永遠の再生へ
光属性因子蓄積用能石を完成させた俺は、ヴェイグから頼まれた魔石のための術式構築を始めた。本当のところは、しばらくのんびりしてエリザベスと二人きりの時間をたくさん楽しみたいと思っていたんだ。けれど、身近に不安を抱えているヴェイグが居ると思うと落ち着かなくてね。瘴気クリーナーの改良版で何とかなりそうな気がしていたのも、早めに始めた理由の一つ。
だけど始めてみるとすぐ行き詰まってしまった。
闇属性因子以外の因子を含む魔力を瘴気クリーナーに通しても能石は劣化しない。これはヴェイグと一緒に確認してはっきりした。能石が劣化するのは大量の闇属性因子を通した時だけだ。だから俺は、闇属性因子に反応して能石を強化する術式を構築できれば問題は解決すると考えていた。
これが甘かった。
闇属性因子を察知する術式は簡単に組めた。能石内部に闇属性因子をほんの少しだけ混入させ、その因子と同じ因子を魔石に触れさせれば反応するよう組めば良いだけだからだ。
だけど能石を強化する術式が難しい。一応俺なりに組んでみたけれどまったく機能しない。そしてよくよく考えてみれば、これまで組んできた術式は貴族時代に学んだ術式や書籍から学んだ術式をアレンジしたものばかりだった。ゼロから新たな術式を構築したことがないし、強化のための術式を組むためには『劣化とはどのような仕組みで起きるのか』『対象物を劣化させない仕組みはどのようなものか』を知らなければならない。そのような研究はどのように進めれば良いのかを俺は知らない。
……正直どうしたらいいのかいいのか判らなくて弱っていたんだ。
そんなとき発想を変えさせてくれたのがエリザベスだった。さすがは俺の嫁さんだと感激したね。
食後、愚痴混じりに苦戦していることを話すと、首を傾げてエリザベスは解決に繋がりそうなヒントをくれたんだ。
「治癒魔法を使って怪我を治した時のように元の状態に戻せるとできそうな気がしますが、そんな簡単なものじゃないのでしょうね」
「!? エリザベス! どうしてそのことに俺は気づかなかったんだろう。有難う。やってみるよ」
強化して劣化を防ぐのではなく、劣化した石を創った時点の石に再生させればいい。
これなら治癒魔法に組み込まれていた術式を改変すればできそうだ。
俺は翌日、術式の改変作業に取りかかった。治癒魔法に組まれている様々な術式の改変は、美容クリームを作る際の光属性因子活性化魔法でもやった。美容関連でいろいろ試すたびにいくつもの術式を改変して実験した。だから、再生に関する術式をイジるのは慣れたものだったんだ。
だから術式自体はすぐできた。あとは石を創って術式を組み込むだけ。今回は一個の魔石で目的を達成しようとせず機能別に二個に分けた。
ヴェイグから漏れ出る大量の闇属性因子を含む魔力を因子と魔力に分離する能石。これは瘴気クリーナーの能力を高めた石。瘴気を吸い込む力が強すぎて、周囲に存在する闇属性因子ををとことん消してしまう。実験で動かしたら闇属性因子を大量に含むナイトフラワーの花が一瞬で萎れてしまったほどだ。
まるで魔力食いの力が強かった昔の俺みたいな能石。こんな能石は魔力が溢れてしまってどうしようもないヴェイグにしか使い道はないだろうな。
そしてもう一つは事前登録した能石を創った時点の状態に再生する魔石。こちらは再生能力を促す光属性因子と魔力で満ちている魔石だ。
この二つがあれば、体外に魔力を出したくないときは瘴気クリーナーの強化版を使い続けても大丈夫だろう。再生の魔石は一日に一度発動するようスケジュールするし、発動に必要な魔力はヴェイグから供給されるのでエネルギー・ストレージタイプの魔石を用意する必要もない。
俺は闇属性ではなく周囲に溢れている土属性因子を利用し、完成の手応えを掴むまで実験を繰り返した。土属性因子では能石は劣化しないから、わざわざ傷をつけて実験したんだ。
あとはヴェイグに使ってもらって問題がないか確認してもらおう。そういう段階まで来た。ヴェイグが再生してからもうすぐ一年半になる。この程度なら多少待たせた程度だろう。
俺はエリザベスと相談し、ある晴れた日の朝、朝食後に渡すことに決めた。
・・・・・
・・・
・
「ヴェイグ、実は今日渡すモノがあるんだ」
ヴェイグは生きるための食事をとる必要が無い。真龍は世界に満ちているマナを吸収して生きているからだ。
だけど、食する楽しみを味わいたいというので一緒に食卓に着く。
俺とエリザベスの間に席を作り、席と言ってもテーブルと同じ高さの台を用意するだけなんだけど、それに乗ってソウヒが用意した料理を口にする。テーブルに直接乗るのは行儀が悪いのではないかという人間側の常識に合せてくれている。
「渡すモノ? 何だ?」
エリザベスが「せめて何かの箱に入れて渡しましょう」と案を出してくれたので、ちょうど良い大きさの木箱にいれた。その木箱を足下から持ち上げて隣で座ってるヴェイグの前に置く。上蓋を取って中から半透明でやや銀色に光る能石と金色に輝く魔石を取りだして持ったまま見せた。左手に能石、右手には魔石を持った。
