カーヤ=マキア=ゴッドラン
王国東端をリカルド殿の従者セキヒが操縦する、馬無き馬の乗り物”魔導自動車”の窓から見る景色は流れるように変っていく。どのくらい走ったのかしら、領都ラマインを早朝出てから二刻以上過ぎもうじき正午のはずよ。馬車だったら、乗り慣れている私でもそろそろ疲れている頃よね。だけどさほど疲れていません。
私と同じように後部座席で少し間を置いて隣に座るアーノルト様も驚きと感動で、前の席に座るリカルドを質問攻めにしている。
……その気持ちはよく判るわ。お母さまから「淑女らしさを忘れるようなら、二度と家から出しません」ときつく言われてなければ、アーノルト様と同じだったと思うもの。
馬で駆けるよりも全然速く移動できて、ずっと座っていてもお尻が痛くならない乗り物。リカルド殿は「車輪式ではなく浮揚式ならもっと速く走れますし、揺れももっとないのですが」と言っていました。浮揚式とはどういうものか判らないので訊きますと、地面から浮いて移動する乗り物なのだそうで開いた口が閉じませんでしたわ。そもそも今乗っている魔導自動車でさえ、思いもよらなかったほど快適ですし。
ふふふ、興奮して瞳がキラキラしているアーノルト様、本当に可愛らしいですわ。私の三歳下とは思えない愛らしいお姿で、ケイル家の領主をいずれ継ぐだなんて想像もできません。このまま可愛らしいアーノルト様のままでいらっしゃればいいのに、
ダナエルお兄さまも、昔はお優しい表情をたくさん向け、よく頭を撫でて下さいました。でも、次期領主としての教育が始まり、ご結婚され、家と家族への責任を背負ったお兄さまは、相変わらずお優しいですけれど厳しい表情をされることが増えました。与えられた務めをしっかり果たすお兄さまをとても誇らしく思います。でももっとお優しい様子のお兄さまをたくさん見たいと思ってしまうのは、やはり私が女だからなのでしょうか?
領民の皆様もきっとお優しいダナエルお兄さまを見たいと思うのです。
武器を手に取る荒々しいお仕事は、次男のラーナルトお兄さまに任せて置けば良いのですよ。内務が苦手で戦いの事ばかりを好むラーナルトお兄さまなら、喜んで引き受けて下さるでしょうね。
……アーノルト様もいずれ可愛らしさを失っていくのでしょうね。
家と家を繋ぐための私は「ドゥラーク領領主となったジュリアス様に気に入られるようできる限り努めなさい」とお母さまに言われました。
……「王位簒奪の件で、当家は苦しい状況にあります。私はマキア家を盛り立てるために努めます。平民に頭を下げようと、格下の貴族から嗤われようとも成し遂げて見せます。
もし貴女がドゥラーク家と深い縁を結ぶことができれば、それはゴッドラン領にとって心強い後ろ盾を得られるのです。身分は同じ侯爵でも、今や王国内で一二を争うほど豊かなドゥラーク領マイヤール家にとって私達のゴッドラン領はまったく魅力のない領地です。こちらから婚姻を申し出ても断られる可能性がとても高いのです。ですが、貴女がジュリアス殿のお気持ちを掴めたなら可能性は高くなる。それに何よりも、活気があって豊かな南部での生活はきっと貴女を幸せにしてくれる。私はそう信じているのです。領主としての打算だけではないのです。母の気持ちとしても貴女のこれからを思えば……」
はい、お母さま。
ジュリアス様が私を気に入って下さるかは判りません。ですが、家のために嫁ぐのが貴族の娘の責務。家のためになると仰るのでしたら、気に入っていただけるよう全身全霊で頑張ります。
私は膝上に置いた拳をギュッと力を込めてずっと握っていたようね。手が痛くなっていることに気づいたわ。ジュリアス様に見られるかもしれないのですもの、手に傷などつけてはいけない。できる限り美しく、そして優雅な私をお見せしなければ……。
大丈夫。お兄さま達も私をいつも褒めて下さるわ。社交界でも他の令嬢に劣っているなんて感じたことはないし、侍女達も北部一のご令嬢ですよといつも言ってくれるもの。……きっと大丈夫。
