水面下(その一)
「エリアル=ザンツ=ローエン! そなたがどう考えているのか訊いているのだが?」
第二王子ゼルテンス=マイノス=レーバネアの呼ぶ声で我に返った。つい窓の外に咲く花と、花々に彩られた庭の美しさに気持ちが囚われてしまっていた。
「はっ! 申し訳ございません。考え事をしていたので聞いておりませんでした」
顔を上げると、王子とその取り巻きがこちらを見ている。背筋を伸ばし頭を下げて謝罪した。
「そなたが率いた二万の軍が、わずか三十名そこそこしかしない混血児どもに敗北した件を訊いておるのだ。この話は嘘であろう?」
急に王都へ呼び出されたかと思えばあの件か。誰に訊かれても「事実です」と答えてきたんだがな。
「事実でございます、殿下」
「そなたは中央騎士団南部方面の指揮官であったな?」
「左様にございます」
「その地位にあるそなたが寡少な敵に手も足も出ずに敗れたというのか?」
「はい、殿下」
「では、土属性魔法で作られた網で二万名の騎士を覆い行動不能にされたというのは?」
「その通りでございます」
「嘘だ! そなたは嘘をついている! わずかな人数で貴族以外の者が……それも混血児がだと? 基本的な魔法だとはいえ二万名もの騎士を覆う網を作る魔法を発動できるはずがないではないか!」
信じられないのも無理はない。騎士団に所属する魔法を得意とする騎士でも、あの魔法を発動させるとすれば数百人……いや千人程度は必要になるだろう。基本的な魔法でもあの規模で発動させるにはそれほどの魔力量が必要になるはずだ。自分が当事者でなければ、三十名程度であの魔法を発動したなど私も信じなかったに違いない。
「嘘ではございません、殿下。私を信じられぬというのであれば、あの戦いに同行した騎士達にお聞きになってくださいませ。網に捕らわれたあと降伏勧告に来たリカルドなる者に攻撃しようとして、その従者に腕を潰された者も幾人かおりますればお探しになるのは容易いことでしょう」
「……いや、既に聞いた。そなたと同じく噂は事実だと皆答えた」
気落ちしたようにゼルテンス王子はつぶやくように答える。
「貴族ならば誰もが知っているように、我々貴族が魔力生成する力は世代を後にするほど衰え、今では一人で生成できる量は平民三名から四名程度だ。多い者でも平民十名程度も生成できる者は居ない。その我々にはもはや不可能な魔法を発動したのが混血児だなどと信じたくないではないか」
「……」
その気持ちには共感する。だが事実は事実として認めなければならない。
「それでそのリカルドなる者は混血児でもダークエルフでもなく人間だったというのも本当か?」
「本当でございます」
「その者を呼び寄せられるか?」
「私には判りません」
「認めたくはない。認めたくはないが、そなた達の話が事実だとするならば、我が陣営に取り込みたいのだ」
国王陛下の体調がすこぶる思わしくないのは宮廷に出入りしている貴族の間では周知の事実。不敬なことではあるが、次の国王を誰にするかという話は王国中央部ではあっても南西部辺境と言われる我が領地でも囁かれている。
テリアス第一王子が健在なのだから継承順位通りに第一王子が即位すれば表向き波風は立たない。
私の見たところでは、第一王子と第二王子とで国王を務めうる力量に差などなく、英邁な現国王に比べれば平凡な才覚の持ち主達だ。……不敬な考えだな。
ただ当人同士は自分の方が優れていると考えている。特に二十歳になったばかりのゼルテンス第二王子は野心家で、成人後は事あるごとにテリアス王子より自分の方が上だと周囲に見せつけようとしてきた。その試みがうまく行ったかどうかといえば、現在も第二王子を次期国王に推す声が第一王子を推すモノより大きくはないという結果に現れていると私は考えている。
リカルドを自分の陣営に置いておきたいのは、このまま推移すれば第一王子派と第二王子派の間で戦争が起きる可能性が小さくないからだろう。しかし良いのだろうか? 貴族の権力争いで、水面下でならばまだしも魔法を使った大々的な戦争の場で平民や亜人の力を借りるというのは、勝敗がどのようについても後々汚点と言われることだろう。権力は奪取した手段ではなく行使した結果で正当化されるというから、どう騒がれてもあとでどうとでもなると考えているのかもしれないが。
「それで私にどうしろとお考えなのでしょうか?」
「リカルドとその仲間を我が陣営に誘い込んで欲しい」
やはりか。
「無理でございます」
「その者は第二王子からの誘いを断るというのか? もちろん私が国王の座に就いた後には充分な恩賞を渡す。爵位も……子爵にしても良い」
「やはり無理でございます」
溜め息を漏らしそうになったが、グッと力をこめて飲み込んだ。貴族に対抗できる力を持っている相手だ。爵位にさほどの価値を感じていないに違いないのだ。そして貴族が価値を感じるものに関心がないのだ。そのことを想像できない第二王子が少し可哀想になる。
「何故だ?」
「我等が降伏した際、リカルドから出された条件は『コンコルディア王国と事を構えるつもりはないし、今回見逃す代償に土地や金品を寄越せとも言わない。ただ俺達の自由を奪おうとするな』でございました。彼の者には金銭や物に執着する気持ちが見えませんでした。また、アレーゼ領のヴィアーナ伯爵がリカルドを婿にしようとなされたようですが断られました。ヴィアーナ嬢は南部でも有名な美しい方であり、また彼女の婿となると伯爵の地位に就けるのでございます。ですが断ったというのですから、リカルドには女性への関心も地位や名誉への関心も乏しいと考えられます」
