治癒魔法(その一)
ダヴィド=ハルの家の前では怒号が飛び交っていた。ザンド=イセルとブルーノ親方が言い争っている。
イセル家というのは、代々族長を担ってきたハル家に何か問題が生じたら一時的に族長の代理を務める役割が与えられてる家だ。一族の数だけで言えばハル家より多い。先代までは保守的だけど温和な家だったというが、家長にザンド=ハルが就いてからは何かとハル家に噛みついてくるようになったらしい。
「収拾はつきそうですか?」
腕組みしながら騒ぎを見守っているダヴィド=ハルに声をかける。
「正直弱っている。双方の言い分を聞いてるとブルーノ親方の方が正しい。だがザンドが引かなくてな……」
「ダヴィド=ハルが仲裁に出ると、突っかかってくるんですね?」
「ああ。ザンドは悪い奴じゃないんだ。勇敢だし一族のためなら血を流すことも恐れない。仲間のために命をはれる男だ。ただ頭に血が上ると視野が狭くなる良くない癖がある。その上意固地だから……」
「一族の前で親方のせいだと決めつけてしまったものだから引けなくなってしまったんですね?」
「うむ」
まったく困った奴だとつぶやくダヴィド=ハルをみてると、やはり責任のある立場になんてなるもんじゃないとつくづく思うよ。
「じゃあ、俺が前に出ます。どのみちザンドからは嫌われているんだし、ここで更に嫌われてもどうってことないですから」
「ん? 何をするんだ」
「親方が打った剣で実験するんです。その後のフォローもしときますよ」
俺はザンド=イセルと親方の間に入る。
「なんだ? ここは人間風情が出しゃばるところじゃないぞ」
「リカルド何をしに?」
二人の言葉を無視して俺は提案する。
「ザンド=イセル、お久しぶりです。その問題になってるアミルが使っていた剣をお持ちですか? 持っているならば親方が無実なのを証明してみせますよ」
「ふん、誤魔化そうったってそうはいくか」
「おや、ザンドは俺に剣を預けるのが怖いんですか?」
「てめぇなんかが怖いわけあるか!」
そりゃそうだよな。セキヒならともかく魔石を利用した魔法を使わないなら、俺より一回りは身体が大きく、魔獣を相手に戦い続けてるザンドに俺が敵うはずはない。
ザンドの緑色の瞳を見据えて俺は続ける。
「なら一時だけ貸してくれてもいいんじゃないですか? ザンドの目が届かないところには持っていきませんから」
「チッ、息子の大切な剣だ。適当に扱ったら許さねえからな」
何か裏があって突っかかってきたのなら、こうも簡単に剣を預けたりしない。ザンドとは意見が合わないし、俺のことも認めてくれないけれど、根が正直なのは確かだから実のところ嫌いな相手ではない。
受け取った剣から魔石を外し、魔石がはめ込まれていた穴を覗く。
「ああ、やっぱりだ。ここに魔石をはめ込む際に、魔石を研磨しませんでしたね?」
「そんなところを覗いただけで何が判るってんだ!」
「魔石が触れる部分にゴミが……ゴミと言っても魔石に付着していた魔獣の肉片なんですけど、それが少し付いてるんです」
魔獣から採りだした魔石は通常多少歪んだ球状だ。ところが稀にゆがみがほとんどない球状の魔石が採れる。これは不純物が少ない魔石に見られる現象だ。つまり質の良い魔石の証拠。そして魔石は魔獣の体内で薄い皮に包まれている。その薄皮は気をつけて見ないと魔石の一部にしか見えないこともある。質の高い魔石だとそのままでも剣にはめ込めるからアミルは研磨せずに使ったんだろう。
不純物が多い魔石でも魔法の発動は不安定になる。その予想は外れたけれど、別の理由を見つけた。やはり親方の手違いではない。
「これはですね。アドリアから聞いた話によると、キラーアントを魔法で二体倒した方が運が良かったというべきです。この状態ならば一度も発動しなかった可能性がある」
「て、てめぇ! 嘘ついてるんじゃねぇだろうな?」
何か思い当たるところがあるのか、ザンドの勢いは言葉から感じられるほどじゃなくなった。
「嘘なんかつきませんよ。この魔石はとても質の高い良い魔石です。買ったのならとても高価だったでしょうし、自前で採ったのならとても運が良い」
「アミルの奴がバーンタイガーを倒して手に入れた魔石だ。悪い魔石なはずがあるか」
バーンタイガーはリガータの森でも滅多に見られない希少種の中型魔獣。虎に似た風貌で火属性の瘴気を纏っているところからバーンタイガーと呼ばれている。発見するのも難しいけれど、倒す際に火属性瘴気への対策を必要とするため水属性魔法を得意とする者が居ないと辛い相手だ。
