リカルドの楽しみ
プチ・インテーラに静養のためと称してクレメンス現国王とその家族がやってきた。
実際静養なのだろうけど、国王が来ると知ったベネディクト侯爵達はとても慌てていた。宿泊するための建物を用意するのがとにかく大変だったそうな。建築資材一つとっても地方貴族の家を建てるのと異なり高級な資材を探さねばならないという。国王だろうが平民だろうが人間に必要な空間など限られているだろうに。
もう王国民じゃないんだからベネディクト侯爵達ももっと気楽に対応すりゃいいのにとエリザベスに話したら「少しは真面目に考えてあげてください」と諭された。代々王家に忠誠を誓ってきた貴族だから、王国から出たと言ってもそう簡単に忠誠心や畏敬の念を捨てられないのだそうな。
……エリザベスがそう言うなら、ほんの少しは真面目に考えるようにするよ。いや違う。今までも十分真面目だったはずだ。だけどもっと真面目に考えるようにするよ。
ベネディクト侯爵とヴィアーナが「宮殿をすぐ建てられる魔石はないか?」と泣きついてきたが、そんなものはない! 創る気もないが創れる気もしない!
そんな状況だからプチ・インテーラに居ると面倒ごとを頼まれそうだ。国王の体調に何か問題が生じた時だけ呼んでくれとリガータの森でエリザベスとのんびり暮らしている。静かな家でヴェイグ達と落ち着いて暮らせていればそれでいいんだ、今はね。
それにしても驚いた。ベネディクト侯爵とヴィアーナに国王が「元の地位に戻って領地を治めてくれぬか?」との問いに「今の生活で満足しております」とやんわりと断ったことだ。国王からの依頼を断るとは不敬だ! などとは言われなかったそうだ。何かにつけて「不敬だ!」と煩い王子達とは違うみたいで良かったよ。
確かに、隣国との交易が順調でプチ・インテーラが活気づき移住者も増え、小さな村程度の共同体が日増しに大きくなっていく様は見ているだけでも楽しい。数十人程度だった住民がたった一年ちょっとで二千人を越えている。
隣国からの移住者も多いけれど、俺が嬉しいのはコンコルディア王国中からリンクスとその家族が続々と集まっていることだ。そして他のリンクスと共に仕事に就き、毎日懸命に生きている様を見られることがとにかく嬉しい。
前世で人間は社会的動物だという言葉を聞いたことがある。その意味を理解しているわけじゃないし、きっと俺の理解は間違っている気もする。だけど、プチ・インテーラで暮らすリンクスを見ているとしばしば思い出す。
俺自身もそうだったけど、リンクスもきっと自分が過ごして良い共同体があり、そこに仕事などで参加できるということがどれほど安心させることなのかを実感しているだろう。居て良い場所があることの幸せ。幸せに生きるというのはただ食べて寝られればいいわけじゃないと実感するんだよなあ。自分を受け入れてくれる人々や場所があるって判ると、それを大切に思うようになる。だから自分のためにみんなで暮らしている場所を守っていきたいと自然と思うようになるし努力する。
そこにもし、俺を受け入れてくれたエリザベスのような相手を見つけられれば更に幸せに暮らせるようになるだろう。友達でも恋人でも何でもいいけれどさ。
俺の感慨はどうでも良いとして、ベネディクト侯爵達がどうして領主に戻らないのかを訊いたんだ。
「私はプチ・インテーラで気楽に過ごすよ。領地のことはジュリアスに任せるさ」
ベネディクト侯爵自身は戻るつもりはないらしい。そこでジュリアスにも訊いた。
「私ももうしばらくプチ・インテーラで過ごす。ここで学ばねばならないことがまだあるからな」
学ぶことって何だろう?
