新たな気がかり
「鉱山労働者不足」
貴族が平民を支配するコンコルディア王国ではなかなか起こらない状況がメフルナーズで起きている。
国家はコンコルディア王国しか知らないヴィアルは、怪訝そうに俺を見返している。鉱山労働者不足という状況が何故起きるか判らないようだ。
劣悪な労働環境でなかなか労働者が集まらないとしても、王国ならば貴族である領主が命令して平民を徴収して働かせるだけのことで、労働者不足が起きるのは領民が極端に少ない領地だけだ。そしてそんな領地は既に破綻しているも同様で、国への税は納められず領主は降爵され領地からも外され別の領主に任せられるようになる。結果として、労働者を集められないほど困窮している領地は無い。だからヴィアルにはメフルナーズのマギレウム産出国で起きている労働者不足という状況を理解しにくい。
貴族はいないメフルナーズだけど階級社会であることに変わりはない。けれど、王国のように上流階級が下流階級を支配しているわけじゃない。中流や下流の階級にも仕事の選択権はあり、上流階級が中流や下流階級の者達を徴収する権利は非常時以外にはない。
メフルナーズにある鉱山の労働環境は王国よりマシではあっても、良い環境にあるとは言えない。高めの給与を支払って労働者を集めている。
俺の説明を聞くにつれて、ヴィアルも多少は理解してきた様子だ。
「まだしっかり理解できたわけじゃありませんが、鉱山労働者用の魔道具を用意して、労働者不足を改善しようとしているのは判りました。リカルド様はメフルナーズに助けの手を差し伸べようとお考えなのですか? 都合良く利用されようとしているのに?」
納得できませんと言いたげなヴィアルの口ぶりについ苦笑する。俺がやられっぱなしでいるはずはないくらい判っているだろうに。
「まさか。あちらが泣きついてくる状況を作る。その点で言えば、アレを見せて脅し、アルザングの目論見を潰す方針と同じだね」
「どのように?」
好奇心と疑念、両方が入り交じった視線を俺に向けてきた。ヴィアルも数年前より表情が豊かになってるね。なんか嬉しいよ。
「今回の件には、王国側の貴族も手を貸しているらしい。だからまず王国側から攻める。マギレウム価格を現状のままにするなら、鉱山労働者の労働環境改善と体調管理に力をお貸ししますよとね」
「ですが、王国では労働者不足など起きておりませんが……」
「それをこれから起こすのさ」
「……」
こちらの思惑通りにうまく話が進むだろうか?
ヴィアルの表情はそう語っている。
「義父の領地、今は義兄のジュリアスが領主のドゥラーク領にも鉱山はある。鉄や銅などの一般的な鉱物でマギレウム鉱山じゃないけれど、まずそこから始める。セーラ女王は平民の領地間移転の条件を緩くしただろ? 以前は現居住地の領主と移転希望先の領主の双方の許可が必要で、事実上の移住は不可能だったよな? でも今は移住希望先の領主の許可だけで移住可能になった……」
「鉱山労働者の労働環境を改善したドゥラーク領で鉱山労働者募集を進めると、王国中の鉱山労働者が移住希望する……」
「そう。鉱山労働に従事する移住希望者には引っ越しで生じる費用もドゥラーク領が貸与すると、商人のネットワークを使って王国中に宣伝すると、どうなる?」
「ドゥラーク領への移住希望者が殺到しますね」
現在でもドゥラーク領やアレーゼ領への移住希望者は多い。仕事はいくらでもあるし、住環境も王国随一の快適な環境が用意されているのは王国中に広まっているからだ。だけど、移住したくても費用がかかる。割の良い仕事など多くないから平民の多くは日々の生活を送るだけで精一杯でその費用をひねり出す余裕が無い。移住してしまえば何とでもなる程度のお金でも今持ち合わせがないために動けないのだ。
だから費用面の問題さえ解決できれば移住者は増えるだろう。
ドゥラーク領で貸し出す費用には、俺が受け取っている運河の使用料を充てれば良い。ま、ジュリアスは、自領が潤う話だからと自前で捻出するといって断るだろうが。それでも一応話を持って行く段階では、ドゥラーク領に負担のない案にする。
「殺到という程集まるか判らないけれど、長い期間で見ればかなり集まると思う。現在鉱山で働いている人だけでなく、仕事を探している人も移住してくるだろうからな」
「そうですね。孤児院育ちなどは仕事見つけるのに苦労していますから」
