討伐完了
最後の一頭を倒した。これでベネディクト侯爵から依頼された、ドゥラーク領周辺に出没していた魔獣集団の討伐は完了だ。
「みんなご苦労だった。周辺捜査など慣れないから時間はかかった。だが、事前の想定では作戦完了まで五十日を見込んでいたんだ。それが四十日で完了したのはみんなが集中して連携を忘れずに頑張ってくれたおかげだ。隊長職を初めて務めたから俺にも至らないところが多々あっただろう。それにも関わらず、誰一人文句も言わずに最後まで仕事をやり遂げてくれた。感謝する」
頭を下げると七名の仲間から拍手と歓声があがった。
魔獣討伐自体はリカルド様から授かった魔法拳銃のおかげで簡単だった。魔獣の弱点を調べ、その弱点に合せた魔法を選択できる魔法拳銃は効果的な討伐を可能にした。それに瘴気クリーナーの腕輪に付けてある緩衝発生魔石のおかげで魔獣からの攻撃を過剰に心配せずに戦える心境でいられたのも大きかった。迫る魔獣を恐れること無く皆は戦っていた。
もちろんソウヒさんの訓練のおかげで、状況に合せてみんなが連動できたのも良かった。初陣とは思えないほど組織だって魔獣を追い詰め、一頭も逃がすことなく仕留められた。
魔獣集団は二つ。それぞれ十頭程度だった。リガータの森で出くわす魔獣のほとんどは単独で動いている。だから集団行動をとる魔獣との接触機会は少ない。戦闘時の反応も異なる。それにも関わらず、慌てることなく冷静に対処してくれた。
みんなも初仕事をきっちりこなし、契約を守れたことに自信を持ったようだ。今回のように慎重にすすめられれば次の仕事もうまくやれるだろう。
「じゃあ、俺はベネディクト侯爵へ完了報告してから戻る。みんなは先に戻ってリカルド様と仲間達に、今回の仕事は無事終わったと伝えておいてくれ。一つだけ注意がある。人間種と外見に違いがあ俺達が集団でいると目立つ。誰が相手でも抵抗する手段を持っていると言っても、リカルド様から注意されたように、リガータの森の仲間達のもとへ戻るまでは油断せずに速やかに移動してくれ! では気をつけてな? 解散!」
笑顔で帰り支度をする仲間の顔を一人一人誇らしく見つめた後、俺はベネディクト侯爵の代理人がいる近隣の村まで馬を走らせた。
――価値のない底辺層と馬鹿にされ蔑まれてきた俺達が、貴族の、それも騎士団と同じ仕事をこなせた。認めてくれる奴はまだ居ないだろう。話しても信じてくれる奴らも少ないだろう。だけど実績を積み重ねていけば、いつかきっと。
・・・
・・
・
代理人が泊まっている宿に到着し店番に声をかける。用件を伝えると店番の親父さんはベルを鳴らした。奥から少年が出てきて二階へ向かう。しばらくすると少年は身なりの良い紳士を連れて戻って来た。宿屋の店番は、事前に言われていたのか、食堂へ俺と紳士を案内する。
領内の外れにある村の宿屋の食堂としてはかなり清潔にしてあった。俺と紳士を一つのテーブルに案内する。
「ご依頼のお仕事は無事終了いたしました」
終了報告をすると、紳士は人懐こい笑みを浮かべて上着の胸から小さな革袋を採りだし、俺の前に置く。
「中をご確認ください」
言われるままに革紐をといて革袋の中を確認する。大金貨が二十枚あるのを確認したあと紳士に訊いた。
「契約では大金貨十五枚のはずです。これではかなり多いのですが?」
「それで宜しいのです。褐色の戦士の皆様方が先日倒した魔獣は十二頭でございました。その十二頭はこちらで引取らせていただき、魔石や革や爪を回収いたしました。今回も十数頭倒される予定とお聞きしております。旦那様から、契約額より上乗せしてお渡しするよう申しつけられております。相場と照らし合わせて大金貨五枚を上乗せするのが妥当だろうとこちらでは判断しております。ですが、ご不満があればその件も旦那様にはお伝えいたします。いかがですか?」
