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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第三章 渡る世間は糞忙しい
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隣国からの訪問者

 プチ・インテーラ。アレーゼ領とリガータの森のほぼ中間地点に作られた交易所を中核として、人やダークエルフ、そしてリンクスとその家族が集まってできあがりつつある村の名前。ここがヴィアーナから依頼されて作られる運河の西側の始点となる。


 今は魔獣の肉を主要な商品としているので民家二軒分ほどの大きさがある冷蔵倉庫が三棟並び、その倉庫を宿屋や屋台を玄関前に出した家が囲むように建っている。リガータの森でしか採れない果実や山菜。エルフやダークエルフが作った道具を売る屋台もあるし、俺に魔石を注文したい客が来る店もある。


 ダークエルフは相変わらず我が家に直接注文しに来るけれど、エルフはプチ・インテーラの方で頼む機会が増えている。我が家だと『人間』の俺に依頼しなければならないけれど、プチ・インテーラの方だとリンクスの誰かが店番しているので、人間と顔を合せるよりリンクスと顔を合せる方が気分的に良いということみたい。相変わらずエルフは面倒臭い。


 そんなことは些末なことで、プチ・インテーラが徐々に賑わってきたのは有り難い。

 というのも、今までならアレーゼ領やドゥラーク領、時にはクラウン領まで行かないと取引きできなかったいくつかの品物がこの場所で注文できるようになったからだ。特に資材。マギレウムを始めとして金や銀などの貴金属などを注文できるようになったのは大きい。


 いや、もちろん魔獣肉が売りやすくなったのも有り難いよ? リンクスの大きな収入の一つだしね。

 臭くて固くて食べられたものじゃないと亜人達からも避けられていた魔獣肉だが、倒して時間を置かずに血抜きはもちろん魔力抜きもしたあとの肉はとても美味しい。美食家というほどでもないけれど、それなりに舌が肥えているベネディクト侯爵も今では固定客になってる。

 冷蔵倉庫の中で、一定の温度の下で微風をあてて熟成させた肉などは来客時の祝宴に使うとヴィアーナは必ず注文してくるほどだ。


 リンクスもダークエルフも住む場所を守るために魔獣を日々狩っている。その魔獣の肉は、自分達が食するだけでは処理しきれないほどの量になる。食べきれない分がお金になるのだ。魔獣の種類で肉の味は変るから、注文があれば特定の魔獣狩りに出る機会も増えてきた。特に脂身がとても甘い豚肉のような味のイノシシに似たグレイボアが人気らしい。豚よりも身は柔らかいし、脂身は甘い。煮ても焼いても頬が緩む味で俺もエリザベスも大好きだ。


 小型から中型程度の魔獣だし濃い瘴気を纏っていて慣れないと危険な魔獣。だが、ダークエルフもうちのリンクス達も俺が創った魔石で身を守っているから力業しか攻撃手段がないグレイボアは楽な獲物だ。繁殖力も強くて狩っても狩っても減っているようには感じないらしい。ただ、魔獣も学習する。俺達の集落近くは危険だと学んでいるらしく、以前より森奥深く入らないと見つからないらしい。だけど今では高値で売れる良い商品だ。グレイボアを見つけて見逃す狩人はダークエルフにもリンクスにももう居ない。


 プチ・インテーラにはアレーゼ領やドゥラーク領から出張してくる商人もいて、エリザベスに似合いそうな衣服や装飾品を注文しやすくなったのも地味に嬉しいしね。


 ヴィアーナは以前注文したトラックをフル活用して、食用肉を買い付けさせている。ちなみにアレーゼ領にも冷蔵倉庫を建てた。肉の醸成の仕方を倉庫の職人に学ばせている。教えているのはうちの冷蔵倉庫で熟成に慣れたリンクス達だ。温度管理に冷風の当て方、肉の熟成状態などを教えているとのこと。人間も混血児も関係なく仕事を通じて交流が進んでいるらしい。とても素晴らしいことだな。


 こうなってくると俺がお膳立てしなくても彼らは彼らなりに考えて協力しあっていくに違いない。嬉しいな、ほんと。


 プチ・インテーラが出来て一番喜んでいるのは、リンクス達の家族かもしれない。コンコルディア王国内では差別され仕事も見つけられず貧しい生活を我慢するしかなかったけれど、ここなら仕事は嫌と言うほどあるし、差別なんてしようものなら取引きしてもらえないだけでなく追い出される。


 プチ・インテーラの村長はあのモドラムだ。ヴィアーナから任じられて就任したらしい。

 女好きで困ったものだけれど仕事はできるというヴィアーナの紹介は正しく、取引きも公正に行なわれているようだし生活上の治安面も不安はないとリンクス達からは聞いている。エリザベスにちょっかい出してこなければ好ましい男なのだけどねぇ。


 そのモドラムが俺を呼び出したのはコンコルディア王国の外から客が来ているからという。

 連邦国家メフルナーズ。東部に君臨するこの国と西部のコンコルディア王国はゼルラシア大陸を二分している大国。大小様々な国がアルザングという国に対外面での外交と軍事の主導権を預けて成り立っている連邦国家だ。


