創石師として
ヴィアーナからダークエルフが依頼された魔獣討伐へは、攻撃と防御に便利な魔石の提供で協力した。風属性魔法と土属性魔法、そして火属性魔法を混合して、火に包まれた見えない防御壁を生み出す魔法を発動するコンバータータイプの魔石と、その魔石に魔力を供給するエネルギー・ストレージタイプの魔石を族長のダヴィド=ハルを含めた五十名分創石して渡した。
そして俺への報酬は高等魔法の術式の本【高等魔術式重層構造理論全十巻】だ。
侯爵家に生まれた俺は初歩的な術式は既に身につけていた。これまではそれらを組み合わせて術式を構築して創石した魔石に書き込んでいた。正確には、魔石をコーティングする霊力に書き込んだんだ。
魔力を受け取った魔石は、書き込んだ術式に沿って魔法を発動する。だからいろんな魔法を発動させたければ組み込む術式が重要。貴族は過去千年近くの間に多くの魔法を編み出した。それらの魔法を発動させる術式の知識が俺は欲しかった。アレーゼ領を治めるウェルゼン伯爵家なら高等魔法術式の集大成と言われる重層構造理論の書籍はあると睨んで要求したんだけど正解だった。
ブルーノ親方が作った魔法銃の試作品を試し打ちし改良して欲しい点を伝えたあと、報酬として受け取った本を片手に術式構築に勤しんだ。
「人間は不自由ですね。今更かもしれませんが」
セキヒと魔獣討伐に出向いている間、夕食の準備をしていたソウヒがソファに横になって読書している俺のそばに立っている。
「そりゃ体内に竜石を持ち、術式など不要で……イメージのまま魔法を発動できる竜族とは違うさ」
魔法は魔石だけじゃなく、竜が体内に持つ竜石や精霊が持つ精霊核でも発動する。ちなみにこの世界の人間も極小さな魔石を体内に持っている。だけど魔法を発動できるような堅さも大きさもないから、結局は魔獣から採りだした魔石が必要になる。
魔力を送り込む際に発動させたい術式も同時に魔石へ送り込むと魔法が発動する。俺のような魔力喰いの体質持ちは、魔力は送り込めても術式を送り込めない。だから魔法を発動できない。
「ソウヒ! リカルド様に失礼なことを言うな」
目の前に座っていたセキヒはゆらりと立ち上がりソウヒに怒りを浮かべた紅の瞳を向ける。
「おいおい、リカルド様を侮辱したつもりはないぜ」
「それでも言葉を選べ」
「わかったわかった。気をつけるからそう怒るなよ」
「セキヒ。ソウヒに悪気はないことくらい俺にも判る。だからそう怒るな」
セキヒは俺に忠実であろうとするあまり、細かいことにも気を逆立ててしまうことがある。身体だけでなく心まで大切にしようとしてくれるのは本当にありがたいんだけど、ちょっと困ることがあるのも事実。
「ですが、リカルド様。我等ヴェイグ様の眷属にとってリカルド様は大恩人。欠片ほどの失礼も許されるものではありません」
「失礼なことを言われたなんて思ってないからさ。ソウヒを許してやってくれないか」
「リカルド様がそう仰るのでしたら……」
蒼い瞳を軽く細めて「ありがとうございます」と伝えてきたあと、ソウヒは「夕食を用意します」と言ってそそくさと台所へ逃げ去る。「リカルド様が寛大な方であろうと、我等は自分を律するべきなのだ」とセキヒはブツブツとつぶやいている。
堅苦しいまでに真面目なセキヒも、率直で遠慮の無いソウヒも俺にとっては大切な二人だ。俺の身を守り、俺の生活を助けてくれる二人にはいつも感謝している。俺の中に居るヴェイグのためだけとは思えないほど二人はこの十年尽くしてくれたんだ。
「リカルド様。高等魔術の術式を学んでいらっしゃるようですが、今度は何をお作りになろうとなさってるのでしょうか?」
ソウヒが台所へ消えたのを確認したあと、セキヒは再びソファに座る。俺の手にある本を見て興味深げに訊いてきた。
「エアーバイクさ」
「エアーバイク……でございますか?」
「ああ、今日も乗った車は四つの車輪を地上で回転させて動くだろう?」
「はい」
「だけどあれじゃ茂みが深い森の中を自由に走れない」
「そうですね。茂みの陰に岩があるかもしれませんし」
「そこでだ。宙に浮いたまま走るエアーバイクが欲しいと思ってね」
俺は車輪ではなく魔法を使用して躯体を動かすバイクについて説明する。
