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テリアスの憂鬱

 陛下の病が治った。

 そのこと自体は喜ばしい。喜ばしいとは思うが、それでは近いうちに次期国王に就くはずだった私はどうなる?


 弟ゼルテンスとの継承権争いで、北部貴族のうち七割が、中央貴族でも一割強が私の王位継承を支援した。それは善意からなどではない。彼らの既得権を維持するため、もしくは新たな権利や地位を手に入れるためだ。


 「私が王位に就いたら……」と多くの貴族に様々なことを約した。陞爵(しょうしゃく)を望む者には陞爵を。権益を求める者には新たな地位や権利を。単純に金品を求める者も多かった。


 このうち当面の手当が必要なのが金品を求める者だ。他の要求を叶えるのは将来王位に就いた際でも良いが金銭を求めた者には早急に対応しなければならない。何故なら、彼らは経済的に困窮しているからこそ金銭を求めてきたからだ。私もそのような困窮している貴族を狙って支援を求めたのだ。領地を失いそうな者も居れば、貴族としての生活を捨てなければならない者も居る。


 そして彼らとの約定を果たさなければ約束を守れない者として私は烙印を押される。それはつまり支援者を失うということだ。王位に就けたとしても、信用されない私の命令に従わない者が出てくるだろう。命令に従わせられない国王など早いうちに引き釣り下ろされる可能性が高い。大きな派閥を持つ貴族の傀儡としてしか王位を維持できないかもしれない。


 嫌だ! 絶対に嫌だ!


 だが私もゼルテンスも資金は底を突いている。早急に資金をと、新たな事業で潤っている南部二領を強引に手に入れたが、事業を続けて利益をあげるどころか売り物自体がなく、商品を手に入れることもできなかった。短期に勝負をかけて兵を強引に集めたため、このことでも多くの貴族に借りを作ってしまった。この借りを返さない限り、もう二度と私のために兵を動かしてはくれないだろう。


 全てが裏目裏目へと動いている。

 ……リガータの森のリカルド……あやつのせいだ。


 リカルド(あやつ)を冤罪で拉致しようとした。拉致して商品を手に入れようとした。

 ジョアナが居るところで拉致しようとしたのは失敗だった。ジョアナを誘拐した罪を被せようとしたのは大失敗だった。王族のジョアナが平民風情と馬車を並べて移動するなど不自然だ。不自然だからこそ誘拐という罪を被せやすかったから計画したのだ。しかし捕縛できなかったために、王妃、そして病から立ち直った陛下に私とゼルテンスの行いがバレてしまった。


 何だ、あの魔法と従者の化物じみた強さは?

 魔力喰い体質のせいで貴族の家から追われたのではないのか?

 何故、王国最強の魔法騎士達の魔法をいとも簡単にはじき返せるような空気の壁を一瞬で築けるのだ?

 それもたった一人でだぞ?


 こちらに向けていた武器は強力な魔道具なのか?

 あんな魔道具など聞いたこともないが、リガータの森に住む亜人達が持っていたものなのか?

 あの魔法力は貴族から失われた力そのものではないか!

 何故、平民にも劣る亜人と暮らすリカルドが使えるのだ?


 判らぬことばかりだ。判っているのは、このままでは金策は失敗し多くの貴族との約定を破ることになるということだ。だが、一時の不興は王位に就けさえすれば覆せる。覆してみせる!


 しかし、陛下が復調してしまった今では、王位に就く日がいつになるのか判らん。

 このままではジョアナやフレイアの伴侶が王位に就く可能性も出てくる。いや、ジョアナやフレイアが王位に就く可能性もある。歴代の王には女王もいたのだからな。


 私もゼルテンスも王族内で血を流すのを嫌ってきたがそうも言ってられないのかもしれぬ。

 だが、他の王族を力づくで排除するには、やはり後ろ盾となる貴族達の協力が不可欠だ。事態を起こすにしても事態を収拾するにも私とゼルテンスだけでは力不足でどうにもできぬ。


