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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第二部 いつもご馳走を食べ、ご婦人達の面倒をみよ。 第一章 王国改革
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方針変更

 フレデリク=マン。


「アルザング代表サムソン=フレイザーの懐刀(ふところがたな)と呼ばれている切れ者です。コンコルディア王国と比べると経済力も軍事力も劣るメフルナーズが対等以上に渡り合えるのは彼の力に拠るところが大きいようです。その彼がプチ・インテーラに来ているのですから、こちらの事情……特にリカルド(あなた)の性格を含めて十分調べ、対応策を練った上で乗り込んで来ているはずです。お気を付けてください」


 昨夜エリザベスが注意を促してくれた男が用意したテーブルの向こう側に座っている。

 昼食後に設けた会談には、既に勝利をおさめているかのような不敵な笑みを浮かべる赤毛のフレデリクは、こちらが口を開くのを待っているようで、会談用に用意した部屋を悠然と見回している。


 この世界にはない……前世の高度な知識を持つ俺をよく知るエリザベスが注意を促してくれたのだから、フレデリク=マンは一筋縄ではいかない男なのだろう。


「さて。サムソン様の秘書長である私が故国から遠く離れた地に長くとどまり続けられる余裕もそろそろ限界なのです。こちらの都合を押しつける形になってしまうのは心苦しいのですが、早速お返事をいただけますでしょうか?」


 観察し対応を考える時間を俺に与えないようにしたい。柔らかく微笑みつつ話を進めるよう促してきたたけれど、俺にはそう聞こえた。


「答えですか? 私の父から既にお伝えしました通り、レミア嬢をお迎えすることはお断りしますし、リンクス(仲間)をアルザングへ常駐する件への口利きもお断りします」


 俺の返答は彼の予想内であったんだろう。柔らかな笑みを少しも崩さずにフレデリクは口を開いた。


「そうですか、とても残念です。では私どもとしましては、これもお伝えしたとおり、マギレウムの王国との取引を停止し対抗する他はありません。こんな形で王国との交流に水を差すのはまったく不本意です。ですが、リカルド様がここまで非協力的なのでは仕方ありませんね」

「王国の住民ではない私のために、王国との取引を停止するというのは筋違いではありませんか?」

「ですがあなたは王国の経済隆興、そして魔獣被害対策に協力していらっしゃる。間接的にではありますが、王国の軍事力増強に手を貸してらっしゃることになります。王国民ではないとしても無関係とは言えませんね」


 紳士然とした態度のままフレデリクは笑みを深めた。


「まぁ、無関係ではないと言えばおっしゃる通りですね。ではそちらの用事はお済でしょう。帰路には十分お気をつけてお帰りください」


 話を終えようとすると、初めてフレデリクの表情が変わった。同席しているリンクスを代表として出席しているヴィアルは驚いたように体ごと俺を見た。……ヴィアルごめん。ちょっと事情が変わったんだ。アレを見せて脅すのはやめたんだよ。


「は? こちらへの対抗策はないと仰るのですか?」

「対抗策? いえ、そのようなものはありませんよ?」


 もちろん嘘だ。対抗策はしっかりある。だけど、エリザベスからメフルナーズの情報を聞いて、今はこちらの持つカードを見せるべきじゃないと判ったんだ。


「そ、そんなものなのですか?」

「そんなものとは、どういうことでしょう?」

「い、いえ、伝え聞くリカルド様ならば、マギレウムに変わる代替品くらい用意しているのかと……」

「買いかぶりですね。そのようなもの用意できるはずはありませんよ」


 意外だ。フレデリクの顔にはそう浮かんでいる。

 ……いや、あんたの予想は間違ってないよ。俺には用意できている。あんあが掴んだ情報とその情報を元にした想像は驚くほど正しい。

 ただアレは他に手札がない時まで隠しておくべきだと判ったのさ。


「ではメフルナーズ産の安価で高品質のマギレウムが手に入らなくとも困らないと?」

「いえいえ、とても困りますよ。私どもの商品にはマギレウムは欠かせませんし、マギレウムが高騰したのは私のせいだと知られますと、王国民からも恨まれるでしょうし」

「それでも私どもの提案は全てお断りになると仰るのですね?」


 一時の驚きから復帰し、柔らかな笑みと余裕をフレデリクは取り戻した。


「はい。エリザベスが居てくれますから妻は他に必要ありません。血筋や家系の継続が重要な貴族ではありませんので跡取りも大勢必要ありません。とても友好的なリンクスとダークエルフという心強い仲間が居ますから、互助関係構築のため血縁で繋がる家も今以上には必要ありません。フレデリク様にはお判りのことと思いますけど、血縁が多いと足かせにもなりますしね。また、リンクスの生活環境向上に力を貸したのは事実ですが、彼らは私の家臣ではありません。彼らの行動は彼らの自由な意思で決まるべき事です。私への恩が彼らを縛る鎖になるのは不快でしかありません」