ダークエルフは土属性への耐性を持ち風属性の魔法を得意とする者が多い。水属性持ちは少なかったように思う。
「アミルさんは水属性持ちなんですか? でも今回は火属性魔法でキラーアントを倒したと聞いたんだけど」
「水属性なんて使うか! 風属性魔法で倒したらしい。罠にはまったところをだけどな」
「それは凄い。風属性魔法でとなると、事前に充分ダメージを与えていなければ息の根を止めるのは大変なことに」
体力が残っている魔獣は、瘴気を広範囲に放って抵抗する。火属性持ちの魔獣を倒すために水属性魔法が必要になるのは戦いの最中だけじゃない。死に際の対策としても必要になる。
だから風属性魔法で倒したというのならば、バーンタイガーの体力を極限まで削り取ってからトドメをさしたはず。
「ふん、自慢の息子だからな、だが……」
「素晴らしい実力をお持ちの息子さんですね。それでアミルさんの怪我の状態はいかがですか?」
「キラーアントに足を噛まれた。骨も砕けているかもしれねぇ」
苦しそうにつぶやいた。足の怪我はやっかいだ。動けるようになっても元通りにまで回復しているかは判らない。最悪、もう二度と狩りはできない身体になるかもしれない。
ザンドがここまでつっかかってきたのは、息子の辛い将来を考えるとやりきれなくて、その思いをぶつけたかったからではないだろうか。
「それはお気の毒に」
「人間なんぞに同情されたくねぇんだよ」
「俺なら治せるかもしれませんけど?」
「は? てめぇ何を言ってやがる。アミルの奴は軽口叩けるような状態じゃねえんだ」
「冗談じゃありませんよ?」
真顔で答えた俺に驚いたのか、ザンドは一瞬困惑したように目を細め返事に詰まった。だがすぐに元通りの強気な表情に戻る。
「ケッ、創石だかなんだか知らねぇが、何でも思い通りになる魔法なんざあってたまるか」
「実はですね。このところ治癒魔法の術式を手に入れたんです。それでずっと実験してきました。動物相手では完全に成功しています。あとはアミルさんの気持ち次第ですけれど」
「息子のことは親の俺が決める! この先足が動かなくなろうと、てめぇの力で創った魔石の世話になんかなるか!」
プイッと背中を向けて、ザンドは族長宅の前から去って行く。
「ありゃ、親方に謝りもしないで……」
「俺の仕事にケチがつかなけりゃそれでいいんだ。リカルド、ありがとよ」
「アドリアが心配してます。早く帰ってあげてください」
親方が足早に去って行く。思わぬところでトラブルに遭ってしまった。こういう日は下手に何かしないほうがいい。今日のところは治癒魔法の実験は諦めよう。
「リカルド。治癒魔法が完成したというのは本当か?」
背後からダヴィド=ハルの声。
「ええまあ。まだ動物相手でしか試してませんけど、俺は自信ありますよ」
「そうか。近いうちに世話になるかもしれん。その時は宜しく頼む」
ダヴィド=ハルの意味ありげな言葉の意味を聞き返そうとしたけど、族長はさっさと家の中へ入ってしまった。追いかけて聞き返すだけの根拠があるわけじゃない。何となく気になっただけだからな。
「セキヒ、今日のところはこのまま帰ろう。親方もアドリアを慰める時間が欲しいだろうし、アドリアにも落ち着く時間が必要だからね」
当初の目的は果たせなかったけれど、明日以降のお楽しみにして俺はセキヒと共に帰路につくことにした。
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・・・
・
エリザベスと結婚してからの食事時はとにかく楽しい。
話してるのは今日あった出来事のことで、いつもと違うことなんて滅多にないんだけど、どうしてこんなに楽しいんだろうか。理由なんかどうでもいい。とにかく楽しい! だからいいんだ。エリザベスも俺と同じように楽しんでくれているならもっと嬉しいんだけどな。
「今夜はエリザベス様もお作りになったのですよ?」
「え? どれだい?」
俺の食事には人一倍気を使うソウヒが出すのを許したのなら出来が悪いはずはない。
「こちらです!」
ソウヒが勢いよく指さした先には大皿に盛られたオムレツがあった。オムレツは我が家でも頻繁に出るメニュー。リガータ鳥の卵は味が濃厚だから、多少出汁で薄めたりとソウヒは工夫している。
さてエリザベスの作った味はどうかな?
