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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第三章 渡る世間は糞忙しい
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親方のトラブル

 エリザベスとの結婚はごくごく内輪で式を行なった。

 盛大にやりたかったけれど、俺が貴族軍を破った褐色の戦士を率いていた王国の外の人間であること、エリザベスは表向きマイヤール家から縁を切られていることの二つの理由から派手な結婚式をあげるのは避けた方が良いと、エリザベスの父……今は俺の義父でもあるベネディクト侯爵からの忠告に従ったんだ。


 エリザベスに申し訳なくてなあ。王国の貴族の誰かへ嫁いだなら王族へ失礼にならない程度ではあっても盛大な式を挙げ大勢からの祝福をいくらでも浴びられたのにと思うとね。俺を選んでしまったから、マイヤール家の家族とリンクス達、ダークエルフ族長のダヴィド=ハル一家、そしてブルーノ親方とアドリアにセキヒとソウヒ等の総勢百名に満たない参列者を迎えて結婚式を行なった。あ、あとヴィアーナはお忍びで来てくれた。イアンを従えてさ。イアンはアレーゼ領とリガータの森の間にヴィアーナが作ってる集落の運営を任されることになって、名目上はヴィアーナの家臣になってる。


 神官はもちろんいないから、ダークエルフの慣習に沿ってダヴィド=ハルに見届け人の役を引き受けて貰った。


「気にすることないですよ。私は充分満足ですから」


 エリザベスはそう言ってくれた。でも俺の申し訳なさは消えなかった。


 ……エリザベスのためにできることは何でもやろう。


 エルフェンソーンというリガータの森で採れる希少な草から作られた、光に当たると虹のように輝く半透明のベールの影から覗くエリザベスの深く青い瞳に誓った。


 エリザベスが俺の伴侶になったことをリンクスの皆は想像以上に喜んでくれた。どうやら俺が思っていた以上にエリザベスを敬愛してくれていたらしい。彼らを辛い目に遭わせてきた貴族の出だから、涙を流すほど喜んでくれるだなんて思ってもみなかった。


 ブルーノ親方とアドリアは、「やっと家庭を築く気になったか。おまえには勿体ない嫁さんだ。大事にしろよ」だの「これで私も結婚できるよ。リカルドが独り身なのに私が先に嫁いじゃ可哀想だからね」だのと好き勝手言ってくれた。けど、確かにエリザベスは俺には勿体ない女性だと思うし、アドリアの軽口はいつものことだしな。心から祝福してくれているのは伝わってきてとにかく嬉しかったよ。二人は俺の恩人だから、喜んでくれて俺も幸せだ。


 ベネディクト侯爵は「本当に綺麗だよ、エリザベス」とボロボロと涙をこぼしていた。本来なら王族や上級貴族へ嫁がせるつもりだった彼女を俺の伴侶にすることを許してくれた。俺はそれだけでとにかく有り難かった。跪いて拝みたいくらい感謝している。


 エリザベスの兄ジュリアスは「エリザベスを幸せにしなかったらどこに居ようとどんな手段を使ってでもおまえを殺すからな!」と不機嫌さを隠そうともしなかった。ま、妹想いの良い兄らしいから、いずれは仲良くなりたいものだ。

 

 初めて会うエリザベスの母と姉は、二人ともさすがはエリザベスの母と姉で美しい女性だった。母はクリスティナ=マイヤール=ドゥラーク、姉はファレナ=バローネ。姉はドゥラーク領の豪商ロレンツォ=バローネに嫁いでるとのこと。


「あの娘が自分で選んだと聞きました。さぞ面白い方なのでしょうね? 今日は無理ですけれど、いずれ時間を作ってゆっくりとお話ししましょう」


 義母のクリスティナは、ジュリアスやエリザベスと同じ青い瞳をキラリと光らせ意味ありげな言葉を残して優雅に挨拶を終えた。そして姉のファレナはというと、ややくすんだエメラルドのような瞳に挑戦的な色を浮かべていた。


「うちのお姫様を連れて行くのは貴方か。判ってると思うけれど、貴方はうちの領地を儲けさせなきゃならない。その辺期待してるわね。ああ、そうでした。今回どうしても来られなかった旦那が貴方に興味津々ですのよ? うちの領地に来た時は是非会ってあげてくださいな」


 ファレナもどうも一筋縄ではいかない雰囲気を持っていた。これからは家族になるのだから、上手く付き合っていかなきゃいけないんだけど、今のところ迫力に圧倒されて自信がない。しかしエリザベスのためと思えば頑張るしかない。


