アルザングからの申し出
プチ・インテーラに移り住んだ父さんは俺の仕事を手伝ってくれている。リンクスの錬石師達と同じ建物に構えた三階建ての事務所で俺への依頼を捌いている。
魔石の依頼のほとんどはリンクスの錬石で対応可能で、創石しなければならない依頼などごくわずかだ。だけどそのわずかな依頼の多くは強力な攻撃力を持つ魔法を発動できる魔石の創造。そういった依頼は相手が誰でも断っている。例え王族だろうとエルフやダークエルフからだろうと受け付けていない。魔獣の相手は、魔獣討伐に特化した傭兵集団褐色の戦士に依頼すればいい。
だから俺が創石しても良いと思えるような依頼のみ受注している。例えば、土壌改良や害虫駆除、病原菌の除去などに必要な魔石は創石している。錬石師達ではまだ作れない魔石のうち生活の改善に繋がる魔石の依頼ならできるだけ対応するつもりだ。
気に入らない依頼が来たなら、俺は相手の感情を逆撫でしようと気にせず言葉を選ばずに断ってしまう。
俺への依頼は高くつく。世話になったダークエルフからの依頼には昔通りの予算で仕事しているけれど、他からの依頼には安くても金貨数枚に設定している。創石仕事が無くても経済的にまったく困らないからね。
今ではこの大陸中の商人が利用していると言っても過言ではない運河の利用料からも収入があるし、これまでの恩を返したいというリンクス達の要望があって『ソシアス』からも毎月多額の収入がある。……金貨二十枚ほどもだ。そんな気遣いはいらないんだけどな。それにしてもあいつらかなり儲けているようだな。よしよし。
その他にも新たな車両や船舶を製造しているブルーノ親方やアドリアからの創石依頼も入るから、気に入らない仕事などする必要がない。
金さえ出せば何でも言うことをきくとでも思われているのか、鼻持ちならない横柄な客が多い。気分悪いからどう思われようと構わず、用件も最後まで聞かずに帰れと言ってしまうこともある。でも温和な父さんなら穏便に対応してくれる。そして俺が受注しても良いと考えるような仕事を選んでくれる。
「父さん、何か面白い仕事はあった?」
受付けカウンターの奥に作った喫茶室に入ると、お茶の良い香りがする。客が居ないとリンクスの錬石師達と雑談を楽しんでいる父さんのいつもの姿があった。俺の顔を見ると父さんは座ったまま微笑み、一緒にテーブルを囲んでいた錬石師達はさっと立ち上がり畏まって一礼した。
「気楽にしてくれよ」と錬石師達に声をかけたあと、父さんの前に立った。錬石師達は休憩は終わりと言って、二階の作業部屋へ去って行く。
「創石関係では親方のところから……車両に装備するいつもの魔石だけだね」
「他には?」
「仕事は……ないな」
珍しく父さんがちょっと言いよどんで苦笑する。
「その様子だと、仕事以外の面倒ごとがある?」
「メフルナーズ連邦のアルザングからな」
連邦国家メフルナーズの代表国がアルザング。メフルナーズ連邦の外交と安全保障を担当している国だったはず。これまで特に関わったことがないのに仕事以外の面倒ごとが来た?
