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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第三章 渡る世間は糞忙しい
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ジョアナ来襲

 運河に水を流す日がやってきた。

 運河の始点となるプチ・インテーラにはベネディクト侯爵夫妻やヴィアーナとテミス、そしてヴィアーナの弟で成人後領主となるスライ=ウェルゼン=アレーゼが来て開河式が開かれようとしている。その他にもこの運河の運営開始を待ち望んでいた商人達や運搬業者、運河で働く予定のリンクスや各地の代表が集っている。


 イアンも参列しているんだけどヴィアーナのお供という立場でのようだ。何せ実家からは縁を切られているから肩書きが無い。ま、商人なんかも参席するんだから肩書きなんかどうでもいいと思うんだけど、そこは元貴族なだけに表面上だけでも参列するための何かしら根拠が必要なんだろう。初対面の時はあまりいい印象がなかったイアンだけど、付き合いが長くなるに連れて「意外といい奴だ」と思うようになってる。今は恵まれない状況だけど、そのうちいい話があったら教えてあげよう。


 運河の水は、海からとアレーゼ領に流れる川とドゥラーク領に流れる川、そしてリガータの森を東西に横切っている川から引いてくる。最初は水属性の魔法を利用して水を満たしてしまえばいいじゃないかと思っていたんだけどヴィアーナから反対された。理由は洪水対策にも運河を利用したいということだったので大人しく言う通りにした。川と運河を繋げる方が作業が増えて面倒だったけどね。


 海や川との間を仕切っていた壁は一刻も前に上がっているはずだ。だからもうじきここの運河にも流れてくる。そしたら村長のモドラムが式の開始を伝え、ちょっとしたお祭り騒ぎが始まる。


 そう、もうじき楽しい一日が始まるはずだったのだけど、思いがけない来訪者が現れた。


「クリスティナ侯爵夫人がここに来ているでしょ!」


 運河の前の広場に女性の声が響き渡る。

 ……お義母さんに何か用がある? でもここはドゥラーク領から馬車で四日以上かかるプチ・インテーラだ。こんなところまで探しに来るって何事だろう?


 お義母さんは聞き覚えのある声なのか、声のする方へ急ぎ足で向かう。急ぎ足なのに悠然と見えるのはさすがはお義母さんといったところだな。


「……ジョアナ王女」


 隣でエリザベスがつぶやいた。


「え? 王女?」

「はい。あの声はジョアナ王女に間違いありません。でも、中央の王宮に居るはずの方がどうしてこんなところまで……」


 王女がわざわざこんなところまでお義母さんを探しにやってきた理由も気になるけれど、とりあえず様子見に徹するしかないだろう。


「どうして私の願いは退けられたの? リグリット子爵夫人には渡したというのに、私には何故?」

「ですから品物がないのです。何度も申し上げたとおりしばらくお時間を下さいませ」

「それじゃ困るの! 来月には私の誕生パーティーがあるのはご存じでしょう? 招待状出しましたものね」

「ええ、その件も聞きました。ですが品物がないのでどうしようもないのでございます」


 どうやら判った。多分、美容クリームのことだ。俺は最初に渡した試供品が無くなる頃に、各種クリームを三十個ずつお義母さんに渡した。ファレナの分を除いた分は、お義母さんが渡す相手を『選んで下さい』と言ってね。賢いお義母さんのことだ。俺が口にしなかった意味をしっかり理解し、マイヤール家の政治的影響力が強くなる相手を選んで渡したのだろう。王族を後回しにした理由は判らないけれど、お義母さんのことだからちゃんと考えた上での事に違いない。


「ねえ? お願いよ。何とかしてちょうだい!」

「そう仰いましても……」


 お義母さんがチラチラとこちらを見ている。助け船を求めているのは間違いない。ここは義理の息子として何とか力になろうと「こちらへと」目配せをする。


「少しこの場を離れます。ジョアナ王女はここでお待ちになってくださいませ。すぐ戻って参りますので」

 

