王位簒奪
国王が替わった?
外から見ていると王国内は国王側と反国王側との間に緊張が続いているだけで動きらしい動きはなかった。ところがテリアス第一王子が国王の座に就いたと、アーザルから急ぎ報告が入った。
頭に浮かんだのは「また何か病が発症したのか?」だった。だが、一日の公務を終えていつも通りの時間に寝室に入ったところまでは確認されているという。そして翌朝、寝室から国王の姿が消えていたらしい。部屋の前に居るはずの護衛兵二名が見当たらず王宮内にも居ないので、護衛兵二名が国王をどこかへ連れ去ったというのが状況から想像されていることらしい。
王宮内は騒然として国王の捜索を始めた。だが王宮内では見つからない。外へ連れ出されたのかもしれないが痕跡がない。捜索は続けられているが、今のところわずかな情報も無いという。
『国に王の居ない日があってはならない!』
第一王子のテリアス王子がそう言い、即位を決めたという。
「国王の安否も確認されていない状況での新国王即位など許されるはずもない。ましてや継承権を持つ者は今は居ないはず。テリアス王子が即位できる理由も無い。もし誰かを国王に就かせなければならないのなら、国王が療養していた間代理を務めていた国王の弟君が就くべきだ」
王妃はそのように主張して猛反対したらしいが聞き入れられず、主要な貴族の前で即位式を行なったらしい。
この報告を聞いたとき、エリザベスと一緒にプチ・インテーラでヴィアーナと会っていた。アーザルから受け取った羊皮紙の中身を確認しエリザベスとヴィアーナにも状況を話した。
「王位簒奪だな」
ヴィアーナとエリザベスは同時に頷いた。そして二人は視線を合わせる。
「ジョアナ王女のところへ行かないと……」
「そうね。一緒に行きましょう」
心配そうなエリザベスにヴィアーナは同意した。
「じゃあ、行くか」
「いえ、リカルド様はいらっしゃらない方が良いですよ。ジョアナ王女は……リカルド様につい頼ってしまうかもしれませんし」
ああ、なるほど。何を頼ってくるのか判らないけれど、俺を実物以上に高く評価しているジョアナならその可能性はあるね。こんな時は俺が居ない方が良いんだろう。
それに俺にはセキヒが居るし、エリザベスにはスイシ、ヴィアーナにもテミスという護衛が付いているから別々に動いても安全だろうしな。もっともプチ・インテーラの治安はリンクスが守っているからそうそう危ない目に遭うことはないんだけど、それでも用心しておくに越したことはない。
「判った。それじゃ俺はアーザルの所に行ってもう少し詳しい話が聞けないないか行ってくる」
「私は遅くなるかもしれません。リカルド様は先に家へ戻っていてくださいませ。スイシが居てくれるので私は大丈夫ですから」
エリザベスがチラッと見ると自信ありげにスイシは頷く。すると俺の背後からセキヒが出てきてスイシの前に立つ。
「スイシ、エリザベス様に傷一つ付くようなことがあれば……」
「セキヒよ。ヴェイグ様からお役目を言いつかってからこれまでの私を見てそんなことはないと思わんのか?」
「余計なこともせず、静かに真面目にエリザベス様をお守りしている。それは判っているが……」
「我を忘れてしまわぬようにと言うんだろう? 判ってるさ」
ニシシと歯を見せスイシはエリザベスに視線を向けた。
「セキヒ、スイシは大丈夫ですよ。いつも私を気遣ってくれています。ですから安心してリカルド様から離れて行動できるのです」
「それならいいのですが」
セキヒは固い表情を崩してスイシに頼んだぞと微笑む。同じ竜族のスイシへの信頼が感じられる笑みのように思えて何だかセキヒとスイシの関係もなかなかいい感じみたい。といっても、竜族には恋愛感情はないらしいから友愛とか同志愛なんだろうけどね。
「じゃあセキヒ、俺達は行こう」
・・・・・
・・・
・
アーザルから王都の空気や王子に与さない貴族達の情報を聞いてから家に戻る。やはりテリアスの強引な即位には反発があるようで、今はジッとしている貴族の中には王を早く探し出して事態の収拾を図ろうとしている者も多いらしい。国王の生死が不明の間は、王弟を担ぎ上げて時間を稼ごうと画策している集団もまだ居るようだ。だがテリアスを多数の兵を持つ貴族達が支援しているらしく、表立って動こうにも動けないでいるというのが実情らしい。
