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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第二部 いつもご馳走を食べ、ご婦人達の面倒をみよ。 第一章 王国改革
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それぞれの思惑(その二)

 北部四領の中でも最北に位置しているから農産物はほとんど育てられない。海産物と陸上動物が食の中心。鉱山はいくつもあるけれどブルグト領特産と言えるような鉱物は出ない。銅や鉄、そして赤魔鉱ばかり。経済的に余裕が無いから他所から買い付ける食糧の量も乏しい。ブルグト領には土地と海しかない。北部の他領からですらそう揶揄され続けてきた。


 それが、今やコンコルディア王国だけでなくメフルナーズでも商品を求め続けられている美容液イシュタルの製造販売権がブルグト領に手に入る。これで私の領地は潤い、領民達にだいぶ楽をさせられる。


 夫のサリスはテリアス第一王子の王位簒奪に加わり処刑されたわ。

 サリス(あの人)はあの人なりに、国内で影響力ある立場に就いて領地領民のために利益を誘導しようとしていた。でも時期と情勢は味方しなかった。


 当時王妃だったセーラ様から、リカルドとリンクスが持つ魔石の力を見せられ、そしてリカルドが竜族と親密な関係にあると知らされ、王位簒奪は失敗に終わると確信した。もちろんサリスにも伝え、すぐにでもセーラ様に謝罪しテリアス第一王子と手を切るべきと泣いて頼んだわ。でもサリスは私の頼みを聞いてはくれなかった。


 王位簒奪を止める手助けをするなら領主の変更のみで降爵もせず領地も削られないとセーラ様から選択を迫られた。私はマキア家のエイーネ様とすぐに相談した。周囲が見ているような、美容液を継続して手に入れられるからセーラ様に協力したわけでは決してないわ。……まったく理由になかったかと訊かれれば困るけれど。


 当主である夫を裏切った。その罪悪感は今も私を責め続けている。いえ、エイーネ様もきっとお辛い気持ちを抱き続けてらっしゃる。でも領地領民が潤うのなら、あのときの決断は間違っていなかったと思える。


 貴族と言っても下級の家柄からサリスに嫁いだ。女の身であろうと狩りにも加わらなければならなかった。だから毎日の食を確保するために貴族も平民もどれほど苦しい思いをしているのか間近で見て育ったの。地元の乏しい食材を何とか手に入れるだけで、商人から食糧を手に入れるお金などほとんど持たない領民達のことを思うととても辛い。

 ……その辛さを判っているからサリスも賭けに出たのでしょうね。


 リデス家やマルテア家は、平民の指示に従うなど貴族の矜持を傷つけると考えているようだけど馬鹿馬鹿しいわ。領地領民のためなら、平民だろうと亜人だろうと混血児だろうと私は何度でも頭を下げられる。それがブルグト領ケイル家の矜持よ。ケイル家を守る矜持というものよ。

 

 ブルグト領を潤してくれるなら、リカルドの身分が低かろうと何者でも構わない。領民の安全を守ってくれるなら、混血児の傭兵が貴族以上の魔法を使えるのだって歓迎するわ。


 エイーネ様から、リデス家とマルテア家の動きに注意しておくよう内密に頼まれた。

 ええ、ええ、領地が潤うのを邪魔するような動きは許さない。夫を裏切ってでも守ろうと決めた領地ですもの許すものですか。豊かになった領地を次期当主のアーノルトに引き継ぐのよ。


 そう言えば、アーノルトを長女のカーヤ嬢と一緒に南部の視察をさせてみないかとエイーネ様から誘われているのよね。まだ十六歳と若いアーノルトに北部の外を見せておくのも良い勉強になるかもしれない。


 ただ、カーヤ嬢はもう十九歳で嫁入り先を探しているとも聞くわ。婚約者は居たけれど魔獣討伐で受けた傷がもとで命を落とされたらしい。お可哀想とは思うし、我が家にアーノルトの他に適齢期の男子がいれば格上のマキア家との婚姻は望ましい。だけどアーノルトは嫡男でサリスとの間で生まれた唯一人の子。カーヤ嬢の人となりが判り、良縁と判るまでは簡単に縁付いても困る。


 南部を視察させてみたいけれどどうしようかしら?

