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ヴィアーナとイアン

 いつもは静かな執務室だが、従者のテミスからの報告を受けると、椅子が倒れるのも気にせずに立ち上がり思わず大声をあげてしまった。


「な、なんですって!」


 テミスからの報告は、ベネディクト=マイヤール=ドゥラークが愛娘エリザベスと共にリカルドを訪問したこととその内容の詳細。最初は想定内の内容だったけれど、エリザベス嬢がリカルド宅に泊まったらしいということと、ベネディクト侯爵がダークエルフの集落から帰路に付いたあともエリザベス嬢は残ったという報告を聞いて驚きから思わず声をあげてしまった。


「リカルドとの縁を深めるために何かしら思い切った手を打ってくるとは思っていたけれど、まさかエリザベスをあのリガータの森で暮らさせるなんて……」


 私の知るエリザベスは、貴族令嬢の中でも最も貴族令嬢らしい女性だ。少なくとも魔獣が多数棲む森で暮らせるような女性ではないと思っていた。


 ――ベネディクト侯爵の命令だから? それともエリザベスの意思で? ……まずいわね、このままじゃ。


 苛々してつい親指の爪を噛んでしまった。

 

「ヴィアーナ様。ベネディクト侯爵とリカルドの間で一つの計画が実行されるそうです」

「何かしら?」


 これ以上不安になるような報告は聞きたくない。だけどそうはいかない。


「混血児達を……呼称はリンクスに改めるらしいのでそれで報告いたします。リンクスを集めて魔獣討伐専用の傭兵隊をリカルドが作り、依頼に応じて魔獣討伐を請け負うそうです」

「……そう」


 こちらは良い話ね。混血児……リンクスを集めて何かを計画してるところまでは判っていた。魔獣討伐専用の傭兵隊? ダークエルフとの付き合いもある我が領からの依頼はきっと受けてもらえそう。確かにこの案なら、政略結婚までしてリカルドを取り込まなくても領内の魔獣被害は抑えられそう。


 でもそれなら何故エリザベスはリガータの森に残っているのかしら? 私が知らない何かがある? それとも、知っていても見落としている何かがある?


 ああ、ここに居ちゃ確かめられない。

 もう弟のスライに領主を継いで貰おうかしら?

 いえダメね。まだ十歳のスライを領主に就けるなら信用できるしっかりとした補佐役が必要よ。そんな人材がいるなら私は領主の座に就かなかった。うちには領地全体を広くバランス良く見渡せる人材が居ない。農地と作物関連だけならとか、領民の安全や領内の治安ならとか個別の案件処理が得意な人材はいるんだけど……。


 どうしたらいいのかしら?


 魔獣討伐専用の傭兵隊を作ってくれるなら、リカルドを取り込まなくてもいいの?

 うちの領地で現状発生している問題の解決だけなら、私が政略結婚しなくても良くなったはず。それはドゥラーク領だって同じはずなのにエリザベスはリカルドのそばに残っている。


 今のところ私は長く領地を離れられない。信頼できる人にリカルドのところへ行って調査して貰えればいいけれど、誰か居るかしら? 本当ならテミスが適任なんだけど、今は領内のリンクス達の保護を担当してもらってる。人身売買に関わってる闇組織の摘発も兼ねてるから彼女以上に適した人材はいない。


「ねえテミス? 私の代りにリカルドのところへ行って、状況を細かく調べられる人、誰か知らない?」


 私は思いつかなかったのでテミスに訊いてみる。現場の人間だと私よりテミスの方が詳しいからね。

 少しの間考えた後、テミスは答えた。


「市場の管理をしているモドラムはいかがでしょう? 女癖が悪いのが玉に瑕ですが仕事は出来る男です。観察力が優れているので、市場に不審な者が居ればすぐ報告してくれますし」

「テミスが、仕事は出来ると褒めるんだから期待はできそうね」

「ええ、まあ……」


 テミスの口が重い。モドラムという男との間に何かあったのだろうか?

