治癒魔法・改
「少しだけここでお待ち下さいませ。母上に話を通して参ります」
そう言って俺とセキヒを客間に通したあと「大切なお客様です。けっして失礼のないように」と侍女に言いつけてジョアナ王女は部屋から出て行った。残された俺とセキヒは高級そうな椅子に座り、ジョアナの戻りを待つこととなる。
プチ・インテーラからの道中でジョアナ王女から聞いたところによると、王宮内ではちょっと前までは第一王子派と第二王子派が分れていて雰囲気がピリピリしていたそうな。そして今は、王子達と親和的な者達とそうでない者達とに分れているという。牽制し合ってピリピリというより重苦しくて軽口を話せない空気だそうだ。
「次期国王と次期宰相とに距離を置いてる者達ってまずいんじゃないの?」
そう訊くと「リカルド様にも原因があるのですよ」とジョアナ王女はクスリと笑っていた。どういうことかと訊いた。美容クリームが手に入らなくなった貴族女性達が王子達に対して怒り心頭という。王子達に協力した貴族の家では夫婦喧嘩や親子喧嘩が絶えないのだという。
隣国から来る王族や貴族、そして商人が連れてくる女性達はみんな例の美容クリームを使用しているとはっきりした綺麗で若々しい肌を持っているというのに自分達には手に入らない。「隣国の女性が居る場には出たくありません」と歓迎で開かれる女性同伴が基本のパーティはどこも閑散としているのだそうだ。
……俺がそうなるよう仕組んだんだけど、影響ははっきり出てるな。
そうほくそ笑みながらジョアナ王女の話を聞いていた。
隣国メフルナーズの商人には作った全てを売る勢いで美容関連商品を売っている。隣国の商人達には、「これだけの量が手に入るのは今だけだぞ」と伝えてある。これは事実だ。いずれ再び王国でも売ることになるだろうと考えてるからだが、そうなったら今ほどの量をメフルナーズ側へ売れなくなる。
俺が伝えた文句で商人は売っているのだろう。プチ・インテーラに来る商人は必ず「購入できるだけ全て」と言い値段もほぼこちらの言い値で決まる。平民用の価格は上げたくないから、そんなに高く釣り上げたりしないけれど、王国側に売っていた分が無くなった売り上げ面での影響は全くないに等しい。
……光属性因子集積用魔石をまた創らなきゃな。
頑として王国側に売らないことを、俺のせいだとジョアナ王女は言っている。
……うん、まったく正しいね。
美容クリームの売り上げの多さで起きた問題は、美容クリームの影響力で相殺させる。この方針でやってきたことが、南部二領を明け渡してからもうじき一年が経つ時期に効果が現れてきたというころだろう。
仕事を終えて帰宅すると、そこには目をつり上げた妻や娘、もしくは冷めた目を向ける妻や娘が居る。夫や親である父はストレスを溜めることになる。そのストレスは王子達や協力した貴族に向けられる。
そして王子達や協力貴族達も、自宅に戻ると妻や娘から冷たい視線を向けられているはずなのだ。
……俺の知ったことじゃない。美や若さは女性にとって剣であり盾であり幸福なのだ。そのことを軽視した男性は酬いを受けるのだよ。
帰ったらお義母さんに教えてあげよう。きっとニヤリと口端を上げてこの状況を楽しんでくれるはずだ。
「お待たせ致しました」
見覚えの無い侍女が迎えに来た。俺とセキヒは彼女に先導されて扉からして豪華な部屋へ通された。
中に入るとジョアナの他にジョアナに目の辺りがそっくりな四十歳くらいの女性がベッドの脇に立ち、こちらを興味深げに見ている。多分、質の良い布で繕われた豪華な衣装を纏っているから王妃、ジョアナの母なのだろう。そしてまだ姿は見えないけれどベッドに寝ているのが国王だろう。兵士らしき男性が二名こちらを警戒している。国王の寝室に国外の男が入ってくるのだ。これは仕方がない。
そしていかめしい感じの壮年男性がやはりベッド脇に立っている。医師かもしれない。
「リカルド様、どうぞこちらへ」
ジョアナが手を出しベッドの横へ促す。俺は周囲に視線を配ったあと一礼してベッドに近づいた。
