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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第五章 秩序崩壊への一歩
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熱気球お披露目

 魔法をほとんど使わずに乗り物を動かせる蒸気機関を作った時も驚かれた。だけど空を飛ぶというのはこの世界の人間や亜人には衝撃的だったようで、お披露目した熱気球への反応はとんでもなかった。事前に何度も何度も説明しどのような原理で浮くのかを一応は判っているエリザベスでさえ、熱気球に乗ってリガータの森にある自宅前からプチ・インテーラまで移動したら「わ、私、空を飛びましたよね? 魔法も何も使っていないのに飛びましたよね?」と興奮していた。


 その様子を試作段階で乗ってやはり興奮したアドリアは微笑ましそうに見ていた。


 ……判る! その気持ち判るよ。どうなるか判っていた俺でもかなりワクワクしたからさ。


 熱気球でプチ・インテーラの運河横にある広場に下りると、怒鳴るように声をあげてジュリアスが真っ先に駆け寄ってくる。


「私の妹に何て危ないことをするのだ!」

「お兄様!」


 ゴンドラの扉を開けて降りてきたエリザベスが、先に降りた俺とジュリアスの間にすぅっと入る。事前にこうなることを予想していたのか、慌てる様子もなく動きはとても自然だった。こんな時でもエリザベスの動きは優雅で品があり惚れ直してしまいそうだ。


「おお、エリザベス怖かったか? 大丈夫か? リカルドとなど別れて戻って来てもいいのだぞ?」

「何を馬鹿なことを言って騒いでいるのですか? リカルド様が私を危ない目に遭わせるなどありえません」

「しかしだな? 仕組みはよく判らないが、こんなもので空を飛ぶなど魔獣に襲われたら落ちてしまうではないか。そんなことにでもなったらおまえが怪我をしてしまうかもしれぬのだぞ?」


 まあ、鳥型やコウモリ型の魔獣が居るからね。だけど襲われたとしても大丈夫なように、気球全体を緩衝壁で包むよう魔法を発動させている。バイクやジープで実際に利用している緩衝壁発生魔法だから実績はある。そうやって魔獣から襲われようと、不測の事態で落下しようとゴンドラに強い衝撃が生じないようにしてあるんだ。エリザベスを乗せるのだからその程度の対策はとってある。


「お兄様が心配されるようなことにリカルド様が対応していないはずはありません。ですからそのような大声を出さないでください」


 愛する人から信頼されているって幸せだよね。しみじみと幸福に浸っていると、気球を囲んでいる人達の中からお義母さんの姿が現れる。


「そうですよ、ジュリアス。これまでもエリザベスのためにと過剰なほど尽くしてきたリカルドが、この()を危ない目に遭わせるようなことあるわけはないではありませんか。少し落ち着きなさい、そしていい加減妹離れしなさいな」

「母上、妹離れとは酷いです」


 お義母さんの後を追ってお義父さんがファレナと旦那さんのロレンツォ=バローネを連れて近づいてくる。


「クリスティナの言う通りだ。ジュリアスはもう少し落ち着きなさい。……リカルドくん、この熱気球というのは誰でも操縦できるものなのかい?」

「はい。一度一緒に乗ってお教えすれば誰でも簡単に飛べます。これからやってみますか?」


 グイッと俺の手を掴んで「頼むよ!」と言うお義父さんの手はかなり力強かった。


 「ここで待ってて」とエリザベスの頬に手を当てて微笑む。


「判りましたわ。お父様を宜しくね」

 

 軽く頷きゴンドラに向かうと、お義父さんだけでなくお義母さんとファレナと旦那さん、そしていつの間にかヴィアーナまで乗ろうとしている。


「すみませんが、一度に乗れるのは私を入れて四人までです。だから最初は私とお義父さん、そしてお義母さん。次にジョアナ義姉さんと旦那さん、そしてヴィアーナということにしたい。宜しいですか?」

「私も乗るぞ」

 

 飛行船を造る時はもう少し大人数が乗れるようにする。だけどこの熱気球はあくまでも俺とエリザベスが空中散歩を楽しむためのもの。大人数を乗せるようには造っていない。


「ジュリアス義兄さん。じゃあ最初にお義父さん達といっしょに乗ってください」


 最初はお義父さん達を乗せて気球の操縦法を教える。

 前世の熱気球との違いがいくつかある。まず空気を暖めるためのバーナー。魔石から球皮の中の空気を暖めるために高熱を発すればいいのだからわざわざ炎を出す必要がない。だから小さな檻の中に高熱を発する魔石と魔力を供給するストレージタイプの魔石を置き、球皮内部で空気を暖めるようにした。ストレージタイプの魔石へ意思を伝えるためのマギレウム合金製の細い線をゴンドラに繋げて操作するようにした。これによってゴンドラの中には高熱を発する物がなくなり居住性を高めた。


 またゴンドラ外部にはプロペラが付いた魔導タービンを四方に装備した。これによって風向きに左右されずに進行方向を決められるし移動速度も調節できる。


 上昇したければ球皮の中の魔石に高熱を発するよう意思を伝えれば良いし、進行方向を変えたければ、進みたい方向の逆側にある魔導タービンを動かせば良い。降りたいときは球皮内の魔石が熱を発するのを止めれば、空気が冷めるにつれて降下するし、早めに降りたければ魔石から冷たい空気が出るように伝えればいい。


 何も難しいことはない。何をイジればどうなるかを見て触って気球の動きを掴んでしまえば誰にでも操縦できる。


 お義父さん達に一通り説明したあと操縦してもらい、プチ・インテーラの上空をクルリと一周したら降下して次の操縦希望者を乗せる。


 みんな操縦も楽しんで貰えたようだけど、俺とファレナは目を合せてほくそ笑む。ファレナが乗った時あることを教えたんだ。


 プチ・インテーラの周囲を見回せる高度まであがると目に映る景色は素晴らしい。どこまでも続くかに見えるリガータの森。東の海まで続く運河。アレーゼ領の南端までの平野部。どれを見ても雄大で感動を覚えるほどだ。

 ここにもし双眼鏡や望遠鏡があったらどうだろう?