 そう言ってベネディクト侯爵を呼び、近くに席を用意するよう伝えた。そして俺が歩き出した方角へお義母さんも歩き出した。


 王女から見えないところまで移動して俺の事務所……創石の仕事を受けるための事務所……の中に入る。


「残念ながら本日はクリーム類を渡すことはできません。お義母さんが伝えていた通り品物がないのは事実です。ですが……」

「ですがってことは何かいい方法があるのね?」


 苦悩色だったお義母さんの瞳にキラキラ状態が戻ってきた。


「王女のお誕生パーティーに間に合うよう一時的な方法はあります。それにしても王族を外して渡すなんてお義母さんらしくもないとも思ったんですけど、何か理由があるんでしょう?」

「何、何? 王女に渡せなかった理由はあとで話すからとにかくこの場を何とかしたいの」

「王女のためにクリームを用意します。ただそれはお義母さん達に渡しているものより効果が続かないのです」

「でも、誕生パーティー用には何とかなるのね?」

「はい。光属性因子の量が少ないものなので効果は長くても三日しか保ちません。ですので、今回は緊急時の間に合わせであることとパーティー直前に使用していただけるという約束ができるなら、今日中に作ってお義母さんのところへすぐ送ります」

「判ったわ。リカルドさん助かる」

「では戻りましょう」

「ええ、ジョアナ王女と打ち合わせしないといけませんもの」


 事務所を出て俺とお義母さんは広場へ歩き出した。


・・・・・

・・・


「うまく話をつけたわ」


 運河の開河式どころじゃなかった俺とお義母さんは、王女が立ち去ったあと顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろした。


「では私は戻って早速作ります」


 エリザベスにはスイシを付けたままプチ・インテーラに残って貰う。こういう機会にはなかなか会えないお義父さん達と少しでも長く話して欲しいんだ。作業が終わったら迎えに来ると伝え、俺はセキヒとジープでリガータの森へ向かった。


 家に戻ると、作業場へ早速向かう。

 いつも通りのクリームを作るには量が足りないけれど、光属性因子を大量に含んだエルフェンパールの実がいくつか残っている。実をすり潰して布で濾し、美しく輝く透明な液体で受け皿を満たす。これに乳化ワックスや花の香りがついたフローラルウォーターなどを入れて混ぜると美容クリームの基本材料ができあがる。

 あとはクリームの中で光属性因子が活性化する効果のある魔法をかければできあがる。


 リンクスの女性陣が作る時はもっといろんな材料を入れ、温める時間や混ぜ合わせるタイミング、魔法をかける時間なども研究されてるから香りも品質も高い。


 今回は美容クリームを最初に作った時のやり方だ。これでもちゃんと効果は出る。それは実証済みだ。ただ効果は長持ちしないし、現在のクリームに慣れたリンクス女性陣に言わせると「肌の輝きが甘い」のだそうだ。少なくとも男性の俺の目にはそう違いは無いように感じるんだけど、美を追究する女性には微妙な違いも大きく感じるんだろう。


 魔法をかけ終えた俺はクリームをガラス瓶に詰めて蓋をする。あとはシャンプーやボディーソープだけど、これは作り置きがまだあるから、その瓶も一緒に箱詰めする。


 これからすぐプチ・インテーラへ戻れば、もしかするとお義父さん達がまだ残ってるかもしれない。例の温泉計画で忙しいから泊まる時間はないと言っていた。移動にかかる時間もあるから仕方ない。トラックも持っているんだけど、ヴィアーナ同様に荷物の運搬でフル活用しているから自分達が使用する余裕はないらしい。


 俺は出来上がったばかりの箱を持ち、セキヒを呼んでジープに乗り込んだ。


 プチ・インテーラに戻ると、お義父さん達はまだ残っていた。楽しそうに談笑しているエリザベスの様子を見て「残して良かった」と胸が温かくなる。


「もう出来たの?」


 俺の姿を見つけたお義母さんが席から立ち上がって近づいてきた。


「一個だけですし、それに今回のは間に合わせのものですからそう難しいものじゃないんです。リンクスの女性陣が作ると品質の良いモノが出来るんですけど、それにはエルフェンパールの実が足りませんから」

「短い間でも効果はあるのね?」

「はい。美容クリームの研究で最初に作ったものと同じです。エリザベスにも試して貰って効果は実証済みのものです。ただ、今現在の製品を使ってるお義母さんなら不満が出ると思いますけれど、初めて使う王女様なら満足されると思いますよ」