今回倒した魔獣は小型にしては大きいが中型と呼べるほどではなかった。小型の魔獣から採れる魔石は、質が良いものでも金貨一枚はしない。今回倒した魔獣が全部で三十頭だとしても、金貨三十枚にはならない。大金貨一枚は金貨百枚だから、革や爪と一緒に計算したとしても、大金貨五枚にはならないだろう。
「不満はないのですが、正直なところ貰いすぎて気持ちが悪いのです」
「本来なら褐色の戦士の皆様をお泊めする宿や移動手段などはこちらで手配するはずでした。しかし、まだまだ皆様のようなお立場の方への周囲の視線は厳しく、無理にでも準備しようとすると民の不満が大きそうだったのでご用意できませんでした。その詫び料も込みと考えていただければと」
確かに、リンクスを宿泊させても良いと考える宿屋はないのだろう。偏見や差別のネタならそこらに転がっていて、無知な民はそれを信じている。リンクスは穢れているとかそういう噂を信じて避けている。そんなことは百も承知だから、宿屋に泊まれるなど最初から期待していなかった。実際、仲間もそういうものだと思っているから不満は出なかった。
俺も今の今まで、契約の内容にあった宿泊や移動の箇所は忘れていた。
――自信をもって堂々としていろよ!
リカルド様から言われたことを思い出した。
依頼者が支払う理由があると言っているのだから、こちらは受け取ればいいんだろう。俺は毅然と受け取り、仲間に分ければいいんだ。
「理解しました。ではありがたく受け取らせていただきます」
革紐を引いて袋の口を閉じ、革鎧の内側にしまう。その様子を紳士は満足げに見ていた。
「それにしても見事なものですね。魔獣は一頭も領内に入り込みませんでした。まさかたった七名でそんなことが可能だなんて思いもしませんでしたよ」
「ええ、まあ訓練していますから」
「今後も依頼すると思いますので、また宜しくお願いしますね」
「お任せ下さい」
次も必ず成功させてやる。俺達は無能じゃない。リカルド様が与えてくれた道具を使いこなし、依頼された仕事はきっちり片付けてやる。
次に向けて気持ちを燃やしていると、紳士が話しかけてきた。
「あ、それと一つお願いがございます」
「何でしょうか?」
「エリザベスお嬢様への伝言なのですが、お頼みしても宜しいでしょうか?」
「それくらいでしたら構いませんよ」
「ジュリアス様が近いうちにそちらを訪問される予定です。旦那様もお許しになられたようです。そうお伝え下さいませ」
「了解しました。必ずお伝えします。あ、えーと、すみません。貴方のお名前を聞き忘れて……」
「ああ、こちらこそ申し訳ありませんでした。私はマイヤール家で侍従長を務めさせていただいておりますトーマスと申します。ヴィアル様とは今後もしばしばお会いすることもあるでしょう。お見知りおき下さいませ」
「はい、ではまた」
まだ四十歳にはなっていないように見える。それなのに領主宅の侍従長を務めているなんて、きっと優秀な人なんだろう。ピシッと整えられた髪と温和な笑みのトーマスを俺は忘れないようにしなくては。
挨拶を終えて宿の外に繋いだ馬へ向かう。馬上でひと息吐くと身体から力が抜けていくのがわかった。どうやら知らず知らずのうちに緊張していたようだ。
――今回の成功はリカルド様もソウヒ様もそして仲間達もきっと喜んでくれるだろう。早くみんなに会いたい。
◇◇◇
「それでどうだった? トーマス」
マイヤール家執務室に戻ったトーマス。私は褐色の戦士の印象を確認した。
「はい旦那様、恐ろしいと申しますか、見事と申しますか、昔の貴族はきっとあのように自由自在に魔法を使って魔獣を屠っていたのでしょうね」
報告する態度や表情はいつも通り温和だ。日頃、客観的に淡々と報告するトーマスに何かを楽しんでいるような感嘆した空気がトーマスの声にはある。騎士団の訓練や実戦を何度も目にしてきたトーマスの感想だ。よほど目を見張るような戦いだったのだろう。
「そうか。特に目に付いたところはどこだ?」
「事前に旦那様から教えていただいた通り、魔法を連続使用する時間でした」
