貴族襲来(その一)
「どうぞ」とイアンを促すと、驚く話が彼から飛び出した。
「クラウン領領主ケイウース=マロウ=クラウンは、あなた方がリンクスと呼んでいる混血児を求めてこの地を侵略するつもりです」
「侵略?」
「はい」
ジュリアスは「馬鹿な」と吐き捨て、エリザベスは無言で口を手で覆い、ヴィアーナは「南部領主のくせに状況を把握していないのか」と悔しそうにつぶやいた。
「イアンさんは、どうしてそのことを私に教えてくれるのですか?」
俺以外の三者の反応に関心を見せず、イアンは淡々と答える。
「可能なら、貴族側の被害を抑えていただきたいからです」
「私にその情報を教えなければ、貴族側の思い通りにいくとは考えていないのですか?」
「思い通り? 力づくでうまく行く話なら、ジュリアス殿やヴィアーナ殿がここに居るわけがないでしょう」
それはきっとそうなんだろう。実際、俺に危機が迫ってると知れば、セキヒとソウヒが潰しに動くだろう。二人で、もしくはヴェイグの眷属達を呼び寄せて貴族軍を殲滅するだろうしな。竜族を参加させることなく、俺とリンクス達で片付けるつもりだけどさ。
「仮に貴族側が敗退した場合ですが、イアンさんが裏切ったからと言われますよ?」
「そうでしょうね。状況や戦力を正確に把握できるなら、侵略などという愚行に走るわけはないでしょうし」
ここまで表情を変えなかったイアンが、言葉にも態度にも疲れを見せた。多分、侵略の話を聞いて必死に止めたのだろう。何度も繰り返し止めても意見を変えない父親達に徒労感だけが残ったんじゃないかな。
「……この件が終わったら、イアンさんはどうするつもりです?」
「私は……どうしたらいいのだろう?」
ある意味偉いな。後のことは考えず、とにかく貴族側の被害を減らしたいという思いでここまで来たようだ。さきほどのジュリアスもそうだけど、貴族という立場に誇りを持っているんだろうな。俺にはどうでもいいことだけど、彼らが大切にしている思いがあるってことだけは忘れないようにしよう。
この人材は無駄にしたくないな。領地に戻れば裏切り者として処刑されちゃうかもしれない。……そうだ。
「んー、良ければ……ですが、リンクス達に読み書きを教える教師として、ここで暮らしませんか?」
「ありがとうございます。少し考えさせて下さい」
俺達はイアンから、貴族側の兵数や作戦の概要を聞き出した。
兵数は二万だそうだが、貴族側に被害を出さない方法はある。だがここでは言わない。彼らにしたって、貴族を敗走させる算段を事前に知っていては立場的にいろいろとマズいだろう。彼らと俺達はまだ仲間じゃないんだし。
俺は作戦に必要な魔石を創ることにした。作戦前に必要になりそうな装備を用意しておくのさ。
……治癒魔法の魔石創石はこれが終わってからだな。
・・・
・・
・
「……というわけだ。ソウヒとセキヒが出た方が早いのは判ってる。でもこれは、リンクスを他の人間や亜人と同じ状況で生活させたい俺への挑戦だよね? だから俺がやるよ」
来客達を夕食に招待し皆が帰った後、俺はセキヒとソウヒに貴族軍が侵略に来る話をした。
事前に二人を納得させておかないと貴族軍は殲滅されてしまう。片手間に魔獣を倒せてしまう二人なら、魔力生成力の衰えた貴族など塵芥も同然。守護している俺を倒そうという相手だし、リンクスは彼らにとっては教え子達で、その危機でもあるから情け容赦なく蹴散らしてしまうだろう。それは自分の立場を省みずにここまで来たイアンからの頼みの手前とてもマズい。
俺の話を聞いて当然のようにセキヒ達は激怒した。冷静なセキヒは冷酷なセキヒ状態になり、明るく賑やかなソウヒは今にも飛び出て行きそうなほど目を血走らせていた。この状態を見たのはまだ対抗する術を持たない幼い頃の俺を襲ってきた魔獣を相手にした時以来だ。
……あの魔獣は目の前で一瞬で消し炭にされていた。あの時、襲ってきた魔獣よりセキヒ達の方が怖かったな。
「そのような者達に恩情をかけ命を奪わないなど必要を感じません」
「自分達が何に手を出そうとしているのか思い知らせるべきですよ」
「うん、二人の気持ちは判った。でもさ? 昔の俺ならいざ知らず、今なら貴族軍が二万でも十万でも負けないだろう?」
数がどれほど多くても問題じゃない。せいぜい手間が多少増えるという程度の問題だ。魔法の効果範囲を広げるだけで済む話で、俺には可能なこと。それにリンクスという仲間が居るからなおさら問題ない。俺一人でやらなくていいというだけでかなり楽になる。
「それにさ? 悔しいじゃないか。竜族の力を借りなければ勝てないって思われるのはね?」
これも本音だ。それに今後のことを考えると、俺とリンクスが前面に出て勝つ必要がある。俺達に手を出そうとしても無駄だと教えてやらなきゃならない。そのためにもセキヒ達には自重して貰いたい。