確かにそうかも。平民の多数は親の仕事を継ぐ。もしくは親のコネを利用して仕事を探す。親が居ないというだけで仕事を見つけ辛いのがこの世界だ。
「孤児院育ちのように職を見つけづらい人を集める案も別に考えるか。今回は鉱山労働者を集めるつもりだけど、鉱山労働には向かない人も大勢居るだろうからな」
「プチ・インテーラへ来たくても来られないリンクスも王国やメフルナーズにはまだ居るでしょうし……」
「リンクスに関してはソシアスで考えて話を進めればいいさ。錬石関連と美容関連製造でかなり儲かってるんだろ?」
目を細めてヴィアルは微笑んだ。
「おかげさまで、どの部署も人手が全然足りないんです。私の傭兵派遣部門も最低でも三倍以上に人を増やしたいほどですよ。そうは言ってもソウヒ様からのお墨付きがまだでていない戦闘水準の低い者は仕事に出せませんから……。そうですね。リンクスの移住費用貸与の話は次の会議で提出してみます」
戦闘訓練自体は先輩のリンクスが行っている。だけど、現場へ出ていいかの判断にはソウヒの許しが必要となっている。未熟な者が仕事に就かないよう、人手が足りないとかそういう現場の理由に左右されないソウヒの判断に任せているのだという。
傭兵の育成に最初から携わっているせいか、ソウヒは毎月一回行われる最終試験の試験官役を喜んで務めている。戦技だけでなく精神面の試験もある最終試験に合格した者には、その証としてソウヒの群青色の鱗を削って作られたタグに名前を彫って渡している。合格者は皆、そのタグに革紐を通して首から下げているらしい。群青色の竜鱗のタグは戦士の証明であり、命を預け合う仲間の絆となってる。
ちなみに、ソウヒは俺にはくれないんだ。「リカルド様がもう少し真剣に訓練して下されば……」と言って苦笑してたな。一対一で賊や一般的な騎士、小型の魔獣に勝てる程度ではソウヒは鱗をくれない。一騎当千とまではいかなくても、賊や騎士なら数人、魔獣なら中型一頭を相手に勝てるくらいじゃないと資格無しなんだと。
合格基準が以前より高くなってないか?
俺は戦闘訓練よりも創石技術の向上と魔法術式の研究に力を注いでいるからなあ……仕方なし。
「ああそれがいいよ。もし現在居住している領地がうるさいようなら、俺からセーラ女王へかけあってやる」
「はい、その時は宜しくお願い致します」
「いいさ。やりたくもない仕事を手伝ってるんだ。その程度の要求には応えてもらうさ。話を戻すけど、労働者募集は王国だけでなくメフルナーズでも出す。すると……」
「なるほど、鉱山労働者不足が王国でもメフルナーズでも起きて……」
「鉱山労働者用の魔道具提供を頼み込んでくるだろうよ」
「人を送り込まなくてもいいから、こちらの負担は軽く済む。そういうことですね?」
鉱山労働者用の魔石は有害物質を吸わないように身体から遠ざける魔法を発動させるつもりだ。それは障壁魔法の応用で作れるため、術式は既にできているようなもの。だから俺やリンクスにとってはさほど難しいものではない。数日あれば大量に作れるだろう。
廃水施設も下水処理施設の応用で作れる。こちらは鍛冶工房とスケジュール調整が必要で、時間を作るのが大変なだけで、作業期間を確保できれば難しい話にならない。有害物質除去用フィルターが必要な作業を魔法で対応可能なこの世界は汚物処理面では地球より楽だ。
「上手くいけばな。ま、プチ・インテーラの外にも錬石師は居るけど、リンクスの錬石師ほど高い技術持っていないだろう。そもそも術式を魔石に書き込む技術は知らないだろうから、真似しようとしても無理だろう。つまりソシアスまた儲かってしまうというわけさ」
「ありがとうございます。また皆の給与を上げられます」
「じゃあ、俺は錬石師達と製造部門に依頼しに行くから、ソシアスの方にはヴィアルから話を通しておいてくれるか?」
「お任せ下さい」
・・・・・
・・・
・
エリザベスが懐妊してからベッドは別にしている。俺の寝相は悪くないらしい。でもいつのまにかエリザベスの温もりを求めて身体を寄せていることがある。だから万が一エリザベスに乗っかってしまうかもしれないと思うとやはり離れていた方が俺も安心だ。懐妊して半年が過ぎ、彼女のお腹もかなり目立ってきた。俺が原因で彼女の身に何か起きてしまったらと想像するだけで辛くなってしまうからなあ。
食事と入浴を済ませ、一日の出来事をお互いに伝え合った後二人それぞれにベッドへ潜り込んだ。
「フレデリクはどうして俺やリンクスをメフルナーズの事情に巻き込もうとするんだろう? 王国で起きたことは知ってるだろうに」
