カーヤの思惑
「五歳年上でも問題ないではないのでは?」
リカルドの妹ルチアナ嬢は二十一歳。アーノルト様は十六歳。政略結婚と考えれば五歳前後の年齢差などまったく問題ではないわ。だけどそれは双方の家にメリットがある政略結婚であればの話。
リカルドの父ローガンへは、セーラ女王の名で元の領地への復帰が提案されたそうだけど丁寧に断られたそうね。元領地は別の貴族が平穏に治めていて、十年以上離れたフォンタナ家が今更戻っても領民を混乱させるだけで良いことはないと考えられたそう。そしてプチ・インテーラに住みリカルドの仕事を手伝って暮らしているとのこと。
……領地領民を守り続ける責務ある貴族や、王国から出て暮らすのだから宮廷貴族とも別の道を選んだのね。
平民でも家の利益に繋がるなら政略結婚する。でも、リカルドとリンクスの力に頼らざるをえない北部貴族と縁を結んでも、王族ですら頼っているリカルド達に利益などない。ルチアナ嬢にも当然利益などない。だから政略結婚は選択しないだろう。ルチアナ嬢は自分の気持ちを優先して伴侶を選ぶ。
ルチアナ嬢のアーノルド様への態度は賓客へのそれでしかない。誰か思い人がいるのか知らないけれど、積極的にアーノルト様の歓心を得ようとする様子はまったく見えない。節度ある距離を保っている。
私がマキア家のためにジュリアス様の歓心を得ようとしている姿に触発されたようで、アーノルト様なりにリカルドや南部貴族とケイル家の関係を厚くしようと考えられてのこともあるでしょう。
ドゥラーク領からアレーゼ領へ移動し、私達の案内役がジュリアス様からヴィアーナ様に交替となった。前アレーゼ伯爵領領主ヴィアーナ様は凜々しく美しい御方でした。弟君のスライ様に領主の座を引き継いだあとも領地領民のため精力的に動いてらっしゃるという。ジュリアス様と同様に各地を飛び回っていらっしゃるらしいのです。
「リカルドとリンクスが用意してくれた私専用の美容製品のおかげで日焼けのダメージはさほどないので助かってます」
そう仰ってらした通り、瑞々しく透き通るようなお肌をお持ちで現在二十七歳とは思えず、二十歳ほどにしか見えない若々しい御方でした。……私も専用の美容液をなんとしても用意して貰うわ。
ヴィアーナ様は、従者にテミス・ブラウとルチアナ・フォンタナを連れて私とアーノルト様を案内して下さっている。農業が主要産業のアレーゼ領の各地を案内して下さっている。リカルドが開発した農耕機具が現場でどれほど有効で、農民一人あたりの生産性がどれほど向上したか教えて下さったり。香料の原料になる作物の研究成果を教えて下さったりと、ジュリアス様同様に親切で丁寧に接して下さっている。
ルチアナ嬢は、リカルドの仕事がどのように現場で活かされているのかを学ぶためにアレーゼ領へ来ていたとのこと。そして現場を視察する私達に同行し一緒に学びつつ、ヴィアーナ様のお手伝いをしている。
動きやすいようにと編んだブロンドの髪を後ろでまとめ、活発的な笑顔でヴィアーナ様と話しているルチアナ嬢は確かに魅力的でしたわ。キラキラと輝く少しくすんだ青い目にも引込まれるようですし。それにヴィアーナ様同様に年齢よりずいぶん若く見えたのはやはり専用の美容液を使っているおかげなのではないかしら?
……やはり私も……なんとしてでも……。
ですから、ケイル家の利益を抜きにしても。アーノルト様がルチアナ嬢に好意をお持ちになっても不思議ではないわ。
でも、いくら魅力的なルチアナ嬢だとしても、北部四氏族の一つケイル家の正妻には立場的に相応しくない。そして正妻をまだ迎えても居ないアーノルト様の側室にルチアナ嬢を望むのは失礼だ。このことを知ったリカルドがどのような反応を見せるのか想像すると恐ろしいわ。北部への支援も切られてしまうかもしれない。
可哀想だけど何としてでもアーノルト様を抑えなければ……。
「年齢差の問題ではないのですよ?」
「お母様から話を通して貰えば……」
アーノルト様は北部がどのような状況に墜ちたのかまだ判ってらっしゃらないのね。いえ、王位簒奪事件の後、ケイル家前当主サリス様は処刑されたのですもの判ってらっしゃらないはずはない。ただ、以前の感覚から抜け出せていないだけなのでしょう。
誇り高い名門ケイル家の威信があれば、以前なら多少の無理は通ったでしょう。ですが伯爵位から子爵位へ降爵され、テリアス第一王子への支援金は一切返らないだけでなくセーラ女王から賠償金まで請求されて経済的に困窮している今のケイル家には昔の威信などない。それは私の家、マキア家も同様。だからこそリカルドの力を借りなければならない今があり、南部貴族と縁を深めるための視察が必要になっている。
このことをもっと理解して貰わなければなりませんわ。
「ルチアナ嬢はアーノルト様の側室になりたいと?」
「いや。まだ側室として迎えたいとも言えずにいて……」
「それは当然です。正妻をまだ持たないアーノルト様の側室に迎えるなどという、そんな失礼なことを言えばケイル家への技術提供や経済支援は断たれてしまうでしょう」
