解などない
ヴィアルが戻って報酬を分け、皆の懐が潤うと同時に自分達にはできるとリンクス達は自信を深めた。前線に出る者は訓練に更に身を入れ、戦いに出られない者達は彼らが訓練に集中できるようにと魔獣以外の食材の確保や錬石の訓練に魔獣の解体などに精を出している。
よしよし、どうやら初動は上手くいってる。あとは、様々な技術を高めつつ生活環境を整えていって貰いたい。相談には乗るし、しばらくはソウヒによる訓練も続ける。錬石技術を持つ者がせめて五人になるまでは錬石の修練にも付き合う。
ただしこれからは俺が創る魔石も能石も有料とする! いつまでも俺に頼ってちゃいけないからな。まあ仲間価格ってことで割引の相談には乗ってやろう。
俺の手から離れ、完全に自立するにはまだ早いけれど、それでも自立の目処がたったのは喜ばしい話だ。エアバイクの改良もそろそろ終わる頃だし、次の楽しみを見つけたいものだ。
やっと一つ目処がついて身軽になれそうなところに、面倒なことが出てきた。いや、面倒なことばかりじゃないんだけど、それでも俺の自由が制限されそうなことが起きた。
ヴィアーナがしばしば来るらしい。名目は俺との連絡を密にするってことらしいけど、俺の方はヴィアーナと連絡取りたいわけじゃない。率直に「いや、俺はヴィアーナと会わなくても困らないよ」と言ったら、「それだからモテないんだわ」と胸をえぐるひと言が返ってきた。一度は婚姻申し込んだ相手にその言動はどうよ? と思わないでもない。だけど、俺は自由を愛する男だ。言論の自由は守ってあげよう。……モテなくてもいいし、根には持つけど。
彼女は十日置きに三日か四日滞在するつもりらしい。宿泊するのはエリザベスの家で我が家じゃないからいいんだけど、領主がたびたび領地を離れていいのか? ま、心配してやる義理はないからいいんだけどさ。
でも、アレーゼ領と俺の家の中間あたりに交易所を中心とした集落を作ってるってのは良い話だ。リガータの森から出てそう遠くないところで、いろいろと買い物ができるのは正直ありがたい。うちには冷蔵倉庫があるから、トラックで出向いてまとめて買えばたびたび行かなくてもいいしね。
その上、アレーゼ領とドゥラーク領で貧困で苦しんでいるリンクス達を連れてくるのだそうだ。希望するならその両親も一緒に。その集落で過ごしながら、俺達のところへ来るかそれとも別の道を選ぶのか時間をかけて考えて貰うそうな。
その集落でもきっと差別はあるだろう。だけど、人間社会で過ごしているよりは、身近に俺達が居るからずっと楽なはずだ。相談には乗るし、可能なことは手助けするからな。……リンクス達がやるんであって俺がやるわけじゃないから偉そうなことは言えないな。
その集落を作ってくれると言うものだから、多分面倒ごとを持ち込んでくるだろうヴィアーナを追い払えない。
「なあリカルド。あのトラックという道具はまだ用意できるのか?」
「できるけど、高くつくぞ?」
「いくらだ?」
「んー、地面を車輪で走るタイプなら大金貨十枚。宙に浮いて移動するタイプなら大金貨三十枚だな」
「ふむ。地面を走る方を二台用意してくれ」
「毎度!」
念のために言っておくけど、適正な値段だからな。
それにしても即決かよ。二台で大金貨二十枚だぞ? 大銀貨一枚あれば家族三人が三十日は普通に暮らせる。金貨一枚は大銀貨百枚に、大金貨一枚は金貨百枚に相当するんだ。いくらお貴族様といっても容易く捻り出せる金額じゃない。
高い理由は、創石した魔石や能石をたくさん使ってるだけではない。エネルギー・ストレージタイプの魔石からコンバータータイプの魔石へ魔力を伝えるためには魔力伝導金属マギレウムを使用する必要がある。俺や褐色の戦士達が持っている魔法拳銃でも使われている金属だ。
これの市場価格がお高いんだ。豆粒ほどでも金貨一枚近くするマギレウムを魔力を伝達させる部位に充分使っている。オーダーメイドだしね。だから適正価格なんですよ?
