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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第五章 秩序崩壊への一歩
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呼びだし

 その夜、これからどうしようか考えていると、横でもう寝ていると思っていたエリザベスから声がかかった。


「リカルド様、眠れないのですか?」

「うん、なんかいろいろと考えちゃってね」

「リンクスの方々のことや王国のことをどうしてそんなに気にするのですか? 気ままに生活したいリカルド様にはあまり関係ないことですよね?」


 エリザベスは身体をこちらに向ける。

 商売上大きな市場である王国の情勢は無視できないことと、王国内にまだ大勢居るはずの……生まれで差別されているリンクスの境遇が他人事じゃないこと、そして俺の個人的な拘りがあることを話した。


「拘りって何ですか?」

「俺には前世の記憶があるだろう?」

「はい、そうお聞きしています」


 興味ある話題なのか瞳が少し光ってきたエリザベスに向き合うように身体を横にする。


「前世では、周囲に合せているだけの人間だったんだ。自分でやりたいことより周囲の思惑や流れに逆らわないようにしていた。こちらの世界でもそうだった。貴族に生まれたから家を一番に考えなければならないとか、魔力喰いで周囲に迷惑をかけるからやりたいことは自重しなければならないとか、やっぱり自分がしたいことより置かれた環境などを一番に考えて自分の気持ちを押し殺していたんだ」

「……」

「だけど、ヴェイグに会って魔力喰いを制御できるようになって創石の力も手に入れて、セキヒ達が守ってくれて、親方とアドリアにも会えて……自分の気持ちを優先していい環境をやっと手に入れたんだ」

「……」

「つまり受け身で生きるのを止められるようになったんだ」

「ご自分の気持ちに従って積極的に生きられるようになった?」

「そういうことだね。ついでに、俺の生活に影響しそうなことにも状況の変化を待ってるだけってのは落ち着かなくなったんだ」


 エリザベスが急に「フフフ」と笑う。


「リカルド様のお気持ちは私にも判りますよ」

「そうかい?」

「ええ、誰にも話していないことがあるんです。たいしたことじゃありませんけどね」

「何かな? 差し支えなければ教えてくれると嬉しいな」

「私は……」


 エリザベスは親兄姉(おやきょうだい)から淑女として育つよう期待されてきた。その為の教育も環境も十分過ぎるほど与えられてきた。その愛情と期待に応えようと努力してきたという。

 ……自分の気持ちを押し殺してでも。


「皆さんが褒めてくださるほど、本当の私はお淑やかじゃないんですよ?」

「そうなんだ?」

「はい。誰も見ていないところでは木登りもしましたし、スカートの裾をたくしあげて涼んだり、こっそり剣を振ったりもしました」

「今のエリザベスからは想像できないね」


 お転婆な女の子だったんだな。でもそんな様子は欠片も感じたことが無い。……強い自制心を持ってるんだな。


「がっかりなされました?」

「ううん、そんなことはまったくないよ」

「リカルド様ならそう言って下さると思っていました。リガータの森での暮らしは、貴族の家で慎ましく生活しているよりも大勢に囲まれる社交界よりも楽しいんです」

「それは嬉しいな」


 ヴィアーナから聞いた話だと、南部の貴婦人の中で最も貴婦人らしいとエリザベスは呼ばれていたそうだ。そんなエリザベスが俺の伴侶としてリガータの森で暮らす羽目になったことに、気持ちのどこかで申し訳なさをずっと感じてきた。だからここでの暮らしが楽しいと言ってくれて本当に嬉しいよ。


「ここでは誰も、お淑やかな私を求めてきませんし、私のしたいことをさせて下さいます」

「そりゃそうだよね」

「たまには社交界でお友達とお話ししたいと思うこともありました。でも、思ったのです。今の私が社交界に出たら息が詰まるだろうと。ですから、たまにお友達の家へ行ってお茶できればそれでいいと思うようになりました」


 これは迂闊だった。こちらから遊びに行っておいでと言わなければならなかったな。エリザベスのことだから俺に気を使って大人しくしていたに違いない。気遣いが足りなかったと反省する。


「お友達に会いに行きたいなら行っていいんだよ? スイシと一緒ならどこへ行っても安全だからね」

「ええ、近々遊びに行かせていただきたいとお話しするつもりでした」

「うんうん、楽しんでくるといいよ」


 「はい」と微笑んだあと真剣な表情に変わる。


「リカルド様は、女性が政治やお仕事に関わることをどうお思いになります?」

「まったく問題ないんじゃないかな? お義姉さんの仕事にも俺は協力しているでしょ? あとお義母さんの社交界での政治活動にも協力してるつもりだけど」

「そうでしたわね。ですがもっと前面に出てと言いますか……」


 言いづらそうにしているけれど、何を言いたいのか判った。


「ええとね。男性と同じように関わっていきたいというのでしょ? いいんじゃないかな」

「ほ、本当でございますか? あ、私がというのじゃありませんよ? 私は今のままリカルド様と楽しく暮らしていきたいのです」


 どんな仕事でもやりたい人が能力ある人がやればいい。それが性別や生まれに関係なくできるようになればいいさ。政治だって同じ事。利害関係の調整なんて仕事はもしかしたら女性の方が得意かもしれないんだし。


