天才か?
ガラスの透明度をあげたい。その考えはエルフェンパール用の温室を建てていた時から持っていた。
エルフェンパールは採光が乏しくても問題無く育つから後回しにしてきたけれど、いろんな作物、特に果物を栽培しようとすると透明度の高いガラスを使った温室が必要だ。日照量が作物の生育度に強く影響するからなあ。特に瘴気に覆われているリガータの森では、わずかな日照も無駄にできない。光透過率の高いガラスが必要な理由だ。
ガラスは砂を溶かして作られる。その際に他にも混ぜて作っているらしいけど詳しくは知らない。ただ、色が付いているガラスには鉄や銅や銀などの金属の酸化物が混じっているというのは知っている。この金属酸化物がガラスに色を与える。だから原料となる砂から金属酸化物を取り除けば透明度の高いガラスができあがるはずだ。
ガラスの原料である砂から金属酸化物を取り除くために、錬石で使用される魔法を利用してみるつもりだ。
錬石は魔獣などの生物から取りだした魔石から、不要な属性因子や血液や肉片などのゴミを取り除き、目的とする属性因子の純度が高い魔石を作る作業だ。錬石された魔石は、魔法を発動させるための魔力量が減り、魔法の威力があがる。もともと属性因子の純度が高い魔石はそうそう無いから、錬石はとても重要な作業となる。
だけど錬石には、魔石に何が含まれているかを知る探査力と、その魔石がもつポテンシャルを把握する感性が必要になる。この重要な二つの繊細な技術の基礎的な能力をリンクスが持ち合わせている場合が多い。だから錬石の訓練させている。もう訓練を始めてから二年になり、錬石技術を身につけてダークエルフやエルフから魔石を預かって錬石仕事を請け負ってる者もチラホラでてきた。……嬉しいね。
魔石から不要な属性因子やゴミを取り除くには魔法を使用する。土属性魔法の中に、固形物を更に硬化させたり加工する魔法がある。ブルーノ親方が仕事でしばしば使用する魔法で、通称鍛冶魔法と呼ばれる魔法だ。硬化するためには対象に不純物があってはいけない場合がある。だから不純物を対象から除去する術式が鍛冶魔法術式に組み込まれている。ちなみにこの魔法は非生物用なので治癒魔法に組み込まれている故障した体組織を除去する術式とは違う。
この鍛冶魔法を使う際にも、対象に残す物質と除外する物質を把握しておく必要がある。
ブルーノ親方は長年の経験で感覚的に掴んでいるけれど、錬石訓練中のリンクスはその辺が未熟だ。だから魔石に含まれる属性因子を把握するように砂に含まれる金属酸化物を把握して鍛冶魔法で除去していく。
錬石の最初の訓練は魔石に含まれる属性因子やゴミを把握する作業ばかりで正直疲れるしつまらないだろう。だが鍛冶魔法を使う訓練があれば多少は気も紛れるに違いない。錬石始めたばかりの者の訓練にもなって透明ガラスを作れるようになるからリンクスの収入にも繋がる。ま、最初はうまくいかないと思うけど、訓練の一環だと思えば何と言うこともない。
ガラス製造用の砂をどこから調達しているのかをブルーノ親方の伝手を使って調べた。するとドゥラーク領の北東にある山の一つに鉱床があり、そこから仕入れているらしいと判った。そこでプチ・インテーラに出入りしている商人に砂を仕入れてきてくれるよう頼んだ。
最初は、属性因子より粒が大きい金属酸化物だからリンクス達は簡単に除去できると思っていたけれど、実際にやってみるとこれまで除去してきた物質とは異なるためになかなかうまく出来ずにいた。それでも除去作業を数度こなしたらできるようになったので、本格的な作業へと移る。
だけどここでもまた問題が発生する。
鍛冶魔法の影響範囲がせいぜい馬五頭分程度だったので、大量に運ばれた砂からの除去作業は時間がかかってしまった。そこで鍛冶魔法の術式を改良し、民家一軒分ほどの範囲の砂を除去できるように改良した。