 感動が増すのではないだろうか?


「そんな便利な物を作れるの?」

「試行錯誤は必要でしょうけれど作れますよ。どうです? お金になると思いませんか?」

「売っても良し、人を呼んで観光名物にしても良し。いけるわね。……リカルド、エリザベスに振られたらすぐ私に声をかけるのよ。必ずいいパートナーになってあげるから」

「旦那さんに聞かれたら冗談だと判っていても気を悪くするよ? それに不吉なことを言わないでよ。エリザベスとは一生添い遂げるんですから」


 気球を降りた後、イッシッシと笑いそうな悪い顔をしつつ、ファレナとこんなことをひそひそと話した。

 この世界にもガラスはある。ただし透明度は高くない。だけど、この世界ならではの透明度を高める手段を俺は思いついている。うまくいけばレンズを作れるはずだ。加工は土魔法の応用で可能だからね。


「完成したら真っ先に報告するのよ? 我が愛しい義弟よ」


 俺達はニヤリと笑いながら頷き合う。同士感溢れる笑みを浮かべている俺達をエリザベスは不思議そうに見ている。あとでちゃんと話すけど、その時はきっと「困ったリカルド様とお姉様ですねえ」と苦笑されることだろう。お義姉さん思いの義弟と褒めて欲しいところなんだけどもそうはならないだろうなあ。


 その後もひっきりなしに気球乗船希望者が現れ、俺はその対応に追われた。希望者全員を乗せ終えたあと、ヴィアーナから呼ばれ広場の外れへ向かう。。


「熱気球を四台造ってくれない?」


 球皮に使用するなめして伸ばしても丈夫で軽くて熱に強くなかなか劣化しない魔獣の皮が大量に必要だけど構造は簡単だからさほど値段は高くならない。マギレウムが相変わらず高いけど、大金貨五枚もあれば一台造れるだろう。それでも一度に四台もとはヴィアーナ思い切った注文する。


「四台もどうするんだ?」

「保安員の監視任務で使って貰うのよ」


 なるほど、高所からの監視ならリガータの森に近づき過ぎなくて済む。保安員が魔獣と遭遇する機会は減る。つまり安全に監視任務に就けるということだ。


「そういうことならできるだけ安く提供できるよう親方と相談するよ」

「お願いね。それと、陛下が貴方に会いたいそうよ」

「体調が優れない?」

「その手の問題が起きたわけではないみたいよ。プチ・インテーラを見て、そして今日の熱気球を見て話したいことがあるみたい」


 体調に問題がないならば、国王にはできるだけ会いたくない。王族とか貴族というのは要求が通らないと不機嫌になりがちだ。俺は王国民じゃないから話を聞いても内容次第では断ることもある。断ったあと機嫌を損ねられたらお義父さん達に迷惑がかかるかもしれない。


「なんか面倒そうだな」

「そう言わないでよ。ベネディクト侯爵も私も陛下からの頼みとなると断れないのよ」

「だろうな。だけど何かを頼まれても引き受けるとは限らない。断った後に国王と揉めても俺は責任持てないけれど、それでいいのか?」

「ええ、貴方に限らず誰かが陛下からの頼み事を断ったとしてもその後問題にしないようにと、陛下がここに訪れた際に話してある。そして了承して貰っているわ」

「本当か? 都合良く忘れたフリされないか?」


 どこかの政治家じゃないけれど、都合が悪くなると「記憶にない」と言い張る輩が居るからな。俺のような正直者は、あの手の人間とはできるだけ関わらないでいたいんだ。馬鹿を見るのは避けたい。


「あなたは王族とか貴族を信用していないのね」

「そりゃそうだろう。成人後の俺の人生、そして最近起きた王子達の行動やクラウン領が貴族軍を派遣してきたことを思えばな。お義父さんやヴィアーナだって、付き合いを重ねて信用するようになったんだ。最近知り合ったばかりの国王を信用する根拠が無い」

「ジョアナ王女の父親でも?」

「俺をまともな理由もなく捕えようとした王子達はジョアナの兄だけど?」


 ヴィアーナは最近起きた出来事を思い出したのか沈んだ面持ちになる。


「……そうね、判った。でも会うだけは会ってね? お願いよ?」

「仕方ないな。こちらから出向けばいいんだな?」

「そうね。陛下が外出するとなると護衛やお供が大勢付いて来ちゃうから、その方があなたも楽でしょ」

「へい、へい」


 口をへの字にして国王に会いたくないのをヴィアーナに見せつける。そんな俺に「すまないわね」とヴィアーナは苦笑して見せた。その後、気球のところへ戻りお義父さん達と談笑していたエリザベスに事情を話す。


「そんな嫌そうな顔をしないでください。私はお父様の家で待っていますから」


 エリザベスの前でも苦々しい顔をしていたんだな。自分で思っていたよりも国王と会うのは避けたいらしい。それでもヴィアーナに約束した手前逃げるわけにもいかない。溜め息を軽くついて国王のために建てられた屋敷がある方向へ歩き出した。

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