計画
いつも穏やかに微笑んでいるエリザベスには珍しく、全身から獲物を狙う獣のような圧を出しているお義母さんを見て苦笑いしている。確かに貴族の女性は美の探求に勤しむ。若さと美しさは彼女達の価値を高める武器であり身を守る防具でもあるだけでなく、純粋に幸福に繋がるものだからだろう。
横に立つファレナも一瞬を惜しむように俺をお義母さんのところを促す。そんなに焦らなくても全て明らかにするつもりなんだけど、こうも急かされると身の危険を感じて逃げ出したくなる。……逃げないけどさ。
エリザベスの横の席に座ると、お義母さんの隣にファレナも座った。
「さ、リカルドさん。エリザベスから聞いたあなたの計画を教えて下さる?」
お義母さんの言葉はギラつく獣から「さあ! 早く餌を出せ!」と迫られているように聞こえる。
「エリザベスからお聞きになったと思いますけれど、今回私とリンクスが開発した品物や設備は治癒魔法の術式を研究した結果から生まれました」
俺は開発の経緯から説明を始めた。術式の細かいところは省くにしても、どのような作用がある術式を利用しているのかを理解して貰わないと、これから俺が始めようとしている計画を理解して貰えないと思ったからだ。
治療には様々な行為が必要となる。身体に害を及ぼす菌やウィルスの除去、除去するモノの中には寄生虫も含まれる。その他に傷ついた臓器の修復、各種部位の機能回復などいろんな作用を及ぼす術式が治癒魔法には必要だ。
俺はエリザベスの健康を第一に考えて治癒魔法の術式の研究をしていた。すると治癒魔法に含まれる術式の一つ一つを改良すればエリザベスの若さと美しさを保てることに気づいた。
そこで美肌や美白、アンチエイジングの効果が出るモノの研究開発を始めたんだけど、俺の研究内容を知ったリンクスの女性陣が我先にと協力を申し出てくれて、錬石の修練で身につけた各種の属性因子を感じて操作する力を利用し、何を原料として利用すればどのような効果が出るのかの実験研究に取り組んでくれた。そりゃあもう俺が起きる前から始めて翌日の朝にはその日の実験結果がレポート提出されているという状況だったよ。日常の仕事もあるのだから寝る間も惜しんで作業していたんじゃないだろうか。
おかげでエルフが大切に育てているエルフェンパールという樹になる実に光属性因子が大量に含まれていることが判った。光属性因子は光あるところに多く存在するけれど通常生き物の体内にはほんの少ししか残らない。だからエルフェンパールの実に多く含まれているという発見はとても大きなものだ。エルフが大切に育てているのも、このことを知っているからじゃないだろうか。
その後、光属性因子を多く含んだ実に修復効果が現れる術式の魔法を当ててから油脂を絞り出し、その油脂を肌に塗るとしっとりとしていて若々しく美しい肌になることが判った。これを原料にして美肌などの効果のあるクリームが完成した。
身体に害を為すモノの除去の術式は、体内と体表にある雑菌の除去に改良し体臭改善のクリームを生み出しただけでなく、シミやソバカスを皮膚から除くクリームの開発に役立った。こちらは闇属性因子を利用した術式で、闇属性因子はナイトフラワーと呼ばれる花から採りだして利用している。
実はナイトフラワーはリガータの森ではありふれた花だ。青紫色の菱形の花弁が綺麗な花だけど土属性と闇属性の因子を含む魔力を放ってしまうから家の中ではもちろん庭でも普通は栽培しない。瘴気クリーナーをいつも装備していて瘴気の影響を受けないと言っても、やはり身近に瘴気を多く出す花を咲かせておく気はない。だから見かけるとバッサバッサと刈り取っていた花の一つだ。まさか利用する日が来るなんて思ってもみなかったな。
シミやソバカスを除去したあとは、エルフェンパールを利用して作ったクリームを塗れば綺麗な肌が手に入る。エルフェンパールの実をそのまますり潰して肌に塗っても消えなかったソバカスで悩んでいたエルフ女性の一人に渡したら後で族長を連れて感謝に来た。効果は実証済みである。
俺達はアンチエイジングに効果のある飲み物も作った。一瓶飲むと五歳程度は若く見えるようになるシロモノだ。身体の外側からだけでなく内側からも健康と美容に役立つ物をと研究していたら偶然生まれたもの。
リンクスの年長組はそろそろ二十代半ばに差し掛かるのだが、十代後半にまで若く見えるようになった彼女達は俺の研究の手伝いに更に熱を入れてくれるようになった。ちなみに男性にも同じような効果があるけど、男は大人ぶりたいところがあるせいか女性陣ほど感動してくれない。まあ、四十代とか五十代になれば話は変るんだろうけれど、今のところは若返る喜びにさほど感動していないみたいだ。
そしてこれの原料にもエルフェンパールの実が使われている。
