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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第三章 渡る世間は糞忙しい
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問題児

 シルコウ=ロブレス。エリザベスの名を叫んでいる者の名だそうだ。ただ貴族と言っても業爵(ぎょうしゃく)という特殊な爵位持ちらしい。業爵というのは俺も初耳でどんな爵位なのか門番に訊いた。


 爵位と言えば、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だ。大公や公爵は基本的に王族に連なる血筋の貴族。あとは国家への貢献度が高い貴族に与えられる称号だ。他に騎士爵や準爵などもあるけどそれらは基本的に下級貴族に与えられる称号である。それで業爵は何? と問うと、平民で領地や国家に多大な貢献を果たした者に与えられる称号とのこと。


「爵位持ちなのに平民なのかい?」

「爵位持ちですから表向きは貴族と称しても咎められませんし、一部の式典では貴族と同じ場所での参加を許されます。もちろん下座ですけれど、それでも平民とは別の区画で参加できます」

「宮廷貴族のような領地無し貴族だと、国や領主から生活費……毎月恩賞を貰えるよね?」

「業爵は貰えませんね。数代前の国王陛下が、隣国との戦争時に国庫が厳しい中、生業で国家に功績を残した平民に土地や金品を褒美で渡せないから称号を与えて恩賞にしたのが始まりです。貴族ならば条件付きで許される徴税免除や減免、一定以上の土地を所有する権利もありません」

「ふむ、つまり貴族を名乗ることを許されているだけってこと?」

「その通りです」


 エリザベスの夫だからなのだろうけど、この国では平民としてすら認めて貰えない俺へも丁寧に説明してくれた。

 一応は爵位持ちなのだろうけど平民に変わりないと聞いたからには、ここで俺が出ても問題にはならないだろう。相手が貴族ならば、下手に俺が出しゃばると後々(あとあと)マイヤール家に難癖つける輩の可能性もあり一歩引いたところで様子を見守るしかない。だけど”称号だけ貴族”なら気を使うことはない。やはりエリザベスの夫として毅然と対応すべきだろう。


 そう思って目を剥いて騒いでいるシルコウに向かおうとする。相手しているもう一人の門番は無表情のままだ。

 ……面倒臭いだろうな。俺が代ってやろう。


 すると門番は俺の肩に手を置き、振り返ると顔を横に振っている。


「いけません。 これはマイヤール家が解決すべきトラブルです。邸内に連絡を走らせましたので、もうじきどなたかが対応に来ることでしょう。貴方様が出るようなことになれば私どもが旦那様に叱られてしまいます」

「そ、そうなの?」

「はい。エリザベス様と貴方様はマイヤール家のお客人でございますから」


 客扱いなら出しゃばるのを止められるのも当然か。エリザベスは妻だし、マイヤール家は義理とは言え家族。だから身内として対応してもいいんじゃないかと思わないでもないけれど、客人扱いならここは黙っていよう。客を迎えた家の主の面子を大切にしないといけない。


 でもなあ、エリザベスに関するトラブルで旦那の俺が黙っているというのはどうも落ち着かない。

 ここはマイヤール家の対応を信じて屋敷の中で待っているのが正しいんだろう。でもこの場を動く気にもならない。横でセキヒが「どうするのですか?」という視線で俺の決断を迫っている。


「このまま屋敷に戻っても落ち着かないから、しばらくここで様子を見てるよ」


 邪魔にならないようセキヒを連れて門のそばまで離れた。


「しかしあの男はずっと騒いでいますが、疲れないのでしょうかね?」

「さあね。俺やセキヒには判らない情熱があるんだろうよ」


 隣のセキヒから「塵芥(ちりあくた)に返してしまえば静かになるというのに」と物騒なつぶやきが聞こえる。その気持ちは判る。楽しい空気で賑やかなのは歓迎だけど、ガナリ声で煩いのは勘弁して欲しいよ。だけど実際に可能だからセキヒに迂闊なことは言えない。俺とセキヒのストレス解消のために人の命を奪うわけにはいかない。


