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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第三章 渡る世間は糞忙しい
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治療魔法(その二)

 守旧派が反対したために俺がダークエルフの集落に住めなかったこと、そしてザンド=イセルが守旧派の頭であることをソウヒも知っている。


「今日はうちの旦那が世話になった。息子可愛さと大怪我での無念からこの馬鹿は暴走しちまったようだ。リカルド(あんた)が場を収めてくれたそうじゃないか。ありがとよ」


 夜分の訪問への挨拶も抜きに、口を開いたのはザンド=イセルの斜め後ろに居た嫁のエリミア=イセル。


「ブルーノ親方に詫びを入れた後だから遅くなっちまった。だけどゴタゴタのケジメは早めにつけといたほうがいいだろ?」

「ええまあそうですね。エリミアの言う通りです。もう詫びはいいですから、狭いところですが中へどうぞ」


 ザンド夫婦の後ろには、弟のラナクに抱きかかえられるように立つアミルの姿が見えた。大怪我しているはずなのに緑色の瞳には力があり睨むように俺を見ている。ここに来るまで、担架に乗せられて来たのだろう。ザンドの仲間達が扉ほどの大きさの板を抱えている。あれじゃあ慎重に運んだとしてもそれなりに揺れただろうから傷口にも触ったことだろう。


「さあ、アミルも立ったままでは辛いでしょう。椅子を用意するから座って下さい」


 さあどうぞと扉を大きく開き中へ迎え入れようとすると、エリミアがズイッと前で出てきた。


「中に入る前にリカルド(あんた)に確認したいことがあるんだ」

「何でしょう?」

「アミルの怪我を治せるってのは本当かい?」

「……今の段階では確実とは言えません。ですが、動物相手にかなり試してきたので自信はあります」


 きっぱりと言ったところにここまで静かだったザンドが憎まれ口をたたく。


「ケッ、動物相手とダークエルフとじゃ勝手が違うだろうよ」

「そうかもしれません。しかし、治癒魔法の術式はもともと人間相手に作られた内容です。俺としては、人間相手の術式が動物相手でも有効だったのだと考えています」

ザンド(あんた)は黙っていな!」


 ザンドの頭をエリミアがバチンとはたいた。よく見ると、ザンドの両頬が腫れている。多分、ダヴィド=ハル宅の前での出来事を聞いたエリミアにお仕置きされた痕だろう。


「そうかい。自信があるんだね?」

「はい」


「じゃあアミルの怪我を治してやってくれないだろうか?」


 これまで纏っていた女偉丈夫といった空気が、一気に子を思う母親の空気に変る。辛そうな色が瞳にも見え、エリミアの気持ちが痛いほど伝わってきた。


「それは構いませんが……」

「このザンド(唐変木)は断ったらしいね。だけどね? アミルは私の大事な息子だ。旦那だけの気持ちでこの子の未来を奪わせはしないよ。あんたもいいね?」


 「ふん」とそっぽを向くザンドから視線を俺に移し、「頼むよ」とエリミアは頭を下げる。弟のラナクも「兄貴を頼む」と触れると切られそうな雰囲気の兄とは違う優しげな印象の表情で俺を見つめてきた。


「判りました。では早速治療しましょう。セキヒ! 居間に案内してあげて」


・・・・・

・・・


 今回の治療で行なうのは、損傷箇所の修復と雑菌が入ってる可能性を考慮して体内の浄化だ。

 厚く重ねて床に敷いた毛布にアミルを寝かせる。患部に巻かれている血まみれの布を、傷口にダメージを与えないように慎重に外していく。


 露わになった患部は膝と太腿辺りの骨が肉の間から見えていて、食いちぎられる寸前だったのが判る。痛みを抑える薬草を飲んでいるんだろうけれど、この状態でよく耐えている。アミルが強い精神力の持ち主なのが判る。太腿をきつく縛って血止めはしていても、傷口を縫っておかなけりゃ出血多量で命を落とす羽目になっていてもおかしくない。


「では始めます」

 

 横になっているアミルの向こうに立ち見守っているザンド夫婦とラナク。全員に一瞬視線を向けたあとアミルの患部に集中する。


 俺は魔法拳銃の回転輪胴を上部に治癒魔法用魔石が来るよう回す。上部の魔石が変るごとにカチカチと音が鳴り、目当ての魔石を見えたところで止めた。治癒魔法用魔石は光属性因子だけでなく闇属性因子も混じっているから銀色に光っている。光属性因子だけで魔石を創石すると金色に光るんだ。


