改革案の説明
コンコルディア王国北部、王位簒奪を企んだテリアス第一王子を支援していた地域で、俺にとっては敵地のような場所。最大五年間は協力するという女王セーラとの約束を守るために、敵地同然の北部へやってきた。
北部地域は食糧生産に向かない土地でが多く、また他の地域でも採れるような鉱物ばかりで、一次産業での興隆は難しい。北部全体で見ると経済的に貧しいから、身分差をもととした差別的な環境が生まれやすい。力ある者に富が集まり力なき者がより苦しい生活を送りがちなのは北部に限らないけれど、この状況を固定しようとする力が北部は他地域よりも強い。
この状況を改善するには、領民から金銭や労働力を貴族が搾取しなくても良い状況を作るしかない。
いや、貴族以外の民を別の土地へ移住させてしまうという手段もある。俺としては北部などどうなっても構わないからそちらの手段の方が楽だ。これまでふんぞり返って民から搾取し好き勝手やってきた貴族がその後どうなろうと知ったことではない。移転に関わる労力が一時的に大量に生じるけれど、南部には仕事はたくさんあるし、王国を出てプチ・インテーラで暮らそうというのなら、人手が全然足りないから大歓迎だし、面倒ごとが短期で終わると考えると気が楽だ。
だけど、北部が廃れて人が住まない土地になってしまうと、魔獣が増えるのは間違いないし、賊も根城にするだろう。そうなると王都がある王国中央部での生活に危険が高くなる。つまり、中央地域の安全を保つために北部地域を野放しにしておけないという話だ。
これも本来俺にはどうでもいいことなんだけど、女王セーラとの約束がある以上五年間は協力するしかない。どうせ協力するしかないなら、俺達にも利のある方向で動くつもり。そして手を貸すからには、きっちりしっかりやって後からウダウダと難癖つけられないようにするつもりだ。……仕事はきっちりきっちりですよ。
で、北部地域で農産が不利となる最大の問題は寒冷地であるということ。夏が短く冬が長く、一年中雪が消えない地域も広い。食用作物栽培に適した土地が狭い。寒冷地でも育つ食用作物を作るには品種改良に時間がかかる。魔法を利用しても短期では改良できないだろう。まあ、南部に頼らずに食糧事情を改善するために品種改良は行なっていくつもりだけれど、北部が早急に潤う策も大事だ。
そこで光属性因子集積用魔石を創り、光属性因子が大量に含まれる美容液イシュタル――地球の神話に出てくる美の女神の名前からつけた――の製造工場を建設する予定だ。
日射しだけなら北部より南部の方が強い。だが北部には北部の強みがある。一年中雪が残っているということは、一年中反射光を利用できるということだ。南部なら地面に吸われてしまう光が雪に反射して大気中に在る。直射光と比べると反射光に含まれる光属性因子は半分ほどだ。だけど、陽が上っている日中は直射光プラス反射光から光属性因子を集められ、陽が落ちた夜間は月光とその反射光から集められる。新月の日だけは日中だけしか集められないだろうけれど、それでも一定期間内の集積量を比べると南部より多くなるだろう。
俺がすべきことは、光属性因子集積用魔石の創石、工場の設備を用意し、製造に必要な様々な原料保管のための環境整備だ。
工場が稼働し始めたら後はマキア家主導する北部四氏族に運営を任せる。四氏族の各領主が原料調達、製造、販売に関わるのかは俺の関知するところではない。だけど材料内に含まれる属性因子を把握できるリンクスが関わらないとイシュタル製造は不可能だから、北部で暮らす混血児が仕事を得られるようになるだろう。最初の一年はプチ・インテーラでイシュタル開発に携わったリンクスの協力は必要だけど、錬石の技術を身につけるわけじゃないから早ければ半年以内に全員属性把握できるようになるだろう。
俺はとにかく創石だ。他のことは指示してしまえばいいし、工場完成したら再び来訪し確認して不備があれば指摘すれば良い。一刻も早く北部での仕事を終わらせてエリザベスのもとへ戻らなければならないんだ。
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「これが《ジープ》という馬無き馬車ですか……話には聞いていましたが……」
