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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第一部 情に棹させば流される    第一章 傭兵隊結成
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ヴィアーナとエリザベス

 リガータの森とアレーゼ領の間で工事が行なわれている。私の命令で交易所と倉庫を建てている。

 リガータの森に住む亜人達から魔獣の肉と魔石を中心に買い、こちらからはリガータの森では手に入りづらい食材や物資を売る場所を準備している。


 もちろんこれまでも亜人達との取引きは行なわれてきた。だけどそれは細々とした規模だったし、堂々とした表立った取引きじゃなかった。亜人との交流が蔑まれる空気がコンコルディア王国にはあるから陰で細々とやるしかなかったのです。


 だけど私は開き直って交流に踏み切った。

 リカルドと接触する機会を増やすため、そして昨年蝗害が起きたために不足しがちな食糧を確保するために積極的に動くつもり。


 本当はリカルドにこの交易所へ来て貰い魔石を依頼したかった。彼が創る魔石が優れていることは、先日の魔獣討伐でまざまざと見せつけられた。彼の創る魔石ならアレーゼ領の騎士達からも必ず人気になる。だから、亜人と人間の交流に前向きなダークエルフの族長ダヴィド=ハルに強く何度も頼んだけれどダメだった。リカルドはリガータの森で新たな仕事を増やしたから交易所に常駐するのは無理とのことだった。


 リカルドが始めた新たな仕事が何なのかは教えて貰えなかった。ダヴィド=ハルは混血児の未来のための仕事だとしか教えてくれなかった。でも、混血児に関係するのなら、アレーゼ領に住む混血児のことも相談できるかもしれない。


 亜人との接触以上に避けられている混血児。そもそもの問題は見目に優れた亜人の女性を夜の供にする人間側の方にあると見ている。だけど、中には貴族も居て取り締まりもきつくできないでいる。

 彼らは親と離れると闇の世界に入りがち。彼らには仕事がないから食べるために仕方なくというのは聞いている。だけど領内の治安を不安にするから捕まえなくてはならない。原因の大半が人間側にあるのに混血児だけに責めを負わせるのは正直心苦しい。


 これまでも何か良い知恵は無いかと悩んできた。でも今はまだ浮かばない。

 ……だから。


「テミス。領内に住む混血児の人数、生活状況を調べさせて置いて頂戴。至急よ?」

「はい。畏まりました」

「それとダヴィド=ハルに連絡して頂戴。可能な限り早めに会えるよう日程を調整してね」

「はい」


 リカルドが何をしているのかは判らない。でも、混血児に関係しているというのなら、そこからリカルドとの接点を見つけられるかもしれない。創石で稼いでいるリカルドを金銭で釣るのは無理だ。伯爵家当主という地位でも釣れなかった。ならば別の手段で関係を作り、徐々にリカルドと親密になれば良いはず。


 指示を受け取ったテミスが執務室から出て行く様子を見送りながら、リカルドを私のモノにする手段を考えている。


 とにかくできることは何でもしなければならない。それも間を置かず可能なことは全力で。


「失礼します。早急なご報告があります」


 執事長のレドラムが銀髪で入室の一礼をしたあと執務席の前まで近寄ってきた。


「何かしら?」

「ご指示がありました……他の領主の動きの件でございます」


 レドラムの報告は予想内の内容だった。

 アレーゼ領の東側に接しているドゥラーク領は商業が盛んな領地。農業が主要産業のアレーゼ領とは違い賑わっている。領主はベネディクト=マイヤール=ドゥラーク侯爵で、儲け話には抜け目のない男だ。コンコルディア王国でも有数の富裕な貴族で、王国中央にも多くの伝手を持つと言われ、侯爵でありながら政治中枢にもかなり顔が利くとも聞いている。


 そのベネディクトが次女のエリザベスを連れて、ダークエルフの集落へ向かっているという。


「そう。《《あの》》エリザベスを伴ってね……」

「はい。荷馬車も二台用意してとのことですので、あのベネディクト様のことです。贈り物も奮発してらっしゃるのでしょう」

「きっとそうね。報告ありがとう」


 恭しく礼をしてレドラムは下がった。

 エリザベス=マイヤール=ドゥラーク。コンコルディア王国南部では有名な美女だ。今年十八歳になり、いつ嫁に出てもおかしくない。それどころか今だ独身で居ることの方が不思議と社交界でも囁かれている女性だ。

 噂によると、ベネディクト侯爵が頷けるような嫁ぎ先が見つからなかったからとも言われている。利に聡いベネディクトなら、王族のような地位あるところか、最低でも公爵レベルの嫁ぎ先を待っていたとしても不思議ではない。