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馬車で安全な道を選んでいたら、領都ラマインからドゥラーク領までは二月近くかかる。それが魔導自動車で回り道しないと十日で到着した。途中で何度も魔獣や賊に襲われたわ。けれど、魔導自動車に張られている見えない障壁のおかげで移動速度を落とすことも立ち止まることもなく、ぶつかってきた魔獣は跳ね飛ばし、賊が放った矢は車体に当たる前に地面に落ちていった。
私が乗っていた四人乗りの魔導自動車はジープという種類で、護衛や侍女が乗っていた三十名乗りのはバスという種類らしい。侍女に聞いたらバスでの移動も快適だったとのこと。
ゴッドラン領で建設予定の魔導自動車製造工場では、私達が乗っていた四人乗りジープと、二十人乗りマイクロバスを製造するとリカルドが教えてくれた。鉱山が多いブルグト領では小型と中型の貨物運搬用のトラックという魔導自動車を予定しているという。
魔導自動車の速さと快適さ、そして安全性に感動した私とアーノルト様は、自領で製造された第一号に必ず乗りましょうと約束しました。
急に魔導自動車の速度が落ちる。
「ドゥラーク領に入ったんだ。これからは速度を落として移動する。商人や旅行客とぶつかったら大変だからな。この先にある港町ティゲルゼでジュリアスが待ってるはずだ」
リカルドが振り返って後部座席の私とアーノルト様に状況を教えてくれた。
あと数刻で目的地へ到着するとのこと。ジュリアス様と合流したら、ドゥラーク領領都アローニャへ向かう。その後アローニャを宿泊地として領内を見て回る予定とのこと。
先にプチ・インテーラへ戻るためリカルドとその従者とはアローニャで別れる。
護衛達が乗るバスは変らず同行するけれど、私とアーノルト様はジュリアスの魔導自動車に乗り換える予定になっているという。
いよいよジュリアス様と顔を合わせるのね。
のんきな旅行気分ではいられないわ。なんとかジュリアス様の歓心を得られるよう頑張らなきゃ……。
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ジュリアス様は、領内のあちこちを飛び回る精力的な領主だという。
日に焼けた精悍なお顔が頼もしく見えました。お声も優しくて、義弟のリカルドと話す時を除くと紳士的でスマートな男性でした。私が嫁いでも良いと感じさせてくれる男性でホッとしました。
「エリザベスが待ってる。早く帰って誠心誠意尽くせ!」
「そんなこと言われなくても!」
ジュリアス様は妹想いのお優しいお兄さまのようで、私もついダナエルお兄さまを思い出してしまいました。
ティゲルゼからアローニャまでジープに同乗したジュリアス様は、私とアーノルト様が楽しめるよう目立つ建物や重要な施設について教えて下さいました。歴史的な面や街にとっての意義を判りやすく説明してくださる知的な方でしたわ。
私がジュリアス様を褒めると「私など父にまだ届かない若輩者です。悔しいけれどリカルドに劣っているところもありお恥ずかしい限りですよ」と謙虚に仰います。他領の子息等には、領主ならばもっと自分を高く強くみせようとしても不思議じゃありません。弱気と侮られないようにするものです。領主らしくないと思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、私には誠実に見えて好ましく感じました。
リカルドも元貴族らしく平民よりは接しやすい方でしたが、やはり平民や亜人と暮らしている方なのでしょう。所作に隙が無いとは言いがたく、たまに品が無いところも見受けられました。しかし、ジュリアス様はさすがは領主然としていてそつの無い所作ばかりでなく優雅でした。
ジュリアス様のところへ嫁ぎたい。会った初日でそう思えるようになりました。
……中央や北部の貴族は南部の田舎貴族と侮っています。ですが、それは大きな間違いではないかしら?
確かに、中央貴族ほどの雅さはないかもしれない。北部貴族ほど風格はないかもしれない。だけど、中央や北部にはない誠実さがジュリアス様からは感じます。
ドゥラーク領は交易で栄えている領と聞いています。ジュリアス様は領主ですし、誠実なだけでは領地を治められないでしょうし栄えさせることもできないでしょう。計算高く油断ならないところもお持ちでしょう。
でも夫にするなら温かみを感じさせるお人柄をお持ちの方が良いのではないかしら?
