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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第一部 情に棹させば流される    第一章 傭兵隊結成
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ヴィアーナの思惑

「ヴィアーナ様! 何故あのようなことを!?」

「テミス、何を怒っているの?」


 魔獣討伐が無事終えたのを確認したあと、屋敷に戻ると従者のテミスが怒りを隠そうともせずに問い詰めてきた。何に? と聞き返したけれど、テミスが怒っている理由は、私がリカルドを婿に迎えたい件で間違いない。だけど、この世界、この国、そして何よりも私の領地アレーゼの状況を思えば、私のとった態度はごく当然のことだ。


 私室の前で「外着から着替えます」と部屋の外で待機しているメイド長に告げる。


「元貴族といっても今のリカルドは魔法も使えない平民。……いえ、亜人と暮らしてるのですから平民と呼ぶのもおこがましい者です」

「だから?」

「魔獣を退治するために力を借りるのは良いでしょう。対価は払うのですし、領地領民を守るためですから、我等騎士の体面などお気になさらなくとも構いません。ですが、ヴィアーナ様の婿として迎え入れ、ウェルゼン伯爵家の当主にあの者を据えようというのは、長年お仕えしている者として認められません!」


 メイド長の指示で、数人のメイドが狩猟着のような外着を脱がしていく。テミスの詰問を意に介さず、両手を横に挙げメイド達に身を任せる。


「この世界の貴族が今どのような状態か、あなたもよく判っているでしょう?」

「……貴族の魔力生成能力の減衰……」


 痛いところを突かれたテミスは苦しそうに顔を歪め小さな声で応えた。


「そうね。今日の魔獣襲来だって以前の貴族(わたしたち)なら自分達で討伐していた」

「はい」

「でも今はもうできない。五十頭程度ならリカルドにもダークエルフにも協力を頼まずに済むでしょう。でも百頭を越える魔獣を相手にできる? 領地や領民に被害を出さずにできるの?」

「……いえ」

「全て小型の魔獣だとしても、百頭を越える魔獣を相手に出来る力は、この世界中のどこの領主ももう持っていない。百頭を相手に勝利するためには三百人以上の魔法騎士が必要でしょう? 国王様ならともかく一領主が魔法騎士だけで三百人以上も抱えているなんて聞いたことがないわ」

「……」

「数代前なら貴族一人で中型魔獣一頭、いえ二頭は倒せました。それが今では小型魔獣一頭を相手にするのがせいぜい。集団で向かってこられたら、魔獣が放つ瘴気を避けながら戦うために数人がかりで一頭ずつ倒さなければならない」

「……はい」

「厳しく訓練しているから戦技はともかく、魔力だけで言えば平民より多少魔力生成能力が多い程度なのよ……今の貴族はね」

「……」


 悔しそうに顔を歪めているテミスをこれ以上問い詰めるのは心が痛む。だけど、これから私がやろうとしていることをしっかりと理解して貰わなければ困る。


 ――貴族がその魔法生成力を力に魔法を使って外敵から領地領民を守る時代は終わった。


 私の大事な従者だからこそ、そのことをまず理解して貰わなければならない。


「あなたも私と一緒に見たでしょう? リカルドが創ったと言われる魔石を利用して、ダークエルフ達は魔獣をものともせずに戦っていた。そして苦も無く倒していたわ」


 あの場で何が起きたのか思い出すだけで身体が震える。

 火を纏った見えない壁で魔獣全体を取り囲み、千頭以上の魔獣達の動きを二刻もの間ずっと封じ続けた。魔獣が放つ瘴気も壁の中に閉じ込められ、壁の外から攻撃するダークエルフ達を害すようなことはなかった。

 何故あんなに広範囲に、何故二刻もの間ずっとあのような魔法を使い続けられるのか?

