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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第五章 秩序崩壊への一歩
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エリザベスの決意

 ……仕方ないなあ。

 首を思わず横に振って溜め息をついた。

 ……エリザベスが約束したんじゃ仕方ない。


 俺の気持ちを判っているエリザベスが、その気持ちに反することと判っていても俺を救うために約束した。

 ……それじゃ仕方ない。


 心配そうなエリザベスに苦笑し、表情を固めてから王妃に向き合う。


「何度も言うけれど、俺は政治には関わりたくない、気ままに生きていたい」

「判ってるわ」

「ジョアナとフレイアを預かれば、王族の揉め事や国のトラブルに関わらなきゃならなくなるだろう」


 表向き、王族から外れると言っても国王に連なる血筋である以上、ゼルテンスを次期国王に就けようとする王妃に対抗しようとする貴族はジョアナ達を確実に利用しようとする。

 「継承争いの火種を残したくない」と王妃は言う。だけど人を利用しようとする者にとっては表向きの理由などどうとでもなる。ジョアナ達が王族の血筋をひいているのは事実だからな。

 ジョアナ達を預かるってことは俺が彼女達の庇護者となるということだから、彼女達を守らねばならない立場ってことだ。当然、王位を巡る政争に関わらざるを得ない。 


「そうかもしれないわね」

「……最長で五年だ。五年以内にそっちはケリをつけてくれ」

「五年も助けてくれるの? 優しいわね」

「ふん! 俺だけじゃなくリンクスを都合良く使おうとするなよ」


 「約束は守るわ」といったあと王妃は席から立ち上がり、扉へ向かう。話はついたからあとは動くだけとでも思っているのだろう。やるべきことはたくさんあり時間は有限だから正しい。


「ごめんなさい」


 王妃が出て行ったあとエリザベスは俯いている。


「気にしなくて良いよ。たった五年だからね」

「でも……」

「いいんだ。王族が秩序や伝統を蔑ろにするのはリカルドのせいだと言われるだろうけどね。それも面白いし」

「怒っていないの?」


 俺の本音を探るようにのぞき込むエリザベスの瞳にはまだ心配の色がある。


「怒る? 怒りゃしないさ。俺を助けるためにした約束なんでしょう? だったら原因は俺にある」

「今のままのんびり暮らしたいと言ったのは本当の気持ち。でも……」

「判ってるよ。俺やエリザベスが望まないことでも、やらなきゃならないと考えたんでしょう? 仕方ないさ」


 人は弱いし不完全な生物だ、いくら正しくあろうとしても間違うときは間違う。理屈に合わないことでも選ぶ時がある。人が持つ判断の天秤は気持ち次第でどちらにでも下がるものだ。だけど、エリザベスの決断が間違いとは思わないし、俺と同様に気楽な生活を送りたい彼女にとっても本当は選びたくない選択だったんだろう。俺のためを思って選んだと思えば感謝しても怒るなんてことはない。


「許して下さるのですか?」

「許す何もエリザベスは怒られるようなことしていないじゃないか」

「ですが……」


 エリザベスを責めているのは、エリザベスの中にある「俺の考えや気持ちを尊重したい」「俺の意思に従わなければならない」という思いだ。その思いを生み出しているのは、これまでのエリザベスを育んできた環境。


 彼女はもう貴族じゃない。もうお嬢様じゃない。環境が変わり立場も変っている。ならば変化に順応しつつ新たな自分を作りだしていけばいい。俺はそのきっかけを渡してあげたい。


「何か罰がないと気持ちが落ち着かないというのなら、そうだなあ。じゃあ俺のお願いを一つ聞いてくれないかな?」

「ええ、私にできることでしたら何でも」

「様をつけるのを止めて欲しい」

「え?」

「夫婦になってもうじき三年だよね? リカルド様じゃなくリカルドと呼んで欲しいな。俺への敬語も必要ない」

「家の主人に対してそんなことは……」

「そう、その家とか主人って奴さ。俺はそんなものに拘るのは嫌なんだ。そして俺とエリザベスは対等なんだよ」

「そのようなこと許されるのでしょうか?」

「誰かの許しなんか必要ない。それでも許しが欲しいというのなら俺が許すよ」


 俺の意思には従いたい。だけどその意思に従うとこれまでの自分が従ってきた考えに反してしまう。その逡巡の中でエリザベスは決断できずにいる。だけど他の誰でもないエリザベスにこそ俺と思いを共有して貰いたい。


