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番外編2 夜、そして朝

 彼女と入れ替わるように、ダフマンが執務室を訪れた。


「良い返事をいただけましたか?」

「ああ」

「それはようございました。お二人の寝室は整っておりますので、今夜から共にしていただけますので」



「なん……だと!?」


 いくらなんでも早すぎる。

 朝からダフマンを含む使用人達からやたらといい笑顔を向けられているとは思っていたが。


「返事をもらう前から準備していたのか?」

「もちろん以前よりしておりました。そもそも今まで部屋を整えるよう命じていなかったことがおかしいのです。反省なさるべきかと」


 ダフマンからの容赦ない言葉が胸に突き刺さる。


「そうか……そうだな」


 確かにその通りだ。

 もっと早く私が言い出さなければいけないことだったのだと、深く反省する。





  * *





 仕事が手につかない。

 今日中に終わらせなければいけないものが終わらない。


「エミリア、すまない」


 夕食後、エミリアに現状を伝える。

 今のペースではおそらく深夜までかかってしまうだろう。

 ダフマンとシリルによって退路を断たれているから、今日から寝室を共にしないという選択肢は残されていない。


「分かりました。それでは今日は先に休ませていただきますね。お待ちしていたらプレッシャーになってしまうでしょうし」


「……本当にすまない」


 初日から先に一人で寝させることになるだなんて。不甲斐なさすぎる。


「謝罪はいりません。緊張していただけて嬉しいですから」


 そう言って微笑む様はまるで女神のようで、胸が締め付けられる。もちろん胃も。


 エミリアがこんなに落ち着いているのに私は何をしているのだろう。

 愚かな自分を見つめ直すことができ、少し冷静になれた。

 その後は滞りなく仕事を進めることができ、今日中に終わらせなければいけないものをどうにか終わらせた。

 それでも遅くまでかかってしまった。エミリアはとっくに寝ているだろう。



 湯浴みを済ませ、寝室へと向かう。

 小さなナイトランプがひとつ灯る部屋。彼女はベッド脇の椅子に座り本を読んでいた。


「お疲れさまです。なかなか寝つけなくて小説を読み出したら止まらなくなっちゃいました」


 エミリアは本で口元を隠しながら、少し恥ずかしそうに目を細めた。


「……そうか」


 彼女も緊張していたのだろうか。もしかしたら待っていてくれたのかもしれない。

 そう思うと愛しさが込み上げてきて止まらない。

 本を机に置き、立ち上がったエミリアを強く抱きしめてしまった。

 柔らかな感触。わき上がる熱情。

 これはいけない。


「……すまない。自分を抑えられる自信がない。やはり今日は別々に就寝した方がいいと思うのだが……」


 耳元でそう伝えると、腕の中の身体がびくっと跳ねた。

 彼女の肌がみるみるうちに紅潮していく。これはもう本当に抑えることなど無理だ。


「抑えなくて大丈夫ですよ」


 少し震えているのに平静を装ってくれ、どこまでも優しい声で言葉を返してくれた。

 申し訳なさすぎて、罪悪感が押し寄せてくる。


「すまな……」


 謝罪の言葉を口にしかけたが、エミリアの手によって口を塞がれてしまった。


「謝罪の言葉はもう結構です。私は大丈夫ですから。デューク様の全てを受け入れる覚悟はできています。…………だから、その、あなたのお好きなようになさってください……ね?」