「判りました。直接手を出すのは控えます。ですが、リカルド様のそばで護衛はします。これは譲れません」
「教え子達を見守るくらいはさせて貰いますよ」
二人がこう納得するまでしばらく説得が続いたけれど、最終的には理解してくれて良かったよ。
「それでどのように相手するのか、事前に教えて下さるんでしょうね」
セキヒがイケメン顔をグイッと近づけてきた。
理解はしたけれど怒りは収まっていない様子のセキヒ。ソウヒはそのセキヒに頷いている。
「ああ、いいよ。基本は俺達が使える魔法の力を見せつけるって話さ」
大きな穴を急に作りだして落とすのもいい。
敵の周囲を緩衝障壁で覆い食糧が尽きるのを待ってもいい。
強風で彼らが前に進めなくするのもいい。
他にもあるだろうから、これから考える。
どれも基本的な魔法で可能な案。規模が大きく、長い時間発動させる魔法になるから大量の魔力を消費する案だ。魔法生成力が衰えた貴族には不可能な魔法になるだろう。彼らには不可能な魔法を見せつけて戦意を衰えさせお戻りいただく。これが俺の基本方針だ。
問題があるとすれば、魔法発動時間がとても長くなるだろうという点。ただ魔法を発動させ続けるだけならエネルギー・ストレージタイプの魔石があるから問題無い。タイミングを見て魔石を交換すれば延々と魔法を発動させ続けられる。だけど、戦場にずっと居なければならないのが面倒だ。ここに工夫が必要になる。
イアンの話を信じると、貴族軍がリガータの森北部に到着するのには二十日前後かかる。またドライアドに頼んで現在位置は確認しておくけれど、今回の件ではイアンが嘘をつくとは思えない。貴族軍の位置情報を誤魔化され急襲されたら、こちらは敵を撃破する手段以外取りようがなくなる。リガータの森に魔獣の餌が大量に転がる結果になるだけだ。それはイアンの本意じゃないだろう。
敵を殺さず、それでいてこちらの力を見せつける。
考えはじめた時は面倒だったけれど、今はほんの少し楽しくなってきた。ゲーム感覚で戦う余裕があるって素敵だよね。
◇◇◇
「みんないいかあ? 新しく創った魔石の使い方はもう訓練で身につけたと思う。敵は二万だそうだ。こっちは三十人も居ないけれど何も心配はいらない。作戦案は伝えたとおり、二人一組で動いて貰う。一人は魔法発動係でもう一人は発動係の護衛役。緩衝壁発動魔石は忘れるなよ? ま、いつも身につけてるだろうから心配ないとは思うけど、もう一度確認しておくんだぞ」
あと二日でリガータの森に貴族軍が到着する。そろそろ俺達も動く時だ。
リンクスのうち戦場へ向かう者は『褐色の戦士』とその予備員で総勢二十六名。アレーゼ領やドゥラーク領で暮らしていたリンクスの中にも傭兵隊参加希望者が居て人員は多少増えている。
今回の作戦のための新たな魔石を創石し、今日まで魔獣捕獲しつつ慣れてもらった。さすがに二万の敵と知っているから緊張している者も数人いる。逆に、この状況で落ち着いている者が多いのだから正直驚いている。
ちなみにエリザベスとまた訪れているヴィアーナには、この場に来ないよう伝えてある。やっぱりコンコルディア王国の貴族がその敵の出陣の場を見学しているのはおかしいし、あとあとマズいかもしれないしさ。
ヴィアルが俺の前まで出てきてかけ声を上げる。
「みんな! 俺達は殺戮者じゃない。魔獣相手にはそうであっても人間相手には違う。今回の作戦では命は奪わない方針だ。だけど、危険が迫ったときは躊躇なく自分の身を守ってくれ。結果、相手の命を奪うことになってもだ。そのための装備はリカルド様が用意してくれた。俺達も訓練で使い方をしっかり身につけている。恐れることはない。戸惑う必要もない。俺達はリンクスの誇りを持って敵を屈服させるんだ」
「おう!」という叫びが武装した仲間達からあがる。
「では行くぞ!」
俺はエアバイクに、リンクス達は浮揚型トラック三台に乗り込む。この日に間に合うよう頑張ってくれた親方とアドリア、ありがとう! 魔法や便利な道具があっても大変だったってことくらい判ってるんだ。この件が終わったら、何かお礼しなくちゃな。
起動したエアバイクのアクセルを回し、戦地予定の場所を目指す。試作機と違い、思い通りに森を抜けていく。俺のあとに続くトラックが通れる幅の空間を選んで宙を駆けさせる。迫り来る木々を猛スピードですり抜けていく快感。状況が状況じゃなければ「ヒャッホウ」と叫んでツーリングに行きたいくらい気持ちいい。
――ほんと戦争なんていうくだらないことより、こうしてバイクを走らせる方が何倍も楽しくて素晴らしい時間を過ごせる。まあ、降りかかる火の粉は払わねばならないしな。仕方ない。
戦場に到着するまでの短い間、疾駆するエアバイクの操縦を俺は堪能していた。