これも訊いたが明確な答えは返ってこなかった。ま、商取引関係は慣れたものみたいだけど、新たな街の仕組み作りみたいなのは苦手なようだからその辺を学んでるのかもしれない。
新たな街作りと言っても、前世では当たり前のことばかりだ。
格子状に区画整理した土地に建てられた家、東西南北で番付けされた住所と住民登録、職業登録など。馬車を停車する場所を利用できる業者を時間ごとに指定することによって荷揚げ荷下ろしの渋滞を避けたり、ゴミ集積所の指定と回収時間の徹底なども、前世ではごく当たり前に行なわれていたことばかり。
プチ・インテーラではこれらを導入している。
村長職をヴィアーナに移譲したモドラムは、これらの情報を俺から聞いて可能なことは全て導入した。
「住民が少ないうちに手を打って置いて良かったですよ」
今では担当部署ごとに人を割り振って楽になったらしいが、最初はモドラム一人でやってたらしい。女性に声をかける時間もなくて泣きたかったと言っていたが知らん。
だがおかげで税の徴収は楽になったし、街がゴミだらけになることもない。
土地の個人所有は認めているけれど、道路整備等の都合で立ち退いて貰う場合があることを最初に契約の中に入れてある。立ち退いて貰う場合、同程度の家と土地を三箇所用意して選ばせる形を取る。それに加えて大金貨一枚を迷惑料として支払うと決めてあるんだ。この条件を飲んでくれないと土地を所有できない。
マイヤール家もウェルゼン家もこの条件の下で屋敷を建て庭を持っている。最初は不可思議そうに受け入れていたけれど、街の将来像は時代や状況で変わっていく点を説明したら、そこはさすがに領主経験者だけあって理解してくれた。地上げ屋なんか要らん街作りしたかったんだ。
あと下水処理と排泄物処理なんかも、前世に倣った部分は多い。ただ、この世界には魔法があるからまったく同じにはならない。下水処理には闇属性因子の基本性質……消去を利用した魔法処理を行なう。排水の中から汚れを除去してから河に流す。排泄物の方は街の郊外にある処理施設に集め、土属性因子の基本性質……固形化を利用した魔法処理を行なった後、農地専用区画に建てた肥料製造所に運ばれる。
公衆衛生面でも前世の知識を利用した設備とシステムがプチ・インテーラにはある。
『公共サービスは提供する。だから土地の個人所有は条件付き』
これが最初にモドラムに伝えたことだ。
ジュリアスが学ぼうとしているのはこういったことだろうと思う。いいことだとは思うけれど、既に出来上がっている街に導入できるのはわずかだろうな。前世のシステムだって完璧なわけじゃない。この世界独自の需要に沿って変えた方がいいこともあるだろう。ジュリアスにはこの世界に合った街作りを作り上げて貰いたいものだ。
領主への復帰を断ったもう一人ヴィアーナの事情は単純だった。
あと一年ほどでスライも十五歳になり成人するからだ。スライが成人したらヴィアーナは領主の座を退く。これは既定路線なんだそうだ。だからウェルゼン家が領主に再び就くかはスライに決めさせようということらしい。
とりあえず、それぞれに理由があって現在のところは領主の座に就かないらしい。
住民も増え続け隣国との交易も順調なプチ・インテーラだけど問題がないわけじゃない。というか大きな問題がある。
魔獣と賊への対策だ。
運河はドゥラーク領とアレーゼ領の共同所有となっている。王国と距離を置くことにした俺達は運河は利用せずに陸路を使ってドゥラーク領とプチ・インテーラと繋いでいる。ドゥラーク領とアレーゼ領から移動した際、騎士の中にも同行した者は居る。しかし、それら騎士は三十名も居ない。マイヤール家とウェルゼン家の屋敷護衛任務に就いてほぼおしまいだ。だからリンクスが陸路の保安任務に就いている。
リンクスが陸路の安全確保のために動いているため、プチ・インテーラ周辺の安全に多少不安がある。正確に言えば、プチ・インテーラの外郭近隣は大丈夫なのだが、農地を拡張しているリガータの森に近いところまでは目が届かないのだ。ここでも俺達の得意技である人手不足が威力を発揮している。
そこでヴィアーナから相談を受けた俺は、住民の中から保安員を募ってはどうかと返事した。もちろん保安員の安全を守るために必要な魔石と道具は用意すると付け加えた。
