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戦争

 つい大声を出してしまったが食卓には聞こえていなかったようで誰からの反応も聞こえなかった。まだ内容をちゃんと確かめていないのに迂闊だった。


 コンコルディア王国で戦争が起きるという。プチ・インテーラで会った人間からそのことを聞いたダヴィド=ハルは、戦争の当事者にアレーゼ領とドゥラーク領があると知って俺の所にいち早く連絡をくれた。


 戦争と知って、第一王子と第二王子との間で生じている権力争いがついに実力行使の局面となったかと頭に浮かんだ。だがそうじゃない。ドゥラーク領とアレーゼ領の非協力的な姿勢に業を煮やした第一王子と第二王子は、南部の二領は権力闘争の障害になると考えて一時的に手を組んだらしい。……というのが流れている噂だという。噂の信憑性は疑わしいけれど、戦争が起きるというのは本当らしいと書いてある。


「そんな理由は理解出来ない。王子達の争いに加わらなかった貴族は大勢居る。にもかかわらず南部だけを目の敵にして戦争を仕掛ける理由なんて誰も納得できないはずだ。だから理由は単なる噂だ。だが戦争は起きるらしい。とすれば、権力を争っていた二人が手を組んで南部に攻め込む理由はなんだ?」


 ……水面下では権力闘争が終わり何らかの話がついた? でもどうして南部と戦争を?


 無い頭をフル回転させて状況を読み取ろうとしていたところへ、褐色の戦士隊長ヴィアルからも連絡が入った。部下の一人がやはり手紙を持ってきた。ドゥラーク領からの魔獣討伐依頼をこなしているところに、今回の戦争の話が入ってきたとのこと。ヴィアルは魔獣討伐の依頼をこなすうちにドゥラーク領内に親しい貴族を何人か作っていたらしい。今回の情報はその貴族経由で耳に入ったものという。


 ヴィアルが掴んだ情報に拠ると、第一王子も第二王子も自陣営の勢力拡大のため中立貴族を取り込もうとした。その際流した金銭が莫大な額に登ったらしい。しかし国庫に手をつけるわけにはいかない。困窮し手詰まりとなった二人は休戦を話し合いまとまった。第一王子が次期国王になる。本来ならばこれで終わりになるはずだったとのこと。


 しかし、二人とも国王に就いた際には金銭で協力に酬いる約定を交した貴族が多かった。そして王子達の間で話はついた。第一王子が国王に、第二王子が宰相に就くと決まったらしい。対立がなくなったので約定を果たすための資金がすぐに必要になった。だが国庫以外に目ぼしい資金はない。国庫に手をつけられない二人はかなり困っていたという。自分達が権力を維持する後ろ盾である者達との約定を破るわけにもいかない。そこで、最近税収が大きく跳ね上がった南部二領に目をつけた。


 当初は「美容健康関連商品の販売権を譲れ」と脅したのだそうだ。だがベネディクト侯爵もヴィアーナも断ったとのこと。いくら次期国王と次期宰相であっても道理から離れすぎていると。


 それに製造しているのはリンクスと呼ばれる混血児達で、リンクスの製造に協力しているのはリカルドという人間。両者ともコンコルディア王国から出て行った者達だ。特にリカルドは追い出されるように出て行った人間だ。恨みを抱いてはいないようだが好意は持っていない。


 たまたまアレーゼ領とドゥラーク領は魔獣討伐などで協力関係を築き信頼関係ができているから商品を卸して貰っている。だが彼らが困っている時に手を差し伸べず、これまで接触もしていなかった国が出て行っても売ってくれないだろう。そう伝えたらしい。


 ジュリアス義兄さんからの情報だと、美容健康関連の商品はコンコルディア王国だけでなく隣国メフルナーズからも注文が殺到している。当然、予約段階で完売は確約されていて平民用を貴族や商人が買い占めないよう厳重な見張りが必要なほどだという。アレーゼ領も同じ状況とのこと。だからドゥラーク領とアレーゼ領の税収は以前の五倍以上にもなったという。国から課せられている税も真っ当に納めている。美容健康関連商品販売で上がった税額は以前収めていた額のやはり五倍近くに上る。


 『彼らと信頼関係を築いた二領が手を引けば、他の領主はもちろん王族も美容健康関連商品を売買できなくなるでしょう。つまり国庫へ納める税収が激減しますけれど宜しいですか?』

 だいたいこのような内容を二領の領主は返したらしい。すると、『信頼関係がなかろうと、領主とは取引きして王族とはしないというのは不敬だ』と怒ったとか。


 その後二領の領主は、その話が来ても同じ答えしか返さなかったそうだ。思い通りに話が進まない王子達は業を煮やし、辺境の領主に舐められてたまるかと戦争の準備を始め今に至るのだそうだ。


 馬鹿らしい。

 権力争いで無思慮に乱発した約束を破れないために、王族がその立場を利用して南部の二領から返済資金を手に入れようという話だ。

 権力争いに関わっていない南部二領や俺達が何で王族の尻拭いに協力しなければならないというのか?