まあいいや。魔石や能石を創るより儲かる。これまでに貯め込んできたから金はいくらでもある。だけど、どこで必要になるか判らないから多くて困ることはない。
とりあえずヴィアーナからはトラックの注文だけで、面倒なことは言われていない。ただ、一日中つきまとって俺のすることをジッと見ている。変な圧を感じて落ち着かないけれど、見学を許したのは俺だから気にしないようにするしかない。
時折、エリザベスと視線を交して頷いているようだけど、何を確認しているのか判らない。
「なあ? 二人は仲良くなったのか?」
「あら? 元から仲は悪くないわよ」
「そうですよ。ヴィアーナ様と仲が悪くなるようなことはありませんでした」
「ふーん」とだけ答えて俺は再び自分の作業に戻る。背後から視線を感じつつ手もとに集中する。
創石作業は慣れると一瞬だ。十年前ならしばらくの間集中しないと魔力の石化はできなかった。属性因子の混合は最初から楽だったけれど、霊力でコーティングし術式を書きこむ作業は魔力の石化より時間がかかったものだ。だけど今は一瞬で終わる。コツを掴んだというのもあるけれど、書き込む術式のイメージ化を事前に済ませるようにしたからだろう。……予習大事だよね。
今創ってるのは【高等魔術式重層構造理論】で学んだ術式を書き込む魔石。高等魔術式は一部を除くと火、水、風、土の四大属性以外の術式ばかり。光、闇、そして無の三属性の術式は、そもそも三属性因子を持つ魔力が通されることを前提としている。
そんなの当然と思われるだろうけど、三属性因子を持つ魔力ってのが難題。人間でも亜人でも魔獣でも生き物は三属性因子をほとんど持っていない。だから高等魔術式重層構造理論は、とても少ない属性因子でも三属性の魔法を発動することに主眼を置いている。
光属性魔法の代表は治癒、闇属性魔法の代表は消去、無属性魔法だけは特殊で他の属性との組み合わせで性格が変り、無属性単独で成功した魔法はないらしい。闇と無属性は勉強不足なので今一番必要な光属性魔法の治癒を発動するコンバータータイプの魔石を創石している。
治癒という光魔法は、治癒という名称が相応しくない。何故なら損傷部の再生というとんでもなく高度で難しい作業が一連の流れの途中に入っている。この損傷部が外的要因であれ、治療過程での切除であれやっかいだ。放置していては損傷部のせいで周囲がダメージを受ける。そこで少しでも早い回復を狙って再生という作業が入る。部位欠損すら失った部位を再生してしまうのだから、もう神業としか思えない。
発動に必要な膨大な魔力量もさることながら、術式の複雑さは他の魔法の比ではない。
だけど、エネルギー・ストレージタイプの魔石を使えば魔力量は気にしなくて良い。あとは俺が霊力に書き込む術式をイメージ化しておくだけだ。……言葉で言うほど簡単じゃなかったけどね。
イメージ化は事前に済ませておいた。あとは実践してみるだけだ。最初は失敗するだろうけれど、慣れればきっと創石できる。成功したら治療院でも開こうかな? きっと大儲けできそう。
さて、早速集中して創ってみるか。机の上で手のひらを上に向けて視線を固定した。
「リカルド様、お客様です」
セキヒが仕事部屋の外から呼ぶ。
集中力のギアをあげようとしていた矢先だっただけに、やり場のない怒りのような気持ちが湧いてくる。だけどセキヒには何の罪もない。背後から俺の作業の様子を見守っていたエリザベスとヴィアーナを見ると苦笑していた。何が起きるのか期待していたんだろうな。
「ああ、すぐ行く」
玄関から顔を出すと、そこには二名の貴族らしき男が護衛を数人連れて立っていた。
「私がリカルドですけれど、どなた?」
「私はエリザベスの兄ジュリアス=マイヤール=ドゥラーク。隣が……」
「ああ、そちらは見覚えがあると思ったらイアンさんだったか」
いつもなら挨拶の途中で口を挟むような失礼なことはしない。しかし、今は作業を途中で止められた苛々もあって挨拶を手早く済ませようとしてしまった。
「お久しぶりです、リカルドさん」
ジュリアスは不機嫌さを隠そうともせずに睨むように会釈する。イアンはどこがというわけじゃないけれど以前とどこか違って嫌らしさを感じない笑みを浮かべ礼をした。