「他にも日焼け止めパウダーや体臭が芳しい香りになる飲料も開発できたのですが、全て光属性因子が必要なものばかりでした。先ほどお話ししたようにエルフェンパールの樹はエルフが大切に育てていまして、実を大量に手に入れるのは難しいのです」
「エルフは売ってはくれないのですね?」
「はい。お金と交換はしてくれそうもありません。私達が手に入れた実は私が創った魔石と交換でした。以前からエルフの族長から頼まれていたのですけど断っていた石です。それと交換でやっと一千個の実が手に入りましたが、開発に相当使ってしまったのでお義母さんとお義姉さんの分を用意したら使い切ってしまいました」
「使い続けなければその時綺麗になっておしまいなんじゃないの?」
俺が創って渡した魔石は、以前アレーゼ領に入り込もうとしていた魔獣を倒す際に使った魔石の一つ。厚い空気の壁を作る魔法を発動する。広範囲に通り抜けられない壁を作る。あの時は壁に火を纏わせたけれど、今回はそのような特別な機能はついていない。ただ、族長の要望に沿ってあの時より広範囲……エルフの集落全体を囲める壁を築けるようにした。風の壁を結界のように使いたいらしい。
正直なところ、ダークエルフには世話になってきたからある程度は協力するけれど、自分達を森の管理者などと自称している上に態度がでかいエルフにはあまり協力する気になれない。だから族長から頼まれた魔石も創る気にはなれなかったんだ。今回はエルフェンパールの実という貴重な果実がどうしても欲しかったから創ったけどさ。
ま、あの壁を通り抜ける方法を創造者の俺は知っている。魔獣だけでなく人間や亜人も、事前の承認無く自分達の集落に足を踏み入れさせたくないという族長の意見は今でも気に入らないけど、エリザベスの健康と美容のためなら我慢する。
そんなことを思い出したあと、今回渡した分でおしまいになるんじゃないかと不安そうなファレナに俺は頷く。
「はい、その通りです。ですがしばらく時間をいただければ解決します。エルフェンパールの樹を私達も栽培し始めたからです」
「どのくらい待つことになるの? 私は待ちきれないのだけど」
「今回お渡しした分を使い切る頃には、次の品物をご用意できると思います。エルフェンパールは育てるのは難しいのですが、成長自体はとても早いのです」
エルフェンパールの樹は種から育てる。土属性因子が多く含まれている森の瘴気が含まれた空気が必要なようでリガータの森の外では育てられなかった。それに瘴気が濃すぎても薄すぎても育たないし、温かすぎても寒すぎても育たない。土にも適度な水分と肥料だけでなく、エルフェンパールの葉を使った腐葉土も必要という我が儘な樹だ。だけど、半年程度で成木となり一つの樹からは二百個程度の実が採れるという。
現在、エルフェンパール用の温室を建てている。この世界にはビニールなんて無いけどガラスはある。透明度はけっして高くないけれどエルフェンパールの育成に必要な程度の採光は可能だ。陽の光をたくさん浴びなければならない樹じゃなくて良かったよ。まあ、光を遮る瘴気が濃いリガータの森で生息しているんだから陽の光はさほど必要としないんだろう。
温室内は魔法を利用してエルフェンパールが好む温度に維持するつもりだ。
とりあえずエルフェンパールの育成の目処はたっているとファレナに伝える。
「では今日から使って無くなった頃には次が手に入るのね?」
「その通りです。ただ……」
「何かあるの?」
「次にお渡しできるのは三十名様分が限界ですので商売に使うには少なすぎると思うのです」
「商売のことは後回しでいいわよ」
「それでですね。大々的に売る環境が整う前に手伝って欲しいことがあるんです」
「何でも言って!」
お義母さんとファレナは口を揃えて叫んだ。今ならエリザベスの侍女役を頼んでも引き受けて貰えそう。……そんなことは頼まないけどさ。
「私達がご用意する品物だけでも充分に若さと美しさは手に入ります。ですがエリザベスがここまで美しいのには他にも訳があるのです」
「早くお言いなさい」
お義母さんは気が急いているのか、言葉使いがいつもより荒い。
「最初にお話ししました通り、私の目的はエリザベスにこの先もずっと健康で美しく居て欲しいということです」
「ええ、そうね」
「健康で居続けるには、適度な運動とバランスの良い食事も必要ですし、新陳代謝を促進することも重要です」
「新陳代謝?」
「古い細胞を……って難しい話はやめます。要するに、身体を新品にし続ける働きと考えていただければ良いです」
「判ったわ。それで?」
「お風呂を作ります。それも様々な機能のある大きなお風呂を」
「えーと、そのお風呂があると、し、新陳代謝が促進される?」
「はい。この風呂は……」
俺は我が家の温泉風呂を拡張したお風呂の説明をする。