 

◇ ◇ ◇


「エイーネ様、参りました」


 工場建設の進捗状況報告のためリカルドとその護衛役の従者は三日に一度やってくる。

 

「楽にして下さい」


 領主の執務席から立ち、頑丈が取り柄の武骨な長椅子に促す。調度品はその家の性格を表す。質実剛健な北部貴族の気質に沿った椅子だと思うけれど、客を迎えるには相応しくないかもしれないわ。これまでは北部以外の者がこの執務室に立ち入るなんてことはなかったから気にしなかったけれど、座り心地のよい椅子を用意するべきよね。


「早速ですが、報告をお願いします」

「はい、工事は順調です。予定よりも二日程度前倒しで進んでいます」


 リカルドが差し出した状況表を手に取って確認する。


「このまま進めば三ヶ月後には最初の稼働に移るようですけれど、本当に大丈夫でしょうか?」

「その辺はご心配なく。二日後にはプチ・インテーラで実際に製造に関わってきた者達が増えます。これまでに調達した原材料の検査が始まります。検査結果が思わしくないとしても、商品製造基準を満たすための調整に一つか二つの作業が増えるだけです。実作業時間で言いますと、二つの作業が増えたところで半日程度ですから、本稼働の際には問題ありません」

「生産量が減るということはありませんの?」


 工場が稼働すればまとまった収入が継続して入り領地や領民を潤せる。そう約束したからこそ、リカルドや混血児の指示に従う貴族や平民がいる。約束と異なる結果になれば、領主となったばかりの私への批判は強まり、貴族はもちろん領民も騒ぎ出すことだろう。そのような事態は絶対に困る。


「減りますが一日当たり数本程度です。以前お話ししましたように、今回建設している工場では、一日当たり三十本製造可能です。製造時間の減少で生産量が減ったとしても二十四本から二十六本は製造できるでしょう。少ないように感じられると思われますが、プチ・インテーラでは一日当たり二十本もありません。美容液イシュタルには光属性因子を大量に溶かし込みます。検証した結果、やはり北部だと南部よりも光属性因子を多く集められます。ですから現在南部で製造している量よりも多く生産可能です。それに……」

「それに?」


 前のめりになって聞き返した私にリカルドがビクッと身体を後へずらす。その反応に私自身も驚き、気を落ち着かせるように姿勢を正した。


「うちの仲間は研究熱心ですので、そう遠くないうちにもっと効率良く製造できる手段を見つけ出すでしょう。プチ・インテーラでの製造量も最初は一日十本程度でした。それが今では二十本近くまで製造できるようになったのです。ご心配はいりません」

「そう聞いて安心いたしました。今回の事業資金は王室から借り入れて調達しております。工場が稼働したら速やかに返済を開始しなければなりません。お話しづらいことですが、北部はいろいろとあってどこの領地も資金難ですので……」


 そう、テリアス第一王子に貸し付けた金銭は返ってこない。王子が王位簒奪関係に使ったお金だから返せとも言えない。北部四領はどこも経済的にまったく余裕が無いのよ。


「私相手ですと尚更言いづらいことでしょう。それ以上は……」


 王位簒奪の核となったのはリカルドを支配下に置くことだった。その策に協力した中心が北部四領。夫のリュギアを裏切った私が言うのもおかしいけれど、リュギア達の行為は北部四領を思ってのことだったと信じている。でも、家族を拉致して言うことを聞かせようなどという手段も褒められたものではなかったし、混血児達が使用していた魔法の強大さを思えば私達が協力しなくても王位簒奪は失敗していたでしょう。


 今思えば、私達に協力を願うことで、セーラ王妃は北部を取り潰さなくて良い道を選んだのでしょう。いきなり北部四領全てを廃領としたり、領主家全てを別の家に変更などしたら北部は大混乱に陥ったでしょうからね。それは王国全体へも波及する大きな問題に繋がり、王家の責任も問われる可能性が高くなる事態だった。

