作業状況確認
俺と一緒に北部まで来たのは護衛役のセキヒ、美容液製造に必要な設備担当のベルツィオと製造工程担当のレイヴァ。ベルツィオとレイヴァは混血児だ。
ベルツィオはブルーノ親方のところで修行中の鍛冶見習いの一人。レイヴァは美容関連で使用する材料と魔法の研究者の一人。二人とも錬石技術も持っているし、中型までなら魔獣を一人で相手にする力もある。今回の仕事に適した技術を持っているから連れてきたのはその通りなんだけど、この二人に決まった理由は他にもある。
二人はいわゆる恋人関係にある。……まあ、そのことを知ったのは、レイヴァを北部に連れて行くと決めてからなんだけどね。レイヴァが半年から二年程度リガータの森から離れると知ったベルツィオがどうしても一緒に行きたいと言い出した。鍛冶見習いから一人連れて行くつもりだったからすぐ決めたんだけど、レイヴァと長い期間離れていたくないベルツィオは、他の鍛冶見習い仲間には北部出向員に立候補しないよう頼み込んだらしい。
……仕事さえしっかりやってくれるなら恋人同士でも気にしないしね。
改革案の説明を終えた後、二人は北部側の担当者と打ち合わせしている。北部側担当者は貴族だから、混血児の二人と対等に仕事できるのか不安はある。マキア家当主エイーネ=マキア=ゴッドランにはその辺りに十分配慮して貰えるよう頼んだし、エイーネも北部貴族の矜持に誓って改革に協力してくれる者達に嫌な思いをさせないと約束はしてくれた。
実際に仕事を始めればぶつかる機会も多いだろう。身分差を表に出してきて、二人が仕事しづらいこともあるだろう。もともと貴族どころか平民や亜人からも差別されてきた経験を二人は持つ。それでも必死に生きてきたから精神的には強いものをもっている。その強さで仕事を成し遂げて貰いたい。もちろん俺も可能な限りサポートする。
仕事が動き始め、当面必要な魔石を創石し終えたら俺は一旦エリザベスのもとへ戻る。だけどその時には追加メンバーとして二名やってきて美容液製造工場完成に向けてピッチを上げる手はずになっている。
……可能な限り早く仕事を終えたいもんだな。
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「ベルツィオ、進捗はどうなってる?」
到着してから十日が過ぎ、建設予定地の視察、建物や設備に必要な資材や北部で手に入る原材料の成分チェック、プチ・インテーラに建てた工場の設計図をもとにこちらの職人と計画を進めているはず。
「はい、建物と設備の準備は予定通り進んでいます。ただ、資材や原料の搬入と商品搬出時に使用する道の整備には多少遅れが出ています。土属性魔法を利用して整備しているのですが、今のところ私とレイヴァくらいしか、適切な強度を保つ路面を用意できないもので……」
アイスブルーの瞳が曇り、申し訳ないと思っているのを感じさせる。
なるほどね。ベルツィオとレイヴァには各種属性魔法を使用できる魔石を魔法銃に込めて渡してある。だから工場建設や道路整備に必要な魔法も使える。だけど、工場を建てる前に必要な基礎部整備や美容液製造用設備を用意するための鍛冶作業もあって、ベルツィオが道路整備に関われる時間がとれないみたいだ。
またレイヴァは美容液製造過程で求められる技術――魔石や原材料に含まれる属性因子の把握――を現地の混血児に教育している。原材料の成分チェックと製造途中での状態チェックや最終成果物の検査で必須の技術を教えているという。この属性因子の把握は経験しながら感覚を掴ませるしかないから、相手に合せて教育強度を変えなければならない。商品の品質を一定レベルに保つためにも、向上させていくにしても必須の技能だから、この教育には手を抜けない。つまりレイヴァも道路整備振り向けられる時間がない。
