プロローグ
お久しぶりです。
願い。
それが叶うには、いつだって、誰だって、どの世界だって、何らかの形の代償が必要である。
それはなぜか?
決まっている。
願いが叶うということは、誰かの幸であり誰かの不幸。
それは得られるはずのない何かか、得てはいけなかった何か。
立場にふさわしくないものであり、身に余るもの。
ニンゲンを大きく影響するそれは、ただの祝福、ただの贈り物、ただの気まぐれであってはならない。
それは世界を捻じ曲げる。
既に決められた方向性から、大きく道を外してしまうことになる。
世界をあるべき姿から遠ざけ、浸食し、結局滅亡へと導く物が、容易に与えられてはならない。
人にとって願いとは、それほど絶大な影響を持つものだ。
ただ想うだけ、願うだけ、熱望するだけ。
それが代償を払う覚悟のない者の末路。
願いを求めるのならば、捨てる覚悟があることを示さねばならない。
現状では足りないという欲望、今を捨てる覚悟、未だ届かない願い。
その身の程知らずな願いが何をもたらすのか、それを理解しているという証拠を。
それらがあって初めて、願いは認められる。
それ以上の何かがあった者にのみ、願いはかなえられる。
簡単なことだ。
お前が何を望むのか。
その責任を本当に理解しているのか?
責められた時、その願いを曲げず、信じ、進んでいけるのか?
それは、本当にお前の望みなのか?
全てをなげうってまで叶えたい何かがあるのだとしたら、叶えない義理はない。
ああ、叶えてやろう。
ただ、代償を忘れるな。
何もせずに叶う願いなど、存在するわけがないのだと...