「へ? アルザングから? 仕事以外の?」
「ああ、アルザング代表サムソン=フレイザーの次女レミア=フレイザーをおまえの側室に迎えてくれ……だと」
馬鹿な! と叫びたいのを抑えて椅子に座り父さんの顔をのぞき込む。
「もう貴族じゃない俺が側室をもらう? もちろん断りますよ?」
「必ずそう言うと思ったから丁重に断ったのだ」
エリザベス以外の女性は必要ない。そのことは父さんもよく知っているから断っただろうというのは想像するまでもなかった。
「相手が諦めない?」
「側室の話を断るというのなら、アルザングの面子が潰れないようにしてくれと。リンクスの傭兵と美容液製造チームをアルザングに常駐させてくれと言うのだ」
「俺の話とリンクスの常駐は無関係じゃないですか」
無茶苦茶な話だ。確かに俺とリンクスはこれまでの経緯からかなり親しい。だから俺が頼めば仕事を受けてくれるだろう。だが俺はいつまでも彼らにとっての特別な存在でいたくない。過去は過去としてこれからは対等の仲間として付き合って行きたい。そう変るよう努力している真っ最中だ。すぐに変われなくてもいずれはと思っているんだ。なのに……。
「そうだ。ソシアスのヴィアル君に確認したところ、数ヶ月前にアルザングから依頼があったそうだ。だが、おまえも知ってるとおり、リンクスは王国内での仕事でも人手が足りない。だからいずれ人員が充実したらと断ったという」
混血児と呼ばれ蔑まれてきた者達が王国だけでなく大陸中からプチ・インテーラへ集まってきている。その数は二千人に到達しそうな勢いだ。家族を含めるとその三倍にはなるだろう。ある者は錬石見習いとして、ある者は褐色の戦士の訓練生として、ある者はプチ・インテーラで商売を始めたりしている。
人数は増えてきたけれど、現場で求められている仕事をこなすにはまだまだ時間が必要。それに王国中から来る仕事量を考えると頭数も全然足りない。
「そうでしょうね。今は北部、そのあとは王国中央部領地のテコ入れでいっぱいいっぱいのはずです」
「だがアルザングにはソシアスの状況を気にしていられない事情がある」
「何です?」
「魔獣討伐力はメフルナーズでも低下しているのに、コンコルディア王国ではリンクスの力で対応できつつある」
「ええ、ですがメフルナーズは集団での組織だった戦闘で魔獣に対処してきたはずで、魔法力が高い一部の貴族に頼らずにきた」
「うむ。だから本当の狙いは対魔獣ではないだろう」
軍事力は抑止力。国の舵取りをする側がそう考えるのは不思議じゃない。だけど、軍事力は抑止力という考え方が軍事力増強競争を起こす。自国が他国より強力な軍事力を保持し維持しない限り止まらない。それは他の国も同じだ。どこかで歯止めをかけなきゃならない動きだけど、手ひどく痛い目を見ない限り止まらない。
だから俺もリンクスも国家間の争いには不介入と決めている。それが強力な力を持った俺達の責任だと信じているからだ。
「……つまり王国の軍事力が高まるのを恐れている? ですが褐色の戦士は魔獣しか相手にしない。王国がどこと戦争しようと協力しない」
「そうだ。リンクスはあくまでも彼らの地位と生活の向上のためにしか動かないからな。だが……」
「メフルナーズ連邦はそうは信じられない。だから自分達もリンクスを自国に取り込んでおきたいと?」
自国の安全を確信するためには、痛打を与えられるのは自国だけにならなければならない。圧倒的な力を持たない限り不安なのだ。不安が不信を呼び、自国民ですら暴力で抑えようとする。争いを避けるありとあらゆる不断の努力よりも、圧倒的な優位にある軍事力の保持と行使という楽な手段に逃げる。
自分は決して理不尽な暴力は振るわない。暴力を行使するときは正義が自分にあるときだけだ。
無能で臆病な統治者ほどそう考える。……自国も相手国も同じように考える。統治する民に対して暴力を行使するときでも正義は自分にあると考える。
人は誰でも不完全だというのに……馬鹿らしい。
「うむ。だからリンクスに影響力のあるおまえを動かそうとしてる」
「ふざけないで欲しいもんですね。俺の都合のためにリンクスを矢避けの盾に利用しませんよ」
「焦っているのだ。王国が魔獣を恐れずに済む体制を整えてしまう前に自分達も……とな」
「王国の軍事力が外へ向かう前に?」
「ああ、魔獣を容易く倒せるリンクスを伴った軍事力がな」
溜め息しかでない。この際、他国と争うときは統治者同士の決闘で勝敗を決めてくれないだろうか? そしたら簡単に戦争なんて手段に走れなくなるかもな。
「……他にも何か言ってきてるんですね?」
「リンクスの派遣がなされなければ、メフルナーズで産出しているマギレウムの流通を止めるそうだ」
