内乱の予感
クレメンス国王が王都へ戻ってからふた月ほどが過ぎた。
イアンはドゥラーク領で王国商人と俺達との間に入る形で役職に就いた。俺達を含めた国外からの輸入品に関税をかけ、また適切に流通されるよう監視する役職だ。輸入管理官とかいう立派な名称。国王は俺の願いを聞いてくれたようだ。
「あまり突拍子もない商品出さないでくれよ? 調整が大変なんだから」
イアンは照れくさそうに注文をつけてきた。久しぶりの公での仕事なだけに下手なことはできないと気を引き締め釘を刺しておく気らしい。
だが、今や俺よりもリンクス達に注意した方が良いんだよな。錬石の仕事が魔石のグレードアップだけじゃなくなり、面白そうな道具に必要な魔法を発動させるための魔石を作る仕事にもなりつつある。リンクス達は恐ろしいほどの熱量をもって新たな道具作りに力を入れている。
例えば彼らは今、電動アシスト付き自転車を真似た魔導タービンアシスト付き自転車の製作に夢中になっている。原案が俺なのは確かだけどさ。最近どんどん広くなってきたプチ・インテーラ内の移動が楽になるよねと言ったらば、各所との連絡業務や街中の巡回任務がある彼らは「これはいい!」とアドリアの工房と協力して製作し始めている。バイクやジープに付けている各種安全装置のサイズ縮小や魔導タービンの軽量化などを目を輝かせ試作している。
また俺と親方が作った洗濯機も洗濯槽内を改良して洗濯終了後に乾燥できるよう工夫している。これも原案は俺だけど、俺の創石能力に頼らずに作る楽しみを覚えつつある彼らはダークエルフの中に相談できる相手を見つけて道具作りを楽しんでいる。
この分だと近い将来、通信電気関係を除く二十世紀の日本文明に近づくのは間違いない。あくまでも原案は俺だけど、作ってるのはリンクスだし安く大量に作れるよう工夫しているのも彼ら。
加工で魔法を使える分、試行錯誤を繰り返す早さは俺の想定を越えている。とにかく何か新しいモノを生み出す楽しさに目覚めてしまった彼らを舐めてはいけない。そのうちイアンは「あいつらをどうにかしてくれ」と泣きついてくるだろう。その日が楽しみだ。
楽しい日々が戻って来た。そう感じたのも束の間のこと。イアンと、プチ・インテーラに出張しているアーザルから王国内で起きつつある不穏な状況を聞いた。
最近、陛下への反発が強まっていて、荒れる可能性が高まっているという。
貴族の特権の多くは税の軽減に関するものであった。免じられていたり軽減されていた。その代りに軍役で国に奉仕する。ただこれだけであれば、クレメンス国王は貴族の現状に不満を感じることもなく、また役人を派遣して監査や領内調査などを行なわなかっただろう。
貴族は領内で領法というものを定められる。国法に抵触しないなら自由に法を作ることを許されていた。
クラウン領などで混血児が人間とは見做されず物として取り扱われていたのも国法に抵触しなかったからであり、ドゥラーク領とアレーゼ領では領法で混血児の所有や売買を禁じることが可能だったのも国法に抵触しない内容だったからだ。
国法に抵触しなければ自由に領法を定められるというのも貴族特権であった。
この特権を利用して、ある領地では同じ犯罪でも貴族と平民では与えられる罪に差が設けられたり、ある領地では、二人以上成人した娘がいる家は一人を侍女として領主宅で五年間無報酬で働くなどという法を定めた領主もいる。国法が想定していない事案は全て自由に領法として定めることが可能だった。
国は決められた義務を果たしているならば領主に対して関心は薄かった。
しかし、プチ・インテーラから戻った国王は各領地の実情を調査し、国法に定められていないとしても、貴族と平民の間に著しい不公平が見られる領法は取りやめるよう勧告するようになった。
「国法で禁じられていない」
このことを根拠として貴族は抵抗しているが、国王は断固として譲らない。
「特別な地域事情があり領地運営上考慮すべきことでない限り、領法を利用することを禁ずる」
この新たな勅令を出して「過去については問わないが今後は許さない」と周知させたという。ここで貴族達はまだ謹慎中の王子達にこっそりと接触したらしい。
「現国王を廃し新たな国王となり貴族特権は今までのままにするなら、これまでの約定は履行しなくても良いし新たな政権での後ろ盾になる」
そんな約定が新たにできたらしい。
……怖いな。その約定が本当か否かは知らないけれど、これで王子達への国王からの監視と締め付けは厳しくなる。その話が嘘でも国王は反乱を阻止するために厳しい目を向けなければならないから、王子達は不満を募らせ貴族側に付いて国王と対峙する可能性が高くなる。
「ドゥラーク領とアレーゼ領は、謹慎を命じられた時に王子達から取り上げられ国王の直轄地に変わっているから、今のところ王子達側からも反国王貴族達からも接触はない。それに前回のことがあるから、下手に干渉して私やリカルド達が領地から出ていけば国庫収入が大幅に減り、王子達が政権を担ったときに困ると考えているようだ。だが争いが本格化すれば国王側の資金を減らすために介入してくる可能性は高い。リカルド、気持ちの準備だけはしておいたほうがいいぞ」
イアンはこう言って注意を促してきた。アーザルに至っては「リカルド様が国王側に着くと宣言し、王国内の女性と商人、そして南部二領の領民を国王の味方にしたほうが内乱の芽を摘む効果がありますよ」とまで言う始末。
このふた月ほどでまた王国内が政治的に乱れてきたらしい。どうやらそれは確かなようだ。そして心情的には国王に味方したい。だけど俺は王国民ではない。部外者があまり深く関わるのは良くない。王国の問題は王国民が解決すべきだ。
それに最近リンクスは俺の手を離れて自立し始めている。傭兵の仕事など俺はまったく関知していない。ヴィアルが主導して仲間の意見をまとめて仕事を選んでいる。錬石とか道具作成では相談に乗っているけれど何を作るかを決めるのも作るための環境整備も彼らがやっている。彼らは彼らなりに考えて生活を築き始めている。それはとてもいいことだと思っているし、何より俺が楽だ。
だけど俺が国王に付くと言えば彼らは俺の側に立って考えてしまう。何かあれば共に動くだろう。俺も当てにしてしまうかもしれない。これまでの経緯から、彼ら自身も王子達より国王の方がマシと考えて動くかもしれない。でもそれは彼らが彼ら自身で決めることだ。その判断を左右するようなことを俺がしてはいけない気がする。
だから今はまだ様子見に徹していよう。内乱が起きるとは限らないのだから、もう少し状況の推移を見守っていよう。
それにしても、国王はあの日に俺から聞いたことが事実か確かめようとしたんだろうな。そして事実だと知って動き始めたのだろう。ただどこまでやるつもりなんだろうか?