「これはなんじゃ? ……まさか?」
俺の両手を交互に見た後ヴェイグは俺とエリザベスをジッと見る。
「そうだよ。魔力喰い型能石『リカルド』と、再生用魔石『エリザベス』だ」
「おお、おおおお……」
「この二つをヴェイグの体内にある竜石に取り込んでくれ、そしたらあとはヴェイグの意思で機能し始める」
俺はそれぞれの機能を説明したあと、二つの石をヴェイグの前にそっと置いた。恐る恐るといった感じに慎重にヴェイグはその小さな手で二つの石に触れる。ヴェイグの身体が薄紫色の光を放ちながら輝き、二つの石もまた銀と金とに輝きだした。やがて二つの石がヴェイグの中へと消えていき、ゆっくりとヴェイグの身体からも輝きが消える。
「セキヒ、ヴェイグの瘴気クリーナーを外してくれ。ヴェイグはその後『リカルド』と『エリザベス』を働かせてくれ」
自身から放たれる魔力を無害化するためにヴェイグ用に創った瘴気クリーナーを首輪型の装飾具に嵌めて渡してあるんだけど、それを外すようセキヒに伝える。俺の正面の席からセキヒが立ち上がり、ヴェイグの背後に回ってその手で首輪を外した。ヴェイグから一瞬黒い煙が出てきたけれど、それはすぐに消える。どうやら想定通りに動いてくれているようだ。
「なんと! なんということだ! こんなにも早く完成するなんて思ってもみなかったぞ!」
「次の再生がいつになるのか判らないし、きっと何万年も先のことなんだろうけど。俺は人間であと数十年もすれば命を世界に返すことになる。数十年なんて竜族にとってはとても短い期間だろう。それでも次の再生を自身の魔力が邪魔するかもと考えつつ生きるのは、ヴェイグにとって悲しいことじゃないか。俺やエリザベスと過ごす時間を悲しく過ごして欲しくなかったんだ。だからコツコツとだけど急いで創った。うまく創れたのはエリザベスにヒントを貰ったからなんで後で感謝を伝えてくれよ。ヴェイグ、何か不具合を感じたらすぐ教えてくれよな? 必ず修正して創り直すからさ」
俺とエリザベスを交互にゆっくりと見た後、ヴェイグはその黒い瞳から涙を流した。そしてセキヒ達に身体を向けて口を開いた。
「セキヒ、ソウヒ、スイシ、眷属全てに伝えよ。我の憑坐リカルドとその伴侶エリザベス、そしてその子孫は真龍ヴェイグの恩人である。我に与えてくれた幸せへの感謝を忘れぬよう伝える。ヴェイグとその眷属は彼らの永遠の友となった。永遠に友として力を貸すのだ。我の中でリカルドとエリザベスがいつも我を守っていることに感謝し続ける!」
「はっ! このご恩決して忘れません。眷属にも早速伝えます」
三名とも床に片膝をついて頭を下げる。
セキヒ達に言い終えたヴェイグはこちらに向き直り、涙を流し続けたままトカゲ顔を崩して笑みを見せた。
「リカルドよ、エリザベスよ。……ありがとう」
俺はエリザベスと顔を見合わせる。エリザベスも笑っている。俺も頬が上がるのを抑えられない。そしてヴェイグにひと言だけ今の気持ちを伝えた。
「ヴェイグ、そしてみんな、これからも宜しくな」
しんみりと、でも穏やかで幸せな時をその場の全員がしばらく過ごした。
その後、セキヒが「宴が必要です」と言ってヴェイグと護衛役のスイシを残し出かけていったが、竜族の宴ってどんな感じなんだろうか? 人化できる龍ばかりじゃないらしいからなあ。巨大な竜に囲まれたら俺もエリザベスも宴の料理や飲み物は喉を通らないかも知れない。
「なあスイシ。竜の宴ってどんな感じなんだい?」
「……さてどうでしたか。前に開いた宴は光の真龍セクリス様が何度目かの再生を果たした時でして、一万年? いえ一万二千年前? そのくらい昔のことですからあまり詳しく覚えていないのです」
長い時を生きる竜は、多くの出来事を経験する。あまりに多いので、一つ一つを覚えていることはないのだそうだ。「できるだけ忘れるのが幸せに長く生きるコツですよ」とソウヒは言っていた。いいことばかりなら覚えていようと思うんだろうけれど、竜の一生も人間と同じように辛かったり大変なことが多いのかもしれない。もしもそうなら「できるだけ忘れた方が幸せ」というのも納得できる。
でもお祝いの宴のことまで忘れるものなのかな?
まあ、クソ真面目なセキヒはともかく、細かいことはどうでもいいソウヒや今を楽しむのが大事と言い切るスイシにとっては楽しいことも悲しいこともある程度まとめて忘れちゃうものなのかもしれない。……それもいいかもな。
スイシから竜の宴情報は聞き出せなかったけれど、勝手に想像するのも楽しいから問題ない。
俺が竜族の宴に思いを馳せ、エリザベスがヴェイグを優しく撫でていた時ダークエルフの族長ダヴィド=ハルから使者が来た。まだ朝早いから多分創石の依頼じゃない。創石の依頼なら朝食とかち合うような時間に使者を送ってこない。……何の用だろう?
玄関で手紙を受け取ったスイシが俺に手渡す。
羊皮紙に書かれた内容を読んで俺は大声を上げてしまう。
「はあ? 戦争だって?」




