再会
手紙に書かれていた面会予定日より五日も前に嫌々だけど王都に来てしまった。
できれば王妃と連絡を取りたいけれど、下手に動くと王妃に迷惑がかかるかもしれない。堂々と会うにしても王子との面会を済ませてからの方がいいだろう。そう思うのは王都の雰囲気が以前来た時と違うからだ。
以前来たときはさすがは王都という感じで、見かける人々の表情は明るかったし街に活気があった。
貴族らしい人は誇りを持って生活しているようだったし、平民も忙しそうながらも生活を楽しんでる風に感じた。もちろん王都だからって全ての人が充実した生活を送っているわけじゃないだろう。だけど、街全体として生き生きとした空気を感じた。
それが今回は、誰もが何かを警戒しているようなピリピリした空気を感じる。ただ歩いているだけなのに誰かの視線を気にしているような落ち着かない様子がうかがえるんだよな。新国王の即位が歓迎されたのかは判らない。ただ、王宮内で起きているゴタゴタは王都の人々を確実に不安にさせている。
穏やかな陽気とゆっくりと雲が動く青い空、歴史の重みも感じられる街並みの中に居るはずなのに、早く別の場所へ移動したくなる。
王宮の方から二頭立ての馬車が近づいてくる。俺とセキヒは進行の邪魔にならないよう脇にずれる。俺達の横で馬車が止まり、開いた柄物のカーテンの間から誰かがこちらを見ている。その顔を見た俺は一瞬で青ざめたことだろう。
「は、母上……」
俺が家を出されてから十三年。昔より少し年取ってるけれど間違いない。思い出す機会はあまりないけれど、両親と妹のことを忘れたことはない。俺は優しい顔をしていると言われる。それは母上似だからと思っている。ちょっとくすんだブロンドの髪と淡いエメラルドのような瞳は変わっていない。悲しげに向けられている眼差しにツクンと胸が痛んだ。
魔法を使えない嫡男だから他の貴族から隠すように育てられた。周囲の魔力を吸ってしまうから離れの建物で暮らし、魔石などを遠くへ離さなければならないから家族で食事するのは年に一度か二度程度だった。それでも生活に不便を感じないようにしてくれたし、教師を雇い学問と体術を学ばせてくれた。貴族の魔力生成力が衰えている中、魔力喰いの俺が貴族の立場に居るのは不吉だと父上も母上も責められ続けていたのに、独り立ちできる力を持つ成人するまではと育ててくれた。……おかげで今の俺がある。本当に感謝しているんだ。
結局、家から出なければならなくなったし離縁された。だけどそれは家を守るためには仕方なかったと理解しているから、貴族という地位を憎んでも貴族の家族を憎まずに済んだ。貴族だというだけで憎むのは、家族まで憎まなければならない気がして、それは絶対に嫌だったんだ。そうならずに済むよう育ててくれた両親には離縁されようとも愛情を持ち続けている。
でも、何故ここに母上が居る?
父上と妹のルチアナは一緒じゃないのか?