「テリアス様。ゼルテンス様がお見えになりました。お通しして宜しいでしょうか?」


 扉の外から使用人が来客を伝えた。

 もうそんな時間か。蟄居(ちっきょ)を命じられずっと家に居る。仕事もせずに居るから時間の感覚が少しずれている。


「居間へ通してくれ」


 私もまた居間へ向かう。私が居間へ入ると既にゼルテンスが居て座っていた。


「兄上、どうせ暇しているだろうから土産に酒を持ってきた。私は飲めないが兄上は好きだろう?」

「気を使わせてすまんな。そうなんだ。暇を持て余している。趣味の狩りにも行けぬからこのままだと身体もなまってしまう」


 テーブルの上に酒瓶を置くゼルテンス。


「そうだな。監視付きでだが私は外出できる。だが兄上は蟄居だからなあ」

「このことにはもう触れるな」

「判った。それでだ。今日来たのは、兄上にきちんと伝えておこうと考えたからだ」


 ゼルテンスは背筋を伸ばす。 


「改まって、何をだ?」

「今回、王位継承の順位は白紙となっただろう?」

「ああ、私とおまえ、ジョアナとフレイア、全員の順位が並んだな」

「私はこのところの自分の行いで目が覚めた」

「ん?」

「王位は兄上が継げよ。私は下りる」


 ゼルテンスは王位継承争いは今後しないと言う。今まで兄の私より自分の方が優れているから王位を継ぐのに相応しいと考えていた。だが実際に争った結果、企んだことの内容もそして結末も兄の私とまったく同じだったことで思い知ったという。兄と自分は周囲が言うように同程度の力量だと理解したという。

 同程度の力量しか持ち合わせていないのなら兄が王位を継ぐ方が良い。


 争うのを止めて私が王位に就いた際には自分が宰相に就くと約束した。けれど、宰相となったとしても同じ事しか考えられず対応できないのであれば宰相である意味もない。だから宰相に就くのも辞退するつもりだという。

 とにかく継承権争いで王宮内が荒れるのも正直好ましくないだろうと。


「私はこれでもこの国の繁栄を願っているからな」


 ゼルテンスは憑き物でも落ちたように清々しく笑う。


「そうか。だが継承順位が白紙となった以上、私が次の王位に就くとは限らないぞ」

「ジョアナもフレイアもこの国の王位には興味ないさ」

「どうしてそう思う」

「ああそうか、兄上はまだ聞いていないのだったな」


 蟄居していてこの家の外の情報はまったく入ってこない。この家に今出入りしたがる者は、せいぜいゼルテンスくらいのものだ。


「何をだ」

「ジョアナの例の痣が消えたのは聞いたか? リカルド(あやつ)が魔法で消したらしい」

「それは本当か?」

「本当のことだ。母上が泣いて喜んでいたからな」


 あの痣でジョアナが悩んでいたことは知っている。国の内外を問わずに痣を消せる者を探し、これまで見つからず結婚も諦めていた。


「なるほどな。それで?」

「痣が消えたのだから結婚の障害がなくなり、どこかの国の王族との婚姻話を進めるのかと思ったがそうではなかった」

「ふむ、ジョアナの希望だろうな、それは」

「そうだ。痣のことがなくとも政略結婚にはもともと乗り気じゃなかったからな」

「うむ」

「それでジョアナは、自分と同じように肌の悩みを抱えていたり、別の身体的理由で結婚や夫婦生活に悩みを抱えている者達のために働きたいと言い出して、陛下がそれを認めたんだ」

「働きたいと言ってもジョアナに何ができるというのだ」

「治療相談の部署を作り、そこの相談役に就くこととなったのさ」


 相談役か。実体験をもとに対処しようというのか。確かにジョアナにもできる仕事かもしれぬ。特に権力を持つわけでもない役柄だ。騒ぐ必要は感じない。


「なるほど、それは判ったが、だからといってジョアナが王位を狙っていないとは言えないだろう?」

「その部署はプチ・インテーラに置くというのだ」

「何? 国外ではないか」

「そうだ。陛下も、治癒魔法が使えるリカルドが居るということでプチ・インテーラでしばらく静養するらしい。だが陛下の体調が戻った後もジョアナだけは残る。王都には相談受付け担当員を残して情報を集め、治療が必要な者が見つかったならばプチ・インテーラへ連れて行くという話だ」

「それは王女に相応しい仕事とは到底言えんな」

「ああ、ジョアナは王位に就く野心はないと行動で示すつもりなのさ」


 王位継承者に相応しい実績を作らなければ周囲から推されることもない。


「そうか。だがフレイアが残っているが?」

「フレイアもジョアナと一緒に着いていくそうだ。王宮には陛下と王妃が戻ってくる」

「フレイアの成人後は? 来年にはあれも成人するだろう?」

「来年にならなければ何とも言えないが、フレイアの性格から言って表舞台に出るのを嫌うのは間違いない。陛下や王妃もフレイアの望む嫁ぎ先を探すつもりらしいし、王位に就かせる予定はないみたいだぞ」