もう好きにしてくれと言いたい気分だったけれど、マギレウムの流通停止となれば無関心でいられない。
「馬鹿な?! そんなことをしても俺もリンクスも困らない。あ、だけど……」
「そうだ。安価で良質のメフルナーズ産を手に入れられなくなれば、王国国民は想像以上に高価な王国国内産マギレウムを利用するしか手がなくなる」
「魔法発動に必要な杖などにとてつもなく高価なマギレウムしか使えないとなると」
「魔法を戦いで使用する騎士達からはもちろんだが、日常生活で使用する魔法道具でもごく少量だがマギレウムは利用されているからな」
確かに、ランプ一つとっても魔石に魔力を伝達する箇所にはマギレウムが使われている。ランプには高品質のマギレウムは使われていないけれど、高品質のマギレウムが相当高くつくようになれば、騎士の道具でも代用可能な箇所に低品質のマギレウムを使用するようになるだろう。その結果低品質のマギレウムの価格も高騰するようになるだろう。……王国のマギレウム生産量は多くないのだから。
王国内のマギレウムが高騰した理由が俺とリンクスにあると知られれば、周囲からの視線も以前より柔らかくなってきたリンクスの環境が悪化するだろう。せっかく改善されてきた状況が悪化するのは絶対に避けたい。
「もしも……レミア嬢を側室に貰うと答えたらどうするんでしょう?」
「万が一、王国がメフルナーズへ攻め入ったらレミア嬢がおまえに泣きつくのだろう。身内の苦境を放置できないリカルドの性格は当然知られているだろう」
国家間のパワーバランス維持にどうあっても俺を巻き込むというのか。
「……」
「すまんな。エリザベスが懐妊して喜びと幸せに満ちたこれからの話をしたかったんだがな」
父さんにとって初孫になる俺の子ども達がもうじき生まれるのを、俺はもちろんだけど父さんも楽しみにしてくれていると、面倒な話をしてすまなそうにしてる様子からわかる。
「俺もさ。でも父さん、そんなに気にしなくて良いよ」
「リカルドには何か良い知恵があるのかい?」
「まあね」
「それは?」
「側室を迎えるのも、リンクスをアルザングへ派遣するのも論外」
「そうだろうな。だがそうしたら……」
「マギレウムの流通禁止に対抗する手段があればいい。だろ?」
「そんなウマイ話があるのかい?」
「ある。ちょっとした細工が必要だけどマギレウムを使わなくても魔道具を問題無く動かす手段はあるんだ。材料はすぐ手に入るし、何より安価で利用可能だ。ただ……」
「ん?」
「俺とリンクスに富がまた集まってきてしまうことと、マギレウムの産出や加工に経済を頼っているところはとても苦しくなる。マギレウム価格は確実に暴落し、マギレウム市場は成り立たなくなるかもしれない。それが判っているから使いたくなかった手段なんだ」
そう。美容関連事業が大成功する前は、良質のマギレウムを少しでも安く手に入れるために苦労したし、利用する際も工夫してできるだけ使用量も抑えていた。だからマギレウム以外の魔力伝導率の高い物質を暇さえあれば探したものだった。
そんなあるとき、あるモノを利用すればマギレウムを使用しなくても、魔力伝導効率の良い魔道具を安く作れると判った。けれど、発見した時には多額の収入が入ってくるようになっていたから、マギレウム関連で成り立っている領地や国を苦しめるようなことはしないと決め、今日までマギレウムの利用を続けてきた。
「ならばどうする? 先方の要求は却下するのか?」
「俺は国に縛られたくない。どこかの国に利用されるのも願い下げだ。この点は絶対に譲らない。俺の自由は俺自身の手で守る。……リンクスが自分達の意思でどこかの国と手を組むというのなら反対しないし止めるつもりもない。そんな権利は俺にはないしね。だけど俺に恩義を感じているリンクスを動かすために俺を利用しようとするのには徹底的に抵抗する」
「つまり?」
「俺の持ってるカードで脅し手を引いて貰う。いくらメフルナーズ連邦代表国のアルザングでも連邦加盟国の没落を招く選択をしたら無事には済まないだろう?」
「……判った。では返答はいつにする? 向こうはそう長く待つつもりはないようだぞ?」
「マギレウムを使用しない魔道具の製作に二日ほどかかる。だから三日、いや四日後に返答するよ。使者はプチ・インテーラの宿を利用しているんでしょう?」
「ああ、そうだ。じゃあ私の方から四日後の約束を取り付けておく」
「場所も時間も任せる。頼んだよ、父さん」
「判った。……ふう、やっとこれが言える。リカルド、元気な子が生まれてくるといいな?」
「ありがとう、父さん」
言葉は少ないけれど、初孫への期待を強く感じられる温かい声音と柔らかい視線がとても嬉しかった。