「あら? リカルドじゃない」


 門の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。邸宅側へ振り返ると義姉の姿が見える。


「お義姉さん来てらっしゃったのですね」

「エリザベスと貴方に会うために来たのに、お母様にあの馬鹿を追い払うよう言われてしまってね」

「お義母さんが?」

「お父様もお母様も忙しいし、エリザベスに相手させるわけにもいかない。侍従長もお母様の用事で出ているんだもの。アレの相手できるのがちょうど手が空いている私しか居ないのよね」


 シルコウ=ロブレスのことはファレナも知っているようで表情と口ぶりからウンザリしているのが伝わってくる。


「彼のことはご存じなのですか?」

「ええ、今はエリザベスのことで騒いでいるけれど、以前は私だったのよ。私が結婚したあとエリザベスを嫁にと言い出したのよ。自分の才覚で地位を手に入れようとしないで、既に地位ある家と繋がりを持って野心を達成しようとする男なの」

「ですがエリザベスも結婚しました」

「お父様の意思に背いて平民と駆け落ちした……というのが、エリザベスをマイヤール家から外した表向きの理由。だけどそれは、貴族の軍と争ったリカルドと結婚した責任から逃げるための中央への言い訳に過ぎないことくらい南部の貴族なら誰でも判ってること」

「……なんかご面倒をかけてすみません」

「本当よ! と言いたいところだけど、これはエリザベスが選んだ道だし、あの争いはクラウン領の領主が馬鹿だったせいよ。それに、先ほどまでエリザベスと会っていたのだけど、貴方……とんでもないものを作ったのね。アレのためなら私もだけどお母様も全面的に貴方を支えるわ」


 ファレナの瞳に物凄い熱が浮かんでいる。楽しみで仕方ないとその女性らしい色気ある身体から圧力を感じる。


 ……ああ、俺がエリザベスのために作ったアレの話か。


「そ、それはどうも」

「とにかく、少しでも早くあいつを追い払って詳しい話を貴方から聞きたいの。お母様はもう動き出してるし」

「え? お義母さんが?」

「ええ、侍従長の用事というのもその件なの。うちの旦那も呼びにいかせたわ。商業ギルドの打ち合わせなんかほっぽり出してすぐ我が家に来なさいってね」

「そこまで慌てなくても……」

「それは無理よ。私とお母様はもう待ちきれないの。じゃ、追い払ってくるから待っててね」


 そう言ってファレナはニッコリと笑顔を見せたあと、戦いのオーラを滲ませながらシルコウがいまだに騒いでるところへズンズンと進んでいく。


 その後はファレナ無双という感じで、シルコウが口を開くたびに「おまえの戯言などに聞く耳は持たない」という内容を冷静かつ鋭利な言葉で返していた。あの言葉の数々が物理的な武器ならシルコウは満身創痍になることだろう。


「あなたのために使う時間は苦痛でしかないの。これ以上ここで騒ぐというのならあなたの家を潰して差し上げても宜しいのよ? それができないと思っているのならもうしばらくここに居なさい」


 苛々の頂点に達し、実力行使をとうとう口にしたファレナの前に、面の皮が厚いらしいシルコウでも最後は取り繕った笑みを浮かべ、引き連れてきた護衛達と共にスゴスゴと帰路につくしかなかった。


「やはり塵芥に返してしまえば良かったのです」


 セキヒはファレナの言葉に我が意を得たりといいたそうな微笑みを俺に向ける。ファレナは竜族との相性がいいかもしれない。それが良いことか悪いことかは別にして。


「さあエリザベスのところへ行きましょう! 無駄な時間はもういらないわ」


 面倒ごとを済ませたファレナもまた良い笑顔だった。


・・・・・

・・・


 ファレナとお義母さんが聞いたアレとは、俺がエリザベスの健康と美しさを保つために作った物の数々のことだ。

 治癒魔法の術式は様々な術式の集合だった。アミルの治療後、治癒魔法には欠点がいくつかあることも判った。怪我人に相応の体力が残っていないと治癒過程で命に危険があることや、痛みへの対策を打たないと怪我や病そのものよりも治療中の痛みで命に危険がある。他にもいくつか見つかった。怪我や病は治癒魔法で治るけれど、その治療中に与える副産物のおかげで今のまま使うのは体力があり痛みに耐性を強く持っている人以外には危険と判ったんだ。なので、治癒魔法を使うために別に開発しなければいけない魔法、もしくは薬が必要になった。