「娘達がお世話になったみたいね。ありがとう。そして遠くからわざわざ陛下のために来て下さったこと、心から感謝しております」
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります」
王妃に一礼しながら、お宅の息子さんは俺達を捕縛しようと企んでいましたがねと言いたい気持ちを抑える。
ベッドの横に到着すると、痩せ細った顔色の悪い老人……と言っても確か50代後半のはず……横たわっている。かなり老けて見えるのは闘病生活が長いためかもしれない。
薄く開けられた瞼の奥から鋭く光る瞳を俺に向けている。だけど、荒々しくはないけれど苦しそうな呼吸音が痛々しい。
「陛下、お初にお目にかかります。私はリガータの森に住むリカルドと申します。本日はジョアナ王女からの依頼で陛下に治癒魔法をかけさせていただきに参りました」
「嘘も大概にしなさい。治癒魔法を使えるなどと戯言を……」
いかめしい感じの男性が俺を睨んでいる。何を言って黙らせようかと俺が見返していると王妃から叱責の声があがった。
「侍医はお黙りなさい! ではジョアナが嘘をついているというのですか?」
「い、いえ、そのような……ですが、治癒魔法を含む高等魔法は使える者が失われて久しいのでございます。必要な魔力量といい、その複雑な術式といい、治癒魔法は魔力生成量が多かった昔の貴族でさえ発動できるものはとても限られていたのでございます。ですから治癒魔法に見せかけた別の魔法ではないかと思われるのでございますれば……」
「黙りなさいと言いましたが、聞こえなかったのですか?」
「はっ、申し訳ございません」
一喝された侍医は口を閉じ目を伏せて一歩ベッドから遠ざかる。
「最初に言っておきます。娘ジョアナの言葉を信じリカルドを招いたこと、そして陛下に治癒魔法を発動させること、全て陛下と私が決めたことです。異論がある者は、そのことを踏まえて口を開きなさい」
さすがは王妃。竜族とはまた異なる圧で周囲を圧倒している。俺を威圧するような視線を向けていた護衛達も「異論などございません」と王妃に一礼する。王妃は表情を柔らかくして俺を見る。
「ではお願いできますか? この部屋に平民を通すことは異例なことなのです。陛下の体調のこともありますので速やかにお願いできますでしょうか?」
「判りました。では早速」
拳銃を国王に向けるのはさすがの俺でも気が引ける。なので、短剣ほどの長さの錫杖を用意し、治癒魔法に関係する魔石を埋め込んできた。これを国王の身体に触れさせて治癒魔法を発動させる。……そのことを王妃に説明する。軽く頷いたのを見て、腰から錫杖を取りだして肌が出ている左腕の内側にそっと当てた。国王は何も話さないけれど意識はあるらしく、俺の動きを目で追っている。
「では」
そう言って俺は錫杖に嵌められているストレージタイプの魔石に意識を送る。魔力が治癒魔法用魔石に送られる際、俺の意識も一緒に送る。そうすることで、どのような魔法を発動させるかを魔石が選択し治癒魔法が発動する仕組みだ。
錫杖の先端部に付けた竜の顔を模した金属部……マギレウムでできている……が強く光り出す。白と金が混じった光が錫杖から放たれ、国王の身体全体をやんわりと包み込んだ。
国王はその様子を黙って見ている。俺は国王から目を離せないので確認できないけれど、多分、背後にいる王妃やジョアナも見ていることだろう。
国王の身体を包み込んでいる光が薄れたら治癒魔法は終わる。なかなか光が弱くならないのは、それだけ国王の病が重く、身体を修復するのに時間がかかっているのだろう。
以前の治癒魔法だと、痛んだ部位を削除し新たに創り直す際に痛みを伴った。また治癒に必要な体力も必要だった。だから重い傷病者には使えなかったのだけど、麻酔を発動する術式を組み込み、また治癒する際には光属性因子を利用した身体を活性化させる魔法も組み込み体力の消費を抑えるようにした。
麻酔の術式は、痛みを取り除くのではなく痛みが脳へ伝わらない術式を構築した。