 俺は銃口を患部に向け即座に引き金を引く。撃鉄部が動きガチッと鳴ると、「ウッ」とアミルが呻いた。患部に治癒能力のある魔力が染みていく最初は傷を刺激する。ここまで強靱な精神力で耐えてきたアミルだけど、ずっと無言だったことからかなりの痛みだったのだろう。その痛みに加えて、短い間だけれど、更なる痛みが加わったことからどうしても呻き声を漏らしてしまったんだ。


 ……やっぱり麻酔のような効果のある術式も作らなきゃいけないな。


 そんなことを考えつつ、治癒魔法の効果が出るまで患部を見守る。


 スローモーションで見ているかのように、傷口に少し見えていた骨が新たに生まれた肉に覆われていく。その肉が徐々に傷口一杯にまで広がり、やがてむき出しになった筋肉を皮膚が覆い始める。ここまで時間にして数分。この間、ザンド一家はアミルの様子を見守るだけで誰も口を開かなかった。


 どんな表情で見ているのか気にはなったけど、今はアミルの怪我が修復していく様子を克明に目に焼き付ける方が大事だ。麻酔の他に必要な対処がないか集中して観察しなければならない。


 治癒魔法の影響がある間は、キラキラとした銀色の光が患部から放たれる。その光が放たれている間は治療が済んでいない証拠。俺は静かに見守る。そしてやがて患部から光と共に怪我の跡も消えていた。


「これで治療は終わりです。怪我は治っているはずです。ですが、最初にお話しした通り、動物で試したことしかありませんから、今後異常がある可能性を否定できません。その場合はまた治療する必要があるかもしれませんので、少しでも違和感を覚えるようなことがあればすぐ来て下さい。今日は立ったり歩いたりしないよう注意してください。動物では翌日には普通に動いていましたから、明日以降慎重に立つところから始めてください」


 顔を上げてそう伝えると、瞳を腕で拭っているエリミアが居た。


「リカルド。あんたに借りができたね」

「いや、借りだなんて……」


 エミリアのダークエルフらしい緑の瞳がわずかに潤み、こんな状況で、それも俺よりかなり年上のはずの彼女に言っちゃ悪い気もするんだけど可愛らしい。こんな表情をする女性だから、男勝りなエミリアにザンドは惚れたんだろうな。素敵な女性だなって素直に思ったよ。


「はっきり言っておくよ。アミルの件はイセル家の問題だ。イセルが従える他の家の(もん)には関係ないことさね。だからこの治療の代価はイセル家が必ず払う」

「いえいえ、治癒魔法の実験に付き合って貰ったんですから、こちらにも借りがあると……」

「とにかくだ。アミルの件とは関係なく一つは約束する。以前からあんたが言っていたことにイセル家は従うよ」

「えっと?」


 以前から言っていたというとあれかな?


「混血児をリンクスと呼んでくれって奴さ。他の者にも同じようにしろと言えないけどイセル家は従う。ザンド(あんた)もいいね!」

「……」


 やはりそうだった。純血ってものが本当にあるのかすら正直判らない。長い年月の間に他の種族と血が混じっていてもまったく不思議じゃない。ここ数百年の間に他の種族との交わりがなかっただけかもしれないんだしな。だから俺は混血という……純血と純血が混じったみたいな表現がどうも好きになれなかったんだ。純血が正しいあり方で混血はそうじゃないみたいな空気が言外に感じられるのが嫌だったんだ。


 ザンドは不満を残してるようだけど、エリミアに反論するつもりはないようだ。


「それでだ。アミルの件への代価だけどね? リカルド、あんたは相当なお金持ちだろ? あんたが創った魔石は性能がいいから通常のモノより何倍も高い。それでも欲しがる奴は多いしね。ま、リガータの森で暮らしてるからには強力な魔法を使える質の良い魔石は誰でも喉から手が出るほど欲しい。あんたが金持ちなのも当然だ。だから金を代価にしても私等の感謝は伝わらないように思えてね? そこでだ」


 ……んー、いくらあっても困らないからお金でいいんだけどなって言いづらい流れになってしまった。


「これをやるよ」


 首にかけていた革紐を外す。そして先にぶら下がっている真っ赤な石を大事そうに見つめた後、グイと俺に差し出した。


「え? それはいくら何でも受け取れませんよ」


 エリミアが渡そうとしているのは、ダークエルフなら誰もが知っている石だ。生まれた時に幸せを願い子どものために親がその子だけの紋章を考えて刻んで渡す。石自体はさほど珍しいモノでも高価なモノでもない。だけどこの石を誰かに自分の意思で預けるということの意味は大きい。『命を預けます』という意味が込められている。