 何かあったのだとしても、私生活での話だったら話しづらいだろうから訊いちゃ悪い。


「じゃあ、ここに来るよう伝えてくれる? 市場からなら一刻もあれば来られるでしょう?」

「判りました」


 一礼したあとテミスは急ぎ執務室を出た。

 

 ベネディクト侯爵のおかげなのか、それともリカルドの計画にあったからなのか、とにかく魔獣対策を依頼できそうな傭兵隊が結成されるのはアレーゼ領にとって大きいわ。それに結婚しなくて済みそうなので正直気持ちが楽になった。


 だけど、ベネディクト侯爵は目に入れても痛くないほど可愛がっていたエリザベスをリガータの森に置いている。それが引っかかる。必ず何か重要な理由があるわ。私の勘がそう言っている。自分の目で確かめたいけれど、動けない以上テミスが紹介してくれるモドラムに期待するしかない。……もどかしい。


 魔獣対策はコンコルディア王国南部三領だけじゃなくこのゼルラシア大陸全土の問題。魔力生成力が衰えている貴族だけじゃもう対応しきれないのは明らか。リカルドの傭兵隊に期待できそうなのは有り難いわ。


 それにしてもどうして貴族の魔力生成力が落ちてきているのかしら?

 魔獣討伐だけでなく領内の治安を守るためにも魔力は必要だというのに。でも事実を認めて、そろそろ魔法に頼らずにやっていける体制を考えなきゃいけない。そんな気がする。


 そう言えば、亜人の魔力生成力は衰えていないのかしら?

 人間種だけに起きている異常なの?


 リカルドの魔石を使うとどうしてあれほど高威力の魔法を発動できるのかしら?

 エネルギー・ストレージタイプとかコンバータータイプとか言っていたけれど、そこに秘密があるのかしらね。


 判らないこと、知りたいことはまだまだある。

 リカルドのところへ行けば、抱えている疑問が少しは解消されるのかもしれない。疑問の解消だけのためだけでもリカルドのところへ行く価値があると思うのよね。でもその余裕が無い。


 リカルドを招いてみたら?

 来てくれるかしら?

 あ、混血児……いえリンクスを預ける場所をアレーゼ領内にしてそこへ呼べばいい。リンクスを見つけたら今後も引き渡すから親睦を深めたいと交流会を開くのよ。それなら私が領内から離れずに済む。


 テミスが戻って来たら相談してみよう。この案なら反対されないはず。


◇◇◇


 クラウン領領主ケイウース=マロウ=クラウン。爵位は子爵。私の父だがどうしてこうも手段に拘りが無いのか?


 ――美しくない。


 貴族ならば実利を求めるだけでなく手法の美しさにも拘りを持つべきだ。周囲から賛同や賞賛を得るために見栄えというのは大事だ。賞賛される機会が多ければカリスマ性を身につけられる。カリスマ性があれば支持してくれる味方が増える。味方が多ければ陞爵(しょうしゃく)……爵位の上昇も楽になる。南部三領で最も爵位が低いクラウン領などと揶揄されることもなくなる。


 この大陸中の国は魔獣討伐に追われて他国と争える状況にない。戦争で手柄をたてて陞爵(しょうしゃく)する機会がほぼ期待できないのだから、コンコルディア王国中の領主や王族に認められるようにならなければならない。

 そのためには歓心を買う手段であっても美しさを求めるべきなのだ。


「父上、混血児を捕えて他領の領主へ引き渡すなど、そろそろお止めください」

「イアン。コンコルディア王国南部はリガータの森と近く、亜人との交流は中央や北部と比べられないほど身近だ。あやつらには見た目の良い者が多く混血児も中央や北部より生まれている。つまりだ。混血児は南部の特産品なのだよ。十代の混血児を欲しがる貴族が多いのはおまえも知っているだろう」

「ええ、それは存じておりますが」


 混血児は特産品。モノは言い様という気がするが間違ってはいない。だが求められるから売ったり渡すというのは、ものが生き物なだけに俺としてはそこに節度が必要だろうと思うのだ。


「王族や公爵等とこのまま親睦を深められれば陞爵(しょうしゃく)の栄誉を得られるのも夢ではない。次は伯爵位。アレーゼ領の小娘とやっと並べるのだ。そして私の時代では難しいだろうがおまえの時代で侯爵位を望めるように……」

「父上!」


 父上は夢に酔っている。確かに、男爵だった曾祖父の時代から混血児を有力な貴族へ渡し、歓心を買って子爵へ陞爵(しょうしゃく)できた。だがそれは男爵という下級貴族から子爵という中級貴族への上昇だからだ。ここから上に上がりたければ、曾祖父と同じやり方では駄目なんだ。

 爵位が上になるほど誇りは高く、少なくとも表面上の品を求められる。

 歓心を買うにしても何をしても良いというわけじゃない。それが父上には何故判らないのか?