これで錬石初心者の訓練で、透明ガラス用の砂を用意できるようになったんだ。
不純物を完全に除去した砂を持ち込んだ工房の職人ができあがったガラスの透明度を見て驚き「これからも用意できるなら全てうちで買い取る」と言ってくれた。これはとても有り難かった。俺とリンクスの収入源がまた一つ増えたことになるからな。
俺が造りたいのは透明度の高いガラスだけじゃない。レンズもだ。そこで砂を購入してくれる工房に球面レンズの製作を依頼することにする。研究費用は俺が出すからと頼んだところ、二つ返事で請け負ってくれた。歪みのない球面を作るのは難しいだろう。焦点をどこに合せるかも双眼鏡や望遠鏡のサイズで変わるから試行錯誤が必要だろう。けれど、その難しさが職人の気持ちに火を点けたみたいだ。ブルーノ親方もそうだけど職人のこういう挑戦気質って俺は好きだなあ。
とにかくまずは焦点位置を気にせず綺麗な球面レンズを作って貰い、球面レンズの作り方が完成したら焦点位置を双眼鏡や望遠鏡で機能するようなレンズを作って貰うことにする。作って貰いたいレンズには凹面レンズも控えているけれど先に凸面の球面レンズを作ってもらう。必要な魔法があるなら、魔石を造って活用して貰うことも視野に入れてお願いしたんだ。
錬石の訓練も収入になる。
この状況になってからというもの、リンクスの錬石訓練にかける時間が大幅に増えた。特に五歳以上十五歳未満の子は、他の仕事がない時間は錬石の訓練するようになった。職に就けない十五歳未満の子にとって大事な収入源となった。だけど砂からの除去作業には限界がある。
だって砂の購入量は決まっているし、売り物になるガラス製品がまだないから大量に購入するわけにもいかない。だから砂が搬入されるまでは魔石と向き合って訓練するしかない。訓練場に砂がないとガッカリしつつもみんな訓練していたよ。
ところがだ。
収入を得る機会を待ちながら錬石訓練に参加する子が増えたことで意外な発見が生まれた。俺の創る魔石は錬石でも作れることを見つけた子がいるんだ。
発見した子の名前はテレサ、十歳の女の子だ。父親は人間で母親がダークエルフ。両親はプチ・インテーラで飲食店を開いている。
明るい亜麻色の髪と透明感のある青い瞳を持つ可愛らしい子だ。平民よりは多い魔法生成力を持ち、得意な魔法属性は水。センスの良い子で、錬石の初歩段階は半年ほどでクリアし、今は魔石の能力限界を探りながら属性因子を込めていく訓練をしている。
俺が創る魔石は、魔力を石化したコアを霊力でコーティングし、霊力部も石化する際に術式を組み込んでいくことで魔法を発動するようになる。テレサは、魔石に属性因子を込めていく途中で、魔法の発動イメージを載せた霊力も一緒に込めていくことで、俺が創る魔石と同じ機能を持つ魔石を作れることを見つけたんだ。イメージを魔法発動時に魔力に載せて魔石に送らなくてもよくて、ただ魔力を送るだけで魔法が発動する。
「同じ訓練ばかりで飽きてたの。それで、いろいろと試していたらできちゃった」そうだ。訓練に身が入ってないように聞こえるけど、いろんなことにチャレンジしたってことだからいいことだよね。
テレサの方式だと治癒魔法のような複雑で具体的なイメージを必要とする魔法用の魔石は作れない。それに錬石する者によって持ってるイメージは異なるから、出来上がった魔石の質にばらつきが出る。その辺の改良が今後の課題だけど、エネルギー・ストレージタイプの魔石やイメージしやすい単純な魔法の魔石ならほぼ同じ品質の魔石を作れる。特にエネルギー・ストレージタイプの魔石を俺じゃなくても作れるようになったのはとても大きい。魔力を貯め込んで、指示があれば魔力を放出するだけの魔石だからイメージしやすい。