確か叔父のところで慎ましく暮らしていると聞いていた。俺を離縁したのに我が家への誹謗中傷は治まらず、ついには陥れられて貴族の称号も奪われたという。そのことを聞いて俺は何とかしたかった。でも俺が顔を見せればきっと更に嫌がらせされるだろうと何もできずにいた。
呆然と立ちすくんでいた俺にセキヒが声をかける。
「リカルド様? どうかなされたのですか?」
その声には応えずに馬車へ一歩近づくと誰かに引かれたように窓から母上の姿が消え、代わりに俺とそう変わらない年齢の若者が顔を出す。「ついてこい!」と不貞不貞しい笑みを見せたあと、御者に「行け!」と命じた。
馬車が動き出し、俺は後れないよう早足で後を追う。
「リカルド様! あの者は誰なのです?」
「判らない。判らないけれど、あの馬車に母上が居た」
足を止めずにセキヒの問いに答える。
「母上様? リカルド様の?」
「そうだ。どうして母上が……なんて、少し考えればあの糞王子のせいなんてことは察しはつく」
どうせ王族の権力で無理矢理連れてきたんだろう。俺に言うことを聞かせるために家族を捕えたんだ。そうじゃなければ、母上があんな悲しそうな表情で俺の前に現れるはずがない。
まさか十三年も前に別れた家族を探し出して利用するのか。
……貴族の誇りとやらはどこへ隠したんだ? なり振り構わないってことかよ。
怒りが胸の中で熱量を増していく。
大声であの王子を罵り倒したい。
魔法を放ち続け、王宮もろとも瓦礫の下に埋めてやりたい。
これはもう殺意だな。
金品や命を狙ってくる賊のように命を奪っても胸が痛まない相手にはこれまでに何人も遭ったけれど、殺してやりたい相手に出遭うのはこれが初めてだ。
「リカルド様の母上様……では、助け出した方が宜しいのではないですか?」
「ダメだ! 父上と妹が一緒とは限らない。別の場所に捕えられているかもしれない。とすると、ここで下手な動きはできないんだ」
俺だってここで母上を自由にしてあげたい。だけど父上とルチアナの状況が判るまでは向こうの言いなりになるしかないんだ。……それに馬車に乗っているのは母上の意思という可能性も捨てきれない。どんな思いでかは判らないけれど、その可能性もあるんだ。
馬車は俺達が駆けなくて済む程度の速さで進んでいく。王宮の門から右に曲がり、外壁に沿って移動している。
まあ、正面の門から王宮へ入るとは思っていなかった。予想通り。母上を餌に俺を誘き寄せようというんだ。何か企んでいるのは間違いない。向こうの想定外が生じて騒ぎになれば、王宮で何事が起きたかと注目を浴びることになる。その結果、国民に知られたくないことまで知られてしまう可能性が高まる。そんなリスクは冒さないだろう。
正面の門からほぼ裏側に当たる門から馬車は中へ入っていった。先に何か言われていたのだろう、俺とセキヒも門の内側へすんなりと通される。前方の馬車と少し距離を置いてついていった。
王宮裏に騎士の訓練場があり、そこで馬車は停まる。俺達が近づくと「そこで止まれ」と声がした。背後から近づいてくる集団があり、その先頭に念入りに防具を装備しているテリアス王子が見える。
「殿下、これはどういうことですか?」
テリアスが立ち止まると左右に十人ほどの騎士が立ち並ぶ。
「殿下ではない、陛下だ。間違えるな」
「ああ、そうですか。俺の母上を人質にするご立派な国王陛下様でございましたな」
「ふん。おまえを誘き寄せるためには仕方なかろう」
わなわなと震えている。怒っているようだが、怒っているのはこちらもだ。
「国王陛下様は羞恥心や矜持という言葉をご存じないようですな」
「黙れ! 国王に対して無礼な口をききおって……」
「似非国王陛下様に見合った態度だと思われますが? ま、そんなことはどうでもいい。俺の家族を返して貰おうか」
「似非国王だと!」と激高しかかったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「家族ね? 離縁されたおまえには家族など居ないのではないのか?」
「そうかもな。だがだったら母上を俺の前に連れだした理由はなんだ?」
「元家族を目にしたおまえがどういう反応を見せるのか興味があったのだ」
「じゃあもう判っただろう? 母上を離せ。父上や妹も捕えているなら一緒に自由にしてやれ」
