていっしょのお部屋でねていないのですか? べつべつのお部屋でねているのは変だよってカリーナさんが言っていました」
「えっと……それはですね、ルーナが生まれたからですよ」
ルーナは夜中に何度も泣くため、その度に起きて世話をしないといけない。
デューク様が起きてしまわないように、翌日の仕事に支障が出ないようにと、今は寝室を別にしている。
メイドの手も借りているので、私がずっとルーナの世話をしている訳ではないのだが、そういった日でも彼とは寝室は別なままでいる。
それには理由があるのだが、さすがにそれはシリルには言えない。
シリルの言うカリーナさんとは、今日遊びにきていた女子の一人だ。
五人の中で一際気が強く大人びていたように思うが、そうだとしても何をどうやったら六歳児の間でそんな話題が出るのか。学園でそんな話をしているなんて恐ろしすぎる。
そして恐らく、この話は数日で広まってしまうだろう。貴族社会の情報伝達速度を甘く見てはいけない。一人に知られたら百人に知られる覚悟が必要なのだ。
貴族は子どもの世話の殆どを乳母に任せている家が多いようだが、できる限り自分の手で育てたいという人も少なくはない。
そのあたりの事情は察してもらえると思うが、面白おかしく脚色して下品な噂を流す輩はどうしても出てくる。
……あ、イラッとしてきた。何だか久しぶりの感覚を覚える。
侯爵夫人となってから、社交の場ではとにかく慎ましく上品に淑女らしく努めてきたのだから、目の前でヒソヒソされてもついうっかり殴ってしまわないよう、いっそう気を引き締めなければいけない。
シリルには分かるように簡単に理由を説明したので、どうにか納得してもらえた。
廊下の途中でシリルと別れ、私はルーナの部屋へと向かった。
夕食の間、子守りをしてくれていたマーシャさんと交代して、ルーナを抱きながら考える。
「そろそろ良いですよね……」
シリルの言葉は良いきっかけになったかもしれない。
寝室を再び共にしようと、デューク様の方から私に言ってくることは、この先しばらくはないだろう。
私を前にすると自分を抑えられる自信がない、私の負担にはなりたくないと、物理的に離れることを提案してきたのは彼の方だから。
「よしっ……!」
恥ずかしい気持ちを吹き飛ばすように、両手で頬をぱちんと叩いて気合を入れた。
***
数日後の夜、メイドによってこれでもかと磨かれ準備万端になった私は、デューク様がいる寝室の扉をノックした。
「デューク様、入ってもよろしいでしょうか?」
声をかけると、数秒後にゆっくりと扉が開いた。扉の隙間から覗く緑色の瞳からは緊張が伝わってくる。
「……何かあったのか?」
「少しお話がしたいんです」
「……分かった」
小さなナイトランプが一つ灯る部屋に招き入れられ、二人で並んでベッドに腰掛けた。
なかなか話を切り出せず、しばらくお互い無言のままでいたが、隣から伝わってくる緊張感のおかげで私の気持ちは解れていった。
「えっとですね、そろそろ寝室を共にしたいんです」
「……もう少し体を落ち着けてからの方が良いのではないか?」
思いきって話を切り出すと、デューク様は私が思っていた通りの返事をした。
────よしっ……!
ここからが勝負。もちろん負けるつもりはない。
立ち上がってデューク様の前に立ち、羽織っていたガウンを脱ぐ。
ガウンは床にパサリと音を立てて落ち、細い肩紐のノースリーブのナイトドレス姿になった。
デューク様から息を呑む気配がする。
私が着ているのは、マーシャさんを始めとするメイドに選んでもらった紫色のナイトドレス。
両サイドに深く入ったスリットに大きく開いた胸元。豊満な胸にくびれたウエストをこれでもかと強調するデザインのもの。
自分で言うのも何だが、とてつもなく扇情的で悩殺は間違いないはず。
髪も肌も艶々に仕上げてもらい、気合も十分入っている。
『夫を誘惑したいから協力してほしい』
そんな私の申し出に快く応じてくれて、むしろノリノリのハイテンションで協力してくれた皆さんには感謝だ。
「私はもう大丈夫ですよ。だから大好きなあなたと触れ合いたいんです」
再びデューク様の横に座り、泣きぼくろのある少したれがちな瞳でじっと見つめ、分厚い下唇を震わせながらそっと囁く。
エロいだ何だと散々言われ続けて大嫌いだった自分の体は、今は愛する夫を誘惑する武器になる。
こんな体で良かったと今は心から思えて、男を手玉にとる悪女のような背徳感にぞくりと沸き立つ。
「デューク様、今夜はずっと一緒に過ごしたいんです……だめですか?」
可愛いシリルを真似てみて、小首を傾げて問いかける。
デューク様の理性がプツンと焼き切れる音がした。
私に向けられる熱を帯びた緑色の瞳。誘惑の成功を喜べるのは束の間で、ここからはそんな余裕は一切与えられない。
そうして二人だけの情熱的な一夜が始まった。