屈辱のリカルド
外が見えない牢に居るから時間の感覚がおかしいけれど、多分、今日で三日目だ。あれからテリアスは顔を見せない。おかげで創石が捗った。
この二日で創った魔石は、火、水、風、土、光、闇属性の六種を使い分けて攻撃用防御用、そして治癒魔法系二個に、エネルギー・ストレージタイプの魔石を十個。魔法拳銃を奪われているから裸のままだし、魔法を発動させるときには片手にコンバータータイプの魔石を持ち、もう片方でエネルギー・ストレージタイプの魔石を持つしかない。使い勝手は悪いし格好も良くないけれどこの際我慢する。創った魔石はズボンのポケット左右にしまってある。
今回創った治癒魔法・改は機能限定版だ。完全版は組み込む術式が複雑で多いから二日や三日じゃ創れない。だから機能を減らした。今回は外的要因での怪我対応用と言っていい。……劣化版って言うなよな。
あともう一個の治癒魔法系魔石は、父上達を救出する際にきっと役に立つんじゃないだろうか。実験していないから効果があるか判らない。ぶっつけ本番になるのがとても不安だ。だけど状況が状況だから仕方がないと割り切るしかないだろう。
一応準備は終えた。あとは迎えが来るのを待つばかり。
テリアスのことだから俺が屈服する様子を王宮内の多くに見せつけようとするだろう。自分の権威を大勢に示さなければならないのだから、陰で屈服させても意味はない。そこが俺の狙い所。大勢の前で屈服させようとするなら、父上達全員を俺に見せなければならない。見せないなら見せろと言って返事を保留するだけだ。衆目の下ですんなりと俺を屈服させたいだろうから必ず父上達を連れてくる。
……希望的な想定に近いけれど、だけど今のテリアスならきっと。
カツカツと石の床を歩く靴音が聞こえる。やっと迎えが来たかとホッとする気持ちもあるけれど、これからのことを考えて「さて勝負の時」と気を引き締める。
「出ろ」と鉄格子の鍵を開けて騎士が声をかけてきた。その声に従ってゆっくりと扉をあけて廊下へ出る。用心しているのだろう。セキヒが入っている牢の方へは誰も向かわない。許可すればセキヒは自分で牢を破って出てこられる。だけど、テリアスを警戒させて、こちらの想定以外の行動を取られては困る。
「セキヒ、あとで迎えに来るからな。もう少しだけそこで我慢していてくれ」
廊下の向こうへ声をかけると「ご無事で」とだけ返ってきた。そろそろセキヒの我慢も限界が近いようで、短い言葉が震えている。
「口をきくな!」
騎士の一人が俺の背に剣の柄をぶつけてきた。柄は背骨に当たり、つい「いてっ」と声をあげてしまう。
「どいつか知らないが、リカルド様に手を出したことを後悔させてやるからな!」
俺の声が聞こえたのだろう。セキヒが叫ぶ。「セキヒ、大丈夫だ!」と返したが、今度は叩かれることはなかった。廊下が静まると騎士の一人が階段へ向かい、俺ともう一人の騎士もそれに続いた。
俺が連れて行かれたのは謁見の間ではなく大広間だった。重要な来客があれば、ここで宴を開いてるのだろう。壁には額に入った絵画が並び、天井にも絵が描かれている。壁際に置かれている調度品も派手な装飾の高級そうなものばかりで、さすがは王宮と感じさせられた。
奥を見ると雛壇があり、これまた金色の派手な椅子にテリアスが国王然として座ってこちらを見ている。そして俺から見てテリアスの右側には、父上と母上そしてルチアナがそれぞれ騎士に挟まれて立っている。三人とも俺を見守っている。その表情は三人それぞれだけれど、辛そうな瞳だけは一緒。ただ感謝したいことは、三人とも俺を非難するような感じではないところだ。
……よし! 予想通りだ。父上、母上、ルチアナ、必ず自由にしてやるからな。そしてテリアスの顔を見るのも今日で最後にしてやる。
騎士に挟まれてテリアスの前に立たされる。
「三日間の牢暮らしで頭は冷えたかな? 考える時間はおまえの希望通り与えた。さあ、リカルド。返事を聞かせて貰おうか。あ、その前に……」
「ん?」と眉をひそめると、テリアスはニヤリと笑って言葉を続けた。
「ポケットに入っている魔石を全て出して貰おう」
「!?」
不自然にポケットが膨らんだりしないように、創石した魔石は極小さくした。今日一日の使用に耐えられればいいから耐久性など無視してサイズを小さくして創った。外から見ても判らないのを自分の目でも確認したんだ。テリアスに何故判ったんだ?