 俺に恩義を感じているのは仕方ない。だけど恩義を理由に意に沿わない仕事はしないで欲しい。これはヴィアルを含め、リンクスの皆にいつも話してることだ。

 彼らが持つ俺への恩を利用しようとしたアルザングのやり方はとにかく不快だ。この機会にしっかりと伝えておこう。


 言いたいことが伝わったのだろう。フレデリクは苦笑する。自分達のとった行動への反省や恥辱がさせた苦笑ではない。この苦笑には「国家間の政治が絡む話で何を甘いことを」という意味が込められているくらい俺にでも判る。

 一個人の美意識や拘りなど現実的な政治ではお花畑だと言いたいんだろう。

 確かに現実的な思考は大事だ。いくら美しくても非現実的な対策では誰も幸せにできない。でもその現実的な思考が向かう先には普遍的な理想がなくてはならないはずだ。


 小さな一歩を重ねていった先に、今は非現実的でしかない理想を現実化できる環境を作り上げていくことが、人類の進歩であり後世への責任というものではないだろうか? そうじゃないなら、理不尽な要求を通すために人質を取る行為を誰も非難できないじゃないか? 

 俺はそんな世界は御免だね。


「……では本当に王国とのマギレウム取引停止を進めますが、宜しいのですね?」

「私にはメフルナーズの政治的判断を左右する資格も能力もありません。私達はできることを粛々と行うだけですよ」

「……残念です」

「残念とは、どれについてですか?」


 マギレウム取引停止への対抗策が出てこなかった点を一番つまらなく感じているように見える。まあ、フレデリクを喜ばせてやる気持ちはない。


「全てですよ。次にお会いする時は、もっと楽しい話が出来ることを願ってます」


 そう言ってフレデリクは席を立つ。

 「もっと楽しい話を」としか言わなかったけど、俺には「フレデリクにとってもっと楽しい話を」と聞こえた。


「会わずに済めば幸せなように思えますね」


 俺も席を立って微笑んだ。腹の探り合いは苦手だし大嫌いだ。こんな気疲れする相手とは二度と会いたくない。


「意地悪な方ですね。私はあなたをとても評価しているのですよ?」

「それはどうも」


 扉の向こうに消え去ろうとするフレデリクの背中から俺は視線を外した。


「あ~あ、忙しくなっちゃうなぁ」


 フレデリクが消えたあと落ちるように席に座り直し、溜め息交じりにつぶやいた。


「リカルド様がお決めになったことです。仕方ありませんね」

「そんな冷静に言わなくてもいいじゃないか。ヴィアル」

「他にどう言えと? うちの魔道具研究班は新たなプランが出てきて目を輝かせるでしょうし、錬石班はこれでまた仕事が増えて儲かると踊り出すことでしょう。ソシアス側としては悪いことはまったくありませんので」

「今回の道具製作はアドリアのところに頼むから、ブルーノ親方の工房からのクレームは来ないからいいけどさ」

「アドリア様のところからは絶対に来ますよ。平民向けの小道具製造依頼をこなすのでいっぱいいっぱいだとおっしゃってましたから」

「いいさ。アドリアももうじき結婚するだろ? そしたら独立して親方になる予定だ。親方になるんだから、この程度の注文には対応できなきゃだよ」


 俺が依頼する魔道具は、鉱山労働者のためのガスマスク系フルフェイスマスク。

 鉱山での労働は苛酷だ。労働環境は最悪と言ってもいいくらいさ。

 地球とは異なって、掘削作業は魔法で行う。崩落事故対策も同じく魔法で行うから、地球よりは格段に安全だ。だけど、トンネル内に生じるガスや粉塵などが原因で起きる健康被害はこっちの世界でもある。だから有害な物質を吸い込まないように作業用フルフェイスマスクが必要だ。