 前世のコミック等でと違い、治癒魔法の使用には膨大な魔力量が必要なだけでなく麻酔や治療中の体力を必要とするなどの問題点があった。アミルのように痛みに強く魔獣討伐のために日頃から鍛えている者になら怪我や病の程度によっては使えるけれど、皆が皆アミルのような強者ではないから治癒魔法の使用は一旦保留している。治癒魔法の研究は無駄ではなかった。今は足りない点があるけれど、それを補う術を見つければいい。

 今は治癒魔法の欠点を補う方法を探している。


 治癒魔法の術式には、組織の消去や復元に関する術式などが含まれている。それを利用して殺菌と除菌、老廃物の除去、失われたり傷ついた皮膚の補修の術式を組み込んだ魔石を創った。この魔石で発動する魔法を浴びると、体内の悪玉細菌やウィルスの除去だけでなく美肌と美白が可能になる。


 ただ魔法を浴びるには身に纏っている衣服を脱がなければならない。そうしないと全身にくまなく魔法の効果を現せない。


 エネルギー・ストレージタイプの魔石を使えば、魔法の発動に誰か第三者の力を借りる必要はない。だけど、素っ裸で一人、魔石の前に立つって落ち着かない気がしてさ。だから風呂の湯に浸かると魔法の効果が現れるように調整したんだ。風呂なら裸で居ても不思議じゃないし不自然な気持ちも感じないだろう? 

 ここでもまたお湯に浸かると魔法の効果が現れるように研究したんだけど、その副産物で物に魔法の効果を付与できる術式を見つけた。


 その結果、美肌や美白に効果のある化粧品、体臭予防と体臭改善、髪の保湿と油分の補給などが可能になるいくつかの物を開発できた。この開発にはリンクスの女性陣とエリザベスの侍女達が目の色を変えて協力してくれたんだよ。


 ……あれは凄かった。俺がまだ寝ているうちから自分達だけで実験していたし、夜はその日の成果を俺抜きで話し合って翌日にはレポートが居間に積まれていたんだよ。他の仕事も疎かにできないと女性陣全員が仕事の割り振りをしっかりと決めお互いにチェックしあっていた。その一糸乱れぬ様子はさながら作戦行動に入った軍隊のようでね。美にかける女性の凄さを思い知らされた。


 リンクス達とエリザベスの侍女達の協力があって、女性の美容と健康を守るいくつもの品ができあがった。

 ファレナの言うアレとはこれらのことだ。日頃から使用しているエリザベスはもちろん侍女達も健康で美しい状態でお義母さんとファレナの前に姿を現わしたのだから、その効果を目にした二人が真剣に動き出すのは想定内。


 商人の妻だからというのではなく女性の(サガ)ゆえにファレナは飛びついたのだろうし、お義母さんも同じだろう。売り物としての力も無視できないだろうけど、それ以前に、自分も早く使いたいというのが本音だろう。風呂で使う魔石ほ他は一応試供品を持ってきている。多分、お義母さんは早速使っているだろう。肌に塗るタイプは早ければ夕食の時には効果が出ている。遅くても寝る前には大丈夫。


 気になるのは肌に合わないということくらいだけど、今まで実験に協力してくれたリンクスと侍女、そしてエリザベスからは荒れやかゆみなどの症状は出ていないと聞いている。それでもお義母さんとファレナに出ない保証はない。


 ファレナと共にお義母さんの自室へ入ると、椅子に座ったエリザベスと侍女達がお義母さんの質問に答えている様子が目に入った。


「まあリカルド! 待っていたのよ。こちらにお座りになって?」


 まだ十歩分くらい離れているんだけど、お義母さんから伝わってくる圧が凄かった。

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