家族でパーティーへ
出発前から謝罪したり愚痴をこぼしたり。何だかんだとしている内に、居間から馬車へと移動する時刻になった。
「ちちうえ、ははうえ」
エミリアとデュークは、差し出された小さな手を取った。
シリルは二人の手をがしっと掴むとぐいっと引っ張り、強引にエミリアとデュークの手を重ねる。
「これでなかよしですね!」
シリルは本日の秘密の使命を果たせたと満足して、にんまりとした。
「……そうだな」
「そう、ですね…」
未だに手すら繋いだことが無かった二人だ。エミリアはドキドキしながら頬を染め、デュークは緊張して冷えきった目をしながら眉をひそめた。
その様子を後ろで見守っていたダフマンは、心の中でシリルを称賛し、笑いを堪えながら震えていた。
馬車に乗り込み座席に座ると、二人は大きく息を吐いた。出発前から大幅に気力を使ってしまったのだ。
シリルはそんな二人の心の内など知る由もなく、家族三人での初めてのお出掛けにうきうきしていた。
道中の馬車の中でおおはしゃぎである。
「ちちうえっちちうえっ、パーティーではガイが焼いていた、おおきなお肉がでてきますか」
「どうだろうか、あると良いな」
「はいっ!」
シリルの言う大きなお肉とは、昨日読んだ絵本の主人公が森の中で焼いていた、それはそれは大きな肉の塊のことである。
パーティーで大人二人程のサイズのお肉がどーんと出てくるなどあり得ないが、デュークは期待に目を輝かせている息子を否定せず、優しく気持ちに寄り添っている。
こんなに優しい人が社交界ではどんな女性も冷たくあしらう孤高の美丈夫だとか言われているだなんて。
エミリアは可笑しくなって、ふふっと笑った。
「ははうえ、楽しみですね!」
「そうですね」
パーティーを苦手に思う気持ちは少し薄れていた。
パーティー会場である伯爵家の庭には、すでにたくさんの招待客が訪れて賑わっていた。
招待主に挨拶を済ませ、招待客とも軽く挨拶を交わしながら三人で会場を歩いていく。
招待客は夫婦が多く、姉弟や友人同士で参加している者もちらほらといる。
デュークはかつて自身の後妻の座を狙っていた女性達からの視線を浴び、緊張していた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
声からして大丈夫じゃ無さそうだな、とエミリアは思った。
そういう自分も、できることなら二度と会いたくなかった人の姿を見つけてしまい、気持ちが沈んでいた。
そしてシリルも暗い顔をしていた。
「おおきなお肉ないですね……」
シリルはしょんぼりとしている。当たり前だが、見渡す限りそんなものは見当たらないからだ。
そんなシリルの様子を見てエミリアは気持ちを切り替えた。自分が沈んでいる場合ではない。彼が楽しめるように努めなければ。
「そうですね。きっと手に入れるのは凄く難しいのでしょう。あんなに大きなお肉を手に入れたガイは本当に格好いいですね」
ガイとは絵本で肉を焼いていた登場人物であり、シリルが今一番憧れている人物だ。
「はいっ! ほうけんをひとふりして、あんこくりゅうを倒したのですっ!」
「さすがですね。あ、あそこにシリルの大好きな海老のフリッターがありますよ。後で食べましょうね」
「わぁい!」
「あそこにも」
「わぁい!」
テーブルに並んだ料理にシリルの好物をいくつか見つけて教えてあげると、彼はすぐにご機嫌になった。
パーティーが始まると、エミリアは取り皿に料理を乗せていく。
海老のフリッターにカボチャのサラダ、ミートボールなど、シリルの好物ばかりだ。
今日は立食パーティーだ。人の少ない場所に移動すると、エミリアは屈んでお皿を持ってあげる。シリルはそのお皿からフォークで料理を口に運び、パクパク食べていく。
「かぼちゃあまくておいしいです」
「ふふっ、それでは後でおかわりを取りに行きましょうか」
「わぁい!」
和やかな母子のやり取りに、近くにいた人達はホッコリとした気持ちになった。
二人のすぐ後ろではデュークが穏やかな顔で佇んでおり、それを目にした者達はざわついた。
オースティン侯爵が微笑んでいる……だと!?
皆口々に驚きの声を漏らした。
数ヵ月前に再婚したデュークとその妻は注目の的である。
二人が共に公の場に姿を現したのは、王家主催の夜会に参加した一度しかない。
その時の二人はあまり会話もせずに、ただ一緒にいるだけという感じだった。その為、形だけの愛の無い結婚なのでは? と噂する者もいる。
しかし今日の二人は何だか良い感じである。少し距離感はあるけれど、シリルを間に挟んで控えめに仲良くする姿は微笑ましい。
デュークが時たまエミリアを愛しそうに見つめ、ふとした瞬間にエミリアが頬を染めて。そんなやり取りに周りの人達は甘酸っぱい気持ちでいっぱいになるのだった。
あからさまに仲良くするよりも好印象を与えているようだ。
女嫌いだと思われていたデュークは、愛する女性にしか興味がないのだと解釈された。
そんな中、一組の男女はずっとエミリアに妬ましい目を向けていた。
ねっとりと絡み付くような視線を向けながら、眈々と機会をうかがっている。