「余が置かせた松明の柄にはな。おまえの行動を映す魔道具が埋め込まれているのだ。ククククク、監視されているとも知らず魔石をせっせと創っては隠すおまえの様子は実に楽しいモノだったぞ」
「そいつは良かったな」
余裕あるフリをしつつ、崩れてしまった計画の他に父上達を助け出す手段がないか考える。だが良い方法は浮かばない。「両手を上に挙げろ」と騎士から言われそれに従う。ズボンのポケットに手を突っ込まれ魔石を全て取り上げられた。
「しかし、面白かった。道具など何も使わず、何もないところに魔石を生み出すその技術。最初は驚いたぞ。……国王たる余に仕える者として十分な力量を持っている。さあ、忠誠を誓え!」
くそっ、ここまでか?
こんな卑怯な輩に忠誠を誓わなければならないのか?
テリアスの左側には綺麗な衣装を身につけた貴族達がずらりと並んでいる。その中には反テリアス側の貴族も居るんだろう。俺がテリアスに屈服したところを見せ、テリアス側の権力基盤を拡大しようというのだろう。
「跪け!」
テリアスの言葉に、左右の騎士が俺の頭を押さえつけ膝をつかせようとする。何か良い案が浮かぶまで少しでも時間を稼ぎたくて抵抗したけれど、二人の騎士の力に抗えず両膝を床についた。
「さあ、誓え!」
もうダメだ。
閉じていた口を開き「テリアス陛下に忠誠を」と力なく誓った。
「リカルドに首輪を付けよ!」
テリアスの近侍が首輪を持って駆け寄ってくると、騎士が両側から俺の腕と頭を押さえる。
奴隷が主に反抗できないように魔法がかけられた首輪。反抗すると首輪から高熱が発せられて、長時間そのままだと全身を焼くような温度まで上がり命を奪う。
……父上達が自由になったら、テリアスに反抗を重ねて死ぬのも面白いかもな。結局俺を好き勝手に使えなくなるテリアスの顔を見られないのが残念だけど。
カチリと金具が締まる音が聞こえ、首輪が取り付けられた。壁際に立っている貴族達が拍手する。その音がどんどん大きくなっていく。
「これで気がすんだか? さあ、父上達を自由にしろ!」
「自由にしろ? 自由にしてくださいと言え」
首輪が熱を帯びてきた。まだだ。父上達が自由になるのを確かめるまで死んじゃいけない。
「……自由にしてください」
「ふははははは、いいだろう。約束は守るぞ? その者達を馬車まで連れていけ!」
父上、母上、そしてルチアナ。こんな惨めな姿を見せて申し訳ない。
家族が大広間から出て行く様子を目で追うけれど、父上達の顔は見られなかった。数日だ。数日の辛抱だ。父上達が王都から離れられる時間を稼ぐ。それまでの辛抱だ。
もう二度とエリザベスには会えないんだな。それがとても辛い。もっといろんなところに行きたかった。飛行船を造ったら一緒にメフルナーズに行くという約束は守れなかったな。謝りたいけれど謝れないのも残念だ。テリアスの思い通りになるくらいなら死ぬと気持ちを固め、エリザベスやヴェイグ達への別れの言葉を心の中でつぶやいている。
まだ死にたくはない。やりたいことはまだたくさんある。だけどできそうにない。この首輪から逃れるには、テリアスの許可が必要。他の方法は死だ。
諦めと覚悟を同時に抱えたまま、テリアスの指示を待っていた。俺はもう自分の意思で動くことも許されないからな。……はぁああ。溜め息しか出ねえ。
急にドン! と揺れた。一度だけ一瞬だけど王宮が大きく揺れた。地震とは違うようだけど判らない。
「陛下! 大変です!」
乱暴に扉が開き、息を切って騎士が飛び込んできた。
「何だ! 騒々しい」
俺を屈服させて浮かべていた満足げな笑み消し、苛ついたように飛び込んできた騎士を睨む。
「りゅ、竜が! この王宮を囲んでいます!」
「何を言っておるのだ? 竜は森から出てこぬ」
ヴェイグの仕業か?