「金でも土地でも美女でも地位でも、こちらが提示できるものではリカルドの関心をひけないということか?」
「左様でございます」
あの時のリカルドには余裕が感じられた。勝者のではない。立場に縛られていない者の余裕だ。我々のように家にも縛られず、生活費を稼ぐための苦労からも離れている者の余裕が感じられた。取引き相手としては交渉材料が見当たらない困った相手だろう。
「だが私は第二王子なのだぞ? 第二王子の頼みを聞かぬとは不敬ではないか!」
「彼の者はリガータの森で暮らしてるのでございます。王国は彼の者を守っておりません。コンコルディア王国への忠義も王族への尊敬も持ち合わせてないのでございます」
ぐっと気圧されたようにゼルテンス殿下が息を飲んだ。
「しかし、しかしだ。一国の王子の頼みを聞かぬというのは無礼ではないか……」
「交流ある国のような関係を持たない集団が我が国の王子の頼みを聞かないとしても、それは無礼とは言いがたいのではないでしょうか? 知らない国の王子からの依頼をゼルテンス殿下が断ったとして無礼呼ばわりされるのを良しとされますか?」
「……では私の頼みはどうしても聞き入れられぬだろうとそなたは言うのか?」
「どうしてもとは申しません。しかし、今のところ私にはリカルドに頼みを聞き入れさせられるようなモノを思いつかないのでございます」
「こちらに引き入れられず、もしテリアスの陣営に加わったら……厄介だな。判った。ご苦労であった。下がって良いぞ」
席から立ち上がり胸に手を当て儀礼に沿って一礼する。そのまま第二王子の用意した王宮の一室を出た。
出口へ向かう間、ゼルテンス殿下が最後に見せた暗い表情が気になった。
……まさか手に入らないのであれば消してしまおうと考えていないだろうな。リカルド本人の力は不明だが、あのセキヒと呼ばれていた従者はかなり常識外れの力を有している。それは確かでリカルドを守るためならば何をするか判らないのが恐ろしい。余計なことをして悲惨な目に遭ったならそれこそ王族の名誉を汚す結果になるに違いない。宮廷内の争いに彼らを巻き込まないでくれるといいのだが。
それにしても第一王子と第二王子の王位継承争いがあからさまになってきた。病が重いとはいえ、陛下が後継者を決めて下されば少しは落ち着くというのに。王妃も自分の子でないからか静観を決め込んでいる。前王妃がご存命ならこのような騒ぎは起こらなかっただろうと思うと本当に残念だ。
しきたりにうるさい北部は当然王位継承順は守るべきと第一王子に付いた。中央の北部に対抗意識の強い貴族は北部からの支援が薄い第二王子に付くだろう。第二王子は私も自分の派閥だと勝手に思い込んでいるようだが、実のところ私と同じような中立派は中央にも多い。南部は過去と同じようにどちらにも付かないだろう。
そもそも自分の領地を魔獣から守るだけで精一杯なのだ。国内の争いに手を出すほど余力はない。クラウン領の件では縁あって断り切れぬゆえに兵を出した。縁は大事だがもっと事前に調べてから決めるべきだったと今は反省している。あの時もたかが混血児、たかがダークエルフと侮って酷い目に遭ったのだ。ダークエルフが加わっていないのにあのザマだ。
世界は動いている。私の知らないことや予想できないことがたくさんあるに違いない。だから次の王位を決める争いであろうと慎重になろうというもの。もっと情報を集め、どうしても参加しなければならなくなったときには判断を誤らないようにせねばならん。
そう言えば、クラウン領はあれからどうなっただろう?
あの戦いに協力した領主へ詫びをいれ、損害を補償していたはずだ。我が領にも相応の金品が届いていた。あれほどの出費を賄えるほどクラウン領は豊かではない。もはや混血児を融通して領主達の機嫌取りもできぬはず。
まあいい。他所の領地の心配するより我が領地のことだ。
南部地区では混血児達の傭兵部隊が魔獣討伐に成果をあげていると聞く。アレーゼ領とドゥラーク領は積極的に彼らを活用し自領の安全性を向上させているようだ。そのせいで我が領からも商人が積極的に南部との交易を増やしてるという。中央や北部には無い良い商品もあるというから移動が安全なら赴くのも当たり前か。
そう考えると、私もアレーゼ領やドゥラーク領を真似て混血児達の傭兵を活用すべきだろうか?
私達が勝てぬ相手だ。魔獣討伐に成果をあげているのも不思議ではない。彼らから学ぶこともあるに違いないから、討伐に同行させて貰えるよう頼んでみるか?
なに、今更貴族然として接するようなことはせぬ。強い力を持つ尊敬するべき相手として接するさ。それもこれもあの戦いで負けて目が覚めたからだ。そのように受け取ると負けて良かったのかもしれぬ。
自領のために努めるのは領主の義務。
力を持つ相手に敬意を抱くのは騎士の礼節。
何ものにも恥じるところは無い。
アレーゼ領のヴィアーナ伯爵と娘のルディアは交流があると聞いた覚えがある。同じ伯爵家同士だが置かれてる立場は違うので話を聞くと勉強になるなどと言ってたな。一度アレーゼ領までルディアを連れて行ってみるか。南部の情報も集めねばならんし、自分の目で確かめておきたい気持ちもある。
早めに計画を立て、アレーゼ領へ打診しておくか。




