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一年後(その一)

 あれから一年が過ぎた。悔しいがヴィアーナが依頼してきた運河はとても役立っている。

 美容と健康関連の商品が売れすぎてアレーゼ領とドゥラーク領から十日に一度は増産の依頼が来る。運河のおかげで貨物の運送だけでなく連絡も早く届くようになったせいだ。エリザベスが実家に送る手紙も今までより早く届いているようで喜んでいる。


 ベネディクト侯爵もヴィアーナも、エルフェンパールの栽培本数が増えないことには増産できないことは判っている。そしていくら成長が早いエルフェンパールでも生育環境を整えなければうまく成長してくれないことも判っている。専用の温室を建てるだけならダークエルフに協力を求めれば三十日で三棟や四棟は建てられるし温度管理や害虫退治用の魔石も用意できる。


 しかし、栽培するには作業員が必要だ。リンクスでエルフェンパールの栽培のみに集中できる人数は限られている。そもそもリガータの森で暮らしているリンクスは総勢二百名ほどで、そのうちの三十名がエルフェンパールを含む樹木育成関連の仕事をしている。食用関連の樹木栽培も大切だからエルフェンパールにかかりきりになれる者はせいぜい十五名だろう。


 リガータの森で作業できる者となると亜人かリンクス以外には見当たらない。瘴気クリーナーを渡しても、リンクスやダークエルフの狩人が近隣に出没する魔獣を倒していると知っても、この森で作業してもいいと考える人間はとても少ない。


 つまり増産の障害になっているのは人手不足なんだよ。その辺のこちらの事情を知っていても増産依頼を出さなければ周囲からのクレームに対応できないんだろう。ベネディクト侯爵からは南部地区の貴族はほぼ客となったと報告が来た。また、ヴィアーナからは健康用風呂の近所に建てた魔獣肉専門店の人気が凄く、店舗を増やすつもりなので魔獣肉の輸送量を増やしたいという報告と一緒に美容関連商品も増やして欲しいと要望を送られてきている。だけど魔獣肉も今以上には送れない。これもまた人手不足のせいだ。


 狩ったら狩った分だけ売れてしまうし、作れば作った分だけ売れてしまう。あとは価格を上げるしかないんだけど、平民用の商品にも影響しちゃうからそれはしたくない。それにリンクス達の収入はちょっとした商人よりも上になってるから、今以上に稼ごうというモチベーションもない。彼らが二年くらい前までは食べ物を手に入れるのも苦労していたなんて思うと何か感慨深い。


 健康用風呂も貴族用と平民用の二種類を建て、貴族用は男女別はもちろんで、最大二名までしか利用できない個室にした。その各施設では個室を十部屋用意したのだが相談事にも利用できるとあって予約はずっと埋まっているらしい。貴族用には疲労回復用の浴槽だけでなく別の部屋にはミストサウナも備えてある。湯に浸かる方は除菌殺菌と疲労回復に、ミストサウナは個人の属性に沿った属性因子を湯気に混ぜてあるため、魔力回復に効果がある。まあ、魔力回復と言ってもその日に使用した分が回復する程度で、体内の魔力量が増えるわけじゃない。それでも訓練や実践で魔法を使用した兵からは人気だという。


 平民用は男女別の銭湯のような風呂。一度に十名程度浸かれる大きな浴槽があり、身体を洗う場所も用意してある。男性側は疲労回復、女性側は疲労回復と美肌がウリのお風呂だ。平民用は無料だからいつも満員らしい。仕事帰りには必ず寄る人ばかりだという。


 ベネディクト侯爵とヴィアーナのところへは、我が村にも作って欲しいという要望がたくさん来ているらしいが、予算の関係で無理だと断っているらしい。近隣の村々を回る送迎バスを作って見ては? と返事しそうになったけれど、親方は今もまだ糞忙しいからやめておいた。