王国は貴族社会だ。
多数の貴族を敵に回したら立ちゆかなくなってしまうんじゃないだろうか?
国王の姿勢に賛同する貴族はどの位居るんだろうか?
ドゥラーク領でのイアン、プチ・インテーラでのアーザル、二人から聞いたことを考えながら俺はリガータの森へ戻った。
家でエリザベスに相談すると、少し考えた後にこう答えた。
「そのうち陛下からも王子達からも何かしらの依頼が入ってくると思いますよ」
「何かしら?」
コクリと頷き慎重に言葉を選ぶように話を続ける。
「はい。内乱発生時の協力でしょうけれど、資金援助もしくは傭兵隊の派遣の依頼は来ると思います」
「資金はともかくリンクスの方は俺にはどうすることもできないじゃないか」
「リカルド様とリンクスの関係を主従関係のように考えてますから」
なるほど。以前はリンクスは何をどうしたら良いのか判らないことが多かった。それは経験も知識もなかったから俺に意見を求めたし、俺の指示に従う傾向があった。多分今でも、俺が何か言えばそれに従おうとするけれどそれは上下関係があるからではなく、単に俺を尊重しようとしてくれているからだ。
以前と今では異なっている部分がある。俺が意見を出すと必ず質問が返ってきたり別の案を出して比較しようとする。比較検討した上で、俺の意見の方が良いと判断することもあれば、別の案で動くこともある。みんな勉強し、経験を積んできているから成長しているんだよね。
「今の俺達を知っていればそう考えないだろうね」
「そうですね。陛下の動きはリンクス達にとってそれほど感謝するような行動でもないと思いますから、リカルド様が協力しようとしても賛同しないかもしれませんね」
「リンクスに国王の行動のどの辺がそう思わせるんだろうか?」
「今回陛下が各領地をお調べになったのは、リカルド様の貴族への見方の真偽を確かめようとしたからでしょう。ですが実情を知って改めさせようとしているのは、貴族の領地とはいえ王国内で好き勝手していることが我慢ならないからです。けっして平民のためを思ってのことではないでしょう」
「そうなの?」
「もし、平民のためを思ってでしたら、貴族と平民とで異なる対処する部分だけ改めるようにと仰ったでしょう。ですが、領地運営上で特別な地域事情がない限りと仰ったのは税収の面を陛下が気にしてのことです」
領地独自の税が数多く作られ領地収入が増えると、国税で与えられている免税等の優遇措置の有り難みが減ってしまう。それはいざという時に、軍役の命令に背く可能性を高める。エリザベスは「現陛下に限らず、王族ならばそう考えるでしょう」と言い切る。
そりゃそうか。貴族が持つ平民への特権的行為が減るから平民のために動いていると考えてしまったけれど、国王にとっては自身の影響力が減ることの方が重大だもんな。
「つまり、平民のことを考えての措置じゃなく、自身の権力基盤を整えようとした結果、平民にとって良い措置になっているだけ。だから判断する際は、国王の本音を理解した上で決めるべきと言いたいんだね?」
「ええ」
元貴族でも社交界を経験していない俺と違って、エリザベスの王族や貴族を見る目は鋭い。いや、俺が甘いんだろうな。
「判った。静観できるうちは下手に首を突っ込まないようにする。そして関わるときはもっと情報を集めいろんな人の意見を聞いた上で考えるようにする。どうやら俺は王国の見方を判っていないみたいだ。エリザベスが居てくれて助かるよ」
「はい、お役に立てたなら嬉しいですわ。それにしてもジョアナ王女はどう考えているのでしょう?」
国王が静養から王都へ戻ってもプチ・インテーラにジョアナと妹のフレイアは残った。人知れず病で悩んでいる人への相談役のような仕事に就いたジョアナはともかく、フレイアまで残るとは思っていなかったな。だけど不穏な空気が広がり始めている今は、王都よりプチ・インテーラで暮らしている方が子どもが過ごす環境としてはいいのかもしれない。
「明日にでも聞いてくるかな?」
「いえ、私が行ってきますわ。女性同士に兄が居る妹と似た境遇ですのできっと私の方が話しやすいと思うのです」
「ああそうかもしれないね。じゃあ頼むよ」
ジョアナは俺を実際以上に大きく見ているような気もするからエリザベスの方が本音を話しやすいかもしれない。ここは頼りになる妻に任せるとするか。スイシが一緒に行けばどこへ行こうと誰と会おうとエリザベスは安全だろうし。
俺はアーザルに頼んで王国の情報をもっと詳しく調べて貰おう。