「国王への口の利き方も知らず、余に命令するとはな。尊大な輩だ」
「卑怯な輩にはこれでもかなり丁寧な方だろうよ」
「そう言ってられるのも今の内だ」
「どういうことだ」
訓練場の奥をテリアスは指さす。そちらに目を向けると、そこには目隠しをされ猿轡を噛まされている男が、騎士二名に挟まれて立っていた。
「まさか? 父上?」
「さあな。おまえの父であろうとも離縁されたおまえには関係ない輩であろうよ」
陽の光を浴びて煌びやかに光るフロンドの髪は父上のようだ。だが、遠くて顔までは判らない。俺が近づこうと足を踏み出すと「動くな!」とテリアスが命令した。
「腐ってる。これが国を預かる国王のすることか!?」
「おまえはよく言うではないか。自分は国民ではないとな。それは正しい。だから国民でないおまえに指図される覚えはない。そして国王たる余が国民をどうしようとおまえには関係のない話だ」
クッ、人権という理念がないこの世界では身分差を根拠とした権力行為は圧倒的に説得力を持つ。ここで誰を殺そうとも国王を非難する者は居ないだろう。
「……俺にどうしろというんだ」
「観念したか。リカルド、おまえのことを調べた。魔力喰いのくせに魔力を扱う道具で魔法を発動し、混血児を集めて傭兵隊をつくって魔獣討伐させているそうだな。その他にも奇妙な道具や乗り物を作ってるらしい。その力を余のために使え」
「父上達を自由にするのか?」
「さあな。それはおまえの態度次第だ」
勝ち誇った笑みが気に入らない。だが、父上の安全が第一だし、姿が見えないルチアナのことも心配だ。
「……考える時間をくれ」
「いいさ。時間くらいいくらでもくれてやる……と言いたいところだが、三日だ。三日で返事を寄越せ。それと逃げられてはたまらんから拘束させてもらう」
「なに? リカルド様を拘束するだと?」
セキヒから出ていた殺気が急にその密度をあげ広がっていく。テリアスにもそれが判ったのだろう。顔が青ざめている。今のセキヒの殺気なら誰でも背中に寒いものを感じるんじゃないだろうか。テリアスを守る騎士達も腰の剣を持つ手に力が入っているようだ。
「くっ、リカルドの従者よ。う、動くな。おまえが動けばリカルドの家族がどうなるか」
「外道が……」
「おまえもリカルドなど見捨てて余のもとへ来い。おまえほどの強者なら将軍にしてやる。王国の将軍になれるのだ。どうだ名誉なことだろう?」
セキヒからの殺気が更に冷たさを増し、向けられていない俺ですら寒気を感じるほどだ。
……これはマズい。この状況が万が一改善しても今溜め込んだストレスを解消させなければソウヒかスイシに八つ当たりして大喧嘩になる。口先だけで済まなければ廃墟が生まれるかもしれない。あとで宥めなければ……。
「何故、姑息な外道のもとで働こうなどと私が考えると思うのだ。おまえごときの下で将軍? 名誉? 笑わせるなよ。おまえごときに従うのは恥でしかないわ!」
「な、なんだと? リカルドごときが余よりも上だと言うのか! 主が無礼だと、従者もそれに倣うか」
「リカルド様の言葉ではないが、これでもかなり丁寧に答えてやってるつもりだ。有り難く思え!」
怒りで真っ赤になったテリオスの視線が遠くで縛られている父上の方に向けられた。
「やめろセキヒ!」
テリアスが片手を真上にあげ、すぐさま振り下ろす。父上の横に立つ騎士が動きを見せると、力を失ったように父上は両膝をついた。
「くそ!」
俺は父上のところまで駆けた。間に合えば治癒魔法・改で何とかなるかもしれない。命さえあれば……。
到着すると一秒でも早くと状態を調べることもなく、身体を寝かせることもなく、地面に突っ伏しているままの父上に向けて拳銃を向けすぐ魔法を発動させる。父上の身体がぼんやりと光った。このまましばらく光り続けるようなら魔法の効果が働いている証拠。もしすぐ消えてしまうようならもう遅かったということ。
……光り続けろ。頼む。
有り難いことに光は消えずに徐々に強くなり、そしてしばらくすると弱くなっていった。
「ぐふ……」
猿轡の奥から声が聞こえた。
「助かった……」
俺は胸を撫で下ろし、父上を寝かせようとした。
「おまえは何故この者に魔法をかけたのだ?」
父上の命を奪おうとしたであろう騎士が不思議そうに口を開いた。