 また鉱石精錬の際に生じる廃水への対策も重要だ。こちらはプチ・インテーラで生活排水用の処理施設で使用している設備を改良すれば簡単。


 人体に有害な物質を大気や水から除去する術式は既にあるから、あとは製品に合わせて、利用する魔石を小型化すればいい。試作と検証に多少時間が必要だけど、問題なく完成するだろう。


 ただ、北部へ戻るまでの時間を考えると、俺が忙しくなるのは必至で、エリザベスと過ごす時間が激減しそうなのがウンザリ。


「それにしても事前の話では……魔道具製作にマギレウムを不要にできると見せつけてアレザングの要求を蹴飛ばすとのことでしたが、何故方針を変えたのですか?」

「エリザベスから貰った情報に、メフルナーズの現状があってさ。その中に、マギレウム産出している加盟国がマギレウム鉱石価格を上げたいと強く要望しているってのがあったんだ」


 俺はエリザベスからの情報を元に出した想定をヴィアルに話しておくことにした。


「コンコルディア王国とメフルナーズは通商条約を結んでいて、その条約の中に重要な戦略物資であるマギレウムの価格は両国の協議で決めるという一文がある。だからアルザングは協議で決めたマギレウム鉱石価格上限より勝手に高くはできない。だから王国と協議するんだろう。その協議の場で、俺とリンクスがメフルナーズに非協力的で魔獣対策に力を注ぐしかないメフルナーズは安全保障面で不利を被る可能性がある。この不利な状況を対等へと近づけるためにマギレウムの供給停止で調整するとでも突きつけるつもりだろう。そうしてマギレウム価格の高騰を促し、メフルナーズ加盟国の不満を解消するつもりなのさ」


 俺の説明を聞いている途中からヴィアルの表情が険しくなっていく。


「連邦加盟国の要求を叶えるために、リカルド様と私達を利用すると?」

「そういうことだね」


 利用されて腹立たしく感じているのが丸わかりなヴィアルは、拳をギュッと握った。だけど、気持ちを落ち着けるために一つ深く息を吸い再び訊いてきた。


「リカルド様へ側室をという話を持ってきたことや、私達にアルザング常駐を求めてきたのはどういうことなのでしょうか?」

「その二つの要望のどちらかが前向きに進むようなら、マギレウム価格を上げるにはコンコルディア王国の承諾が必要で、その要望は即座に却下されると加盟国を説得しに動くつもりだったんだろうな」

「そのようなことが?」

「ああ、多分……いや確実にそうするつもりだっただろうな」


 ヴィアルに話しているのはあくまでも俺の想像でしかないんだけど確信がある。

 フレデリクは抜け目がない男だという。ならば、出してきた要求のどれもが益のある話だろうし、断られた場合も彼にとって利益に繋がるように話を進めるだろう。


 ヴィアルに伝えているのは、抜け目のない相手ならばこうするんじゃないだろうかと俺なりに考えて出した答えだ。


 俺が側室の話を受け入れたなら、そう遠くないうちにアルザングのために強力な魔石を創れと要求してきたに違いない。その魔石を使って魔獣退治なり、メフルナーズ東方の敵国との戦いを有利に進めるなりしてアルザングの利益を追求するつもりだろう。だが俺が側室を迎えることはない。そんなことは俺のこれまでを調べればすぐ判ることだ。まとまるはずはないと判っていた申し出だった。万が一まとまればそれでも良い程度だったはずだ。


 ……アルザングの面子を潰したという名目が欲しかったんだよな。


 だから本来はリンクスの傭兵部隊を常駐させたかったんだろう。魔獣対策をリンクスへ任せられれば、自分達の戦力は敵国との戦いに投入できるようになり、アルザングのメフルナーズ連邦代表国としての面子は保たれる。だがリンクスに常駐の話は断られた。


 何も根拠が無ければ、コンコルディア王国とマギレウム価格を上げる交渉はできない。

 そこで交渉の根拠に、アルザングの要求に従わない俺とリンクスを利用した。

 

「そうですか、でも、国と国の交渉が必要なほど面倒な話と判っているはずなのに、メフルナーズ加盟国はマギレウム価格の見直しを何故要求しているのでしょう? メフルナーズ連邦加盟国にはマギレウム非産出国もあり、それらの国は困る話でしょう? 仲間内から反発されるのは目に見えてるはずです。そんなリスクを抱えてでもマギレウム価格を上げる理由があるのでしょうか?」

「ある」

「それは?」

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