 人は皆保守的だ。これまで多少問題があっても生きてこられた環境を変えるのを恐れる。守っていようと変えようと、より良い未来があるのかなんて誰にも判らない。だからこれまで通りでいられれば、これまで通りの日常を送れると勘違いしてしまう。そんな保証はまったくないのに、現在がずっと続くと勘違いしてしまいがちだ。


 変化し続ける環境に順応し続けてきた生き物だけが生き残る。そして知恵ある者だけが意識的に順応できるのだから変化を恐れちゃいけない。変えてダメだったら元に戻せばいいだけだし、別の変化を探しても良いんだ。変化への一歩なんて簡単なことでいい。俺はエリザベスにそのことを実感して欲しい。

 ……言葉は思考を縛り行動を制限するものだしね。


 俺から視線を逸らし、エリザベスは自分自身と戦っているのが表情に現れている。


「リカルド様のお考えには従いたいと思いますけれど、でも……」

「命令じゃないよ。俺と同じ考えや気持ちを共有して貰いたいだけなんだ」

「共有……」

「夫婦間に主従のような上下関係があるのは嫌なんだ」

「……本当に宜しいのでしょうか?」

「もちろんだよ」


 エリザベスは視線を外さない。先ほどと違って、美しいサファイアのような瞳に不安さは見えない。


「判りました。すぐには難しいでしょうけれど」

「ああ、ありがとう」


 やっと微笑んでくれたエリザベスの手をしかと握った。


◇◇◇


「母上、リカルドとリンクスのこと本当に宜しいのですか?」


 軟禁されているゼルテンスの私室には以前に来た時より物が少ない。以前は武具や防具が壁際に、支援者から貰ったと思われる装飾品がテーブルや棚にこれ見よがしに置かれていた。それらがほとんど消えていて、慎ましく暮らしていようだ。

 ……だいぶ周囲が見えてきているようね。


「何が?」

「配下にしないまま彼らの力を利用することです」

「猛獣は檻に入れておけばいいわけじゃないわよ?」


 テリアスとゼルテンスはリカルド達を支配しようとした。その気持ちは判るけれど、支配を受け入れられない者には悪手。それにプチ・インテーラで見たように、彼らを自由にしておけば『使えそうな道具』を勝手に作る。それらを手に入れやすい関係を築く方が良い。支配などして彼らから反感を買えば、こちらに都合悪い物を作るかもしれない。その方がやっかいだ。


「というと?」

「必要な時に必要な仕事をしてくれればいいの。彼らがこちらに牙を向けないよう気をつけていれば良いだけよ」


 そう。リカルド達のことは後回しで良い。友好的な関係さえ維持していれば彼らが反抗してくる恐れは当面ない。ジョアナとフレイアを預けても、国家に距離を置こうとする彼らは王国を支配しようとはしない。……リカルドが生きているうちは絶対にしない。逆にジョアナ達の身体や気持ちを大事にしようとして王国に不利なことはしようとしないでしょう。だから優先しなければならないのは王族の地盤を盤石にしておくことよ。


 テリアスに協力した北部貴族の権勢を削ぐことには成功しつつある。だけど、いずれまた力を取り戻すわ。北部貴族は臣従してから中央や南部より日が浅く、国家より北部領地の利益を優先しがちだ。

 だからリカルド達の力を利用し、今の内に力を削げるだけ削いでおかなければならない。


「しかし、あの者達は王国の秩序や伝統を壊してしまいます」

「伝統に縛られるのは愚かな事。都合の良いことだけ残し利用すればいい程度のものよ。そして秩序は新たに築けばいいだけ。コンコルディア王国をこれからも存続させ繁栄に導き、王族の権威を維持していくことが最も大事な事? 判るでしょう? そのために平民の支持が必要なら平民を遇する秩序を築けば良いの。わざわざ王族の権威を損なうよう振る舞う貴族のための秩序など率先して壊せば良いだけよ」


