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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第一部 情に棹させば流される    第一章 傭兵隊結成
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アドリア救出(その二)

 魔法拳銃で発動させた魔法は熱変動降下系で、対象の温度を下げる魔法。

 

「あ、足が動かねぇ!!」


 そりゃそうだ。ディックの足は凍りついているのだから動くはずがない。神経組織も機能していないだろうから痛みはないだろうけど、早めに解凍させて治療しないと彼の足は壊死してしまうだろう。

 足を切り落とせば命だけは助かる。しかし、車いすも無いこの世界で両足を失ったら、食べていくのも自力では難しいんじゃないだろうか。


 まともな仕事で食べてるようには見えないから俺の心は痛まない。


 ダンダと呼ばれた男の方は、これ以上延焼しないようにとどこかにあっただろうスコップで土をかけている。倒れることもできず呻いているディックの状況にも気付かず必死に作業している。


「親方の後を追おう」

「はい」


 膝に手をつきグゥッグゥッと呻いているディックを無視して、セキヒと共に親方が開けた扉に向けて歩き出す。


「おい、早く来てくれ」


 扉から親方が顔を出し大声で俺達を呼ぶ。足を速めて扉の中をのぞき込むと、そこには数人の人影があった。家畜が逃げないよう柵で仕切られた小屋の通路には焚き火があり炎が揺らめいている。その炎に照らされている囚われている人達には共通した特徴があった。……耳先がやや尖っている。


「全員、混血児か……」


 純粋な亜人と混血児との間には耳に違いがある。純粋な亜人は耳自体が長細いけれど、混血児は人間のような丸みを帯びた耳なのに耳先だけが不自然に尖る。縄で縛られている者達は全員混血児の特徴を持っていた。


「亜人も混血児も……コンコルディア王国の法では守られない。ただ亜人とは付き合いがあるから、純粋な亜人には手を出さない。でも混血児は……」


 親方が縄を解いたアドリアが沈鬱な表情で口を開いた。

 そうか、エルフもダークエルフも混血児は売買の対象とされていても基本的には守らない。進歩的なダヴィド=ハルなら何とかしようとするかもしれない。だけど、混血児のために危険を冒そうとするなら保守的な仲間は良い顔をしないだろう。保守的な仲間なら、混血児を誘拐しようと例え命を奪われても王国を責めたりしない。存在自体が忌まわしいと考えられているから責めるような気持ちにすらならないようだしな。

 混血児には味方が圧倒的に少ないんだ。


「いろいろと考えなきゃいけないことはあるけど、今はここから離れて戻った方が良い。まずは俺の家へ向かおう」


 親方とアドリアは頷いた。


「ですが、リカルド様。我等が乗ってきたクルマは五人までしか乗れません」


 ここには俺とセキヒ、親方とアドリアの四人の他に三人の混血児が捕まっていた。三名はアドリアより五歳程度年下のようだから十代半ばってところか。男の子が二名に女の子が一名。ここに置いていかれるんじゃないかと不安そうに俺を見ている。


「……アドリア? 乗ってきたトラックはどこに?」

「判らない。でも店を出てすぐ捕まえられたから……多分、お店の裏に置いたままだと思う」

「……そうか」


 最も速くクラウン領の街まで行けるのは、竜族の力を発揮できるセキヒだろう。竜の姿に戻って空を飛べばひとつの領地など端から端まで一瞬だ。竜の姿のままトラックを運んできて貰えばさほど時間をかけずにここからリガータの森までの移動手段を確保できる。


 問題は、セキヒが居ない間、皆を俺一人で守れるかだ。

 傭兵やならず者なら魔法拳銃で倒していいだろう。俺も心は痛まない。だけど、ダンダは領主様がここに来るようなことを言っていた。

 領主を相手にするのは正直困る。領主を討って国が出てきたら、俺やセキヒ達は無事でも、亜人や混血児達の安全は保障できない。


 コンコルディア王国でもその他の国でも混血児達の拉致は違法じゃないようだ。つまり領主の権威に正面から対抗できる根拠がない。ま、俺が混血児達を連れ去っても違法じゃないからその点は楽なんだけどな。