その辺の情報をエリザベスに伝えて、また意見を聞くつもりだったんだけど、ジョアナのところからまだ戻っていなかった。戻るまでの間ヴェイグと遊ぼうと探したけれど家の中にはどこにも居ない。
「あれ? ヴェイグは?」
「居間に居ませんか? 午前中はリンクス達の作業見学してまして、昼食食べた後は居間で昼寝してらっしゃったんですが」
ソウヒが台所から顔を出し答えてくれた。ま、あれから多少成長したし、小竜のままでもそこは真龍、あの強いセキヒですら「今でもまったく敵いません」と言うくらいだから、俺程度が心配するのは愚かしいというものだ。
「そうか、またどこかで遊んでるのかもしれないな」
「そうかもしれないですね。もうじき夕食の時間ですからその頃には戻ってくるでしょうし」
遊びにでかけた子どもを待つ母親のようなことをソウヒは言う。ソウヒに「もっと早く帰ってきなさい! 手は洗ったの!」と叱られるヴェイグを想像してクスっと笑いが漏れてしまった。
「私、何かおかしいこと言いましたか?」
「いや、何でもないんだ。それでソウヒ、今夜のメニューは何かな?」
「今日はプチ・インテーラで新鮮なミルクを手に入れたのでシチューにしました」
「お、いいねえ」
リガータ鳥のもも肉と森で採れた山菜盛りだくさんのクリームシチューだそうだ。自慢の一品になるようチキンブイヨンから作っていると嬉しそうにおたまを小手先で回している。
「楽しみにしているよ」
そう言い残して俺は自室へ向かう。夕食までの間、術式研究でもしておこうと書棚から高等魔術式重層構造理論の三巻目を手に取りベッドにゴロンと横になった。
・・・・・
・・・
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うつらうつらしていると「リカルド様、夕食ですよ」とエリザベスに揺り起こされる。
「帰ってきていたんだね」
「はい。先ほど帰宅しました」
俺が寝ているベッドに腰掛け、いつもの笑顔を見せてくれている。
「そうか、それでジョアナはどうだった?」
「夕飯の後でお話ししますよ」
「了解。じゃあ、食べようか」
ソウヒが「自慢の一品に!」と気合いを入れて作ったクリームシチューは絶品だった。リガータ鳥のもも肉は歯を入れただけでホロリと溶けるほど柔らかく、肉と野菜の旨味が溶けているシチューは思わず笑みを浮かべてしまうほど。いつもなら多少は雑談しながら食べているんだけど、俺もエリザベスも無言でひたすらシチューを口に運んだ。エリザベスは一度、俺は二度お替わりをして満足感でこのまま眠りにつきたいほど幸せな気持ちになった。
「ソウヒ、とても美味しかったよ。さすがだね」
「ええ、本当に。今度作り方を教えてね?」
エリザベスと一緒に感想を伝えると、「次はもっと美味しいものを作ってみせます」とソウヒは胸を張る。
「おまえがこれほど料理上手になるとはねえ」
ヴェイグにしみじみと言われると、「セキヒに負けていられませんから」と俺の護衛役を務める機会が少ないことを悔しく思っているのか対抗心を露わにする。
なんだかんだ言ってもセキヒとソウヒは良いライバル関係にあるようで見ていて楽しい。こんなに美味しい料理はセキヒには作れない。でも状況に応じられる柔軟さはセキヒの方がある。得意分野が別というのもいいもんだ。あからさまな上下関係が生まれないからね。
食後、アーザルからの情報をエリザベスに伝える。
「そうですか。やはり新たな国王の下で一致団結しているわけではないのですね」
「うんそうみたいだ。反対派は武力衝突になると不利だから表立って騒いでいないみたい。それでジョアナはどうだった?」
事情も明らかになっていない中で急に代わったのだから、王宮内が新国王支持でまとまっているわけはない。エリザベスも予想通りといった受け止め方だった。
「はい。陛下が行方不明と聞いて驚いていらっしゃいました。ですが、予想されていらしたのか意外そうではありませんでした」
ジョアナまでもがこの事態を予測していたようだ?
