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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第一部 情に棹させば流される    第一章 傭兵隊結成
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強かそうな男

 馬に乗った五名が俺とセキヒを取り囲んだ。


「おい! 混血児達をどこに隠した!」


 どうやら馬で追いかけてきたのにも関わらず、俺とセキヒしか見当たらないのを不審に感じているようだ。

 自分でも混血児と呼んでいたけれど、他人からその言葉を聞くと少し不快だ。人間種と亜人種が本流で、その間に生まれた子は異なる血が混じってる亜流という感覚は俺に違和感を感じさせる。生物学的には混血で間違っていないのかもしれない。だけど彼らは本流から外れた存在じゃない。彼らは彼ら自身という本流だ。


 よし、これからは唯我(ゆいが)と俺と俺の周りでは呼ぶようにしよう。どうせこっちの世界じゃ仏教なんて知られちゃいない。何のことやらさっぱり判らないだろう。何が本流で何が亜流だとかどうでもいい。唯、自分自身がいるだけだ。うん、これでいい。


 革鎧で身を包んだ男達は馬上から見下ろし、俺の返事を待っている。


「俺達の他に誰か居るように見えます?」

「口を慎め! 俺達はケイウース=マロウ=クラウン子爵の配下だ。こちらで捕えていた混血児達をおまえ達が半刻ほど前に連れ去ったのは判っている。ここに居ない以上、どこかに隠したのだろう。たった半刻ほどではそう遠くには逃げられないはずだからな」


 馬は人を乗せていても最高時速七十キロで走れるけれど、その速度で数十分は走れない。男達は半刻ほどで追いついたというから、多分、時速十五キロ程度で駆けてきたはず。馬はその速度でなら半刻走れるからな。


 だけどこちらが利用しているのはクルマだ。魔力が続く限り時速数十キロで走り続けられる。そして俺が創石したエネルギー・ストレージタイプの魔石は、一個で時速五~六十キロの速度を二刻は維持できる。クルマには、魔力満タン状態のエネルギー・ストレージタイプの魔石を常時四個は用意してあるから、八刻は止まらずに走り続けられる。地球の時間で言えば十六時間。

 クルマが時速五十キロで走ってるとして、親方達はこの地点から三十五キロは先に進んでいるはず。時速三十キロなら十五キロ先だ。今頃追いついてきた男達の視界にあるわけがない。


 クルマが走るにはこの世界の道路状態が悪いから、最高速度はもしかすると馬に勝てないかもしれない。だけど持続時間なら絶対に負けない。


「この辺りに人を隠せる場所があった?」

「いえ、見当たりませんでしたね」


 セキヒもなかなかなものだよ。人を食った態度をとって追っ手の男達を煽ってる俺に、事前の打ち合わせもなく話を合せる。言葉だけでなく表情も合せてくるのだから役者だ。日頃はクソ真面目だが、状況に合せて使い分けができるなんてちょっと驚いてる。伊達に人間の何倍も生きちゃいないね。


「おまえ達! 俺達を舐めてるのか?」


 その言葉と同時に五人揃って剣を向けてきた。

 この手の輩は武器で脅せば何とかなると考える習性がある。俺やセキヒが武器らしい武器を持っていないからかもしれないが、ディックがどうなったか聞いてないんだろうか?

 そして俺を害そうとする意思が露わになったから、またもセキヒは殺気を身に纏う。


「そりゃあ舐めてますよ。思い通りにならないとすぐ武器を出して脅してくる相手ですからね。ふぅぅ」


 両手を大げさに広げ、これ見よがしに溜め息をつく。これで向かってきてくれるなら、領主の配下だろうと叩き潰しても正当防衛として言い訳できる……ような気がする。

 五人の内の二人が馬から降りる。そして目を怒らせて剣を正面に構えた。


 魔獣がウヨウヨ居るリガータの森で暮らしてるから体術も武術もそこそこ訓練してきた。だけど俺は魔法を使いたいばかりに魔石の研究に重点を置いて生活してきた。だから目の前の敵の練度がどれほどなのかを察せられるほどの目は持っていない。


 誰かが動けばそこで戦いが始まる。

 そんな空気が満ち、緊張で張り詰めていた。


「おまえ達止めろ!」


 男達に気を取られて、何者かが近づいてきていたのに気付かなかった。男達は追いついてきた者の方へ顔を向ける。


「イアン様!」

「剣をしまえ。その者と争ってはいけない」

「ですが、この者達は混血児達を攫った犯人で……」

「半亜人は捕えようと国の法に触れない。誰が捕えてもだ。その者達が半亜人を逃がすのも法に触れない。登録するまで半亜人の所有権など存在しないのだからな」


 イアンと呼ばれた男は馬を降り、ツカツカと男達を割って俺達の前に立った。

 それにしても混血児ではなく半亜人か。やはりその呼び名も嫌だな。俺としてはやっぱ唯我(ゆいが)の方がいいや。

 ――ネーミングセンスがない? うるせえよ!