「おい! エリミア!」


 ザンドが慌てたように叫んだのも無理はない。


「アミルは私の大切な息子だ。それだけじゃない。イセル家の次の家長でもある。そのアミルの未来を繋げて貰ったんだ。あんたも判るだろ? なかなか子に恵まれなかった私達にやっと授かったのがアミルなんだ」

「そ、そんなことは判ってる。だがな!」

「アミルもラナクも私の宝物さ。アミルの怪我を見て私は絶望し祈ったんだよ。私の命と引き換えにこの子を治して欲しいってね。リカルドはアミルの怪我を治してくれた。だったら私の祈りが届いたってことさ。ならこのくらいのことはしなけりゃならない。あんたは嫁の私を嘘つきにするつもりじゃないだろうね?」


 ……話がとても重いんですけど。


「だったら俺が渡す!」

「あんたはダメさ。家長で一族をまとめるあんたはダメだ。家長でも何でもないアミルの母として私がすべきことさ。さあ、あんたは大人しくアミルを連れて帰りな。帰りはラナクだけ居ればいい」


 決意が固いエリミアの勢いにザンドも為す術がないように肩を落とす。

 弱った。こんな重い代価は要らない。何か別のモノをこちらから出さなければ……。


「あの、エリミア。俺はそんな貴重なモノは受け取れない。その代わり……」

「ん? その代りだって?」

「ええ、その、あの、あ、そうだ! リンクスの中には親から捨てられた子も居るので……」

「なんだい、はっきり言いな!!」

「その子達の親代わりをエリミアに務めて貰えませんでしょう……か?」


 俺より目の位置は低いエリミアだけど、上目遣いで様子を伺うように頼んだ。


「そんなのが代価になるってのかい?」

「そんなのと言いますけど、彼らには親の愛情を知ってもらいたいですし、エリミアほど愛情深い親なんてそうそう居ないから、きっと彼らも喜ぶと思うんですよ」

「一族の親が忙しい子を預かることもあるから構わないけれど、本当にそれでいいのかい?」

「ええ、週に一度か二度、彼らと一緒に過ごして貰えれば有り難いんです」


 既に十五歳となり成人した子も多いけれど、まだ十歳にもならない子もリンクスには居る。その子達の面倒をリンクス全員で時間を都合しあって見ている。それは成人済みの子達にもとても貴重な経験になるから悪くはない。だけど、やはり親の存在は重要だと思うんだ。十五歳までは両親が守ってくれたから、俺は貴族を恨まずに済んでいる。魔力喰いの子を貴族の家で養うのは、平民とはまた違った理由でとても大変だっただろう。


 いろんな事情でやむを得なく子どもを捨てた親も居るだろう。どんな理由があっても子どもを捨てていいはずはない。だからそのような親を擁護するつもりはない。でも基本的には損得抜きに子どもに愛情を注いでくれるのも親だと思う。だからリンクスにはそういう親の存在を知って欲しい。 


 ザンドがハラハラしている気持ちを隠そうともせずにエリミアを見ている。

 本当なら、エリミアがリンクスの親代わりを務めるなんてことも絶対反対したいはずだ。だけど命を預けるような行為よりはマシだと考えてるだろう。俺もそう思う。


「判ったよ。家の仕事は誰かに任せて、できるだけ毎日来るさ。怖い母親になるかもしれないが、その時になって文句を言っても知らないからね」


 エリミアの目に安堵の色がよぎったのを見逃さなかった。

 やはり命を預けるなんてことはしたくなかったんだよ。ただ自分の息子への覚悟を自分なりに示したかったんだろうな。俺が出した案が俺にとってだけでなくエリミアにとっても救いになったようで良かった。


 アミルの復調を待って、エリミアはリンクス達のもとを訪れると約束し、ザンド一家は帰路についた。

 エリミアにはちょっと慌てさせられたけれど、いい一日になった。そうエリザベスに話すと「私も女性があんなに前に出てくるなんて驚きましたわ」と微笑んでいた。


 確かに貴族の奥方が、家の一大事とはいえ夫の面子を潰しかけそうな態度を取ることはない。貴族にとって大事なのは家や家名だからねぇ。家名を背負う夫を他人の目の前で叱責するなんてことはしない。誰も居なければ別だろうけどさ。その辺は貴族らしいマナーだとかに縛られていない分、ダークエルフの方が自由なんだろうな。

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