 今回プチ・インテーラに訪れたのはダーラーという国の商人らしい。通常は海外とも交易しているドゥラーク領で商いしているらしい。今回は魔獣肉と俺が創った魔石に興味を持ったためにここまで来たらしい。魔獣肉ならドゥラーク領へも届けている。加工方法も隠していない。ただ俺が創る魔石が無いと魔力吸引はできないから、本音は俺に魔石を注文するために訪れたというところだろう。


 商人はダリウスと名乗った。

 コンコルディア王国には居ない黒髪と黒い瞳を持つ男だ。肌はやや褐色で髪色にもう少し茶系が混じり、耳先が多少尖っていたらリンクスと見間違うかもしれない。

 モドラムに案内された宿の一室。三名が立って待っていた。俺達を席に案内するとダリウスが「今回同行した仲間です」と紹介し、自分も席に座る。


「ベネディクト侯爵から紹介状を預かってきました」


 人好きのする笑顔で丸められた羊皮紙を手渡してきた。封蝋に推された紋がマイヤール家のモノだったから間違いなくベネディクト侯爵からの紹介状だろう。封蝋だけ確認し俺は羊皮紙を開かずに脇に収める。


「それで俺に会いたいということだけど、ご用件は?」

「単刀直入で嬉しいですね。時間を無駄にしてはいけませんから」

「腹の探り合いとか社交辞令の交換とか面倒なことは嫌いなんだ」

「腹の探り合いも相手次第では楽しいものなのですけれど、でもそういう相手にはなかなか出逢えませんしね」

「判ってるじゃない。で、用件は?」


 ダリウスは笑顔を崩さずに服の合間から一つの石を出してテーブルに置いた。


「こちらは何なのでしょう? 似ていますが魔石じゃないですよね?」

「それは能石だ。どこからそれを?」

「能石? あ、ああ、ドゥラーク領に建てられている冷蔵倉庫の一つが改修に入ったので、再開するまでの一時期借りてきたのです」


 ベネディクト侯爵が貸す許可を出したということは、このダリウスという男は相当良い客なのか、それともダーラーという国かメフルナーズとの関係を重く見ているのか、その辺の事情は判らないけれど、とにかくそこらの商人と同じように接することはできない相手ってことだ。


「そうかい。能石ってのは魔力を含まないけれど、なにがしかの機能がある石のことだ」


 ちなみにダリウスが借りてきた能石は、魔獣肉から魔力を吸収し属性因子と切り離した後に宙に放出する能石だ。通常魔獣肉は狩った直後にこの能石で魔力を吸収してから出荷している。だけどリンクスの手に寄らない魔獣肉が持ち込まれる場合もあり、その際効果は狩った直後ほどではないけれど、魔力を吸収すれば柔らかくなるし匂いも薄れるのでペットの餌くらいにはなる。それも多少だが収入になるのでこの能石をベネディクト侯爵に渡したんだ。


「そのような石がどうして? どこかで産出しているのですか?」

「俺が創ったんだよ」

「創った?」

「ああ、創ったんだよ。霊力やマナを石化してな。それ以上のことは内緒だ」

「では冷蔵倉庫で魔力を放出し続けている魔石や、あの冷気や微風の魔法を発現させ続けている魔石は?」

「あれらも俺が創った魔石だな」

「……驚くべき技術ですね」


 もっと褒めていいよ。具体的な説明はしないけどさ。


「それらは私達も手に入れられるのでしょうか?」

「可能性で言えばYES。だけど現状だとNOだな」

「現状だと無理な理由は何でしょうか? 差し支えなければ教えていただきたいのです」

「最大の理由は、糞忙しくて他に手が回らないからだ。他にもマギレウムが高くなりすぎてるから代用品の研究したいとかあって、しばらくこの糞忙しい状況は続くからだな」


 エリザベスと旅行するための飛行船建造なんかもあるし、ほんと忙しいんだ。


「なるほど。それは困りました」

「すまんね。今回ここに来るためにかなり無理に時間を作ってるんだ。本当なら家で作業に没頭していなきゃいけないんだぜ?」

「マギレウムなら王国の平均価格よりかなりお安く提供できますが、それでも無理なのでしょうね」

「そいつは美味しい話だけど、そっちの国ではマギレウムはたくさん採れるのかい?」

「はい。隣国で巨大な鉱床が見つかりましたので一時期よりずいぶんと値段は下がりました」

「その鉱床は?」

「絹魔鉱です」

「へええ! それは羨ましい話だな」


 マギレウムは赤魔鉱、黄魔鉱、絹魔鉱から産出する。中でも絹魔鉱は精錬すると最も多くそして純度の高いマギレウムが採れる。絹魔鉱の巨大鉱床が見つかったならマギレウムの価格が下がるのも頷ける。


