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エリザベスの目的

 『褐色の戦士』がドゥラーク領へ出発してから十日後、私の家が完成しました。庭はまだ綺麗に整えられていないけれど、それはこれからゆっくり手をつければ良いわ。森が近く湿気が高いうえ、瘴気の影響もあるから壁紙は貼っていない。その代り、木材をきちんと磨いて光沢のある壁になっているから殺風景と私は感じません。


 その上、リカルド様が除湿装置なる道具を寝室と居間に用意してくださったから、肌もべとつかず快適に過ごせる空間になっているのです。蒸し暑い時期の実家より過ごしやすい家でとても気に入りそうです。除湿装置だけでなく各部屋にはほんわかと光る魔石を置いて下さったし、リカルド様のおうちにあるより小さいですが冷蔵庫も用意してくれました。ブルーノ親方とアドリアさんが大急ぎで作ってくださったそうでとても感謝しています。


 建物はお父様がダークエルフの職人さんへ費用をお支払いしたのですが、「新築祝い」と言ってリカルド様もブルーノ親方も代金を受け取って下さいませんでした。


 侍女達も護衛の者達も自分の部屋を気に入ってくれたらしく「ここが魔獣の森……リガータの森だなんて思えません」と気持ち良さそうに仕事を果たしてくれています。侍女達と言えば、瘴気クリーナーを彼らの分までリカルド様達は用意してくださいました。


「エリザベスから離れられないんだから、彼らが過ごしやすいようにしてやらなきゃ可哀想だからな」


 リカルド様からそう言われました。リカルド様のすることにばかり気を取られていて、彼女達の分をお願いするのを忘れていた自分が恥ずかしいです。


 リカルド様は不思議な方です。

 

「自由気ままに生きたい。好きなことだけやって生活していたい」


 いつもそう仰るのですが、気づけばリンクス達のためや私達のために動いておられます。


 どうしてかと訊きますと「近くに辛そうな奴が居たら気になって仕方ないからな」と言って、照れくさそうに笑います。ご自分が思っているよりずっとお優しい方なのでしょうね。


 毎日、時間が許す限り見ているせいか、こうしたちょっとした間にもリカルド様のことばかりを考えてしまいます。特定の殿方のことばかり考えているだなんて恋する乙女のようですわね。だけど今抱いている気持ちは恋とは違います。だって離れがたい気持ちにはなりませんもの。だから恋と言うより敬愛ですわね。


 厚手の頑丈な天板で作られたテーブルの上にあるベルを鳴らす。侍女の一人がお呼びでしょうかとやってくる。


「そろそろお客様が来る予定です。部屋の用意はできてる?」

「はい、ヴィアーナ様がいつ到着されても宜しいように用意は済んでおります」


 忙しい時間を過ごしてらっしゃるヴィアーナ様がリカルド様に会いにいらっしゃる。最初は、リカルド様のお宅に滞在を頼んだらしいのですけど、我が家への宿泊を勧めたのです。リカルド様も「ああ、エリザベスの家の方が安心だね」とホッとしたお顔をなさってました。私が泊まった時のことを思い出してらっしゃるのでしょう。少し申し訳ない気はしますが、内心少しだけ自慢でもあるのですよ。リカルド様のお宅にはアドリアさんも泊まったことはなく、女性で泊まったのは私だけらしいのですから。


「ではお願いします。実家と異なり、いろいろと足りないものばかりですけど、できるだけ過ごしやすいよう気をつけて差し上げてね?」

「承知致しました」


 来客用の軽食を作らねばならないから、彼女は急ぎ調理場へ向かった。専属の料理人がいる実家より彼女達は忙しい。……お父様に、お給金をあげて貰ってあげませんと……。


 リガータの森にも綺麗な花は咲いています。ですが、この森の草花は瘴気を出しているらしいのです。だから屋内には運んで来られません。何でも、リガータの森は土の精霊ノームの力が濃いそうです。ですので、ノームの勢力圏がリガータの森と考えて良いとリカルド様は教えて下さいました。


 殺風景な部屋に花くらい飾ってヴィアーナ様をお迎えしたいところですが無理なのです。では何か良い知恵はないかしら? いくら考えても、貴族社会の風習に慣れ親しみ、貴族のやり方しか知らない私は何も浮かんできません。我が家に誘っておいて、歓迎の空間を準備できないのは申し訳ないです。


