番外編1 お誘い
じれったくてもだもだしていた本編とは違い、番外編からはR15要素が多く甘さ強めです。
苦手な方はご遠慮ください。
* * * * * * *
パーティーから一夜明け、いつもと変わらない日常、いつもと変わらない朝。
そして、いつも以上に緊張しているであろう夫。
「…………エミリア、これを」
「はい、いただきますね」
朝食後、見るもの全てを凍りつかせるような、そんな雰囲気を纏った夫から手紙を受けとる。
これは覚悟を決めてから読まなければいけない類いの内容なのだろう。
そう悟った私は、自室に戻り椅子に腰かけると大きく息を吐いた。
よし、どんな内容でもどんと来い。
気合いを入れてから読み始める。
「…………っっ……!」
覚悟はしていました。していましたとも。
それでもやはり動揺してしまう。
自身の顔が、いや全身が。蒸発して消えてしまうのではというほどに熱くなっていく。
…………まさか夜のお誘いがくるなんて。
よし、一旦落ち着こう。落ち着くんだエミリア。
すぅーー、はぁーー、すぅーーーー……
吸って吐いて、また吸って。深呼吸を繰り返す。
だけど胸のドキドキは収まらない。
当たり前だ。
だって、夜のお誘いだもの。何回でも言おう、夜のお誘いだもの!!
などとしつこく言ってみたが、正確に言えば誘われた訳ではない。
寝室を共にしたいと思うか、子を宿す願望があるか、そう質問されていて、決断は私に委ねられている。
手紙からは、私の意思を尊重するように、丁寧に言葉を選んでくれたのだという気遣いを強く感じる。
愛する夫からそのような提案をされて断るはずがない。
子を宿す願望だなんて、あるに決まっている。
「どうしよう……」
どう返事をしようか悩んでいるのではない。
返事をすること自体が恥ずかしくて堪らないのだ。
寝室を共にしたいです。子を宿す願望はあります。そう返事をするだけなんだけど。
……恥ずかしい。
だってそれって、そういう行為をしたいです、と言っているのと同じことだもの。
ベッドに飛び込み枕に顔を埋め、ひたすら悶える。
ふと手紙を受け取った時のデューク様の顔が頭に浮かんだ。
ものすごーく怖いお顔だった。彼はいつから緊張していたのだろうか。
昨日は馬車の中でシリルに恥ずかしいところを見られ、その後は恥ずかしい質問攻めにあった。
私は何も答えられずにいたので、デューク様が頑張って全て答えてくれていた。
だから夕食時も緊張していたように思うけれど、あそこまでではなかったと思う。
馬車の中で彼は『きつく言っておかないとな』と呟いていたから、夜ダフマンさんに話をした時にいろいろと言われたのだろう。
彼がダフマンさんに言い負かされているところは、容易に想像がつく。
「……よしっ」
頬をぱちんと叩いて気合いを入れる。早く返事をしに行かなくてはいけない。
こうしている間にも、彼は緊張で死にそうになっているだろうから。
コンコンッ
「失礼します」
執務室の扉をノックし、中に入った。
中には話しかけるなと言わんばかりの冷酷なオーラを身に纏い、目を合わせようとしないデューク様の姿。
胸がキュンとなってしまう。
「あの……お返事をさせていただきにまいりました」
恥ずかしいけれど、怖い顔をした愛しい人に、早く自分の気持ちを伝えなくては。
* * *
寝室を共にしたいと思うか。子を宿す願望はあるか。
そういった内容の手紙をしたため、エミリアに手渡したのが十数分前。
自身の執務室に戻って椅子に座り、ずっと頭を抱えている。
冷や汗が止まらない。
彼女はもう手紙を読み終えているだろう。そして、どう返事をしようかと悩んでいるに違いない。
彼女の意思を尊重する気持ちを全面に押し出し、言葉を選びに選んだつもりだ。
しかし、そのような提案を持ちかけられた時点でもう断れないのではなかろうか。
押し寄せる罪悪感にひたすら胃が締め付けられる。
今から謝罪に向かうべきか。
いやしかし、もし提案したことが彼女が望んでいることであったなら、謝罪されてしまうと困るのではないか。
どれだけ思考を巡らせて彼女の胸の内を想像したところで、結論など出るはずもない。
返事を待つ時間が悠久の時に感じられる。
コンコンッ
静かな部屋にノック音が響いた。
「失礼いたします」
彼女だ。もう返事をしに来てくれたようだ。
ようやく長く苦しい待ち時間から解放されるという安心感を抱く。だがしかし、彼女と目を合わせることなどできない。
「あの……お返事をさせていただきにまいりました」
いつもの穏やかな声の中に恥じらいが混じっているように感じられ、彼女の方を向いた。
俯き加減にこちらを見ている彼女と目が合う。
恥ずかしそうに潤んだ瞳、紅潮した頬。きゅっと結んだ艶やかな唇。
わき上がる感情。
いけない。これは今抱くべき感情ではない。
雑念を消し去るべく、目を閉じる。心を静めなくては。
両手でこめかみを強く押さえながら、どこまでも澄みきった青空を思い浮かべる。
限りなく心を無に。雑念よ消え去れ。
……よし、ひとまずこれで大丈夫だろう。
「あの……」
「すまない。返事を聞かせて欲しい」
落ち着きを取り戻したところで、ようやく椅子から立ち上がり彼女に近づいた。
「はい。えっと……その、えっとですね……」
エミリアはもじもじと恥じらいながらたどたどしく言葉を紡ぐ。
わき上がる感情。
これはいけない。右手で自身の顔を強く押さえつける。
「…………すまない」
きちんと目を見て話を聞かなければいけない。それは分かっている。
謝罪したところで、失礼な態度を取ってしまっている現状は許されることではない。分かってはいるのだが……
「…………ふふっ」
エミリアは口を押さえて笑いだした。
どうやら彼女の緊張をほぐすことができたようだ。私の情けなさも役に立てたのなら悪くない。
ひとしきり笑い終えると、すっきりとした顔で私を見据えた。
「デューク様、私は新しい家族が増えることを望んでいます。ですのでお手紙をくださってとても嬉しく思います」
「そうか……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
ようやく気持ちが落ち着き感謝を口にできた私に、エミリアは微笑みかけてくれた。
「では、使用人達に寝室の準備をさせてかまわないか」
「……っっ、はい、もちろんです。……あの、それではこれで失礼いたします」
また少し恥ずかしそうに俯き気味にそう言うと、すぐに退室してしまった。
名残惜しく感じながらも安堵した。いろいろと抑えられそうになかったから。
夫婦で過ごす寝室の準備が整ったら、彼女と共に夜を過ごすことになる。
緊張せずに過ごすなど不可能。
自分は無理でも、せめて彼女にはできるだけ安心して過ごしてもらえるよう努めなければ。