ただ宙に浮くだけでなく、視認しづらい障害物があれば上方に避けて移動する仕組みが必要だ。そのためにはレーダーのように周囲の状況を把握できる魔法が必要だし、レーダーの情報をもとに自動で躯体を上下させられる魔法も必要になる。
更に、地面に接していなくても車体を傾けるだけで左右に方向を変えられる魔法や、避けるだけでなく操縦者が意識して障害物の上方へ移動する魔法など、多くの魔法術式を組み込んだ魔石が必要になるはず。
このエアーバイクがうまく作れたなら、森の外の移動に使用しているジープやトラックも浮揚型へ改造したい。舗装された道路など街中にしかないこの世界での移動を楽にしたい。
そのために今は高等魔法術式を学んでいる。
「地上の凹凸や障害物を気にせずに移動できる道具でございますか」
「その通り」
「これもリカルド様が暮らしていた前世の世界の知識でございますか?」
セキヒとソウヒは俺が転生者だと知っている。
「映画などでは有ったけど現実に実用化はされていなかったように思う。想像上の乗り物だったね」
「そうですか。ヴェイグ様がお目覚めになったらきっと楽しく感じられることでしょう」
龍核を受け入れ、真龍の憑坐となったあの日しかヴェイグとは会っていない。見た目こそ巨大で恐ろしかったけど話してみると温和な性格で、何より自分の体質に苦労していた。魔力喰いという面倒な体質のおかげで苦労していた俺には他人事には思えず、真龍の憑坐となると決めた。
――まさか、俺の体質がヴェイグの再生の役に立つとはなぁ。
十年前の懐かしい決断を思い出す。
――次に会ったらヴェイグと何を話そうか。
「準備できましたー」と叫ぶソウヒの声で我に返り、セキヒに「さ、とりあえず今は夕飯を楽しもう」と微笑む。
俺の前世の知識をもとにして作ってくれるソウヒの料理はとても美味しい。この世界で一番美味しいんじゃないかと本気で思ってる。
今日の夕食はフォレストアリゲーターのヒレ肉とリガータ鳥の卵を使った親子丼風だと言っていた。
鶏肉に似た風味のフォレストアリゲーターにぴったりの料理だと褒めると、ソウヒは嬉しそうに台所に向かっていった。
リガータの森には野菜の類いは意外とあるけど米は無い。調味料と同じように集めてきてくれてる。離れた街のどこかからいつも俺のために調達してきてくれる。ほんと感謝しなくちゃな。
夕食を済ませると後片付けを手際よく済ませたソウヒが、俺の留守の間の報告を始める。ソファに座ると、セキヒがお茶を運んできた。
我が家の近くまで寄ってきた魔獣を三頭倒し、血抜きと魔力抜きを済ませて冷蔵庫に保管した。
解体作業は明日、エルフやダークエルフの集落では仕事を得られない者達……ほとんどが他種族との混血……が行う予定。彼らの食用として解体後の肉を幾らかと作業の代金をいつも通り渡す手はずになっている。
「彼らの生活状況は聞いたかい?」
「多少の金銭と食材を手に入れられるようになってますから、当面のところ慎ましく暮らしていく分には問題はなさそうです。ですが……」
「将来が見通せない……か」
俺が仕事を与えられるうちは良いけれど、何かの理由で俺が居なくなったら彼らの生活は苦しくなる。
エルフやダークエルフは基本的に親の職業を受け継ぐ。親が猟師なら猟師に職人なら職人職に就く。技術を身につけて生活の基盤にする。だけど、仕事を依頼する客が居なければいくら優れた技術を持っていても食べていけない。
人間もそうだが、混血に仕事を頼もうとする者がエルフやダークエルフには少ない。
彼らにしか出来ない他にはない仕事が必要なんだろうな。
「……残念ながら」
「やはり彼らにしかできない仕事を用意するしかないか」
俺に手ほどきができて、混血の彼らならば有利な仕事が一つだけある。身につけさせるための時間と労力が大きいから、できることなら手をつけたくなかったんだが。
俺は魔力喰いとして生まれた。そのせいで貴族の家から追い出され、周囲の魔力を吸うから人間社会でも生きる場はなかった。生まれという自分ではどうしようもないもののために不利な環境で生きなければならない混血はある意味俺の同類。だから生きていける場を作ってやりたい。創石能力を手に入れた今の俺ならきっと作ってやれる。
「セキヒ、ソウヒ、明日から魔獣を狩ったあと採れた魔石は売らないでくれ」
二人はコクリと頷く。
「……明日から忙しくなるな」