 だが戦争を起こすというのは本当なのか? いやこれだけ噂が広がり、事情をヴィアルの耳に入れてくれる貴族まで居るのだから本当なのだろう。とすると義父の領地と知人の領地が危ない。

 ……さてどうするか。


 知らん顔はできない。そんなことをすればエリザベスはとても悲しむだろう。エリザベスの悲しい顔は見たくない。だけど、敵の兵数も判らないうちは対策の打ちようがない。


『王国貴族の動き……南部じゃなくて中央や北部の情報を集めさせてもいいんですよ?』


 あ、そうだ。こう言ったダリウスがプチ・インテーラに派遣したアーザルが居る。彼なら何か情報を持っているかもしれないし、既に詳細を掴んでいるかもしれない。


 二件の報告を読んでいる間ヴェイグを抱いてスイシと談笑していたエリザベスに慌てずに話しかける。


「エリザベス、第一王子と第二王子が手を組んでドゥラーク領とアレーゼ領に戦争を仕掛けてくる。詳しくはこれを読んでくれ。大丈夫、何とかするから心配しないでくれ。いざとなったら、ヴェイグ達に力を借りてでもドゥラーク領とアレーゼ領を守ってみせる。俺はこれからプチ・インテーラまで行ってくる。前に話したアーザルに会ってくるつもりだ。用が終わり次第戻ってくるから、ここで落ち着いて待っていてくれ」


 羊皮紙の束を手渡し、頬にキスをする。

 

「じゃあ行ってくるよ」


・・・・・

・・・


 急ぎの移動の場合はジープじゃなくバイクを使う。通常ジープで飛ばして一刻ほどかかるところをその半分の時間で到着した。俺で可能な限り飛ばして……。


 ダリウスの事務所は事務所開きの日にお祝いに来たから場所は知っている。急いでいるから事務所前までバイクで行きたかったけれど、大勢の人が利用するようになったプチ・インテーラの中では危険だ。村の外にバイクを置いて急ぎ足で事務所へ向かう。


 荷物の移動が楽なように道幅は広い。貨物馬車が二台並んで通れる幅がある。それでも既に仕事を始めている人達で通りにはけっこうな人通りがあった。やはりバイクで入ってこなくて良かった。

 村の出入り口と運河横にある荷物集積所の中間辺りに事務所はある。そこを目指し、往来の人にぶつからないよう急いだ。


 事務所の前で掃除している男がいる。アーザルだ。この事務所にはアーザルともう一人しかいないから、雑事も手を分けてこなしてるんだろう。


「おはよう」

「これはリカルド様、おはようございます」

「今日は君に用があって来たんだ。中に入っても良いかい?」

「あ、はい、どうぞ」


 そう言って事務所の扉を開けてくれる。「朝早くからすまないね」と中へ入った。

 室内にはテーブルがいくつか置いてあり、奥に続く扉も見える。いずれはここで商談が行なわれるのだろう。二階もあって、従業員の部屋があると聞いたが見てはいない。明らかに出張所といった風で、内装はむき出しの木肌だ。いずれ手を入れるのかもしれないけれど、今のところは民家を事務所として使えるようにしただけといった感じ。


 テーブルの一つに案内されて座る。アーザルも座ったところで早速用件を話し始めた。


「今現在コンコルディア王国中央の動きは掴んでいるかい?」

「はい。もうじき戦を始めるようですね」

「戦は南部に対してで間違っていない?」

「確実です」


 嘘や誤魔化しを許さないときつい俺の視線にも目を逸らすこともなくアーザルは短くそう答えた。


「詳しい情報も掴んでいるのかな?」

「どのような情報をお知りになりたいですか? 判ってることはお教えしますが、代価をいただきたいと」


 情報は無料(ただ)では手に入らない。そんなことは当然のことだから頷く。


「無論払う。いくらだい?」

「金銭じゃなくても宜しいですか?」

「モノによるね」

「……そうですね……魔導蒸気船の蒸気機関部というのはいかがでしょう? それがあればかなり手頃な価格で魔導蒸気船を手に入れられますので」

「ああ、いいよ。何なら魔導蒸気船でもいいけど?」


 魔導蒸気船は購入するとなると大金貨五十枚はする超高額製品。アーザルが指摘したように機関部だけで大金貨三十枚もする。美容健康関連商品の売り上げが好調だからドゥラーク領とアレーゼ領では二艘ずつ購入できたけれど、そうでなければ手を出しづらい価格だ。