エリザベスからの手紙に書かれていたリカルドの魔道具の特異性はトーマスに教えていた。魔力を多く消費する威力が高い魔法でも延々と放ち続けられるなどというのは、魔力生成力が高かった昔の貴族だろうと不可能な話だ。昔の貴族でさえ不可能なことを褐色の戦士は易々と実現しているということだ。
「エリザベスの目に狂いはないな。あと気になったところはないか?」
「今回の依頼は、魔獣の捜索と討伐でした。手の者に観察させておりましたところ、捜索の段階から騎士団の姿勢とは異なっていたようです。魔獣の糞に触れて中身を調べ、何を食しているのかを確認し捜索箇所を限定させていたとのことです。ですので、騎士団が四十日ほど捜索しても見つけられなかった魔獣の行動予定地域を彼らは予想して動いていたのです。騎士団よりも土地勘がないはずなのに、十日程度短い期間で発見したのには驚きました」
「やはりリガータの森での訓練が身になっているということなのだろうな」
この点はリカルドの創る魔石や道具がどうとかという話ではない。捜索姿勢と手段の問題だ。昔は探知魔法を利用して魔獣を捜索していたと言う。そのせいで魔法を使わない捜索手段を持つ必要がなかった。だが今や広範囲を捜索する魔法を使用できる者は居ないと言っていい。早急に探知魔法を使用せずに捜索する手段を騎士団にも身につけさせなければならない。
「その点は報告書にも書いただろうな?」
「もちろんでございます」
「よし、出来ることから訓練に取り入れさせる。魔法を使用しない面でまで劣っていては騎士団の名に相応しくないからな。トーマス、ご苦労だった」
折り目正しく会釈しトーマスは執務室を出て行った。軽く溜め息をついて椅子の背もたれに身体を任せる。
――力の差は歴然ということか。たった七名で成し遂げただと? 領内への被害もないまま討伐したのが七名。それも運に恵まれたわけではない。事前準備の段階から我々貴族は魔法に頼りすぎてきたのだ。強力な魔法を使える相手が、魔法とは関係のない点でまで上回っているなどと素直に認められる貴族がどれほど居ることか?
そういえばジュリアスはエリザベスのもとへ向かった。あいつは何を見てどう感じてくるだろうか? エリザベスの邪魔はしないだろうが、話はもうそんな段階ではない。エリザベスに苦労を押しつける結果になろうと、我がマイヤール家の生き残りに必要な何かを手に入れられるかだ。あの娘もそれを覚悟している。ジュリアスにもその覚悟を持てればいいのだが。
エリザベスとヴィアーナは協調を約したという。アレーゼ領に私も行かねばならん。今後の方針を具体的に詰め、これから何が起きるかは予想できないが、準備が整っていないなどという状況は絶対に避けなければならない。危機感の乏しい中央や北部のことなどどうでもいい。変わりゆく世界について行けない貴族は没落していくだけだ。
クラウン領の動きはまだ見えない。だがこちらから声をかける必要はない。これはいずれ来る変化に対応できるかどうかという我々の生き残りをかけた戦いなのだ。アレーゼ領のように協調できる仲間が増えるのは好ましい。対応に必要な負担がどれほどになるのか判らないのだからな。だが、リカルドの協力を得られるかどうかは各領主次第だ。
クラウン領のイアンは油断ならないが頭が切れる男でもある。アレーゼ領での魔獣討伐に我が領での褐色の戦士の行動を見て、貴族が置かれている現状を理解していないはずはない。我々とは違う別の道を歩もうというのか? だがリカルドを刺激し、変化が急激になるような真似だけはして欲しくないものだ。
――エリザベスの献身を無駄にしてはならん。だが私に可能なのか? 誰も見たことのない状況を乗り切れるのか?
私の中で、多くの出来事が一つの危機感に繋がりはじめている気がする。その原因がリカルドにあるのは確かだ。生まれてから初めて、これほど自信を持てない状況に置かれた……。




