番外編4(終) 相変わらず
侯爵夫人となって一年半。
新しい家族も増えて、ますます幸せな今日この頃。
廊下をスキップしたい気持ちを堪えて淑女らしく淑やかに歩く。
妊娠、そして出産を無事終えたけれど、その後もずっと気遣われながら過ごしている。少し早足で歩くことさえも許されない。
夫と息子からの重い愛情をひしひしと感じ、とても幸せな毎日だ。
産後1ヶ月が経ち、ようやく庭を自由に散歩することを許してもらえた。
過保護な夫と息子の目はとにかく厳しいのだ。
もう池には絶対に近付かないから落ちる心配はないと言っても、聞く耳を持ってくれなかった。
その点に関しての信用は全くないようだ。
今日は兄と父が侯爵家を訪れる日。
到着したとの知らせが入ったので、ダフマンさんと共に出迎える。
馬車を降り門から侯爵邸までの道を、父は軽やかな足取りで向かってくる。
スキップをしているつもりのようだが、できていないのは相変わらずのようだ。
そもそも自宅以外でスキップしようとしないで欲しい。普通は侯爵家を訪れたら緊張するものだと思うけれど、全く臆することなくどこまでも自由だ。
父は片手を上げてにこやかに話しかけてくる。
「やあやあ、エミリア久しぶりだね」
「お久しぶりですお父様、ようこそお越しくださいました」
兄とも軽く挨拶を済ませ、二人を邸内に案内する。
放っておいたらここでダフマンさんと世間話を始め、延々と続けるだろうから。
「やあやあ、デューク君こんにちは」
父はデューク様にも気軽すぎるほど気軽ににこやかに話しかける。
デューク様のお父様とも昔からお互い気兼ねなく話すような間柄らしい。
本当にお気楽で怖いもの知らずな父である。だけど、今の私の幸せがあるのはそんな父のおかげなのだ。
「それではルーナのいるお部屋に案内しますね」
ほぼ一方的にデューク様に話しかけていた父と、そんな父を横で窘めていた兄を、娘の元へと案内する。
娘の部屋にはシリルがいた。食事や勉強の時間以外は、シリルはほぼこの部屋で過ごしている。
「ほら、おにいちゃんですよ。わらってわらって。こうやってにっこりするんですよ」
シリルはまだあまり反応を返さない妹に一生懸命笑いかけていた。
「ルーナ、おにいちゃんはこっちですよ。こっちむいてください」
そう言っても生後1ヶ月の赤ん坊には通じないが、シリルはとにかく一生懸命語りかけている。
「尊い……尊すぎる……」
私と同じで子供好きな兄は、口を押さえて震えながら感動している。
「ええ、我が家自慢の天使たちですからね」
「ここは天国か」
「そうですよ」
二人でしみじみと可愛さを堪能する。
空気の読めない父は、そんな天使の触れ合いに混ざりに行った。
私と兄は残念に思いながらも会話を続ける。
「クラリッサさんはお元気ですか?」
「とっても元気だよ。食欲旺盛すぎて困ってるみたいだけどね」
「そうですか。食欲がありすぎるのも大変でしょうけど、元気そうで良かったです」
兄は半年前、ずっとお付き合いをしていた女性と結婚した。
デューク様のおかげで借金の無くなった子爵家にようやく迎え入れることができたのだ。本当に彼には感謝しかない。
そして兄の奥さんは現在妊娠中である。
「ポンコツがご迷惑をおかけしていませんか?」
「大丈夫だよ。小遣いはだいぶ減らして、それ以上必要な時は都度申告制にしたんだ。だからおかしな高額商品を買ってくることは無くなったよ。たまにどこかでふらっと騙されてくるけど、小遣いの範囲内だから大事にはなっていないよ」
「それは良かったです。ああでも、妊娠を報告した後に、父から不気味な置物が送られてきましたよ。ほら、あれです」
私は窓際に置かれた黒い物体を指差した。
一緒に添えられていた手紙によると、幸せを呼び寄せる御守りらしい。何の生き物を模したものなのか謎で、ニヤリとした表情が不気味な木彫りの置物である。