……無料じゃないけどね。でもかなり格安で用意したからいいよね。保安員には、リンクスと一緒にソウヒの訓練を受けられるサービスも付けたし。
持たせた武器は魔法拳銃で、小型魔獣程度ならどの魔法を使用しても一撃で討伐可能だし、賊相手には過剰な威力があるので威嚇で命を奪ってしまわないよう注意が必要なシロモノ。障壁発動防護服も瘴気クリーナーも用意するという至れり尽くせり状態だ。リンクスとほぼ同じ装備で巡回任務を果たせるようにした。
これで保安員は、貴族の騎士相手でも十人や二十人程度は一人で相手できる戦闘力を持ったことになる。瘴気クリーナーは個人に貸し出し。武器と防具の保管はヴィアーナの使用人が務めることになり、貸し出しと返却は毎日厳重に行なうように伝えた。
考えてみると、プチ・インテーラのためにこのところかなり働いているなあ。これはいけない。俺は気ままに暮らしたいんだ。
蒸気船は作ったし、蒸気機関を利用した乗り物や機械の製作はブルーノ親方の工房で楽しんでいるらしい。蒸気機関は俺が創る魔石じゃなくてもある程度動かせるから、錬石を学んでるリンクス達も訓練の一環として親方の工房のお手伝いをしているらしい。これはこれで何が作られるのか楽しみだ。
ということで、俺は前々から作りたかった飛行船に手をつけることにした。この製造の手伝いはアドリアがやってくれる。俺は飛行船の原理をアドリアに教えるためとその簡単なモデルとして熱気球から作るつもりだ。
球皮の部分はダークエルフの革職人に協力を求めて薄く伸ばした魔獣の皮を利用して作る。ゴンドラは木工職人に手伝って貰って作る。俺とアドリアの仕事はバーナー部になるだろう。球皮内部に熱い空気を送り込むだけの機能だからアドリアには簡単な作業だ。実際には俺一人だけでも作れるものだ。だけど熱気球で浮力という力をアドリアに理解させたい。そしていずれ作る飛行船の仕組みを理解させたい。だからバーナー部だけはアドリアの手で作って貰いたいんだ。
熱気球を作り終えてアドリアに飛行船の原理を理解して貰ったあとは、空気より軽いガスを風魔法因子を利用した魔法で作れるよう研究が始まる。燃えたり爆発しない、空気より軽いガスを生み出せるようになれば飛行船の完成が近くなる。
このことをエリザベス達に話すと「もうすぐ空を飛べるのですか?」と驚き、その横でスイシが「羽を羽ばたかせずに空を飛べるとは……」と複雑な表情をしていた。飛べるには飛べるけれど飛竜ほど軽やかには飛べない水竜のスイシとしては、羽を持たない人間が空を飛ぶ、それも魔法で飛ぶわけではないことに信じられない思いがあるようだ。
知識欲が旺盛なヴェイグは「面白いモノが見られそうだ」とエリザベスの膝の上で笑い、飛ぶという行為は息をするほど当たり前な行為の飛竜であるセキヒとソウヒは「そんなものを使わないと飛べないのは不自由なことです」とあまり関心ない様子だった。同じ竜族でもいろいろな反応がある。
「飛竜や鳥のように自由自在に飛べるわけじゃない。竜族からは宙に浮いているだけにしか見えないかもしれない。人が自由自在に空を飛ぶには気球や飛行船じゃなく飛行機という乗り物が必要なんだ。浮力を生み出す羽の形状に実験と研究がたくさん必要ですぐには手をつけられない。ただ浮いてるようにしか見えない気球でもね? 人間にとっては空を飛べるだけで感動するものなんだよ」
みんなにこう言ったけれど、前世で気球や飛行船に乗ったことはない。飛行機で移動したことはあっても、空を楽しんで移動した経験はないんだ。だから俺自身が気球に乗れることをとても楽しみにしている。エリザベスと一緒に高い空から景色を楽しみながらのんびりと過ごせるかもしれない。そう思うと、プチ・インテーラにいつまでも構っていられない。
こういった、自分の楽しみのために時間を使う生活こそが俺の願いでもある。せっかく創石能力を身につけて魔法を利用できるようになり、創った魔石を売ってお金もたくさん手に入れたのだから楽しみたい。
それに飛行船まで完成できたら、遠方地への旅行や輸送も楽になると思うんだよね。そしたらプチ・インテーラももっと栄えるんじゃないか……って、いけないいけない、あくまでも俺の楽しみのために作るのだから、余計なことは考えず純粋に空の移動を楽しむことに集中しよう。