「リカルド様ですね? はじめまして。クラウン領マロウ家嫡男イアン=マロウ=クラウンです」


 胸に手を当てて頭をかるく下げた。


「へえ、俺のことを知ってるんだ? それにしても丁寧なご挨拶だな。貴族様からそんな態度とられると、何か気持ち悪いな」

「コンコルディア王国南部の領主であなたを知らない者などおりません。先日の魔獣討伐はお見事でした」


 ヴィアーナが言ってた通り、クラウン領も偵察を出していたようだ。ならば俺のことを知っていてもおかしくない。


「あれはダークエルフが戦ったんだぜ?」

「あなたが創ったという魔石と道具の恩恵があってこその勝利なのは領主達の一致するところですよ」

「で、あんたも俺を取り込みたいって(すじ)の人かい?」

「本来はそうしたいところですね。ですが、ヴィアーナ伯爵との婚姻を蹴ったあなたを取り込めるプランを思いつかなくて困っているところですよ」

「そうかよ。まあいい。それでこの場はどうするんだい?」

「何も」

「へぇ、黙って帰してくれるのかい?」

「ええ、借りとしてくれるとこちらとしては有り難いのですが、そうはいかないのでしょうね。残念です」

「借りというなら、こっちが貸す側だと思うんだがね?」

「ディックの状態を見ればそうでしょうね」


 イアンは腕を組んで溜め息まじりに答えた。


「あいつはどうなったんだ?」

「残念ですが、あの状態の彼を治療する術を私達は持ち合わせていないのです。荒事が得意な手駒で使い勝手のいい男だったんですよ?」


 恨みがましい言い方にイラッとした。あっちが先に剣を抜いたのだからこっちが責められる謂われはない。


「荒事に持ち込む前に相手を見極めなかったあいつが悪い」

「ええ、仰る通りです。喧嘩を売るなら勝てる相手に売らねばなりません。ディックはそこを間違えました。彼と同じことになるのではと急いで追いかけて来て正解でしたよ。この者達がリカルドさんに喧嘩を売っていたら、また手駒が減るところでした」

「本当に怖いのは俺じゃないけどな」


 背後でまだ殺気を放ち続けているセキヒを、イアンは興味深そうに見る。


「そちらの方はリカルドさんの護衛ですか?」

「護衛もしてくれるが、セキヒは家族だ」

「なるほど。確かに怖い御方のようです。手を出さずに済んで良かったですよ」

「それでだ? さっきあんたが言った登録ってのは何だ?」


 隠すような話じゃないのか、イアンはごく自然な態度で説明をはじめる。


「ああ、所有者登録のことですね。ご存じの通り、コンコルディア王国では亜人も半亜人も……要するに国民として認められていない者は法の庇護下にありません。ですので、本人の意思など無視して捕まえようと例え命を奪おうとどこからも責められません。もちろん国からもです。但し、使用人として所有者登録されているとなれば話は別です」

「どうなるんだ?」

「所有者の同意無く連れ去れば窃盗となりますし、傷つけたり命を奪えば器物破損の罪を問われます」


 一応俺も元貴族だけど、所有者登録のことは知らなかった。成人したてで家を追い出されたからか、国の仕組みには知らないことも多い。

 しかし、亜人も唯我も人と変らないのに理不尽に扱われている事実に気分が悪くなる。イアンの態度のどこにも罪悪感のような空気をまったく感じない。そのことが余計苛つかせる。


「……物扱いかよ」

「何を怒ってらっしゃるのか判りませんが、使用人として貴族が引取れば王国内では平民と変らなく扱われます。貧しくて飢えて生活するより良い待遇ですよ? 温かいベッドとまともな食事が与えられるのです。清潔な衣服もですよ? 不満に感じるのは我が儘というものです」

「それこそ貴族の身勝手な理屈というものだ。ま、ここであんたと議論するつもりはない。そろそろ帰らせて貰ってもいいか? 深夜のお出かけには慣れていないんでね。そろそろベッドが恋しいんだよ」


 口端を片方あげてイアンは笑う。その笑みにはこちらを探るような視線が付いていた。俺と目が合うと、その表情を一瞬で消し温和な笑みに戻す。


「ここで事を荒立てないでくださることに感謝しますよ。領内での揉め事は困るんです。森の近くまでお送りしましょうか?」

「遠慮させて貰う。そのうち迎えが来るんで心配はいらないさ」

「遠く離れたクラウン領までリガータの森からお迎えですか。何が来るのかとても興味深いです。お迎えが来るまでご一緒したいところですが、私も帰らねば。今夜のことを父に報告しなくてはなりません。捕まえた半亜人を四名も手放したのですから大損害なんです」

「俺の知ったことか」


 イアンとの会話にそろそろ疲れてきた。こいつから胡散臭さを感じるけれど、内容はともかく会話自体はまともだ。まともすぎて気持ち悪いくらいだ。その気持ち悪さに耐えて話すのに疲れてきたんだ。


「では、またお会いする日を楽しみにしていますよ」

「俺は会いたくないがね」


 イアンが馬上の人となり「撤収!」と言うと他の男達もまた一斉に馬に乗る。イアンが鞭を振るい駆け出すと他もまた追い従った。


 イアン達が戻って来そうもないことを確認し、セキヒに声をかけた。


「さ、戻ろう。ソウヒがきっと迎えに来るからな」

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