「んー、ちょうどエリザベスとアレーゼ領領主ヴィアーナも来てるから、居間へどうぞ」
先に中へ入って、居間へ先導した。ジュリアスは先に座っているエリザベスと並ぶように、そして隣の椅子にイアンを誘導した。セキヒにお茶を用意するようお願いしたあと、ジュリアス達にストレートに訊いた。
「で、今日はどんな用事で?」
「私とイアンは別の用件だ」
イアンはニコリと笑って頷いた。
「では先にジュリアスさんの用とは?」
「リカルド、おまえの本音を知りたい」
「初めて会う相手に唐突な話ですね。でも、隠すことはないので言います。自由に気ままに生きていきたいだけですよ」
「それが貴族を苦しめることになってもか?」
睨むような視線は相変わらずだけど、詰め寄るような空気はない。真摯に俺の返答を知りたい。そういう雰囲気が伝わってくる。
「貴族がどうなろうとどうでもいいんです」
「おまえを貴族社会が追い出したからか?」
「いえ、両親はギリギリまで私を守ろうとしてくれました。感謝していますよ」
「ならば、貴族社会に迷惑をかえるおまえの行動は慎むべきではないのか?」
「私の両親がどうなったかご存じないのですか?」
「……知らぬ」
「私を離縁しても嫌がらせはやまず、そして讒言を信じた国王は爵位を取り上げた」
「……」
どうやら本当に知らなかったようだ。まあ、触れ回るような話じゃないから、知らなくても不思議じゃない。だけど、俺と貴族社会の関係を問うというのならせめて過去の出来事くらい調べてきて貰いたいものだ。
「幸いなことに、親戚が両親と妹を引取ってくれたので、今は元貴族として静かに暮らしていますよ」
「そ、それは不幸なことだが、だからといって無関係な貴族まで苦しめるようなことを……」
「先ほどから、貴族を苦しめると言いますが、具体的に何を指しているんです?」
「エリザベスから聞いてるぞ。魔力を持たない者でも魔法を使える仕組みを生み出してるとな」
「それのどこが悪いんですか?」
「貴族を頂点とした社会の秩序が破壊されるではないか」
悪い男じゃないな。ただ、視野が狭いというか、貴族側からの視点でしかものを考えてこなかったんだろう。
「それは貴族側から見た、勝手な都合という奴ですよ。平民から見たら、これまで手に入らなかった力を手に入れることになります」
「だが、その体制で国は動き維持されてきたのだ」
「ええ、貴族の都合で本人には何の罪もないのに離縁させられたり差別される体制がですね」
ちょっと意地悪い返答かもしれない。でも俺はそう言わずにはいられないんだ。
「やはりリカルド、おまえは貴族を恨んでいるのではないのか?」
「恨んでないですよ。貴族など本当にどうでもいいんです」
「それが本音か?」
「ええ、最初から言ってるじゃないですか。私は自由に生きたいだけだと」
やはり悪い男じゃないな。率直な物言いも嫌いじゃない。これはあくまでも俺の予想だが、ジュリアスは現体制を維持できればエリザベス等家族を守れると考えてるように思う。エリザベスから聞いていたジュリアスの人物像を思うとそう外れていないだろう。
「おまえには守りたいものはないのか?」
「ありますよ」
「それは何だ?」
「親しい人々……仲間ですかね」
「ならば貴族が家族や領民を守りたいという気持ちも判るんじゃないのか?」
「ええ、判りますよ。現状のままでは家族や仲間を守れない人もたくさんいるということと同じくらいにね。リンクス達を見たらそう思えませんか?」
「それは……そうだな……」
ある体制で利益を得る者が居れば、損をする者も同時に居る。どちらかだけが利益をずっと享受するのはフェアじゃない。まあ、俺は今の体制を壊したいわけじゃない。ただ俺の邪魔になるなら戦うだけだ。
険しい表情のまま膝の上で手を組んでジュリアスは無言で考えている。多分、理屈と感情の間で葛藤しているんだろう。……正解なんてないのにな。
「ジュリアス殿の話は一区切りついたようですね。では私の用を話させていただきます」
イアンが笑みを消して口を開いた。