亡きお父さまは武勇に優れ政治的な手腕も秀でた立派な方でした。娘の私は誇らしく感じたものです。でも厳しい空気をいつも発していて甘えられなかったのです。お父さまは優しいとは言いがたい方でした。その分、お母さまやお兄さまに甘えましたけれどどこか寂しく感じていたものです。尊敬していましたが近寄りがたい、それがお父さまでした。
でもジュリアス様は、凜としていながらもどこか柔らかい雰囲気を持っていらっしゃる。侍従や侍女への態度も家族へのとは違いますが情を感じます。
もっとジュリアス様のことを知りたい。
私のことも知っていただきたい。
そして好ましく思っていただけたならとても幸せでしょうね。
◇ ◇ ◇
ジュリアス様は、ドゥラーク領に滞在していた十日間ほぼ毎日私とアーノルト様を案内して下さいました。妹のエリザベス様から「カーヤ様とアーノルト様をくれぐれも宜しく」と頼まれていたようです。妹に深い愛情をお持ちのジュリアス様は、妹の頼みだから配下に任せられないと、とてもお忙しいはずなのにご自分の仕事を調整して同行してくださったのです。たくさんお話しできて凄く嬉しかったですわ。
領都周辺の視察の際は領主邸の別館で宿泊し、領都から離れた場所の視察では、その場で最も立派な宿を用意してくださいました。
水棲魔獣など海産物を食材とした特産料理を振る舞って下さいました。魔獣など臭くて固いものとばかり思っていたのですが、まったくそんなことはありませんでした。
「次の視察先アレーゼ領では陸上の魔獣と山野で採れた野菜を食材とした特産料理を召し上がれるでしょう。またプチ・インテーラではリガータの森特産の食材とした料理を召し上がれるでしょう。どちらもとても美味しいので是非堪能してください」
中央貴族が家族で南部を訪れ食事と入浴をとても楽しんだ。その噂は聞いていました。北部の貴族の中にも、南部を訪れた方は居て、その方からもお話しは伺っていました。でも実際に食べると、お話し以上の驚きでしたわ。アーノルト様とも「処理方法を学べば、北部に出没する魔獣もこのように美味しい食材になるのかしら?」と期待に胸を膨らませたものです。
南部の技術を北部に……その思いは強くなりましたわ。
そしてお風呂。
南部では、美容と健康を保つために毎日の入浴を推奨されているようです。いえ、私達だって毎日お風呂には入っています。王国中の女性が手に入れようと必死になっている美容液イシュタル。その使用法には必ず入浴後にお使い下さいとあります。当然私も、毎日入浴し全身くまなく美容液を塗っています。
ですが南部のお風呂は違うのです。正確には、リカルドと混血児……こちらではリンクスと呼ぶらしいので、注意しましょう……が用意した魔道具を利用したお風呂は違うのです。領内に建てられたいくつかの入浴施設や領主邸とその別館には、このお風呂があるそうです。
湯船に張られたお湯自体に、疲労回復と美容促進のためにと光属性魔法や闇属性魔法がかけられていて、疲労に繋がる物質を体内から除去したり身体を活性化させるというのです。この入浴後にイシュタルを塗布すると、美白美容効果があがるというので試したところ本当でした。いつもよりお肌の張りが良くなり、しっとりとしていてぷるんぷるんになるのです。……南部は女性にとって恐ろしい魅力がある土地ですね。
この風呂の健康効果のおかげで、病に罹る人は減り元気に働ける領民が増え、領内の活気に繋がっているとジュリアス様は嬉しそうに話してらっしゃいました。
「各地に建てた入浴施設には貴族用と平民用があり、平民用は無料で利用可能です。施設の維持にはもちろん費用がかかりますが、領民が毎日元気に働けるので、かかる費用以上に税収も増えました」
……ジュリアス様のもとへ嫁げなくても南部で暮らす価値はありそうねって、こんなことを考えてはいけませんわ。




