関係修復
王妃の別宅で過ごしている父上達は、叔父さんの家に戻るのを躊躇っていると聞いた。
父上達が世話になってきた叔父さんは俺と家族の事情は知っている。魔力喰いの俺が原因で爵位も領地も取り上げられたなどの事情を全て判って受け入れてくれたらしい。……有り難いよな。
父上達は慎ましく暮らしていたのに、またも俺が原因でテリアスに拉致された。このことはテリアスが捕まった際に公にされる。テリアスの罪状を明確にしないと刑を科せないから仕方ないのだけど、おかげで父上達には様々な視線が集まる結果になっている。
貴族でも反応はそれぞれで、父上達には罪はまったくないのに「またフォンタナ家か」と非難めいた態度を見せる者も居る。その余波が叔父にも向けられているのが父上達には耐えられないようだ。
……そうだよな。また迷惑をかけてしまうかもと考えてしまうものな。
王宮を出てその足で父上達に謝りに行ったよ。「ご迷惑をかけました」と頭を下げたさ。でも、その他に何を言えばいいのか判らないし、今更どんな表情で会えばいいのかと顔もきちんと見られなくて王妃の別宅からすぐ宿まで帰ってきてしまった。
正直、このままじゃいけないと判ってるけれど、ではどうしたらいいかと聞かれると困ってしまう。
「プチ・インテーラで暮らして頂ければ良いと思いますけれど」
エリザベスはそう言ってくれる。
確かにプチ・インテーラでなら、父上達の生活に必要なものを全て用意できる。家も職も準備してあげられる。目の届くところに居てくれれば守ってもあげられる。それは俺も考えた。
だけどもし断られたらどうしようかと思うと動けない。断られたあと、どういう風に父上達と接していけばいいのか判らない。父上達がこちらからの申し出を断ったのだから後はご自由にとは言いたくない。テリアスが悪いといっても、事実迷惑かけたのだから言えない。
話し合うしかない。それは判ってる。だけど怖い。そう。情け無いけど、父上達に拒否されるのが怖いんだ。このままじゃいけない。そう思っているけど、いざ父上達のもとへ向かおうとすると腰が引けてしまう。……で、あれから五日も過ぎてしまった。
「時間が経つと尚更顔を合せづらくなりますよ」
そうなんだよ。エリザベスの言う通りだ。お義母さんにも訊かれたように周囲も気にしている。これが続くとプレッシャーを強く感じるようになって俺は逃げたくなってしまうだろう。そんな気持ちになる前に会いに行かなきゃならない。
「今夜会いに行きます」とだけお義母さんには答えた。
……何をどう話せばいいのか。まだ頭は整理できていないけれど、とにかく顔を合せなきゃいけないよな。
今日の所は一人で会うとエリザベスとセキヒに伝え、王妃の別宅へ向かった。それでもセキヒは送り迎えだけはすると言って王妃宅までは付いてきたけどね。
王妃の別宅は、王都ヴェリアラの外れにある閑静なところで、いつもは管理役の使用人だけで護衛などいないらしい。だけど、父上達が滞在しているからなのかmそれともテリアスの事件があってから間もないからか鉄柵作りの門には四名の護衛騎士が周囲を警戒している。そのうちの一人に訪問目的を伝えるてしばらくすると使用人が迎えに来た。セキヒとはここで別れた。油断しないから帰りは迎えに来なくて良いと伝えて置いた。
使用人に案内されるままに屋敷に入り応接間へ通される。
待っていると、父上達がやってきた。使用人がお茶を用意しますと部屋を出て行く。父上が「まずは座ろう」と声をかけてくれたので、一人用の椅子に腰掛ける。
「リカルド、来てくれて嬉しいよ」と父上はそう言った後、深く頭を下げた。
「え? 何故頭を下げるんだい?」
「家から追い出しておきながら、今回は足かせになってしまった。すまない」
そんなことを考えていたのかと胸が苦しくなった。
「いや、逆だよ。俺のせいで父上も母上もルチアナも捕えられた上に、叔父さんのところにも戻りづらくなってしまった。こちらこそごめんなさい」
お互いに頭を下げ合ったあと、母上から「今日までどのように暮らしてきたの?」と訊かれた。
家を出たあと、いろんな村で暮らそうとしたけれど魔力喰いのせいで無理だったこと。
父上から貰ったお金が底をつき、仕事も手に入れられないからリガータの森で自給自足しようとしたこと。
餓死寸前だったところをダークエルフのアドリアに救って貰ったこと。
狩りの途中で偶然真龍ヴェイグと会い、その憑坐となり、竜族の二人と暮らしてきたこと。
魔力喰いを制御できるようになり、また創石の力を手に入れたこと。
いろいろあったけれど今ではエリザベスという妻もいて幸せにくらしていること。
大雑把だけれど家を出てからこれまでのことを話すと、父上と母上は静かにルチアナは嬉しそうに聞いている。
「やっぱり兄さんは凄い人だったんだね」
突然、ルチアナが身体を乗り出して瞳をキラキラさせる。こういうところは昔と変わらなくて懐かしい。
十三年前は七歳で、お兄様お兄様と言って懐いてくれていたルチアナが「兄さん」と呼ぶ。なんかこれだけで胸がいっぱいになった。ブロンドの髪の母上に似た綺麗な女性に成長している。
「な、なにを急に」
「王妃様から聞いたのよ? 今じゃ王国中の女性が求めて止まないあの美容クリームは兄さんが作ってるんでしょう?」
「最初に作ったのは俺だけど今は違う。リンクス……混血児のことをそう呼んでるんだけど……リンクスのみんなが俺が最初に作ったクリームを改良して売ってるんだ」