 壁の内側へ向けて雷撃が天から降り注ぐ。あとで魔石や毛皮などを奪えるよう、必要以上のダメージを与えないよう計算された攻撃が二刻近く続いた。


 ――二刻もの間魔法を発動し続けられるのは、リカルドにしか創れないエネルギー・ストレージタイプの魔石のおかげだとダヴィド=ハルは言っていたけれど、何よそれ?

  あの壁のような高等魔法を発動できるのは、コンバータータイプの魔石のおかげとも言っていたわね。こちらも何なのよ?


「判るでしょう? 私達の領地領民を守るためにリカルドの力を手に入れなければならないの」

「仰ることは判ります。ですが、それならば現領主のヴィアーナ様の伴侶でなくても……」

「ではあなたがリカルドの伴侶になる?」

「それしか方法がないのでしたら……」


 一点の希望を見つけたように、だけど、気が進まないのは明らかな複雑さを隠すような表情のテミスに私は微笑む。


「ふふふ……ダメよ。リカルドの伴侶になったら、あなたはアレーゼ領から離れることになるわ」

「どうしてでございましょう?」

「私はリカルドの主じゃないもの。リカルドをここに留めておく力は無い。あなたではリカルドをこの地に縛り付けられないの。だけど私が伴侶ならできる。ね? 判るでしょう?」


 魔力喰いだからと貴族の家を追い出され、人間社会でも暮らせなかったリカルド。だから人間社会とは縁を切って暮らしてきた。なのに恩義があるからと、ダークエルフからの依頼は断らなかった。

 情誼に厚いのがリカルドの美点であり弱点なんだわ。


 だから縁を結べば、家族になってしまえば、リカルドはきっと力になってくれる。


「もう私は決めた。いざとなったら、弟のスライに領主の座を譲ってしまえばいい。成人する十五歳まで待つつもりだったけれど、私が補佐すれば大丈夫。お父様達が亡くならなければ、私が領主に就くなんてこともなかったんだし」

「スライ様は素直で賢く、良いご領主になられるでしょう。ヴィアーナ様が補佐されるのでしたら、アレーゼ領を良く収めてくださることでしょう。ですが、だからと言ってヴィアーナ様が……」


 頭では理解しているけれど感情がついてこない。そんなテミスの様子に苛々してきた。


「クドいわ! では他に良い知恵があるの? 今日の魔獣襲来は近隣の領主にとっても他人事ではありませんでした。アレーゼ領が滅べば次は自分達の領地が襲われるからです。だから偵察を送り込んでいたに決まってます。彼らの目の前でリカルドとダークエルフの力は晒されたのですよ? 誰もがリカルドを取り込もうと画策するのは目に見えています。あれほどの力ですもの、娘が居る領主は私同様に身内に取り込もうとするでしょう。娘が居なければ早速養女を作り、やはり身内に取り込もうとします。他に良い案があればそれを行なうでしょう。これは確実です。ここまで貴族は追い込まれているのです」


 苛立ちを言葉にしてテミスにぶつけてしまう。申し訳なさを感じたけれど、これも必要なこととと彼女の目を正面から睨むように見つめた。


「ご意思は固いのですね?」


 一つ溜め息をついたあと、テミスは諦めを口にした。


「ええ、そうよ。それに美男子とは言いがたいですけど、温和な面持ちの殿方だったではありませんか。乱暴な殿方は我慢なりませんからね。またあの臭くて固いと言われ誰も口にしない魔獣の美味しい食べ方もリカルドが見つけたそうですし、ダークエルフ達が使っていた強力で便利な道具もリカルドの発案だそうです。彼を押さえられれば、我が領地は発展するでしょうし、飢えに苦しむこともなさそうです」

「領地を重視するのが領主の責務とはいえ、ヴィアーナ様ご自身の幸せもお考えくださいますよう」

「それはもちろんよ。テミスが思ってるほど自分の幸せに無頓着じゃないわ。それはそうと……」


 私はリカルド攻略に向けた計画をテミスに語り始めた。





 




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