「だけど正妻に迎えたくても無理ですよね?」
「ええ、ルチアナ嬢は男爵家ですけれど、領地を持たず宮廷貴族でもありません。貴族社会での評価は下級貴族でしょう。今は子爵と言えどケイル家当主正妻に見合う立場ではありませんもの。お母様のロナ様がお認めになるはずはございません」
「だけど僕はルチアナ嬢が好きになってしまって……」
長く平民のように暮らしてきたからでしょう。彼女は素朴で明るい。礼節は外さないけれど、隙を見せない上級貴族と違って近くに居てもくつろげる空気を持っている。そんな柔らかい雰囲気を持つ美しいルチアナ嬢に、北部の厳格な家で育ったアーノルトが魅力を感じても不思議とは思わない。
リカルドと関わりのない貴族女性なら裏から圧力をかけて側室として娶ることも難しくないでしょう。でも相手が悪いわ。マキア家もケイル家もリカルドの力を絶対必要としている。彼の機嫌を損ねてはいけない。
「私に言えるのは、ルチアナ嬢自身がアーノルト様の側室になりたいと考えて下さるしか方法はないということです」
「彼女は望んでくれるでしょうか?」
「率直に言いますと、側室としてしか受け入れられない以上とても難しいですね。彼女はもう二十一歳ですぐに嫁いでもおかしくない年齢です。リカルドをきっかけにしたトラブルや領地を取り上げられた事情がなければ既に結婚していたことでしょう。だから彼女の両親やリカルドが嫁ぎ先を探している可能性は高いです。そしてその嫁ぎ先は正妻として迎えてくれる家でしょうね」
ロナ様がルチアナ嬢を正妻として迎えることをお許し下されば、アーノルト様の希望は叶えられるかもしれない。だけど、期待は限りなく薄い。それにロナ様がお認めになったとしても、体面に拘る北部貴族からのルチアナ嬢への風当たりは相当強いことでしょう。そんな状況をリカルドが知ったらと想像すると……。
可哀想だけれどアーノルト様には諦めていただくほかはない。
……だけど、今にも泣きそうなアーノルト様を見ていると、諦めてなんて口に出せないわ。
何か、何か良い方法はないかしら?
この状況でアーノルト様の辛いお気持ちを少しでも慰められて前向きな気持ちで暮らしていけるようにできる方法はないものかしら?
……ジュリアス様の歓心を得るのに必死な私では無理ですね。私自身のことで頭がいっぱいなんですものね。ほんと、何も思い浮かばないわ。
!? そうだわ。リカルドの正妻となったエリザベス様なら何か良いお知恵があるかもしれない。
侯爵家の次女として何不自由なく育ち、南部で最も淑女らしい令嬢と称えられていたにも関わらず、平民以下と蔑まれていたリカルドに嫁いだあの方ならば……。義妹であるルチアナ嬢のこれからのことでもあるのですもの。相談に乗ってくださるに違いないわ。
「アーノルト様。今は良い方法は浮かびませんけれど、好意を持っていただけるよう優しく紳士的にルチアナ嬢と接してみてはどうでしょう?」
「……うん、そうするよ。でも状況は変らないよね?」
「そうですわね。ですが、良い案が浮かんだとしてもルチアナ嬢から好意を得ていませんとどうにもなりませんでしょう?」
「そうか……そうだね」
「はい。万が一状況が変って、ルチアナ嬢を正妻に迎えて良いとロナ様に思っていただけるようになるかもしれませんし、もしそうなったとき、当のルチアナ嬢の好意がアーノルト様に向いていなければ正妻だろうと側室だろうと話がまとまるはずがありませんもの」
そうよ。そうだわ。自分で口にして気づいたけれど、王国は今変りつつあるんだわ。その流れの中で北部だって変らなくてはならないのよ。実際、リカルドの力を借りて領地の立て直しを進めている。以前だったら平民以下と見られる者の力を借りるなんて、誇り高き貴族にあるまじき行為と批判し絶対に許さなかった。でも今は違う。生き残るためとなり振り構わずに変化を進めている。因習に固執してきた北部も変りつつある。
私だってそう。伝統を重んじる北部貴族をまとめてきたマキア家が、成り上がりで田舎者の……今はそうはまったく思わないけれど……南部貴族と婚姻を望むなんて考えられなかったのよ。恋愛ならまだしも政略的な意味での婚姻なんて考えられなかったわ。
……私はもちろんジュリアス様をお慕いしてますけれど。
気持ちにはまだ整理ついていないようですけれど、それでも先ほどよりはアーノルト様の瞳に力が感じられます。ルチアナ嬢に好意を持って貰えるにはどうしたら良いか考えてるのですね。
北部貴族らしからぬと見られるお優しいアーノルト様のこと、権力を笠に着て力尽くで……なんて行動はなさらないでしょう。私達の身分はリカルドより上でも力関係では違うことくらい感じているでしょうし、そのようなことをしても何も良い結果は得られないことくらい判ってるでしょうしね。
アレーゼ領の視察もあと二日。次はプチ・インテーラへ向かう。そこにはエリザベス様が居る。きっとお忙しいのでしょうけれど、少しでもお時間をいただいて相談してみましょう。
アーノルト様とルチアナ嬢のこと。そして、私とジュリアス様のこと……。