 ――勝負に出ているのね。


 さすがね。リカルドの価値をしっかり見極めているわ。当然、創石のことはもちろん、魔獣を食材に利用できる技術やダークエルフ達が使っていた道具のことも調べた上でしょうね。私が婚姻を申し出たことも、多分ベネディクトは知っているはず。


 侯爵家の方が伯爵家より格上だとしても、あのリカルドが地位を求めるとは思えない。

 このこともベネディクトは調べているだろう。

 地位や金品、さらに美女ではリカルドは釣れない。私はそう確信している。きっとベネディクトも同じ結論に達しているはずなのよ。


 ――でもエリザベスとなら伴侶になるなんて言われたら、私は傷つくわね。


 朗らかなのにお淑やかで、美しいだけでなく女性として魅力に溢れた肢体を持つエリザベスは貴族令嬢に求められる全てを持っている。あのほっそりとした白い手に口づけしたいと願う殿方は掃いて捨てるほど居るだろう。何度か顔を合せたこともあり、理知的な会話で殿方を飽きさせない女性だということも知っている。殿方をたてながら場の空気を盛り上げられるから、是非とも伴侶にと望む方も多いでしょう。


 そりゃあ私は男勝りなところもある。でも領主として振る舞わなければならないんですもの仕方ないわ。

 スタイルには自信があるけれど、領内をしばしば見まわるから肌は少し陽に焼けてるし、エリザベスのような真っ白な肌は持っていない。エリザベスと比べられると引け目は感じるけれど顔だってそこらの令嬢よりは綺麗な方よ。……テミスもうちの家人達も皆「とても美しい」と褒めてくれるもの……そうよね。

 会話だって、領主として大事なところは押さえながら社交界で渡っているわ。けっしてエリザベスに負けているとは思わない。


 ――だけどリカルドがエリザベスを選んだら……。やめやめ。こんなネガティブな考えに囚われているのは私らしくない。



 エリザベスのことより、ベネディクト侯爵が何を考えているかよ。もう少し情報が欲しいわね。

 執務席の上にある銀のベルを鳴らし、先ほど退席したレドラムを呼ぶ。


「ベネディクト侯爵の件だけど、レドラム、あなたが指揮してリカルドやダークエルフにどんな条件を出そうとしているのか調べてちょうだい。どんなことでもいいからお願いね」


◇◇◇


「エリザベス。おまえならば王族へ嫁ぐことも夢ではない。だが、我が家の繁栄を思えばリカルドに嫁いで貰いたいのだ」


 これまで珠を磨くように慈しみ、大切に育ててくれた私に向けられた、父ベネディクトの蒼い瞳には申し訳なさそうでいて揺らがない決意があった。


「お父様。リガータの森で暮らすかもしれないというお話しには正直驚きました。ですが、お父様のお決めになったことでしたら従いますわ」

「すまんな。どこで暮らすことになろうと、おまえに不自由な思いはさせない」

「ありがとうございます。ですが、アレーゼ領領主のヴィアーナ様のお申し出をリカルド様はお断りになったのでしょう? リカルド様は私を迎えてくださいますでしょうか?」


 ヴィアーナ様とは社交界で何度かお会いしました。若くして領主の座に就いただけあって毅然とした態度を崩さない方でした。いくら美しくても貴族令嬢としては柔らかさに欠けるなどと陰口を言う方もいらっしゃいましたが、私の目には家を守る奥方に相応しい器量をお持ちとしか映りませんでした。あの御方が治めているのですから、アレーゼ領の領民は安心して日々を過ごせることでしょう。


 皆が言うように柔らかさに欠けるとしても、見目は麗しく颯爽としたデザインの服を魅力的に着こなしてらっしゃいました。私には無い様子をお持ちの魅力的な女性と感じました。


 リカルド様はあのヴィアーナ様からの婚姻のお申し出を断ったというのです。いくら領主とは言え、ヴィアーナ様は女性。女性から婚姻を申し込むだなんてはしたないと言う方もいらっしゃるでしょうけれど、私には領地を守るためには外聞など気にしない強い女性に見えます。とても魅力的な女性ではないかしら。


 ヴィアーナ様からの申し込みは受け取らず、私を迎えるなんてあるのかしら?


 お父様には何かお考えがあるようですけれど、お話になっては下さいません。お父様の煩悶する空気から嫌な予感がします。私にとってあまり宜しくないことになるのかもしれません。

 

 ですが、私もマイヤール侯爵家の娘です。家のためになるのであれば、何事も受け入れてみせます。

 ……それがたとえ、私がけっして望まないことであろうとも。


 馬車の窓から、瘴気に煙るリガータの森が見えてきました。

 瘴気避けの魔法が込められたブローチを握る。


 ――これから何が起ころうとも気を強くもっていなければ。

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