「……残るのは私だけ……ということか」


 私を除く兄妹全員が王位を望んでいないのが判り、今まで気を張っていたのが緩んでいく。ホッとしたというのが正直なところだ。


「そうだ。だから兄上はしばらく大人しくして、復帰後に政務に励めばいいのさ」

「……陛下は私が王位に就くのを許して下さるだろうか?」


 蟄居を命じられたとき、まだベッドの上で休んでいる陛下の視線と声は恐ろしいものだった。私が王子でなければ首を刎ねられるんじゃないかと感じたほどの怒っていた。冷静になれば当然のお怒りだとは判っているが、王位継承権を奪われたのにはまだ納得していない。


「さあな。それは兄上次第じゃないのか? とりあえず王位を狙うのは兄妹で兄上唯一人となったのは間違いない。少なくとも楽なレースになったはずだ」

「そうかもしれんが」


 油断はできない。当人にその気がなくとも、王族というだけで周囲から担ぎ上げられて王位に就いた者は過去に何人も居る。陛下もそうだと聞いている。王位に就くはずだった長兄があまりにも乱暴な性格で、次男の陛下は周囲からの説得に応じて渋々王位に就いたはず。


 そう考えると、目の前で親しく話すゼルテンスはやはり一番のライバルのままだ。

 

「まあいい。とにかく兄上は陛下のお怒りを解かねばここから出ることもできん。だが焦る必要はないと伝えたかったのさ」

「そうか。感謝する」

「暇だろうから、時間つぶしも持ってきたぞ」

「何だ?」


 酒瓶が入っていた革袋の底から何枚かの羊皮紙を取り出す。それをテーブルの上に置いてゼルテンスは話を続けた。


「リカルドについて調べた資料だ。無礼で生意気な奴だが不思議な力を持っている。いろいろと思うところはあるが面白い男であるのは間違いない。それにだ。あいつの家族のことも覚えておいたほうがいい」

「家族を? 娘が伴侶となったマイヤール家の縁者なのは知っているが、どうしてだ?」


 マイヤール家の次女エリザベスだったか。リカルドがその娘を妻にしていることくらい既に調べて知っている。南部二領にだけ美容クリームを渡していたのはエリザベスとの縁があるからとも聞いている。


「そっちの家族じゃない。リカルドの実の家族のことだ。リカルドの家から爵位を取り上げたのは陛下だ。まあ、些末な案件を理由に取り上げてるから不自然でな。陛下ご自身の判断ではなく役職に就いている貴族の誰かが企んでやったことだろうが、だがそれでも陛下の名前で取り上げたのは事実だ。王位を狙うためにリカルドを取り込もうと企んだ際、利用できるかもと考えたんだがやめたよ」

「どうしてやめたのだ? 私なら利用するぞ」


 そう必ず利用する。気に入らない輩だが、力を持っているのは間違いない。悔しいが、あいつを利用できれば次期国王の座は自力で掴みとれるだろう。有力貴族どもに頭など下げずに済むと考えるだけで、あいつの価値は高い。


リカルド(あやつ)を怒らせたら私の命など吹っ飛びそうな気がしたのさ。家族や仲間のことになると容赦しない性格みたいだからな。触らぬ方が賢い相手ってのは居るものだな」


 人でも情報でも使い方次第だろう。話の持って行き方次第でリカルドを引き込めそうな気もするが、ゼルテンスは無理と判断したのだな。


「そうか。時間はたっぷりあるから読ませて貰う」

「ああ、そうしてくれ。それじゃここらで退散するとするよ。私が長居していると余計な勘ぐりを生むからな」

「気を使わせてすまんな」

「なにいいさ。王位を狙わないと決めたら気が楽になってな。兄上のことが心配になっただけさ」


 ゼルテンスは外に待たせている侍従と共に、自宅へ戻っていった。見送った後、弟が残していった羊皮紙を片手に、やはり持ってきた酒を嗜む。


 美味しい酒だったのもあるが、資料が面白くて酔いが回るのがとても早い気がする。


 ……これは使える。切り札になりうるな。ゼルテンスも馬鹿な奴だ。私なら必ずうまく使ってみせるのに。

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