 潤んだ瞳の上目遣いに、とどめと言わんばかりに可愛らしく首を傾げられてはもう無理だ。


 なけなしの理性など手放してしまった。






  * * *






 朝。目を覚ますと、目の前にとてつもなく美しい顔があった。


 凄いな……美形は寝ててもどこまでも美形なんだなと、よく分からない感心をする。

 デューク様のお顔をこんなに間近でまじまじと見るのは初めてだ。

 結婚して数ヶ月経つのに、昨日までキスすらしたことがなかったのだから。


 身体がとてつもなく怠い。怠さの理由はいわずもがな。

 初めての経験はなんというか、凄かった。

 抱きしめられて、その後デューク様の緊張が最高潮に達したであろう瞬間から、もういろいろと凄かった。

 友人の話や本からそれなりに知識は得ていたけれど、そんなものは無意味で。

 とにかく凄かった。もうそれしか言えない。


 デューク様のことだから、とにかく優しく、私を気遣って慎重すぎるくらい慎重に、何日もかけてゆっくりと進めてくれるものだと思っていたのに。まさかの初日から凄かった。


 抑えられないと言われたときに、全てを委ねて受け入れる覚悟を決めたから、後悔はしていない。


 昨日の朝、デューク様から手紙を受け取り返事をしたすぐ後、『お二人の寝室の準備はバッチリですからね』と、マーシャさんは言った。

 それはそれは良い笑顔で。

 ずっと前から準備をしていたらしい。おそらくダフマンさんの指示だろう。


 その後、気まずそうに目を合わせようとしないデューク様に『皆がはりきってしまった。すまない』と謝罪されてしまった。

 ゆっくりでいい。私の心の準備が整ってからでいい。

 そう言ってくれたけれど、今日からお願いしますと返事をした。

 『心の準備ならデューク様と想いが通じあった日からゆっくり整えてきたから大丈夫です』

 そう伝えた。もちろん本心。


 私よりデューク様の方が大丈夫じゃなかったようだ。

 その後の彼の緊張は手に取るように分かり、それがおかしくて私は穏やかな気持ちで待つことができた。

 もちろん余裕でいられたのは彼が寝室に来る前まで。想像を遥かに越える情欲を受け入れるのは大変だった。

 だけど少しも嫌じゃなくて、ずっと幸せな気持ちに満たされていた。

 愛する人から求められることがこんなに幸せなことだったなんて。結婚なんてしないと頑なになっていた過去の自分に教えてあげたい。


 ……本当に大変だったけれど。



 愛しい人の寝顔を堪能しながら、銀の髪を指ですくってみる。


「わ……さらっさら」


 実はずっと触ってみたかったのだ。

 ぐっすり眠っているのをいいことに、思う存分美しさと手触りを楽しむ。

 しばらく経つと、デューク様の眉間にシワがよった。目を覚ますようだ。


「ん……」


 目をこすり、薄目でボーッとしている。

 美形は本当にどんな表情でも美形なんだな。

 デューク様はしばらくボーッとした後、ようやく私の存在に気付いたようだ。勢いよく起き上がった。


「あっ……!」


 手で制止したけれど間に合わず、肌掛けを全部持っていかれてしまった。

 さすがに焦る。だって私、何も身につけていませんから。

 デューク様は一瞬固まった後、目を逸らしながら肌掛けを返してくれた。


「……すまない」

「いえ……お互い様ですので……」


 でもさすがに恥ずかしいので、頭まですっぽりと隠れながら返事をする。

 私が隠れている間に、デューク様は何やらゴソゴソとしている。

 隙間からちらりと覗くと、ガウンを羽織っていた。


「エミリア……すまなかった」


 また謝罪されてしまった。

 私は肌掛けから顔を出し、ベッドに正座しているデューク様に何とか笑顔を向ける。


「大丈夫ですから、気にしないでください」



「…………昨日のことを謝罪したい」

「昨日、ですか」


 昨日のこととは、もしかしなくてもあのことだろう。


「本当は少しずつ慣れてもらうつもりでいた。もっと優しくするつもりでいた。それなのに私は……」


 重苦しい声、しゅんと項垂れている様子が可愛すぎる。


「大丈夫ですよ」

「しかし……身体がつらいだろう」

「…………」


 つらいだろうと聞かれたら、もちろんとてもつらいです。できれば今日一日ずっと寝ていたいです。

 そう馬鹿正直に答えてしまったら、この人はどこまでも落ち込んでしまうだろう。


「少し怠いだけでつらくはないですよ。大丈夫です」

「しかし……」

「本当に大丈夫です。私はとても幸せですから」


 これは本心。つらさよりも幸福感で満たされているのだから。


「デューク様、私はあなたの全てを受け入れることができて本当に幸せです。お好きなようになさってくださいと言ったのは私ですよ? 私はあなたになら何をされても構わないと思ったからそう言いました。だからあなたは何も悪くありません。ね?」


 抑えなくて大丈夫と言ったのは私なのだから気に病まないで欲しい。

 デューク様は両手をついて、更に項垂れた。

 私に気を使わせたと思い、更に落ち込んでしまったようだ。どうしよう。

 どうしたら彼の罪悪感を拭い去ることができるのだろう。


 …………よしっ。

 悩んだ末、抱きついてみた。

 何を言ったら良いのか分からないけど、これで少しは安心してくれるかな。などという安易な考えだ。


「デューク様、大好きです」


 ぎゅっと抱きついたままそう告げると、デューク様はようやく顔を上げた。

 良かった、ちゃんと伝わったようだ。


 ホッとしたのも束の間、そのまま押し倒されてしまった。

 どうやら私は選択を間違えたんだなと、気付いた時にはもう遅い。


 朝から再び情欲を受け止めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・情欲…情熱あふれるデューク! [一言] ぜひ大家族に(笑)
[一言] あ~、はいはいごちそうさまです(棒読み)。 そして、シリルに「パパとママ、何で朝起きて来ないの?もしかして、具合悪いの?!」と聞かれて、困ればいいんだ~っ。 …すみません、予想以上に甘々で…
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