 親方も運河関係や美容健康関連の設備などの仕事は終わっている。なのに何故忙しいのかというと、これまた運河のせいだ。……ちっとは俺の責任もあるかもしれない。


 蒸気船を建造しているんだ。

 蒸気機関の燃焼部だけは魔法を使い、他は地球での蒸気機関と同じ。火を放つだけの魔法なら魔力消費量はさほどでもないし、用意する魔石も基本的な術式を組み込むだけで済む。俺は楽だけど親方は大変だ。蒸気機関は風魔法を使用してタービンを回す魔導タービンより複雑な構造になる。だけど、その複雑さが親方の職人魂に火を点けたようで、朝早くから夜遅くまで作業に勤しんでいると、鍛冶見習いのリンクスが例の暗い目で報告してきた。相変わらずヘロヘロになってるから彼もかなり根を詰めて作業しているんだろう。

 今は大変だろうけれど、腕利きの親方のところで修行しているのだからきっと立派な職人になるだろう。俺はそう信じてるぞ!


 試作は上手くいきつつあるというから、そのうち蒸気船が何艘も運河を走る様子を見られるようになるだろう。海釣りや川釣り、磯巡りなんかもできるかもなぁ。エリザベスを誘って遊覧と洒落込めるかもしれない。


 ということで、魔石を創り終えた『俺以外』は皆忙しいんだよ。


◇◇◇


「テミス! テミス来てくれ!」


 今や護衛より私の伝令係と成り果てたテミスが慌てた様子を隠すのも惜しむように執務室へ飛び込んでくる。


「お嬢様ご用は何でしょうか?」

「ドゥラーク領のクリスティナ侯爵夫人から連絡が入ったの。ブラッテリ子爵夫妻がこちらで宿を予約したいそうよ。ドゥラーク領にある温泉巡りを終え、今度はアレーゼ領のを巡るみたい。海産物を主要食材として出す飲食店が多いドゥラーク領と異なり、山や野の幸が中心食材の我が領の料理を楽しみたいらしいわ。早めに手配して子爵夫妻が来訪した際には万事滞りなく進むようにしておいてくれないかしら?」

「子爵夫妻はいつごろ来られるのでしょうか?」

「二十日後だそうよ。時間の余裕はあるけど、ここのところ貴族が宿泊できるような高級宿は早く埋まってしまうでしょう?」

「判りました。この後早速手配します」


 話を聞き終えたテミスが慌ただしく外へ向かうのを見送った。


 ふう、疲れた。ここのところ貴族の予約対応ばかりね。交易中心で栄えているドゥラーク領と違い、アレーゼ領はもともと農村ばかりで貴族が頻繁に訪れるようなことはなかった。でもあの温泉を建ててからは、北部や中央の貴族が家族で来訪するものだから宿も飲食店も足りない。


 街にお金が落ちて景気が良いのは嬉しいけれど、貴族を案内できる者は少ないし、そもそも案内できる場所がほとんどない。アレーゼ領が辺境の田舎だからとは認めたくはないけれど、やはり田舎だったのね。


 そんなことより中央や北部の貴族がアレーゼ領やドゥラーク領に大勢来るのは何も美容と健康のためだけじゃないのが問題ね。第一王子と第二王子との王位継承権争いが激しくなってきているのが理由なのよ。まだ一応は水面下での勢力争いに留まっているけれど、いつ本格的な戦争が起きてもおかしくない様子。それでどちらの陣営にも付かない貴族が南部に逃げて来ているのが最近忙しい理由の一つね。


 南部は伝統的に継承権争いには加わらない。過去の政争でも中立を保ってきたし、王位継承者が決まれば忠誠を誓ってきた。アレーゼ領は昔から王国の最大食料庫の役割を担ってきた。だからアレーゼ領がどこかの陣営に付くと食糧供給の面で地域に格差が生まれてしまう。領民の多くが餓死する地域が出る可能性がある。そのような状況が生じれば国民に禍根を残すことになり、政争終結後の国体維持に障害を生む。


 食糧を作るだけでは国民の口に入らない。作物を運ぶ役割が必要だ。ドゥラーク領はアレーゼ領やクラウン領で採れた作物を商人と手を組んで国中へ動かす役割を担ってきた。国内の地域格差を無くし、どこでもほぼ同程度の値段で食糧が手に入るよう努めてきた領地だ。これらのことを過去の政争関係者は判っていて、アレーゼ領を含む南部地域が中立を維持することを望んできた。