 ……セーラ女王は賢い。私達に恩を売りつつ、王家への批判も最小限に留めたのよ。敵に回すのは得策ではないわ。ああ、事件当事者のリカルドに気を使わせてしまったわね。


「お気遣い感謝します。では今回の報告は以上ですね?」

「はい。ご質問があれば何なりとお聞き下さい」

「いえ、特に質問はありませんわ。ですけれど、お話しがないわけではないのです」

「お話しとは何でしょうか?」

「実は……」


 我が家の長女カーヤとケイル家のアーノルトの二人に南部を視察させたい旨を伝える。期間は半年ほどでコンコルディア王国南部とプチ・インテーラ、そしてリガータの森を見て回らせたいこと。


「……護衛や侍従侍女も含めますと十名程度なのですが、現地でのサポートをお願いできないでしょうか?」


 リカルドは黙って考え込み始めた。

 サポートをお願いするのは、当家マキア侯爵家の長女とケイル伯爵家の嫡男の視察要員で護衛役ではない。それでも貴族と直接会話する者となるのだから、誰でも良いというわけにはいかない。


「わかりました。国内南部の案内はウェルゼン伯爵家に、プチ・インテーラとリガータの森はマイヤール元侯爵家に依頼します。それでいかがでしょう?」


 一時期王領扱いにされていたアレーゼ領は、姉のヴィアーナ=ウェルゼン=アレーゼが家宰に就き、嫡男スライ=ウェルゼン=アレーゼが領主の座を継ぐ。スライはあと一年ほどで成人するのでその際にはヴィアーナは家宰から退く予定らしい。


 ドゥラーク領は、嫡男ジュリアス=マイヤール=ドゥラークが家督を継ぎ正式にドゥラーク侯爵領領主となった。元領主ベネディクトはプチ・インテーラで新たな生活を送り、王位簒奪を防ぐため女王セーラと共に説得に来た妻のクリスティナとは、まだ近しいとは言えないけれど、彼女が開くお茶会には二度ほど参加させて貰っている。


 ウェルゼン家もマイヤール家もリカルドとは懇意にしている貴族。縁あって娘のカーヤが嫁ぐにしても不足のない両家でもある。……女王セーラとも懇意で影響力のある両家。どちらかと縁戚関係を結べるなら願ってもないわ。


 まだ十三歳か十四歳のスライに今年十九歳のカーヤを嫁がせるのはヴィアーナ嬢が嫌がるわね。でもジュリアスは確か今年二十六歳で……一度結婚しているけれど子を産む前に前妻は病で亡くなり、今は独身のはず。同じ身分の侯爵でもあるし、何より国内随一の勢いがある家。……カーヤが嫁ぐには良い相手だわ。


 政略結婚としてみると、うちには大きな利益があるけれどマイヤール家がマキア家と姻戚関係を結ぶメリットは無い。現状だと悔しいけれどデメリットしかないと見られても仕方ない。ならばジュリアスがカーヤを気に入ることに賭けるしかないわ。何とか好意を得られるよう、カーヤには後で強く言い含めておかなければ……。


 そう言えば、カーヤはアーノルトに気持ちを寄せていると、ロナは勘違いしていたようね。カーヤがアーノルトを見る目は幼い兄弟へ向けるものなのよ。長女とはいえ三兄妹の末っ子として生まれたあの娘は、年下の弟妹が欲しかったようなの。アーノルトに限らず、近しい親類の年少の子をとても可愛がっているわ。まだ生まれたばかりのダナエルの子がもう少し大きくなったら溺愛しそうですもの。


 三人の子どもに恵まれた夫は側室を必要としなかったわ。私への愛情が深かったと思えれば良かったのだけど、ただ単に、複数の妻を持つと家が荒れると考えていたからなのよね。だからカーヤが生まれてからは、寝室は別になったのよ。そもそも政略に夢中になって家に戻ることも滅多になくなった。


 三人の子どもを産み、正室としてのお役目を果たせたと私も満足していたし、夫に構うよりも子ども達の教育で日々を忙しくしてきた。これからはダナエルに家督を継がせられるようになるまで、ゴッドラン領を盛り立てマキア家の立場を固めるのがこれからの私の務め。


 ハッ、返事を待つリカルドの視線が鋭くなってきた。答えは決まってるのに焦らすような態度を取ってしまうのは、思わせぶりをして自分の価値を高めようとする社交界慣れしている私の悪い癖ね。

 

「ええ、構わないわ」

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