 ――事情をお話しして謝るしかないわ。


「お嬢様、ヴィアーナ伯爵がご到着なさいました」


 もう一人の侍女が居間の外からつつましやかに一礼して伝えてくれた。


・・・

・・


 ヴィアーナ様のご訪問理由は、 アレーゼ領へ戻られたモドラム様から受け取られた報告の確認。ですから、リカルド様のご様子を確認し時にはご質問されていました。時折、真剣な面持ちで何かをお考えになってらっしゃりましたが、多くの時間は明るく和やかにすごされておられました。


 『褐色の戦士』の対魔獣用訓練の様子や、錬石の鍛錬や道具作りなどのリンクス達のいつもの生活を熱心に見学されたあと、セキヒ様がご用意された夕食を私も交えていただきました。ヴィアーナ様は魔獣肉を使った料理の美味しさにビックリしたようです。


 事前に下ごしらえされてない魔獣肉は、少なくとも貴族の口には合わないでしょう。堅いし獣臭さもかなり強烈ですから味わうどころの話ではありません。ですが血抜きと魔力抜きされた魔獣肉はとても上等な食材です。調理方法次第で王族が食していても不思議ないほど柔らかく豊かな香りを感じさせてくれる食材へ変貌するのです。


 魔力抜きという手段は誰にでも使える技ではありません。ですが、ここではリンクス達が仕事としてやっています。可能にしているのはリカルド様がお創りになった能石のお力です。瘴気を吸い属性因子と魔力を分離させる瘴気クリーナーの応用なんだそうです。対象の肉から魔力を手早く吸い取る石なんだそうです。ダークエルフだけでなくエルフからも要望があり、いくつも作ったと仰ってました。


 ヴィアーナ様を驚かせた美味しい夕食のあと、ヴィアーナ様はリカルド様と分れて私の家へお戻りになられました。


 実は、ヴィアーナ様と二人になるのは楽しみでもあり、少し怖いのです。

 日中時々ですが、ヴィアーナ様の瞳と合いました。その瞳は私を注意深く観察しているようで、ご訪問の理由の一つに私を調べる目的もあると確信させられました。

 

 お茶を用意してくれた侍女が去ったあと、居間二人きりになるとヴィアーナ様はお口を開きました。


「もう察しているんでしょ? 私は貴女にも用があってここに来たのよ」


 濃いエメラルド色の瞳に強い意志を感じさせる光を浮かべて私を見つめています。


「ええ、判っています」


 モドラムからも私の生活の様子は報告されているでしょうし、いずれ判ってしまうことですから誤魔化しても仕方ありません。


「アレーゼ領にも関係するかもしれない話でしょうから、隠さずに話して下さるかしら?」


 私がここに滞在している理由は既に察しておられるようです。そうでなければアレーゼ領に関係するなどとお口にするはずはありません。


「構いませんが、お約束いただきたいことがあります」

「何かしら?」

「アレーゼ領を攻撃するようなことがない限りリカルド様を害するような行動はとらない。そうお約束していただきたいのです」

「そんなこと? 害そうと考えたとしてもできないのですから、その約束をするのは容易いことよ。でも、どうしてそんなことを?」

「リカルド様の敵を少しでも減らしておきたいだけです」

「リカルドの敵? そんな無謀な相手が居るというの?」

「今はまだ、でもいずれ必ず」

「貴女がそこまで言うからにはかなり確かな話なんでしょう。判ったわ、お約束しましょう。私のアレーゼ領にかけて守ります」

「ありがとうございます。では、私がここに居る目的を何もかも隠さずにお話しします」


 静かなヴィアーナ様の視線を受け止めるように瞳を向け、そして説明を始めた。

 リカルド様が創られている石の中でもっとも恐ろしいのは少ない魔力で強力な魔法を発動させる魔石ではない。お父様もそうだったけど、魔獣をこともなく倒せる魔法とそれを可能にする魔石には目を惹かれる。でも、同じ事はできなくても、同じ目的を達成することは可能だ。