処刑の憂き目に遭ったテリアスは俺の力に拘りすぎた。国王は誰よりも強く有能であらねばならないなどという妄想に囚われすぎていた。だから俺を自由にできる手駒にしようとした。
誰でもどんな魔法でも利用できる俺の創石能力は、権力者にとって劇薬のようなものだ。魔力生成力が衰えた貴族は今後も権力者としてあり続けようとしている。その貴族の欲求を俺の力を使って満たすことでテリアスは王として君臨しようとした。
だけど長い目で見れば、俺の力に頼るのは間違いだ。俺が居なくなれば王を王たらしめる力を失うことになるからだ。俺が居なくても王権を維持しうる体制が求められ、そのために何が必要なのかを見据え、一時的に俺とリンクスの力を借りる道を目指していればテリアスはいずれ国王の座に就けたのかもしれない。
「リカルドとリンクスを王国への盾に利用したいのも本音でしょうけど、最近ザッカードが活発に動いてるので戦力を一つでも多く用意しておきたいといったところでしょうか」
「ザッカード?」
聞き覚えの無い名が出てきた。
「私も詳しくは判らないのですが、ここ数年で大陸東部で台頭してきた国のようです」
「そのザッカードがメフルナーズに侵略しようとしている?」
「この大陸中央に位置するメフルナーズは西のコンコルディア王国、東の様々な国から領地を守るために出来た連邦国家です。マギレウムこそさほど見つかっていませんが広い領地に鉱物も農産物も豊かに産出するコンコルディア王国とは不可侵条約と通商条約を結んでいれば侵略の危険性をさほど感じないのでしょう。ですが、東側の土地は鉱物は豊からしいですが土地が貧しいらしいのです」
「つまりメフルナーズの豊かな土地を求めて侵略してくる?」
「そのようですね。多種多様な部族がそれぞれ小さな国を作り、これまではメフルナーズと個別に取引していたようです。ところがザッカードという国が出来、東側国家をまとめてメフルナーズを手に入れようとしているらしいのです」
「そりゃ穏やかじゃないねえ」
通常は交易で手に入るといっても、不幸にも不作などの状況が起きればメフルナーズから食料は手に入りにくくなる。だからそれなりに豊かなメフルナーズ自体を手に入れようと考える国が出てくる。
それは判る。だけど、もしそうならばコンコルディア王国とも交易し、食糧不足のリスクを減らせばいい話だ。
権力者というのは自国の安全が他国に委ねられる状況を嫌う。そのこと自体は間違いじゃないと思う。でも戦争は恨みを生む。敵視する者達を作り出しては、結局のところ一時の安心も砂上の楼閣でしかない。
だから戦争は極力さけなければならないし、致し方の無い場合でも自分から攻めるような選択は避けるべきだろう。
ザッカードがどういう国でどのような支配者が運営しているのか判らない。だけどこれだけは言える。戦争をしかける国は長続きしない。近いうちに必ず内外から敵が現れる。
周辺国に戦争をしかける国が長い期間存在した例など、地球の歴史でもとても少ない。国自体は存続しても、権力体制は大きく様変わりする。国名は同じでも中身はまったく違ってしまうのだ。
希少な例を求めるなど博打でしかない。それは不健全な国家運営で、まともな選択とは言えない。
俺にはそうとしか思えないな。
「今のところ国境付近での小競り合いがせいぜいのようですが、今後どうなるかは不透明ですね」
「エリザベスが集めてる情報でもその程度しか判らないんだね?」
「はい。メフルナーズでも東部地区の情報となると調べるにも限界があるものですから」
メフルナーズ関係でのエリザベスの情報源はうちと取引している商人がメイン。彼らが売っているのは武器でも食料でもないから危険地帯での商売には不向きだ。どうしても安全な地域の情報がほとんどだろう。
「そんなすまなそうな顔をしなくていいよ。メフルナーズとザッカードがどういう状況であろうと、今のところ俺達に大きな影響はないんだからね。でも、そうだな、今のうちにザッカードの情報も集められるルートは作っておいたほうがいいかもしれない」
「わかりました。商人達と実際に顔を合わせている父や兄と相談してみます」
「エリザベスは無理しないでね?」
「貴方の気遣いは嬉しいですけれど、これは私が好きでやっていることですし、体調が崩れそうなことは決してしませんから安心してください」
「ああ、判ったよ。じゃあそろそろ寝ようか?」