「そうなのね。リカルドさん有難う。それで王女に渡せなかった理由というのはね」


 声を小さくして囁くように理由を教えてくれた。

 現国王の命がそろそろ危ないらしく、第一王子と第二王子との間で王位継承争いが起きているという。この状況で王族の誰かだけに渡すわけにはいかないと王族を避けて渡したのだという。


「だけど、今日渡すと約束してしまいましたよね?」

「王族の女性陣全員に渡せる量が次からは確保できるでしょう?」

「ああ、なるほど。今回、ジョアナ王女にだけ渡しても次からは要望する王族に渡せるからいいのか」

「そうよ。次回からは南部と中央の……うちと懇意にしている貴族と王族にだけ売るのよ」


 お義母さんの瞳に何か暗いモノが圧を出している。

 エルフェンパールの樹の栽培は温室のおかげで順調だ。栽培担当のリンクスからは温室をもっと増やしてくれと要望が入っている。今のままだと三百名分くらいしかクリームが作れないらしく、できれば近いうちに千名分は作れるようにしたいし、将来は王国の女性全員が利用できるようにしたいという野望を抱いているようだ。


 楽しみがあってとてもいいことだと思うんだけど、リンクス女性陣の目の色が怖いくらい輝いていてさ。いいことだと思いつつもちょっと引いてしまう自分が居るんだよなぁ。まあいい。


「北部はどうするんですか?」

「北部は南部を馬鹿にしているからできるだけ売りたくないの」

「中央貴族は南部を馬鹿にしていないんですか?」

「馬鹿にしてる貴族の情報はしっかり掴んでるわ。そんなところにはやはり売りません」


 日頃かなり我慢しているんだろうな。この機会に鬱憤晴らししようというのか。社交界のことは俺にはよく判らないからそれもいいだろう。


「フフフ……そのうち泣きついてくるわ。あのクリームを使っている私には判る。アレを使ったらもう二度と他の美容法では満足できなくなる。そして周囲でいきなり美しくなった夫人を見て、自分もと考えない女性は居ないわ」


 お義母さんが暗い情熱に落ち続けないように話題を変えよう。


「……それはそうと、お義母さんはジョアナ王女の誕生パーティーに行くんですよね?」

「ええ、招待状をいただいてしまいましたもの」

「では王女の肌の具合がどうかお義母さんの目で確かめてきてくださいませんか?」

「私が使用しているものより劣るのでしょう? そんなに気になるの?」

「エルフェンパールの実はお義母さんが使用しているクリームの三分の一しか入ってませんし、手間もかかってませんから効果が劣るのは間違いありません。ですが、だからこそ安く売れるんです。平民用にどうかと?」

「なるほど! 貴族用にはエルフェンパールの実をふんだんに使った効果の高いクリームを用意し、平民用には貴族用より効果は落ちるけれど安い品物をということね?」

「はい。商品の棲み分けができればファレナお義姉さんも喜ぶんじゃないかと」

「いいわ! しっかりと確かめてくる」


 その後は、自宅に作った健康維持用の風呂の話になり「お風呂に入るのが毎日楽しみよ。侯爵も疲れが取れて体調が良い日が続いているの」とお義母さんはエリザベスと俺に嬉しそうに話してた。


 夜更けになり「やはり今夜だけでも泊まっては?」と申し出たんだけど「いやリカルド君やエリザベスと話しているのが楽しくて出発が遅くなってしまったけれど、早めに帰らねばならんのだよ」と侯爵は断る。無理に引き留めるのも悪いので、俺はちょうどドゥラーク領へ向かう褐色の戦士の隊長ヴィアルに「くれぐれも侯爵夫妻の安全を頼む」と頼んで別れることにした。


 ヴィアル達が居れば魔獣や賊が現れても問題なく対処できるだろう。

 運河が水で満ちていく様子は見られなかったし、ヴィアーナやイアンとも話す余裕はなかったのが残念だけど、両親と会って充分に楽しんだ様子のエリザベスを見られて幸せだったからいいか。

 ヴィアーナ達とはまた話す機会があるだろうしな。

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