じゃあ俺がと言いたいところだけど、創石作業が忙しくて難しい。原材料から不純物を取り除くために利用する魔石、光属性因子を大気中から集積する魔石、様々な原料に光属性因子を付加するための魔石はもちろん、工場内の温度を保つための魔石や工場内を清潔に保つための魔石も用意しなければならない。他に工場の安全を守るためのセキュリティー関連魔石も必要だ。まぁ、各種魔石を稼働させるために必要なエネルギー・ストレージタイプの魔石は片手間に創石しても必要数を用意するのは簡単だからいいけれどね。
いずれにしても道路整備には多少時間がかかるのは避けられないようだ。
「別に良いさ。道路整備状況に関してはエイーネ侯爵夫人に伝えておくよ。それに追加メンバーが到着したらサクッと終わるだろうしね」
「はい、しかし、ここはリカルド様にとって好意的と言いがたい土地です。隙を見せたらどんな言いがかりをつけられるか判りませんので……」
「いいじゃないか。道理に合わない文句言うようなら手を引くだけさ。セーラ女王にもできることはやるだけやったのにと言い訳できる。俺としちゃリガータの森に早く帰れるしエリザベスのそばに居られる。ベルツィオとレイヴァも結婚準備に取りかかれる。嬉しい話じゃないか」
「は、はぁ……」
「そんなことより、マキア家次期当主ダナエル氏はどうだい? 今回の事業では北部側の代表として動いてるんだろ?」
ベルツィオは冷静な表情を取り戻した。俺に与えられた私室で報告を聞いているんだけど、彼に当たる窓からの日射しが少し強くなった気がする。
「ダナエル氏はかなり前向きでとても協力的ですし、仕事以外の場でも友好的です。ケイル家から出向いている実務者の方も強い関心をもって現場を見ておられます。ですがマルテア家とリデス家からの方は尊大ですし、こちらの話をきちんと聞いていない場面もありまして……」
多分、マルテア家とリデス家の領主は、先日行なった俺の説明でこの事業の大切さを理解している。だけど、その臣下は「所詮、卑しい混血児がやってること。領主から指示されたから出向いてやっている」程度の認識なんだろう。
「ふーん。ま、いいんじゃないか? 工場建設はマキア家のゴッドラン領が他の地域より先駆けて行なっている。ここで成果が出たら、マルテア家やリデス家も真摯にならなきゃいけなくなるだろう。だってさ? 北部四領はどこも経済的に苦しい。南部から食糧を調達するにしても資金が必要になる。その資金を稼ぐ手段が今までは、他領の魔獣討伐などで軍隊派遣だったわけだ。その仕事が”褐色の戦士”に奪われつつある以上、何も手を打たなければジリ貧だからね。誇っている軍を養えなくなる前に考えを改めるだろうよ」
「そうならいいんですが……」
「ベルツィオは心配性だなぁ。マルテア家とリデス家の事業が失敗しても俺達はまったく困らないし痛くもないじゃないか」
「いえ、そうじゃなくて、スケジュールよりも長期延長になってしまうとレイヴァとの結婚がまた先送りになってしまわないかと……」
なんだそっちの心配か……と、軽く考えちゃいけないな。ベルツィオは二十二歳だけどレイヴァは今年で二十八歳になる。出産を考えたらそろそろ結婚して落ち着いておきたい気持ちはよく判る。
「心配しないでいいよ。ベルツィオとレイヴァには一年以内にリガータの森へ戻って貰うつもりだ」
「それは嬉しいですが、マキア家以外の工場建設のとりまとめは誰が?」
「各領地の工場ごとに担当を分ける予定なんだ。俺にはベルツィオがいくら優秀に見えても、ブルーノ親方に言わせるとまだ半人前なわけで、鍛冶技術を向上させなきゃいけないだろう? ずっと北部に居て貰うわけにはいかない。こっちに縛り付けていたら俺が親方に怒鳴られちゃう」
各領地の工場建設担当者を変える理由はまだある。
リンクスはとても友好的な南部の貴族と比較的穏当な中央貴族との接触ばかりで、こちらの能力に懐疑的だったり否定的な貴族と仕事していない。要は、楽な交流交渉ばかりだ。