「最初に兄さんが作ったのは本当なのね?」
「それはそうだけど」
「じゃあやっぱり凄いよ。私と母上も使ってるのよ? 貴族用は高いから平民用の安い方だけどね。それでもお肌の調子がとっても良いもの」
そうか。喜んで使ってくれていたのか。それを知っていたら、エリザベスが使ってる物と同じクリームを全種類毎月贈ったのに。まあルチアナも二十歳だからお肌が気になりだしても当然か。
「俺の話はまた話すよ。それで今日来たのは、父上達にプチ・インテーラに来て欲しいからなんだ」
ルチアナのおかげで場が明るくなり話しやすくなった。この機会を逃さず俺の要望を伝える。
「プチ・インテーラ?」
父上が訊いてきたので、アレーゼ領とリガータの森の間にあるプチ・インテーラについて説明した。
どこの国にも属していない、人間と亜人、そしてリンクスが共存している村。コンコルディア王国とメフルナーズとの交易で栄えつつあること。家も仕事も用意できることなどを父上達に伝えた。
「父上には俺の仕事を手伝って貰えれば嬉しい。母上とルチアナにはリンクス達に文字や計算を教えて貰えると助かる。リンクスの子どもも増えたからエリザベスだけだと大変なんだよ」
父上と母上は少しの間顔を見合わせ、そして俺に視線を移した。
「有り難い話だが、その、おまえは恨んでいないのかい? 私達は家のためにおまえを追い出した。なのにその家は取り潰されてしまい、おまえに合わせる顔がない。そう思っているのだが」
「恨んだりしていない。確かに家を出たあとしばらくは辛くて大変だった。だけど、アドリアに助けられ、ヴェイグ達のおかげで安全に暮らせるようになり、自分の好きなことをして生きてこられた。エリザベスという伴侶も居る。父上達より幸せだったよ」
俺は運がとても良かった。これはいつも思っている。
俺のように家を追い出された者はたくさん居るだろう。リンクスの中にも多い。その多くは仕事も得られず食べるにも困る生活を送っている。ところが俺は最初はともかく十三年間の大半は苦労せずに生きてきた。
一方の父上達は爵位と領地を奪われ、親戚の家で慎ましく暮らすしかなかった。そりゃ叔父さんが支援してくれていたらしいから食べるに困る程じゃなかっただろう。でも周囲の目を避けるような生活はきっと窮屈だったに違いない。叔父さんに申し訳ないという気持ちをいつも抱いて生活するのも辛かっただろう。
食べる物には困らず、ブルーノ親方といろんな道具を作り、魔石を創って魔法を利用して遊んだりと好き勝手に生きられた俺と比べたら苦労しただろう。
「……そうか。おまえを離縁したことをずっと後悔していたよ。あの時、家と領地を守るためには仕方ないと考えたて行なったことだが……結局守れなかった。じゃあ何のためにおまえを家から出さなければならなかったのかと母さんといつも悔やんできた」
「そうね。でもリカルドが元気に暮らしていると判って今は嬉しいの。ローガン《お父さん》と私にお嫁さん、紹介してね?」
どうやら先日謝罪だけして帰ったから、父上達は俺が恨んでいるのだろうと思っていたそうだ。やはりあの時にもう少し話すべきだった。俺自身も今日まで悩み躊躇っていた。実際に会ってみたら責められるようなことはなく拍子抜けするほど何も問題はない。父上達にも余計な気苦労をかけてしまった。
この二人が俺の両親で良かったと心から思う。俺のせいで苦労させたと思っているけれど、家族も同じく俺に苦労させたと思ってくれている。ルチアナからも俺を責めるような空気を感じない。優しい妹で良かった。
その後父上達のプチ・インテーラへの引っ越しについて相談し、日程を決めてエリザベスが待つ宿へ戻った。
宿に戻り、父上達と話した内容を伝えるとエリザベスは「家族が増えるんですね」ととても喜んだ。
貴族の離縁は国王が所有する貴族名簿から名前を外される。俺の場合は、領主が管理する領民名簿からも名前を外されている。名簿上、コンコルディア王国にリカルドという国民は存在しない。エリザベスも俺と同じ状況だ。申請すれば王国民として再びの所属を認められるかもしれないけれど、そんなこと希望しない。
父上達が俺を息子として、エリザベスを俺の妻として認めてくれればそれでいい。プチ・インテーラで父上達を俺の家族として申請すれば受領されるだろうし、それで満足だ。ベネディクト侯爵達は既にプチ・インテーラで俺の家族として名簿に載っている。同じ形になれればやはり満足だ。
リガータの森からプチ・インテーラまではジープやバイクを使えばそう遠くない。会いたいときにいつでもとまでは言わなくても、その日のうちに戻ってこられる。ベネディクト侯爵達も居ればヴィアーナ達も居るから貴族階級経験者同士の繋がりも持てるし、王国とメフルナーズ双方から商人が来る上、王国から移住してきた平民も居る。
亜人やリンクスも居るけれど、俺に対して亜人を蔑むようなことを一切話したことがない父上達が気にするとは思えない。もしも差別心を持っているようならじっくり話し合い、そして日頃から近くで接して貰ってゆっくりと考えを改めて貰えるよう努めたい。指摘されると身勝手な基準を設けた理屈で「これは区別で差別じゃない」なんて開き直る愚か者じゃないと信じているし、父上達ならきっと大丈夫。
父上達と話せて気持ちが思っていた以上に楽になった。きっと父上達も俺と同じ気持ちだろう。そう思うとやはり今日きちんと話せて良かった。