 俺やリンクスも美容健康関連商品では大儲けしている。もともと魔石の売り上げだけで大金貨五十枚くらいすぐに俺は払える。親方の手が空いたらすぐ頼もう。……休みを寄越せと怒鳴られるかもしれないな。


 正確な情報を手に入れるためには出し惜しみするつもりはない。


「いえいえ、機関部だけで結構です。それだけでも貰いすぎかもと思ってますから」


 苦笑いしたあと真顔に戻って「では判ってることは全てお話しします」と話し始めた。


 戦争を仕掛けてくる理由は、ヴィアルからの情報通りで間違いないようだ。

 驚いたのは、南部二領へ向ける兵数が五十万だという点。


「それも四隊に分けて、同時に二隊ずつ双方へ送るようです」


 これは困ったな。一つの集団として動いてくれるなら五十万が百万でも楽に対処できる。魔法の影響範囲を広げれば済む話だからな。それが最低でも離れた地域で二箇所。一隊ずつ別行動を取るなら四箇所。もしかするともっと分れて作戦行動に移るかもしれない。最悪の場合を考えると俺とリンクスだけじゃ、王国軍の全てに対処できないかもしれない。


 ……どうするか。


 美容関連商品製造で人手不足を解消したと思ったら、今度は戦で人手不足を痛感させられている。


 ……ダヴィド=ハルに頼んでダークエルフの力を借りるか? いや、ダメだ。無理筋の理屈で戦争を起こして南部二領を占領しようとしている奴らだ。王国軍と戦ったらダークエルフは人間の敵と見做されてしまうかもしれない。そんなリスクを負わせるわけにはいかない。


「そう言えば、面白い話がありました。以前、リカルドさんは貴族軍と戦ったそうですね?」

「ああ、そうだな」

「その時の敵将エリアル=ザンツ=ローエンという貴族は最後までこの戦争を止めようとしていたそうです」

「へえ、あの人がねえ」

「その理由が……こじつけの理屈で戦争を始めては、敗北後どのような始末をつけるつもりなのか……という感じでして、王国軍が負ける前提で周囲を説得していたようですよ」

「ふーん、確かに面白いな。あの戦いで思い知ったのかな」


 自由自在に魔法を使用できる俺達相手に兵数の差は勝因に繋がりにくい。ザンツという将軍はあの戦いでそのことを知ったんだろう。だけど、今回のように大兵力を分けて複数方向から攻めてこられると寡兵のこちらは対処に困る。王国軍はあの戦いからそのことを学んで兵力を分けてきたのだろう。

 最終的に勝つとしても被害を出したらそれは負けと一緒だ。俺が考える勝利とは無傷で南部二領を守り抜き敵を撤退させること。


 それに勝つだけならヴェイグ等竜族の力を借りれば簡単だ。だけどそれじゃいけない。今回のトラブルの原因を作った責任は俺にもある。エリザベスを喜ばせようと、エリザベスに若く美しく健康で居て貰おうと美容健康関連商品を開発したところまでは問題ない。「これは売れる」と見込んでドゥラーク領とアレーゼ領へ流したところまでも問題はないだろう。


 だけど、売れるからと言って一気にやりすぎた。調子に乗って目立ちすぎた。ドゥラーク領とアレーゼ領に注目が集まりすぎるのを避けるような方策をとらなかった。これが出る杭は打たれるって奴なんだろう。


 このトラブルは感情の赴くままに動きすぎた俺の責任だ。俺だけの責任じゃないかもしれないが、俺にも責任の一端はある。そんなトラブルの尻拭いをヴェイグ等にさせるわけにはいかない。ヴェイグは率先して協力してくれるだろうけど、遠慮して貰わなければならない。


 アーザルから敵将の情報やいつごろ南下しそうなのかなどの情報を聞き、また何か新しい情報が手に入ったら教えてくれるよう頼んで俺は家に戻った。ちょっとした後悔の中、南部二領をどう守るかを考えながら……。

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