北部は基本的に特権意識が強く尊大な貴族が多い。セーラ女王の手助けという背景でもなければ、俺だって関わりたくない地域だ。だけど今後も傭兵や製造販売業を続けていくなら、気にくわない相手とも接触はあるだろう。そういった際に活かすために、リンクスには経験を積んで貰いたい。
幸運なことに、マキア家とケイル家は少なくとも表向きは積極的に交流を深めようとしている。貴族との仕事の立ち上げとしては好ましい状況だ。この状況下で、新天地での事業立ち上げには必ず生じるだろうトラブルと向き合えるのは望ましい。
ベルツィオとレイヴァの二人が経験を積んで、リガータの森やプチ・インテーラでの事業に活かしていければいい。今でも傭兵業と美容液製造業でそれなりに収入はある。でも今後様々な仕事に就けるようになるためには、コンコルディア王国だけでなく隣国のメフルナーズの内部でもやっていけるようにならなければならないと思う。だからこれから来るメンバーにも貴族との仕事で経験を積んで貰い、高いスキルを保つ仲間の層を厚く出来れば、リンクス達の職業選択の幅は広がり生活基盤も安定しリンクスの誰もが俺の手を離れてもやっていけるだろう。
……まあ、今のところは焦る必要ないんだけどさ。それでも経験できる機会は大事だよね。
「それに複数の領地で事業立ち上げに協力すればさ? その分収入も増えるだろ?」
美容液製造業でも魔導自動車製造業でも収益の一パーセントはいただくことになっている。その収入はリガータの森とプチ・インテーラで暮らすリンクス全体の収入として彼らのための生活基盤を整備するために使用する。学校を運営するにも資金は必要だし、託児所や病院などもこれからは整備したい。高齢者や傷病者のような、仕事に就けないため収入を得られない者達の保険も準備したい。
貴族になど生まれつかなくても、幸せを追求できる環境を用意してやりたい。
俺は創石だけで十分過ぎるほどの収入がある。美容液製造でも魔導自動車製造でも、まだ錬石では作れない魔石の需要がある。どのような魔石でもいずれ錬石で全て作れるようにとリガータの森ではテレサ達が錬石方法の研究している。実際、単一属性の魔石や鍛冶魔法に必要な魔石ならば既に作れるようになっているし、エネルギー・ストレージタイプの魔石もそうだ。今は複雑な術式を必要としている魔石でもいずれは何らかの手段で作れるようになるんじゃないだろうか。
また回転エネルギーを生み出す魔法はどの属性の魔法でも可能だけど、それなりに複雑な術式を必要とする。だけど魔導タービンを利用すれば火属性魔法だけで、それも少ない魔力量で生み出せる。つまり道具と魔法の融合で可能になる事象は多いはずだ。これも鍛冶見習いを卒業した仲間が取りかかる予定。
いずれは俺の創石能力がなくても様々な魔法を駆使できるように、様々な事象を生み出せるようになっていくに違いない。……俺はそう期待しているんだ。
遠い将来、多くの生活手段と高い文化水準を持ち、豊かな生活を送る環境を持っているのがリンクスだと世界中から見られるようになれば、これまで虐げてきた者達への復讐になるんじゃないだろうか。俺はある程度の道筋を用意したら、彼らに干渉することなく自由に生きるけどね。
「わかりました。与えられた仕事を懸命にこなします」
「うん、だけど、無理はいけないよ? 何をするにも健全な心身を維持しなきゃいけないよ? レイヴァとの時間も作っていいし、のんびりする時間も必要だからね」
「ありがとうございます」
現場へ戻るベルツィオの後ろ姿を見送ったあと、愛するエリザベスへの定時報告を始める。テリアス第一王子に誘拐されてから心配かけないようにと、朝昼晩は一言程度の無事の連絡そして就寝前には魔石を利用した通信で状況報告する約束してあるんだ。