俺達が作る武器や防具、それに道具のほぼ全てにエネルギー・ストレージタイプの魔石を使用している。魔力を使い切った時の交換用もだから結構な数を必要とする。これまでは俺一人で創っていたけれど、今後はテレサや他のリンクスも錬石で作れるようになる。慣れれば俺のように一刻で三十や四十は作れるようになるだろう。もちろん元となる魔石があればだけどね。石化の技術はないからこれは仕方ない。
もしかすると魔力を石化する技術もそのうち誰かが発見するかもしれない。そうなったら創石という仕事も俺だけができる特別なものじゃなくなるかもしれない。魔力生成力を持たない者でもいろんな魔法を利用できる日がくるかもしれないと想像するとワクワクしてくる。
……だけど、今の内に創石仕事をたくさん請け負って稼いでおかなきゃいけないかもなあ。ま、今でも十分貯め込んでるし、複雑な術式を必要とする……イメージするのが難しい魔法のための魔石は創石でしか創れないから仕事がなくなる心配はしてないけれどね。
テレサの発見のおかげで何にでも魔石を利用する文明が築かれるかもしれない。……この世界が変わるな。
魔石を確保するための魔獣討伐はこれまで以上に重要になるだろうから、リガータの森で暮らす者達の仕事も増えるだろう。リンクスだけでなく、魔石を人間に売ってるダークエルフも潤う。族長のダヴィド=ハルはきっと喜ぶだろう。魔石を利用した道具を作り続けてきたブルーノ親方の工房も忙しくなる。アドリアが独り立ちしても仕事は嫌と言うほどあるに違いない。
俺の仕事が減りエリザベスと過ごす時間も増えるだろうからなあ。ちょっとした旅行も二人で行けるようになるだろう。
テレサの発見と広がる夢をエリザベスに話す。
「素晴らしいことですね」
俺の喜びを共に感じてくれているのか、エリザベスも温かい笑顔を浮かべてくれている。
「ああそうさ。これからは簡単な魔法を必要とする道具はリンクスに任せ、俺は難しめの術式を必要とする魔法を発動する魔石だけ創る。今まで創ってきた魔石の多くでは、イメージするのが難しい魔法は少ない。ほとんどが簡単な魔法だからね」
「リカルド様の創石する力を見たとき世界は変わると確信しました。リカルド様がブルーノ親方と作る便利な道具を使った経験を持てば、きっと欲しいと思うでしょうから何らかの方法で作ったり手に入れようとすると思いました」
遠くを見るような瞳を一瞬見せたあと、エリザベスが珍しく語り出す。
「ん?」
「私はお父様にこう言ったのです。リカルド様と共に新たな時代を歩んでいくと。リカルド様が作るような道具を誰もが利用した生活が当たり前になる日が来ると信じていました。そしてその日が来たら、貴族はこれまでのようには過ごせなくなるだろうとも確信していました」
俺と一緒になる前からそんなことを考えていたのかと何か不思議だった。世界が変わるなんてそんな大層なことを感じたから俺と一緒に歩むと言い切っていたなんて驚くしかない。
「そうなんだ」
「はい。私の予想は当たりそうですね」
「当たるだろうね。また『おまえのせいで糞忙しい!』と親方が怒るかもしれないなあ」
テレサの発見は、錬石技術を身につけた者ならある程度自由に魔石を作れることを意味する。とすると、エネルギー・ストレージタイプの魔石と一緒に使用すると誰でも使える魔法の種類も増えて生活のあり方も変わる。世界が変わるというのも大げさな話しじゃない。
新たな魔法を利用した道具も増えるはずだから、親方のような職人への依頼も増えるのは想像に難くない。
「ふふふ、そうですわね。親方から怒られる前に、どこかへ逃げましょうか?」
「いいね、それ。メフルナーズに観光しにいこうか?」
「素敵ですわ」
心が温かくなるエリザベスの笑顔はいつ見ても、何度見ても幸せになる。俺は早速メフルナーズから来る商人達から観光スポット情報を集める気になっていた。どこへ行ってもエリザベスが居るなら絶対に楽しい。そしてエリザベスにもそう思って貰えるよう旅行先をきっちり吟味しよう。
この時ばかりはテレサの発見から完全に意識が離れていた。