「全然構わないよ。もしエリザベスがやりたいと言うんだったら協力するし」

「いえ、本当に私は今のままが一番なのです。でもヴィアーナ様は領主を務めてらっしゃいますし、王妃様も陛下に助言なさってるようですし、リカルド様はどうお感じになってるのかと思っただけです」


 女性は家を守り子どもを育てるのが務めなんてのは、男性側の都合を押しつけてるだけで、身勝手な理屈をいろいろ作ってその姿勢を正当化するなんてのは姑息なことだ。ま、女性にもそんな理屈を積極的に支持している方が居るけれど、自分が一人で支持していればいいんだ。他の女性にまで押しつけるのは不遜で傲慢だよ。

 ……節度を守りながらだろうけど、誰も彼も自分のために生きて良いはずだ。


「……俺は思うんだけどさ。何かの立場で『しなければならない』『守らなければならない』『従わなければならない』なんて物はごくごく最小限でいいのさ。それも当事者が話し合った上で決まり事を決めるべきだろうね」

「そうですか」

「ああ、あ、そろそろ眠らなくちゃ、明日、ジョアナのところに寝不足で出かけちゃダメだよね」


 「そうですわね」と微笑んだエリザベスの頬にキスをしたあと目を閉じた。お転婆だったエリザベスの昔を想像しながら眠りにつくとしよう。



◇◇◇


 ほぼ三十日。

 エリザベスはヴェイグとスイシと一緒にジョアナのところへ通っている。

 この間に、ドライアド連絡網を王都の王妃、ドゥラーク領のイアンとバローネ家、プチ・インテーラで暮らすマイヤール家やウェルゼン家、そしてジョアナの所と我が家とで築いたらしい。家に居ても連絡が取れるようになったのに、エリザベスはプチ・インテーラに通っている。


「ジープの運転もセキヒに負けないくらいにまで上達しました」


 毎日エリザベスの同伴しているスイシが胸を張っていた。


 まあ、女同士でしか話せないこともあるだろうし、俺に聞かれたくない話もあるだろう。だからいいのだけど、仲間はずれのようなちょっと寂しい気持ちもなくはない。最近は、エリザベスとヴィアーナだけでなくお義母さんもジョアナのところへ通っているという。きっとジョアナを囲んで毎日賑やかに話しているんだろう。


 俺はというと、リンクスが作っている通信道具の完成に協力していた。

 通信といっても電波信号を利用しているわけじゃなくマナを利用している。この世界はマナで満ちている。

 通信用魔法は発信地から受信地の間に存在するマナで信号波を生み出して通信を実現させている。だから距離があまりあると、通信で利用されているマナが他のマナの影響で弱くなったり変化する。それを防ぐために中継地が必要になる。中継地で通信情報を明確化してから送るのだ。


 リガータの森からプチ・インテーラまでなら中継地は要らない。だけどプチ・インテーラからアレーゼ領までだと一箇所は必要になる。ドゥラーク領までとなると二箇所。アレーゼ領から王都までは四箇所。一箇所に必要なスペースは手で持てる程度の小箱ほどあればいい。


 だけど、何もない野原に小箱一個置いておくのは、誰かに持って行かれるかもしれないし獣や魔獣に壊されてしまうかもしれないので危険でできない。とはいえ、ブツが完成しても設置できないんじゃ意味はない。


 ではどうするか?


 プチ・インテーラから王国南部域は、運河横に設置されている街灯の三箇所の上部に備え付けて解決。

 次はは南部二領内から王都まで。

 南部二領内と領地北端数カ所には、ベネディクト侯爵とヴィアーナに相談して信頼のおける貴族宅の屋根裏や納屋などに設置できるよう手配して貰う。中央部南部も二人の知人にお願いして何とか設置できた。

 中央部はというとジョアナ王女の友人宅を頼ることとなった。

 これで当面はリガータの森から王都までの通信線は確保できたこととになる。だけど、いずれは独自の設備を用意し、メンテの際、設置させてくれた貴族の都合に左右されないようにしたい。


 将来、友好関係にある領地と通信網を築きたい。今は情勢の帰趨が見えないから慎重に動いていくしかない。

 情報の伝達速度が速いというのはそれだけで状況を左右する武器となる。情報受け取るタイムラグが戦果を決める決定打になるケースは歴史を紐解けばいくらでもある。だから逆に、敵側に対応されないよう手の内を知られてはいけない。