 今までは平民のことなど考える必要はなかった。命令して動かせばいいだけの存在だった。だけど、私達の権威を維持するために必要なリカルドの不興を買うわけにはいかない。リカルドが平民に協力すれば貴族の権威などあっさりと堕とされてしまう。ならば、私達に任せておけば平民にとってそう悪くない国家になると思わせなければならない。


 この方針は、貴族という立場を最大限利用して利益を確保し、王族にも勝るとも劣らない力を持つ北部貴族の力を削ぐために利用できる。平民から絞れるだけ絞ってきた彼らにとって平民優遇策など受け入れられないだろうが、こちらにはリカルドが居る。


 リカルドは最長五年は協力すると言った。では、その五年の間に北部貴族から力を削ぎ尽くし、王族の権力基盤を固めればいい。


「つまり我等が率先して新たな秩序を築くということでございますか?」

「そう。そしてその根拠にリカルド達の存在を利用するの。この国を魔獣から守るためにはリカルド達の力が必要。だから彼らの要望も聞かなければならないってね。全て本当のこと。ただ表で言わなくてもいいこと。特に平民に伝える必要はない。でもあえて公にする。私達はリカルド達と協力しあっていると周知するの。そうすれば魔獣討伐に苦しんでいる貴族からの私達への批判は和らぐわ。建て前なのは判っていても事実でもあるからね。そして魔獣被害から救われている平民からは歓迎されるでしょう。リカルドも利用されることは判ってる。口には出さないけれどね」


 リカルドは判っている。旧来の秩序を維持したい貴族からの怨嗟は、立場的に批判しづらい王族よりも自分に集まることを判っている。判っているからといっても、何をされても言われても黙って打たれっぱなしではいないだろう。こちらがリカルドを擁護しなくてはいけない場面もある。擁護しすぎるとこちらが矢面に立つことになるから匙加減を見誤らないようにしなくてはいけない。王族の権威を維持強化しつつ、貴族からの反発はリカルドへ向くよう、そして平民からの支持を得なければならない。


 しばらくの間は、今回の事件で生じた批判を避けるために北部貴族は大人しくしているだろう。その間に一気に体制変更を行なって彼らの力を削げるだけ削ぐ。だがいずれ我慢しきれなくなる。その際、リカルド達の力を取り込んでおけば北部貴族の反抗など押さえられる。


 そうそう。中央と南部の貴族の取り込みも忘れないよう慎重に行なわなければ、そしてゼルテンスにも早く成長して貰わなければね。


◇◇◇


「……とまあ、こんなことを今頃やってるだろうね」


 リガータの森へ向かうジープの中で、リカルド様は王妃様の考えているだろうことを説明して下さった。私も同じ意見なので納得する。


 リカルド様をお助けすることしか考えられず、どのような条件も受け入れて王妃様に協力を願った。その決断には今も後悔していない。


 リカルド様は明るく振る舞い、私を責める様子など少しも見せない。だけどやはり国に関わりたくないのでしょうね。妻の私には、努めて明るく話していると判ってしまう。


 今後王妃様に利用され、秩序を壊す者と言われようとリカルド様はお気になさらないでしょう。でも政に関わるのはリカルド様の本意ではないと知っている。……そして意に添わない状況に追い込んだのは私。秩序を壊す力を持っているのはリカルド様だけど、その力を奮わせるよう仕向けたのは私。秩序を壊そうとしているのは私と王妃様なのよ。


 責任をとらなければならない。

 新たな体制に不満を持つ貴族から向けられる悪意は妻の私が排除してみせましょう。

 リカルド様のお心が傷ついたときは私が癒やしてさしあげましょう。

 そしていつか、リカルド様が望む自由な日々を取り戻してみせるわ。

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