 もっとも恐ろしいのは、大量の魔力を持たない者でも強力な魔法を制限時間など事実上ないように発動させられるエネルギー・ストレージタイプの魔石。


「ええ、そのようね。モドラムもそのことを強調していたわ」

「一日多くても二回交換するだけで、我が家の冷蔵庫もリカルド様のところの冷蔵倉庫もずっと魔法を発動し続けているのです。これと同じ事が魔獣を倒すほどの強力な魔法でも可能なのです。魔力生成力を持たない者でも可能なのです。魔法生成力が衰えつつある貴族にとっては朗報のように聞こえるかもしれません。ですが、違います。同じ事を平民でも可能になる。このことをお考えになれば、いずれリカルド様の敵が出てくるのは間違いないとお思いになりませんか?」

「確かにね。貴族の持つ特権は魔法生成力の多さに基づいているのだから、その特権を維持する根拠が脅かされるんですものね」


 モドラムから報告読んでいろいろと考えてきたのでしょう。ヴィアーナ様はさすがに理解が早いです。


「リカルド様の創る石は、誰にでも使えるようにも特定の者にしか使えないようにもできるのですがご存じですか?」

「……そのようね」


 モドラムがリンクスから瘴気クリーナーを借りて使用しようとしても機能しなかったことがあります。そのことをヴィアーナ様にちゃんと報告したのでしょう。


「リカルド様との約束から外れた目的で使用しようとする魔石は一瞬で消えてしまうことも?」

「え? そうなの?」

「はい、なんでも、石に必ず書き込む術式にセーフティシステムというがあるそうで、その術式のおかげで、例えば自衛以外の目的で他人を害する魔法を発動させようとすると、使用者の霊力からその意図を読み込んだ石は自消するのだそうです」

「……」

「もうお判りでしょう? リカルド様が望まない方は石を利用できないのです、そしてリカルド様が認めた行為以外での使用も許されない。あの強力で便利な石はリカルド様の意思に反して使用できないのですから……」


 賢いヴィアーナ様ならば、私がここに滞在し続けている理由にもう感づいているはず。貴族は、既にリカルド様の上には居ない。命令できる立場にない。対等に交渉できる立場ですらないのよ。


「貴族に対してあまり良好とはいえない感情を持つリカルドは、貴族社会からの要請に協力的であるはずがない」

「そうです」

「貴族は彼の力を我が物のように利用したがるだろうし、それ以外での使用は認めないだろう。だがリカルドを思い通りに動かすことはできない。なにせ魔法の力はリカルドの方が上だからな」


 やはりヴィアーナ様は理解されている。魔法の力を背景に権力を掴んできた貴族は、魔法の力以外でリカルド様と対抗する(すべ)を持っていない。


「ええ、冷静に考えますと、リカルド様と協力的関係を築くのが一番良いのですが……」

「平民にも劣るとみている相手と対等に協力できる貴族がどれほど居るというのか。亜人と交易している南部ならば多いだろうが、中央や北部となると領内に一人でも居れば良いほうではないか? 王族となると居る方が不思議かもしれん」


 コンコルディア王国、いえこのゼルラシア大陸中を見渡しても、魔力喰いだからと貴族の立場を奪われたリカルド様を対等の相手として見る者は居ないでしょう。リカルド様だって対等に相手するのは今のところブルーノ親方とアドリアだけ。地位や権力を面倒と感じていて、金銭も必要ならばいくらでも手に入れられるリカルド様と交渉できるのはその二人だけなんだわ。


 人間社会から追い出されて死にそうなところを助けたアドリア様と、楽に生活したいというリカルド様の望みを手助けしてきたブルーノ親方だけが対等なのよ。


「では、私がここで生活している目的もヴィアーナ様にはもうお判りでしょう?」


 私から視線をそらさずにヴィアーナ様は頷く。その瞳には揺るぎない確信の色があった。


「今後何があろうとドゥラーク領を守るためにリカルドの対等な相手となること」


 そう。可能ならば伴侶として、そうでなくてもいつも身近に居られる立場を手に入れる。

 我が家の発展と維持のために、どこかの有力な貴族と政略結婚すると生きてきた私にとって、相手が貴族じゃないというだけのこと。誰よりも早く、リカルド様が恐れられるべき本当の理由に気づいた私自身が決めた結果だから意義があるの。他の貴族から「平民以下の相手などと」と哀れまれようと、私は誇りをもってここで生きていける。


「そこでヴィアーナ様に相談があるのですけど」


 私はリカルド様を巡る周囲への心配とその後私達が選ぶべき変革について口にした。

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