後部座席から降りると、出迎えに来ている人達の中でもひときわ豪奢な装飾された銀のコートを纏った女性が近づきつつ小声で驚きの表情を見せる。
「あ、これは失礼しました。私はマキア家当主エイーネ=マキア=ゴッドラン、こちらはケイル家当主ロナ=ケイル=ブルグト、こちらは……」
通常ならば上位の従者がすべきこと北部四氏族筆頭とも言われるマキア家当主自らが四氏族の当主達を紹介する。俺達の歓迎を最大限の敬意で示そうというのだろう。まだ紹介された者達に笑顔はないが、リデス家当主ファニア=リデス=ゴーバルドと紹介された厳い男性を除くと敵意は感じられない。
ファニアから感じる敵意に、先に降車していたセキヒが反応し俺の前に一歩出た。
「ファニア殿、遠方から来て下さったリカルド殿に対して失礼な態度は止めていただきたい。北部四氏族の礼節を疑われてしまいしょう」
エイーネが鋭い視線を向けると、「これは失礼した」と一礼した後に放たれていた敵意がファニアから消える。穏当な空気のみになると、ファニアから視線を外さずにだがセキヒもまた俺のすぐ後ろへ戻った。
「王都ではいろいろありましたし、これまでの経緯もあります。私は気にしていませんので」
そう笑みを向けると「寛容さに感謝いたします」とエイーネも一礼した後微笑んだ。
面倒ごとにいちいち対応する時間なんてない。するべき仕事をさっさと終わらせてエリザベスのもとへ帰りたいだけなんだ。「ではこちらへ」と促されるまま、俺とセキヒそして今回随員した二名の四人は北部四氏族の後ろをついていく。
俺達が案内されたのは、ゴッドラン領領都ラマインにある迎賓館、その会議室。
歓迎の席を設け、お互いにそれなりの挨拶を交し雑談を交え多少なりとも顔見知りになってから仕事の話へと移りたい。エイーネからそう提案されていたけれど、余計な儀礼は不要だし、少しでも早く仕事に取りかかりたい。実務上の交流でお互いを知れば良いと伝えたため、早速、仕事の段取りを話す場となったんだ。
「将来的には、北部の食糧生産量を増やします。可能になるのは数年後……早くても三年から四年後になるでしょう。ですが、北部には現状を維持する余力はさほど無いでしょう。三年以上も待っていられません。ですので、一年以内に経済面での興隆が必要となります」
王位簒奪失敗でテリアス第一王子につぎ込んでいた金銭の回収が不可能になった北部は体制維持費用にも苦しい状況に追い込まれている。セーラ女王から水面下で知らされた情報によると《良く保って二年》とのことだ。
国の支援は可能だが、王位簒奪に組みした罰を経済面でも与えなければならないので今回は助けられない。それに平民や混血児達の立場を向上させるためには、領内一致して困窮と戦う状況も必要だろうとセーラ女王は悪い笑みを浮かべていた。
まったくあの女王は、国庫に負担をかけないために俺に面倒ごとを振ってきた。俺とリンクスを都合良く使うなと言ったはずなのにさ。そのことをクレームしても、きっと「記憶にない」とでも言うだろう。これだから政治に関わる輩ってのは嫌なんだ。
……協力は五年なんて言わずに二年とでも言えば良かったな。
協力するにしても魔石の貸与だけで済ませるつもりだった。実務までなんて聞いてない。いや、魔石貸与だけでいいなんて女王も言わなかったけどさ。契約は細かいところまで詰めてから行なわないと駄目だね。
……この世界でも、世の中ほんと世知辛い。
「そこで美容液製造工場を北部四領のそれぞれに建てます。建設予定地については事前にお願いした通り、一年中雪が積もっている場所です。原材料はできるだけ北部地域で調達しますし、工場での作業員も最終的には北部在住者に限定する予定です。これによって北部四領には大量の雇用が生まれ、また美容液の販売収入などが発生します。この辺りはプチ・インテーラで経験済みですので、確実な利益を短期間で北部にもたらすとお約束できます」
実績の裏付けがあるから説得力があるのだろう。敵意を向けてきたファニアですら静かに頷いている。
「美容液の製造販売で北部の経済面は改善します。ですが、将来を見据えるともう一つ手を打っておきたい。というのは地域経済が一つの産業に依存しきるのは危険だからです」