 ただ、エリザベスの家族はジュリアスを除くと貴族らしくない。交易で栄えたドゥラーク領だからなのか、貴族と言うよりも商人を相手にしているような感想だった。


 あくまでもエリザベス一家とリンクス達が参列者のメインと大人しくしていたダヴィド=ハル一家とは、また日を改めて挨拶しよう。


 そんなこんだで結婚式を無事に終えた。だけど式を終えてからが俺には本番のつもりだ。エリザベスを幸せにする。言葉にするとたったこれだけだけど、そのためにすることは多い。


 前世で学んだのだけど、幸せになるために最も基本的で大事なことは健康だ。身体の健康、精神の健康、健全な衣食住のこれら三つがとても大事だと身に染みている。エリザベスのために、怪我や病を避けるため、早く治療するため、天候や気温に湿度の変化で体調を崩さない環境を用意しなければならない。


 エリザベスのためを思うなら、リガータの森ではなくどこかの村で暮らした方が安心なんだけど、俺にはそれはできない。昔は魔力喰いが理由でだったけれど、制御できるようになった今は違う。真龍ヴェイグがいつ再生し俺の中から出てくるか判らないからというのが大きな理由。別の理由に、創石に使う魔力がリガータの森には豊富だからというのもあるし、人間社会を離れた方が生活しやすいリンクス達とまだしばらく一緒に居た方が良いというのもある。他にも、俺がブルーノ親方に頼んで作って貰う道具の材料がリガータの森にはあるし、実験するにも人目がないから便利というのもある。


 有り難いことに、エリザベスはリガータの森での生活を楽しんでくれている。

 リンクス達とも仲良く暮らしているし「貴族とのお付き合いは気疲れすることもしばしばですから、ここの方が気楽に過ごせて楽しいですわ」と言ってくれている。


 俺にとっては本当に有り難いことを言ってくれるエリザベスに万が一のことがあってはならない、ということで中断していた治療の魔石創りを再開した。術式を組み入れてほとんどできていたから、あとは実験して期待通りの魔法を発動するか試すだけだけどね。肉体の損傷を再生治療する魔法、体内に入り込んだ菌やウィルスを除去する魔法、機能に異常が発生した臓器を含む身体を改善する魔法の三種類が正常に発動するか実験するのだ。


 健康時の正常な身体のデータ。これを魂から読み取るという方法を見つけ出した先人は物凄いと思う。正常時のデータがあれば異常を見つけやすい。ただ、この方法だと先天的な障害には対処できない欠点がある。別の手段を利用した治療魔法が必要になる。対応する術式の目処はついているので、それは時間のあるときに試すつもりだ。とにかく今はエリザベスに万が一が起きないための創石が優先する。


 今回の実験はさほど難しくない。森を探せば怪我をした動物はいくらでも見つかる。失敗なら魔法が発動しないだけで、成功すれば治療が行なわれた結果が見える。何頭か実験して結果に問題が無さそうなら、ダークエルフの集落で怪我人や病人を探して魔法治療する。もちろん治療前には新しい魔法だと説明してから行なう。


 俺はこの予定通りに治癒魔法の検証を始めた。


◇◇◇


 毎日、リンクス達の錬石の修練に付き合う時間を除くと、ほぼ治癒魔法の実験と検証している。エリザベスはソウヒからは料理を、セキヒからはその他の家事を学んでいる。


「もう貴族ではないのですから、皆さんと同じように働かないと」


 エリザベスはそう言って明るく微笑む。お金は充分あるのだから、家事などは使用人を雇ってやってもらえばいいと言った。


「もちろん侍女達にはこれまで通りに働いて貰います。ですけれど、使用人が居ないと貴方の身の回りのことを何もできないというのは嫌なのです」


 心配しなくていいと、楽しんでいるからいいと言ってくれた。

 時間があるなら本でも読んでのんびり過ごしてくれればいいと思うんだけど、本人がやりたいと言ってるものを殊更問題があるわけでもないのに俺が止めろとは言えない。ソウヒかセキヒがそばに居るから危ないことはないだろうし、当面は彼女の自由に任せておこう。


 動物での実験がうまく行っているので、そろそろダークエルフのところで検証しようと、俺はセキヒを連れてブルーノ親方のところへ向かった。集落の情報を集めておいてくれているはずなんだ。到着して向かった親方の工房の扉から中を覗いたけれど、親方もアドリアも居ない。エリザベスのために創った魔石を収めるための装飾品を頼んでいて、今日受け取る話になっているから二人とも留守というのは不思議だ。


 工房の外でしばらく待っていると、アドリアが血相を変えて駆けてきた。


「リカルド! お祖父ちゃんが大変なの! どうにかして」

 