王位継承争いに続き王位簒奪まで起きたというのに予測できてしまうとは、王族に生まれるのも大変だ。
「でも心配はしていたんだろう?」
「ええ、王妃と連絡をと侍従の一人を王都へ早速送り出しました」
「急いだとしても往復で三十日ほどかかってしまう。ジョアナは、王都は危険だとしてもせめてアレーゼ領で過ごした方がいいんじゃないか?」
南部二領のうちアレーゼ領の方がドゥラーク領より王都への距離は近い。早馬を駆けさせれば往復で二十日はかからない。
遠距離情報伝達用の魔法はある。だけど、伝達可能な距離に制限があって、例えば、王都とプチ・インテーラとの間で連絡可能にするには、中継地点を最低でも二箇所は設けなければならない。できることなら四箇所は設置したいところだ。王国と友好関係にあれば中継用設備を設置させて貰えたかもしれない。
ドゥラーク領やアレーゼ領も王国内だから置かなかった。……ごめん。こっちは表向きの言い訳です。そんな魔法設備を用意したらちょくちょく呼び出されると思って情報伝達魔石の創石から逃げてたんだ。
「はい。そこでリンクスの皆さんに相談してきました」
「え? 俺にじゃなくリンクスに?」
「ごめんなさいね。でも、ヴェイグ様から聞いたのですけれど、リンクスの皆さんは既に情報伝達用の道具作成に取りかかっているということでしたので」
あ、ああ、そうか。ヴェイグは毎日リンクス達の作業を面白がって見に行っていた。今じゃ俺よりもリンクスの動きに詳しくても不思議じゃない。
「完成しそうなの?」
「もうしばらくかかるようです。ですが、それならば当面はドライアドに協力して貰えば良いとヴェイグ様が仰ってくださいました」
なるほど。ドライアドなら樹木を通じて連絡を取れる。
「でも、王都にもドライアドが居ないと連絡取れないんじゃ?」
「そうなんです。そこで土の精霊ノームに命じておくと仰ってました」
ドライアドはノームの眷属だから命令には従う。セキヒからちょっと聞いただけなので詳しい事情は知らないけれど、ヴェイグのおかげでノーム等土の精霊が暮らしやすいリガータの森ができあがり広がったという。だからノームとその眷属はヴェイグや俺の頼みも聞いてくれる。滅多に頼まないけれどね。
確かにドライアドの力を借りられれば連絡は取れる。
「ん? エリザベスはいつヴェイグと相談したの?」
「ジョアナ王女のところですよ」
「え? でもソウヒの話じゃここに居たと……」
「なんでも、プチ・インテーラを見て回っていたんだそうです。その最中に私とスイシの気配を感じたので様子を見に来たと仰ってました」
なるほど。闇属性魔力が身体から漏れ出なくなり周囲に被害を出さなくなったから、瘴気対策していない人も多いプチ・インテーラを見学に行ったのか。その気持ちは判るけれど、小竜なんて珍しい生き物を飼いたい輩が居ても不思議じゃない。捕えようとしても無理だからヴェイグのことは心配していない。捕まえようと目論んだ輩の身が心配になる。ヴェイグは意にも介さないだろうけれど、捕まえようとしてる場面をセキヒ達が目にしたら恐ろしいことになるのははっきりしている。ヴェイグには、その辺を少しは考えて動いて欲しいものだよ。
……あとでちょっとばかり説教しなきゃいかんね。
「それじゃドライアドに協力して貰い王妃と連絡を取るとして、ジョアナはその後どうするつもりでいるのかな?」
「王妃様と相談して決めるみたいですね」
「そりゃそうか」
ジョアナ一人で決められないから王妃と連絡を取るのだ。馬鹿な質問してしまった。照れ隠しに頭をポリポリと掻いていると、そんな俺に気づかないフリでエリザベスは話を続ける。
「ジョアナ王女は、ゼルテンス第二王子の動きが判らないので、そちらについては特に何も仰ってませんでした。ですが、テリアス第一王子にはかなりお怒りでしたね」
「だろうね。それでエリザベスは明日以降もジョアナのところへ?」
「はい。プチ・インテーラにはフレイア王女と二人ですからできるだけ心細いと思うんです。ですから顔を見せたほうが宜しいかと思いまして」
「判った。スイシと一緒なら心配はないだろうけど、気をつけて通うんだよ?」
お互いに伝えるべきことを伝え終え、同時に立ち上がる。エリザベスは風呂へ、俺は再び術式書を読むため自室へ向かった。