「危険?」
エイーネが怪訝そうな視線を向けてきた。事前に北部開発案の要旨を知らされているエイーネでさえ疑問に感じるのだ。他の者達が不信の目を向けてくるのも無理はない。
「はい、北部住民が数万人程度ならば次々と新たな産業に移ることも難しくないでしょう。ですが数百万人が暮らす地域のための産業となれば止めるのも新たに始めるのも簡単ではありません。一つの産業に依存してしまうと次に頼る産業に地域の体質が移るにも時間がかかるのです。その産業が上手く行かなくなったら苦しい時期が長期化しがちなのです」
「ではどうすると?」
概略は聞いていても北部開発案の詳細は知らされていないのだろう。ロナが口を開いた。
「美容液製造販売業の他にもう一つ始めます」
「それは?」
「魔導自動車製造販売業です」
「魔導自動車?」
この世界には自動車などないから、魔導自動車と聞いても何のことか判らなくて当然だ。俺はロナに笑顔を向けて話す。
「私達が乗ってきた”馬なき馬車”のことです」
「あれを北部で作るというのか?」
「はい。北部には魔鉱鉱山が複数あります。残念ながら、その多くが黄魔鉱や赤魔鉱で、マギレウム精製の際に”ゴミ”を取り除くための作業を絹魔鉱より多く必要とします。だから絹魔鉱を精製したマギレウムと同じ価格で売った場合利益が少なくなります」
「……」
絹魔鉱から精製するより黄魔鉱だと二倍、赤魔鉱だと三倍近く、不純物を取り除くための時間と手間がかかる。だからせっかく魔鉱鉱山があっても地域経済を潤さない。
……まあ、不純物を取り除く魔法術式を修正すれば、黄魔鉱だろうと赤魔鉱だろうと絹魔鉱並みに精製効率を上げられるんだけど、今は魔導自動車製造に前向きになって貰うために黙っておく。魔鉱鉱山だけでも十分利益を増やせるなんて知ったら俺の目論見が達せないかもしれないからな。
「魔導自動車は魔法で動くわけではありませんが、動かすために魔法を利用しています。詳しい説明は省きますが、つまり魔石を必要としています。それも役割が異なる複数の魔石が必要になります。その魔石を接続するにはマギレウムが必要です。マギレウムだけを売ろうとすると利益は少ない。けれど、自動車の部品として利用すれば、自動車の販売価格に利益を含ませられるようになります。これで今まではさほど利益があがらなかった魔鉱発掘やマギレウム精製業でも利益があがる仕組みができあがります」
「……」
最初に造った魔導自動車より今のモノで使用するマギレウムはかなり少ない。魔導自動車の価格を抑えるために親方と俺は設計を見直したんだ。今だと貴族が魔法発動に利用する一般的な魔導杖に使用する量より少ない。高価な魔導自動車の価格に比べたら、使用するマギレウムの値段はそう高くは感じられないだろう。十万円の商品だと使用されてる部品代の一万円は高く感じる。一千万円の商品だと一万円は誤差の範囲と感じられるものだからね。
「実のところ、私はダークエルフの職人と組んで魔導自動車や魔導水蒸気船作っているのですが人手が足りなくて、国内外からの注文に応えられずにいるのです。そこで魔導自動車の注文は北部に任せたいのです。もちろん土魔法の得意な鍛冶技術の高い職人が大勢必要になりますので、一年や二年では魔導自動車は製造できないでしょう。しかし、数年後には美容液製造業よりも大勢の雇用と利益を生む産業が北部に誕生するのです。魔鉱採掘や精製だけではありません。鉄の需要も増えますし、魔導自動車を利用した運送業も生まれるでしょう」
「……」
地球の自動車産業ほど多種多様な産業を支えることはできないだろう。魔法を利用して躯体制御を行い安全装置を発動させるから必要な部品数はかなり少ない。馬車製造に毛が生えた程度のものだからなあ。それでも、馬車よりも大量の荷物をより短い時間で輸送できるようになるだけで大きな恩恵があり、プチ・インテーラでも南部地域との輸送業が活気づいている。
「以上のように、まず美容液製造業、次に魔導自動車製造業、並行して食糧生産増加に向けて試行錯誤していきます。私は北部の経済状態を必ず改善できると確信しています」