 ところが今回は違う。アレーゼ領はどちらに付くのかとひっきりなしに問い合わせが来る。どちらの陣営からもだ。政争終結後のことなど考えず、つまり国民のことなど二の次で権力の奪取だけしか頭にないのだ。


 ……まったく困ったものよね。


 争いたければ勝手に争えばいい。巷の評価は「どちらが即位してもたいしたことは出来ない」というものだ。私も同感よ。北部の貴族は第一王子に付いているようだし、中央の半分程度は第二王子に付いているけれど、どちらの理由も私にはどうでもいいことよ。


 ……継承順位は守るべきだの北部と王位は中央の支持がある方が王位に就くべきだの中央。こうやって並べて考えてみると北部の方が一応はまともよね。ルールは守りましょうよってことですもの。でも王位なんて昔から勢力争いに勝った方が、自陣営に都合の良い理屈を作って正当化してきたわ。北部と中央はそのご都合主義的な理屈で王の後ろ盾となり権力を握ってきた。そんな地域が今更ルールを守れとかどの口が言ってるのよって話。


 こんな馬鹿馬鹿しい争いに巻き込まれるのは御免被るわよ。北部や中央から訪れて長期滞在している貴族達も私と同じ気持ちなのかもしれない。


 ……どちらの王子もまったくの無能というわけではないのも面倒なのよね。良い王になる見込みがないというのならこちらも相応の覚悟で対抗する。でもそうでもない。問題があるとしたら自身の実力を過剰に評価しているところ。んー、これだけでも見放す理由になるのかもしれない。でもねえ。


 いや、私とアレーゼ領にとっての問題は王子の資質がどうだという話しじゃない。アレーゼ領は今や国を頼る必要がない点だ。

 リガータの森に近い南部はどうしても魔獣が領内に侵入してくる機会が多かった。それ故に治安を守るために警備に力を入れざるを得なかった。だが頻繁に出没する魔獣への対応はアレーゼ領だけでは難しく、国の支援を頼んできた。国は領地の安全を保障し、アレーゼ領は国の食糧を生産してきた。持ちつ持たれつの関係だったのだ。


 だが貴族の魔力生成力が衰え、国の魔獣対応力も同時に低下してしまった。そこにリカルドとリンクスが現れて国の力不足を補い、アレーゼ領の安全を保障している。誰が国を治めようともアレーゼ領を守る邪魔をしないで欲しい。できあがりつつある新しい関係を壊す真似はしないで欲しい。


「そうね。今のアレーゼ領にとって国は危険要素になりつつあるのかもしれない」


 多分、この考えはリカルドと縁が深いベネディクト侯爵も持っているはずよ。いえ、交易を主要な産業にしているドゥラーク領はアレーゼ領よりも魔獣対策の恩恵が大きいはずだから、私よりも危機感は強いはず。


「ううん、私やベネディクト侯爵の考えはともかくリカルドはコンコルディア王国の現状をどう見ているのかしら?」


 誰よりもエリザベス大事なリカルドがドゥラーク領を害する者を見過ごすはずはない。エリザベスの笑顔を守るためにとか言って、あの力を使って……国だろうが魔獣だろうが蹴散らしてしまうでしょうね。


 あ、でももしそうなったらベネディクト侯爵はどうするつもりなのかしら?

 前回はクラウン領の暴走と、リカルド達への無知があった上に被害が小さかったから何とか誤魔化せた。でも相手が国となるともう誤魔化せない。その時ドゥラーク領はどうするのかしら? 大昔にあった事件のように王国から独立する? 独立すらも可能になる環境が揃ってるのよねぇ。足りないのは領民の賛同くらいかしら。


 領内に国に対して反抗的な空気が満ちたら私も……。いえ、想像を弄ぶのはここでやめましょう。国に対しての不満が後押しして今にも独立したくなる。


 私がすべきことはあと三年と少しで成人する弟スライのために、治めやすいアレーゼ領を準備することよ。

 治めやすいといえば、リカルドが便利な農具をリンクス達のために作ったと言っていたわ。今度見せて貰って……良い物だったらアレーゼ領でも使わせて貰おうかしら?

 農業はアレーゼ領の主要産業ですもの。投資しておかなきゃね。

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