 だからできることなら、領主達と争わずに混血児達を連れ去るだけで済ませたい。


 ――そうだ。俺とセキヒは歩きで移動し、親方がアドリア達混血児をクルマで運べばいい! そして親方が我が家に着いたらソウヒにクルマを渡し、俺達の迎えに寄越してくれれば良い。


 俺とセキヒなら相手が誰でも何とでもなる。そしてうちのクルマは走り出すと車体を魔法の緩衝体が包み込むから中に乗っていれば安全だ。親方達は我が家まで無事到着できるだろう。


 思いついた帰還プランを説明する。

 親方は納得したように、アドリア以外の混血児達はまだ不安そうだけど頷く。ただアドリアだけが納得できないと言い張る。


「そりゃあセキヒが強いのは知ってる。彼が一緒ならリカルドも大丈夫なんでしょう。でも! 助けられた私達がさっさと逃げるのは違う気がするよ」

「アドリアよ。ワシ等は足手まといなんじゃ。意地を張って残り、リカルドとセキヒに不要な苦労を背負わせるのか?」

「お祖父ちゃん! でも!」


 親方は愛しい孫娘の肩に手を置き、穏やかな光を浮かべた瞳で見つめる。


「どれほど強い気持ちがあっても出来ないことは出来ない。それを認めて受け入れなければ先には進めない。鍛冶仕事でも何でもそうなんじゃ。今出来ない理由をきちんと考え、出来るようになるために何が必要なのか。出来ないことに突き当たらないためにはどうすれば良いか。出来ない理由と向き合うことは、成長と成功のどちらにも必要なんじゃ。まして、この状況のように失敗は許されない場面では特に大事なことなのじゃ。アドリア、おまえには判ってるはず。これまでたくさんの仕事をワシと共にこなしてきたのだから判らないはずはない。判っているからおまえは成長してきたし、そしてこれからも成長するのだからな」


 親方の瞳を見つめるアドリアは悔しげに「……判ったよ」とつぶやき、そしてコクリと頷いた。


「よし、それじゃ俺とセキヒを残してみんなはクルマへ向かってくれ。……親方、ジープに乗ったら急いで俺の家へ向かってくれ」

「ああ、わかっとるよ。リカルド、すまんな」


 俺とセキヒは先に建物の外へ出る。親方達の邪魔になるような何かがあれば排除するため、建物の外で周囲を見回す。身体を横にして苦しむディックのそばでダンダがオロオロしている。火事もだいぶ収まっていて、もう燃え広がりそうな勢いはない。


「親方! みんな、今だ急いで!」


 親方達はクルマを置いた場所へ向けて駆け出す。俺とセキヒはその後を追いかけるようにゆっくりと歩き出した。


 ――領主とやらと出会わずに済めばいいんだけどな。


・・・

・・

 

 ランプも持たずに俺とセキヒはリガータの森方面へ向けて歩く。雲の切れ間から見える星々の輝きが綺麗だ。


「なあセキヒ。できるだけ誰にも迷惑かけずに気ままに生きていたいだけなのに、なかなかできないもんだな」

「人間は一人で生きていけない生き物だからでしょうね」


 確かにそうだ。多くの生き物の中で人間は身体的に弱い生き物だ。だから個ではなく集団で困難を乗り越えてきた。集団となると個体差が表面化し、得意不得意や欲の強弱などが元で個々の望みも生き方も他者との関わり方も一人一人異なってしまう。その結果、気ままに生きられなくなってしまう。


「生きるって面倒だな」

「そうですね。ですが、生きているからこそ数少ないかもしれない幸せを感じられます。辛いことが多いので、生きることから逃げてしまう者も居るでしょう。それはその者の選択ですので何も言えないのですが、私は生まれて来た以上は、より多くの幸せを感じてからいつか大地に帰りたいと思っております」

 

 静かすぎるほどの夜道を歩いているせいか、どうも小難しいことを考えてしまった。セキヒはどんな時でも真面目に答えてくれる。有り難いな。

 同じことをソウヒと話したらどういう答えが返ってくるのだろう? 言葉は違っても同じような内容を答えてくるような気もするな。まあいい。いつか話してみれば判るさ。……そんな機会があったらね。


 そんなことを考えていると、背後から「待てえ」と声が聞こえる。


 ――やれやれ、追いかけてきちゃったか。

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