「あー……エミリアに贈り物がしたいって申告があったやつだね。どう考えても怪しかったけど、エミリアに喜んでもらいたいからどうしても買いたいって熱弁されてさ。悩んだけど、さほど高額じゃなかったから仕方なく了承したんだよ」
「そうでしたか」
不気味な置物をもらって嬉しかったかと聞かれれば返事に困るところだが、父の気持ちは素直に嬉しい。
もう少しまともな物が良かったけれど。
しみじみしていると、シリルとルーナを可愛がっていた父が、窓際に置いた置物に気付いたようでやって来た。
「エミリア、黒浄神木の御守りのご利益はあったかい?」
そういえばそんな名前だったな。黒い物体としか呼んだことがない。
「そうですね……何のトラブルもなく出産を終えて、母子共に健康ですし、あったのかもしれません。ありがとうございました」
あったかどうかなんて分かるはずもないけれど、私たちを気遣ってくれる父の気持ちには感謝している。
父は私の返事に満足したようで満面の笑みだ。
「そうかそうか、それは良かった。それじゃ父さん、君たちがこれからも元気で幸せでいられるように、黒浄神木の御神体にきちんとお礼の捧げ物をしてくるからね」
うん、何だか聞き流してはいけないことを口走ったぞ。
「捧げ物って、何ですかそれ?」
「御神体に多くの謝礼金を納めれば納める程、ますます幸せが訪れるそうだよ。父さんね、その為に小遣いをコツコツと貯めてきたんだよ」
誇らしげなドヤ顔で胸を張る父。
私と兄は顔を見合せ大きくため息を吐いた。
「お父様……」
「父さん……」
このポンコツは本当にもうどうしようもない。私と兄は久しぶりに声を合わせて、過去何度も言い続けてきた台詞を吐くこととなった。
「「それは詐欺です!」」
「こらこら、何てことを言うんだ二人とも。御神体に失礼だよ」
「見返りにお金を求める御神体に失礼もクソもないですから」
「こらこらエミリア、クソだなんて汚い言葉を使ってはいけないよ」
全く動じない父に、兄と二人で詰め寄る。長い長いお説教タイムの始まりである。
「ははうえ、ケンカですか?」
シリルが心配そうな顔で近付いてきたので、頭を優しく撫でた。
「仲良しだから大丈夫ですよ。だけどちょっとだけお説教です。おじいちゃんにお金はとても大切だと教えないといけません」
「そっか、お金はたいせつですからね。ぼくもいっしょにおしえます!」
「ありがとうございます」
シリルが張り切っているので任せてみる。
五歳児に説教されることになり、ポンコツな父もさすがに反省しているようだ。正座をして真面目に聞いている。
「おじいちゃん。お金はとってもとってもだいじに使わないとダメなんです」
「そうかそうか。大事なんだねぇ」
「しっかりかんがえてから使うのですよ」
「そうかそうか。教えてくれてありがとねぇ」
「たいせつなのは人をおもう気もちなんです。お金ではかえないものがよのなかにはたくさんあります」
「そうかそうか。シリルは物知りなんだね。賢いねぇ」
「えへへー」
いや、全く反省していないな。
いつも通りニコニコしながらマイペースに言葉を返している。
イラッとするけれど、シリルが楽しそうだから邪魔しないでおこう。
せっかく私の出産を祝いに来てくれたのだから、今日は楽しく過ごしてもらいたい。
私と兄は説教することを諦め、二人で話し合うことにした。
父にはもう自由に使えるお金を渡してはいけない。
そうして、父の小遣いは完全に申告制となったのだった。
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とても励みになりました。
続編をとのお声からこの連載版をうみだすことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。
短編を読んでくださった方々にも見つけていただけて本当に嬉しく思います。ありがとうございました。