食べやすいように既に切り分けられていてフォークですくうだけで小皿に取り分けられる。我が家は貴族の家のように一人分ずつ出されるようなことはない。一品を大皿に載せ、自分で食べる分を小皿にとって食べる。結婚前からこのスタイルだから、最初は戸惑っていたエリザベスも今では違和感なく食べてる。
口に入れると、卵の甘さといくつかの具の味が混ざって絶品だった。俺はこれまでオムレツでここまで感動したことがあっただろうか? いやない!
「うまぁああああい! ソウヒが作ってくれるオムレツもとても美味しいけれど、これもすっごくうまい!」
「あの、味はソウヒさんに協力していただいたのです。喜んでいただいて私も頑張ったかいがあります」
ふふふんと鼻息が荒いソウヒがウザい。でも食事なんて自分で作ったことなどないエリザベスに一から教えてくれてるのには感謝するよ。エリザベスも嬉しそうだから良しとする。
楽しく食事を終え、エリザベスに先に我が家自慢の温泉へ入るよう伝え居間で食事の余韻に浸っていた。温泉にはエリザベスと一緒に侍女達も入る。以前は、エリザベスのお世話のために温泉に一緒していた侍女達は、もう貴族ではないのだからどうしてもとエリザベスが言うので今では女の子同士の入浴状態になっている。
我が家自慢の温泉には秘密がある。浴槽内の温泉には、光属性魔力を利用した魔法を発動している。治癒魔法を勉強している間に研究した術式で、新陳代謝を促進するとともに身体を芯から温め、軽い切り傷程度なら修復する上に、多少のアンチエイジング効果もある。エリザベスと結婚すると決まった時に創った。
……これで次回、お義母さんとお義姉さんが来た時には喜んで貰えるだろう。
浴室に備え付けた植物性油脂で作った石鹸やシャンプーもエリザベスの気持ちを穏やかにするだろう。森を探して回って手に入れた柑橘系の果汁を入れてあるんだ。侍女達に使ってもらった感想も上々で俺の自信作なんだよ。
湯上がりのエリザベスの色っぽさときたら俺の心臓が破壊されるレベル。そんなエリザベスを維持するためならば、俺は前世にあった健康や美容に役立つものを何でも作り続ける。魔石や能石が必要ならどんな術式も手に入れてやろうと思うんだ。
風呂上がり後のドライヤーも抜かりはない。髪を濡らしたままで風邪にかかるなんて絶対に認められないからな。
もう夫婦なんだから一緒に入ってもいいんじゃだって?
いや、湯上がりを待つこの焦れ焦れな時間も楽しいからいいんだ。まあ、いつか子どもが生まれたら一緒に入って、子どもの身体を洗うのを手伝うのもいいかもな。
「そろそろ落ち着いたらどうですか?」
妄想をいつまでも楽しんでいる俺にセキヒが冷静な言葉を投げつけてきた。
「ああ、うん、そうだね」
きっとだらしがない顔をしていたんだろう。少し呆れてるセキヒの視線が痛い。
胸に手を当てて深呼吸する。結婚してから二十日も経つというのにまったく俺ときたら浮かれっぱなしで情け無い。
いつエリザベスが戻って来てもいいように気持ちを落ち着かせていると玄関のノッカーが鳴った。
……こんな夜更けに誰だ? 親方かもな。
そんなことを考えていた俺にソウヒが面倒臭いといいたげな顔で言う。
「ザンド=イセル御一家です」