「入り用の際にはご相談に乗りますよ?」

「それは有り難い話だ。もしもの時はお願いするさ。美味しい話を教えてくれたのに申し訳ないが、それでも糞忙しいことに変わりはない。あんたの依頼は受けられない」

「判りました。今回は諦めます。ですが、お時間が出来た時は一番最初に依頼を受けていただきたいのですが」

「それは約束できない。だけど優先的に引き受けるよ。遠いところから来てくれたんだ。マギレウムの話も助かるしな」


 冷蔵倉庫に必要な魔石なら、多少時間があれば創れる。だけど俺はセキュリティにうるさい男だ。予定外の人間には使用できないように創るつもりだし、それを断るなら創らないだけだ。目的外使用も制限するしな。

 だから担当者を連れて来なければ創らない。担当者を選ぶ必要がダリウスに生じる。それは今回同行している人間で済むならいいけれどそうじゃないなら国から連れて来なきゃならない。忙しくなくても今回は多分引き受けられない仕事なんだ。


「それで結構です。あと……」

「他にも何か?」

「ドゥラーク領とアレーゼ領ではトラックという乗り物を見かけたのですが、あれもリカルド様が?」

「ああ、使用している魔石は俺が創った。だけど魔石以外はダークエルフの職人だな」

「ということは、やはり今回は……」

「うん、無理だね。絶対に無理!」


 トラックやバイクはブルーノ親方の助けがなければ作れない。そのブルーノ親方だけど俺以上に忙しいんだ。

 原因は俺だけどな! 

 美容と健康関連の設備、運河工事関連の工具、蒸気機関船の船体なんかを頼んでしまったからなぁ。アドリアが涙目になって作業場から出てくるところを見かけて、顔を合せないように隠れたのは誰にも秘密だ。親方の作業場ではリンクスの見習いも働いているけれど、家の近所で会ったら恨みがましい目を向けられたしね。ヘトヘトに疲れ切った表情であの暗く光る瞳とはもう出遭いたくないよね。

 ここに来ているなんて知られたら「いい身分だな」と親方に何発か殴られるだろう。トラックの製造もお願いなんて言ったら絶縁されるかもしれない。俺と親方の親密な関係維持のためにも、ここは全力で断らせていただく。


「ベネディクト侯爵から今は無理かもしれないとは聞いてきたのですけれど、こうも全て断られると商売にはありがちなことと判っていても凹みますね」

「一年後にまた来てくれ。その頃には時間も多少できている。もし来てくれるならその時は優先的にあんたからの仕事を引き受ける。そう約束しよう。あとこちらに来る二ヶ月前に連絡をくれ。あんたの国からだと注文に必要な何か足りないってなってもすぐに対応できないだろ?」

「そうですか。ではここにこのアーザルを残していきます」


 ダリウスが後ろを振り返ると、一人の男が一礼し俺を見た。商人にしては身体付きが筋肉質で護衛か何かを務めてきたのではないか。髪は黒いけれど瞳は青くて鋭い。


「このアーザルはコンコルディア王国から駆け落ちして東へ来た夫婦の子でこの国の言葉も話せますし、どのみちこちらに連絡係を残しておくつもりだったのですよ」

「どのみちって?」

「ここには運河が建設されるのでしょう? でしたらこの大陸の東側からここまで船で来られるようになります。ドゥラーク領とアレーゼ領にも拠点を置くつもりですし、ここにも置きたいと考えたのですよ」

「ふうん、その準備としてそこのアーザルを残して準備しようと?」

「その通りです。身体付きを見てお判りのように腕は立ちます。それに商売の基本の情報集めもなかなかなものです。リカルド様のお手伝いもできると思いますよ?」

「俺の手伝いって言ってもなあ」

「王国貴族の動き……南部じゃなくて中央や北部の情報を集めさせてもいいんですよ?」


 ダリウスは俺についていろいろと調べてから来てる。そう確信させる光がダリウスの瞳に現れた。


「中央や北部とは付き合いがないんだけど、どうしてそう考えたんだ?」

「これからは必ず関わってくるでしょう。その際、基本となる情報を持っていた方が宜しいかと思いまして」

「……どうしてそうまでして協力してくれようとするんだ? まさか魔石を優先的に創って欲しいからなんて言うなよ?」

「まぁ、アレーゼ領やドゥラーク領の領主様達と話して、私にも感じるものが生じたというところです」

「何を感じたかは話すつもりはなさそうだな。まあいい。確かに情報集めしてくれるというなら助かるからな。アーザルさんだっけ? これから宜しくな」


 「こちらこそ宜しくお願いします」と一礼したアーザルの視線は、俺がこの部屋から出るその時まで俺から外れることはなかった。


 ……最初からアーザルと俺を繋げるためにダリウスはここまで来たんだな。もちろん魔石やトラックが欲しいというのも嘘じゃないだろう。だけどダリウス(あいつ)が見ているのは今じゃない。これから訪れる未来だ。その未来のために俺との関係を深めておきたいというところだろう。

 ダリウス(あいつ)に見えている未来がどんなものなのかいつか聞いてみたいものだな。

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