 俺の前まで来ると、膝に手をつき腰を折ったままかなり荒くなった息を整えようとしている。


「親方がどうしたんだ?」

「ちょっとだけ待って、まだ息が苦しくて……」

「セキヒ、水を持ってきてくれ」


 頷いたセキヒを見送りながら、工房の前にある丸太を輪切りしただけの椅子にアドリアを座らせる。


「あ、あのね……」

「今、セキヒが水を取りに行っている。それを飲んでから聞くよ。だからまだ休んでおいて」

                                                   肩で息をしながらアドリアはコクリと頷いた。

 肩の上下が緩やかになったころセキヒが木のカップを持って戻ってくる。セキヒからカップを受け取ると、アドリアは中の水を一気に飲みほした。

 ふうとひと息つくとアドリアは座ったまま俺を見上げる。


「あのね? お祖父ちゃんが族長さんから呼ばれて行ったの」

「うん、それで?」

「族長さんのところには……イセルの一族が集まっていて……」


 イセルの一族。ダークエルフの中にも守旧的な姿勢を頑なに変えようとしない者達がいる。イセルは伝統だとか習慣だとかに重きを置く一族の一つ。族長ダヴィド=ハルから集落全体へ触れが出たのにも関わらずリンクスをいまだに混血児と呼び、集落への出入りを拒んでいる。魔石も、魔獣から採ったものを使用するべきで、俺が創った魔石や能石を使うのは習わしに反する忌むべき行為だと非難する。昔、アドリアに助けられた俺がダークエルフの集落に住むのを頑として拒んだのもイセルを代表とする守旧派の者達だ。


 しかし、昔ながらの生活を送っていては、エルフには魔法で劣り、身体能力ではオーガに劣るダークエルフがリガータの森で栄えることはできないと主張したダヴィド=ハルが俺とブルーノ親方との付き合いを認め、俺が創った魔石や能石を利用した生活を少しずつ取り入れるようになった。


 そのことを守旧派が面白く思っていないのは知っていた。だけど、彼らを除くダークエルフは俺とも仲良く過ごしているし、いずれ守旧派も理解してくれるだろうと思っていた。


「イセルが来たのは判った。だけどどうして親方が?」

「ダークエルフで一番の鍛冶職人のお祖父ちゃんはイセルからの仕事もしていた。相手がハルだろうとイセルだろうと客は客だと言って、相手が誰でも同じようにいつも通りの仕事をしてきたんだよ」

「親方ならそうだろうね」


 ブルーノ親方は自分の仕事に誇りを持っている。引き受けた仕事なら客が誰でも手を抜くはずが無い。


「なのに、イセルの仕事だから手を抜いたって言いがかりをつけられてるの」

「もうちょっと詳しく教えて?」


 イセル家長男のアミル=イセルが今日狩りに出かけたそうだ。獲物を探している内にキラーアント数体と出遭ったらしい。キラーアントは集団で活動する獰猛な小型魔獣。小型魔獣の中でも最小の部類に入る。通常二~三体で活動していて、砂地が多い地域に生息している。食用には向かない上に、道具などの素材に使える部位も持っていないから見つけると魔法でさっさと焼却する類いの魔獣だ。


 アミルも魔石をはめ込んだ剣を使って火炎魔法を発動させたらしい。キラーアントは三体だったらしく二体は早々に焼いたのだが、三体目に取りかかろうとした際に魔法が発動しなかったらしい。魔獣から採れる魔石の質があまり良くないと、いくら魔力と術式を送り込んでも魔法が発動しない現象がたまに起きる。

 ……だから魔石の質を高める錬石技術が大切なんだよな。


 アミルは魔法を使わずに最後の一体を倒したけれど大怪我を負ってしまったという。

 ボロボロになって帰ってきた息子を見たイセル家の家長ザンド=イセルが、アミルが使っていた剣に問題があって魔法が発動しなかったと怒鳴り込んできたということだ。


 言いがかりも良いところで、理屈から言ってありえないんだよな。

 魔石を埋め込んだ剣の中心には魔力伝導金属マギレウムが使われている。マギレウムは加工が難しいけれどなかなか劣化しない。毎日一日中大量の魔力を通し続けたら十数年で劣化するかもしれないけれど、そんな状況は考えられない。冷蔵庫のように一日中稼働する道具でも、マギレウムが劣化するほど大量の魔力は必要ない。クルマを最高速度で走り続ける時だって、マギレウムを劣化させるほどの量は不要だ。


 少なくとも二度は魔法を発動したのだから、剣は魔法を正常に発動させるよう魔力を送り込んでいたはずだ。ならば、竜族の力でへし折られでもしないかぎり剣の中心部が変形するとは思えない。

 やはり原因は魔石の側にある。


「事情は判った。相手がイセルだから俺が行ってもどうにもならないかもしれないけれど、ダヴィド=ハルの前できちんと説明する」

「うん、お願いね? お祖父ちゃんは絶対に悪くないんだ」


 俺はアドリアにもう少し休んでいるように伝え、セキヒと共にダヴィド=ハルの家へ向かった。

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