すぐ頭に浮かんだのはヴェイグが何かしたのではないかということ。
竜にも真龍に従わないハグレ竜が居るらしい。だけどハグレ竜は世界でも数頭しか居ないらしいから一頭や二頭ならば可能性もある。だけど王宮を囲んでいるとなると一頭や二頭じゃないだろう。最低でも四方を囲む四頭が必要になるはずだ。ハグレ竜が手を組んだとしても今四頭で王宮を取り囲む理由が思い浮かばない。俺に関係のない何かの理由があるのかもしれないけれど、やはりヴェイグの仕業と考えた方が現実味がある。
真龍に従っている竜は、リガータの森やコンコルディア王国とメフルナーズとの間にある南の森からは基本的に出てこない。山や森で静かにくらしているんだ。スイシのように海に棲む竜も同じだ。人間や亜人と衝突しないよう竜族は自分のテリトリーから出ないようにしている。竜の姿のまま人間社会に入り込んできたなら相応の理由があるはずなんだ。
「陛下! 本当のことです! それに他にも……」
「何だ早く申せ!」
「は、はい。前国王陛下と前王妃、そして女達が陛下に反旗を翻し、ここに向かってきております!」
「前国王が? 馬鹿な! そんなはずはない」
「い、いえ、これも事実です。もうすぐそこまで迫っています」
「捕えよ! 偽の国王に決まっている。余を謀ろうとする者の……いや前王妃の謀に違いない」
「それが……近衛兵も警備兵も皆、逆に捕えられてしまったのです」
「な、なんだと?」
再び扉が乱暴に開いたというより扉は壊れて消え去った。壊れた扉の欠片が俺の横を吹き飛んでいく。
「リカルド様! ご無事で」
そこに居たのはソウヒ。見慣れた群青色の髪と透き通るような青い瞳。俺を見つけて嬉しそうに近づいてくる。やはり王宮を囲んでいるのはヴェイグの命令に拠るものと確信した。
「なんでソウヒが?」
「その説明はあとで」
ソウヒが俺の左右に立つ兵を蹴り飛ばした。ソウヒに備えて身構えていたけれど、騎士達は反応すらできなかったようだ。
「リカルド!」
続いて入ってきたのはヴェイグ。小竜の姿でパタパタと飛んで近づいてきた。
「リカルド! おまえの知り合いか。早く立ち去らせろ! 偽の国王が来るのだ。そやつらに構っている暇はない」
テリアスはこの騒ぎより前国王のことの方が気になるらしい。
「この不始末の責任はあとでとらせるからな」
そう言ったあと、近侍と周囲に居る騎士達に「偽の国王を捕えよ!」と叫んでいる。俺の正面でホバリングしているヴェイグは「ちと待っておれ」と言うと俺の首輪にまだ小さな手を触れさせた。すると首輪の感触が首から消えた。
「何故、これが奴隷の首輪だと判った?」
「あとで教えてやる。それよりこれから見物だぞ?」
「見物?」
「うむ、そなたは良い嫁を貰ったな」
「はあ? エリザベスが何か、いや、まさかここに来ている?」
「来ているに決まってるだろう。そなたを助けようとな」
「ええ? そんな無茶なことを?」
「無茶かの? 我等が力を貸すのだ。そなたを助けるくらい造作もなかろう。リンクスも協力してるしな」
何が何だかさっぱり判らない。だけどヴェイグとソウヒがそばに居るからか俺は先ほどと違って気持ちが軽くなっている。俺を見て「な、何故首輪が!?」と叫びつつも、やはり前国王の方への対処が優先されるのか、テリアスは近侍達と部屋の外へ向かおうとしている。
だがそこへ今度は集団が現れた。クレメンス国王、セーラ王妃、そしてお義母さんにエリザベス、リンクスの面々。その背後には狩猟服姿の女性達がここからでは何人居るのかわからないくらい並んでいる。
行方が判らなかったクレメンス国王を王妃が助け出し、テリアスの所業を暴露しようとするのは理解出来る。エリザベスが俺の救出に来ているというのも、いろいろと納得できないところはあっても、まだ判る。お義母さんはエリザベスの付き添いなのだろうけれど、それにしてもベネディクト侯爵やジュリアスが居ないのはどういうことだ? いや、別の場所に居て何かしているのかもしれない。リンクスがエリザベスに協力してるのも判る。あとでお礼しなきゃいけない。
何よりも判らないのは、後ろに集まっている女性達だ。後ろで一つにまとめた動きやすい髪型と狩猟服姿だけれど、ちょっとした仕草から貴族の女性達と知れる。何故、貴族の女性達がこんなことを?
「テリアス! おまえはもうおしまいだ!」
汚れて乱れた衣装のクレメンス国王が叫んだ。