 この三十日ほどは、通信連絡網の整備に向けて通信用魔石創りと魔導通信設備の製作をリンクスや親方達と共に進めていた。


 この間、アーザルから王都の情勢が次々と報告されている。

 彼からは王妃側の情報はあまり集まらず王子側の情報ばかりなので国王と王妃達の安否が心配だ。王都からまだジョアナの従者は戻ってきていない。ドライアドの連絡網整備は数日以内にできるそうだけど、王妃にこの連絡網のことを伝え利用方法を教える役目をおった従者はまだ到着していないだろう。俺達の通信網もまだ道具が完成し設置予定場所が決まっただけで稼働できる状態にない。


 俺は王国とも他の国とも繋がりを持つつもりはなかった。必要な物を購入できる程度の取引ができればそれで良かった。だから魔力が豊富にある創石に便利なリガータの森で暮らし続けてきた。そのことは後悔していないけれど、このような事態になり王都との距離を思うと何かしら準備しておくべきだったのかと考えてしまう。


 人と繋がりができると、関わりたくないことに関わらなければならない時がある。生まれて来た時点で両親が居るのだから、人との関わりってきっと避けられないことなんだろう。だったら面倒ごとが起きた時どうするか? 気ままに生きようとするなら考えなければならないことなのかもしれない。エリザベスとその家族、ヴェイグ等竜族、ダークエルフとリンクスなど親しい相手とだけ付き合って生きていきたいけれどそうもいかないからなあ。


 毎日通信関係の作業を終えて、こんなことを考えては「ああ! 面倒だ」と苛ついていた。

 そんなところに王子側から俺宛の手紙が届いた。


「話があるから王都へ来い」


 要するにこんな内容の手紙だった。一応、儀礼的に失礼のない文章だったけど、ところどころに「言うことを聞け、さもないと……」と感じられる言い回しがあって相変わらず糞ウザい内容にも感じた。

 

「どうするかなあ。遠いから行きたくないし王子の顔も見たくない。だけどなあ」

「ジョアナ王女はリカルド様に行って貰いたいでしょうね。でも私も行って欲しくないです」

「エリザベスはどうしてそう思うの?」


 優しいエリザベスのことだから「ジョアナ王女のため王妃に協力して差し上げてくださいませんか?」と言いそうなものだ。


「以前手厳しい目に遭ってるのですから、リカルド様には強権的な態度は無駄なばかりでなく、協力を要請するには悪手だと判っておられるはずです。なのに、リカルド様もお感じになられているように、この手紙からは相も変わらず強気な態度がうかがえます。ならば何か罠のようなものを用意して待っているのかもしれません」


 罠ねえ。俺が出向くからには当然セキヒかソウヒが一緒だ。力業では確かに何をしてこようと無駄だ。そんなことくらいは判っているだろう。魔法にしたって俺に対抗できないと判っているはずだ。


 では罠ってどういったものを用意できる?

 王子は物理的なものでも魔法的なものでも俺を嵌めるには無効だと判らない相手なのか?

 薬物? 体内に取り込んでしまえば俺にもどうすることもできない。治癒魔法は俺だけが使えるように術式を組み込んであるからなあ。だけど飲み物も食べ物も自分が用意したものだけを口にしていれば問題ないだろう。

 空気中に漂う物質は酸素以外は例外的に求めなければ障壁魔法で弾かれるから俺に影響を及ぼすことはないしねえ。


 じゃあ罠ってなんだ?

 まあ判らないけれど、とにかくエリザベスも悪い予感がするということだろう。


「うん、想像できる範囲じゃ、王子が気持ちの良い対応してくれそうにないものね」

「はい」

「だけど情報を集める時間もない」


 手紙には日時が指定されている。それは今日からおよそ二十日後。馬車でなら最短距離を進んでちょうど間に合う程度。ジープで移動すれば十日近く余裕ある。だけど王都で王妃に会えるとは限らない。王妃の動きは監視されていると考えた方が良い。それに、俺が王都に入れば王子に伝わりすぐ会えと言ってくるだろう。向こうはこちらに情報を与えたくないだろうしね。その程度の慎重さもないとは思えない。


「俺に何かできるとは思えないし、王子達の現状を知るためには行った方がいいんだろう。近くに居れば王妃の手助けもできるかもしれないしね」

「王都へ行かれるのですか?」

「うん、会いたくないけど、遅かれ早かれ王子とは顔を合せなきゃいけない。そんな気がする」

「そうですか。では私はリカルド様の伴侶として支えます」


 王都へ出向く俺をリガータの森にいるエリザベスが支える? どういうことだろう?

 あとで疑問に感じたけれど、その時は「ああ、頼むよ」と答えただけだった。

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