湯船には闇属性魔法の一種をかけた湯をはる。生活の中で溜まった疲労物質を体内から除去する効果がある湯で疲労回復を促す。また体表面から雑菌を除去し病にかかりにくい状態にする。この際、体臭の元となる菌も除去し、同時に飲むと芳香を放つようになる飲料を飲んでもらえば衣服も臭くならないし、誰かの近くに居ても臭いで不快な思いをさせることはなくなる。
「そうなの?」とエリザベスの首元にファレナは顔を近づける。
「あら本当ね。うっすらと柔らかい香りがするわ。これね?」
「はい。香りはいくつかあって、エリザベスはアレーゼ領の高原にだけ咲く花の香りがする飲み物を好んで飲んでいます。エリザベス自身の体臭と混じり合ってますから、実際の花の香りとは違ってしまうのですが良い香りでしょう?」
「ええ、これはいいわね」
納得した表情でファレナはコクリと頷いた。
「香水だと匂いがキツくなってしまいがちですけれど、これでしたらそんなことはありません。それにいつも同じモノを飲んでいると体調の変化にも気づきやすくなります。体調が悪くなると匂いも変ってしまうのです」
「どうなるの?」
「エリザベスが無理をして働きかなり疲れた時などは、匂いがやや強くなった気がしました」
「私が大丈夫って言っても、いつもの優しい香りがするエリザベスでいて欲しいからってベッドに仕舞い込むように寝かせようとするのよ?」
俺の腕を軽くつねるエリザベスが可愛らしくて胸が苦しい。そんな俺達の様子に「新婚さんはいいわね」とファレナが呆れたようにつぶやいた。
「と、とにかくですね。健康でなければ、色あせた美しさしか手に入りません。まず健康を維持することが大事なんです。新陳代謝を促進する努力を楽しく進めるために身体から芳香が香る飲み物を用意してるのです。身体から不純物を取り除くとこの飲み物の効果が最大限発揮されるのです。どうですか?」
お義母さんもエリザベスの首元に顔を近づけたあと「確かに香水と違ってる。この香りはずっと続くの? 香水だと日に二度か三度は使用するわよね?」と訊いてきた。
「一度飲めば丸一日は持続します。ですから毎日風呂上がりに飲んでいただければ大丈夫です」
「そうなのね。だったらリカルドさんの言うお風呂を我が家にも作りましょう」
「この家にも作りますが、ドゥラーク領の主だった土地に一箇所ずつ作りませんか?」
「だけど設備はどうするの? 闇属性魔法がかかったお湯を使うのでしょう?」
「そこは協力します。領民の健康維持に努めるのも領主の大切なお仕事でしょう? 飲み物などのサービスには料金をいただくことになりますが、入浴料を無料にすれば領民の誰もが利用できるでしょう」
「入浴料は無料ですって?」
「はい。健康でいられればそれだけで男性も女性も美しくいられます。その噂が各地に流れれば……」
「そう、そうなのね。リカルドが何を考えてるか判ったわ」
俺が言いたいことをファレナは理解したようだ。計算高い顔になっている。
「さすがはお義姉さん。商人のお嫁さんだけはある」
「いいわ! 建設費用はうちの商会も協力する」
「ファレナ、どういうことなの?」
先行投資する価値があると判ってくれたようだ。これで資金面の心配は無いだろう。
「お風呂を利用している地域の領民の多くは健康で美しい女性に元気な男性だと聞けば、遠くからも人がやってくるわ。私達がその噂を広めるから遠くまで伝わるはずよ。真偽を確かめるための人も居るでしょうし、話の種にとやってくる人も居るでしょう。特に貴族はそういう話が好きだもの。そして人が集まるところにはお金が落ちる。お風呂は領民の健康のためでもあるけど客寄せのためでもあるのよ」
「正解です。そして美肌・美白に効果のある商品が揃えば……」
ファレナは大きく頷いて理解した内容を話し続けた。
「ええ、王国中の貴婦人が大挙して訪れるでしょう。……アローニャだけでは捌ききれないわね。そう、そうなんだわ。ドゥラーク領各地にお風呂を作るのは客を分散させるためなのね」
「ええ、この話はアレーゼ領でもする予定です。ドゥラーク領とアレーゼ領は食事も違いますし……」
「客の好みに合った場所を選んで貰えるってことね」
同じサービスだけを提供し続けるとやはり飽きられる心配がある。だから選択肢を増やしておくのだ。美容用の商品を購入するためだけでなく温泉地に来て多くの商品やサービスにお金を使って貰えれば特定の職業の者だけでなく地域が潤う。
「はい。ドゥラーク領とアレーゼ領はうちの褐色の戦士にとって大事な顧客です。どちらにもきっちり利益をあげてもらい、魔獣討伐の依頼をどんどん出していただけるように……」
「その先は言わなくていいわ。今日はこれで帰るわね。旦那はまだ来てないけれど待っていられない」
「ファレナ。明日また来てちょうだい。今夜ベネディクト様にお話ししておきますから、具体的なお話しをして差し上げて」
お義母さんとファレナは俺とエリザベスのことなど目に入っていない様子だ。エリザベスにウィンクすると上手く行きそうですねと柔らかい微笑みで応えてくれた。