治癒魔法が成功すれば患部と呼ばれる箇所は新たに創り直されたあとなので痛みなど生じない。だから施術中だけ痛みを感じなければいい。神経がどのような仕組みで痛みを脳へ伝達しているのかなど俺には判らない。だから、神経の活動自体を施術中だけ止めてしまえばいい。
これは高等魔法の本の中にあった「生命活動を止める即死魔法」というおっかない魔法の術式を応用した。術式の中にある魔法をかける対象を神経だけに集中させる。そこは思ったより楽に修正できた。だけど、神経を殺さないよう魔法の効果を弱くするところは苦労した。何せもとの魔法は「活動を止めるだけの魔法」だったからね。
いろいろと試行錯誤した結果、できあがったのが今使用している治癒魔法・改と名付けた魔法を発動する魔石。魔力使用量も今までより大きく跳ね上がったけれど、痛みはなく、体力が尽きかけている相手にでも使える魔法を発動できるようになった。
ちなみに、麻酔魔法が発動しなければ治癒魔法も発動しないようにしたので、失敗しても魔法の影響が出ないようにしてある。
国王を包んでいる光が徐々に弱くなる。弱くなるにつれて、国王の俺を見る瞳に力が宿ってきた。……成功したな。まだ口には出せないけれど、治癒魔法が成功したのを俺はこの時確信していた。
光が消えたのと同時に、錫杖を国王から離し立ち上がる。
「治癒魔法をかけ終えました。侍医は国王の体調を調べて結構ですよ」
王妃に視線を向けると両手を握りしめている。心配しながら見守っていたんだろう。その横でジョアナも王妃と同じように両手を胸の前で握りしめている。
「王妃、ジョアナ王女。終わりましたよ」
俺の背後で侍医が「これは何という、何ということだ。治癒魔法を使える者が本当に居るとは……」と驚きの声を上げている。
俺の仕事は終わった。さて帰ろう。
そう思い扉の横に立つセキヒに目配せして部屋の外へ出ようとしたとき、まだ弱々しいこの部屋では初めて聞く男性の声で呼び止められる。「待ちなさい」と。
「陛下の意識が……」
王妃がベッドにもたれるようにして座り込んだ。ジョアナはベッドの上と俺を交互に見ている。見ているうちに涙をこぼし始めていた。俺はその二人の背後に立ち、ベッドの上を見る。
「何でしょうか?」
「ひと言だけ伝えたい。ありがとう」
治っても闘病中に失われた体力は戻っていない。手を軽くあげて口を開いた国王はすぐに手を下ろす。それだけの動きでも今の国王には精一杯なんだろう。
「いえ、お礼はジョアナ王女に伝えて下さい。ジョアナ王女が熱心に頼む姿に心を動かされて来ただけです。では長居は野暮ですので帰ります。……ジョアナ王女。またフレイアと一緒に遊びに来てください。スレイが楽しみにしているんです」
「ええ、必ず行くわ」と涙を流しながら笑みを見せるジョアナに背を向け今度こそ扉の外へ出た。
扉の外に立つ護衛に「王宮の出口へはどう行けばいい?」と訊いていたら、部屋から王妃が出てきて呼び止められる。
「お礼もせずに帰させては陛下から叱られてしまいます。もうしばらくお時間をいただけませんか?」
「ありがたいお申し出ですが辞退させていただきます。あとからジョアナ王女にでも聞けば判ると思いますが、私は王子様達から目をつけられているようですので、少しでも早くリガータの森へ戻りたいのですよ」
王子という単語に王妃は眉を深くひそめた。
「ジョアナから少し聞きました。テリアス王子がとても失礼なことをしたようで……」
「いえ、それは大したことではありません。ただこれ以上面倒ごとになる前に帰りたいだけなんです」
「……判りました。リカルド様が滞在を拒む理由も王族の者が原因なのですから、これ以上お引き留めするのは筋違いというものですね。では後日改めてお礼することとします」
護衛の一人に「陛下の恩人です。失礼のないよう門までお送りしなさい」と命令したあと、深々と頭を下げて「リカルド様、セキヒ様、お気をつけてお帰り下さいませ」と丁寧に挨拶をする。
王妃から様付けで呼ばれるのはどうも落ち着かない。ありがとうございますとだけ返して、護衛に案内をお願いした。