「大声を出してどうした」

「父上の仰る通り、一部の王族や公爵からの歓心は手に入るでしょう。ですが! 他の王族や上級貴族からは誹られているのですよ? 我が領と親しい貴族より蔑む貴族の方が多い状況で何を夢見ておられるのですか!」

「心配するな、イアン。おまえの言う通り私を蔑む者は居る。だがな? 私は違法なことはしていないのだぞ? いくら誹られようと痛くないではないか」

「人は心で動くものでございます。心証というものは軽視して良いものではありません」


 確かに混血児達は法の外に居る存在だ。どう扱おうと違法にはならない。しかし、彼らの血の半分は人間のだからと、混血児を粗末に扱うのを嫌う者が貴族にも平民にも大勢居る。何かの事情で混血児達が法で守られるようになったらどうするのだ? その時きっとこれまで混血児を捕えては自由に扱ってきた私達は批判の目に晒されるだろう。


「兄上、兄上の言うことも理解できますが、やはり当主である父上の方針を守るのが息子の私達の務めではありませんか?」

「ライエルよ、よくぞ言った」


 チッ、ライエルか。俺や父のような茶髪じゃなく、母に似た金髪がウザいな。そのニヤけた顔も嫌いだ。品もないし教養もない。父上に追従するしか能のない男だ。弟でなければ何らかの手段で領外へ追い払いたいくらいだ。


 ここまで黙っていたのに口を挟んで来やがって、父上に取り入って次期領主の座を狙おうってのか。

 まぁ正直なところ、クラウン領領主の地位などどうでもいい。クラウン領は南部三領の中でもっともリガータの森に近く魔獣の襲撃も多い。そのために南部以外の近隣領主の力を借りてきた。

 その借りを返すためだけに混血児を利用するのは、領の財政を考えれば飲める。しかし、陞爵(しょうしゃく)も狙って王族や上級貴族にまで手を伸ばしている現状は受け入れられない。


「息子であるからこそ父の過ちを正そうと志すのだ。ただ頷いているだけでは息子として不完全。父上が道を間違えたときの責任をどう考えるのだ!」

「父上が過ちなど……」

「イアン! 口が過ぎるぞ!」


「では伺いますが、アレーゼ領やドゥラーク領の両領主が、リガータの森に住むリカルドの持つ優れた技術を手に入れようと動いてるというのに、父上は何をしておられるのでしょう?」

「リカルドの力など借りずとも、他領から騎士を借りて魔獣を討伐しているではないか? 何故に今更ダークエルフなどと共に生活している野蛮な男の力を借りねばならぬ」

「リカルドは事情があって野に下ったとはいえ元貴族です」

「昔はどうあれ今は平民とも呼べぬ者ではないか」


 今以上に亜人との関係が近しくなれば、混血児を捕えたり売っている現状を改めなければならなくなるかもしれない。それを恐れて動いていないだけだろうに。


「兄上、他領の思惑はいざ知らず、我がクラウン領が亜人とその仲間の力を借りるなど恥ずべきことではないでしょうか?」

「ライエルよ、先日、アレーゼ領近接地で行なわれた魔獣討伐の結果を知っているだろう! 優れた技術があるのならば、相手の地位や種族など無視して手に入れ我等の力とすべきだ!」

「イアン兄上は何を焦っておられるのです? 父上が仰ったように、我が領は問題なく運営されているではありませんか? 何故現在の平穏を乱そうとなされるのか私には理解できません」


 こいつは報告書も見ていないのか。クラウン領内から混血児達を攫っていった際、手駒の一人ディックの足は凍らされていた。連れ帰る途中で聞いたところでは、一瞬のことだったという。今の貴族で一瞬で敵の足を凍らせられる魔法を使える者が何名いるというのだ。国内中探しても百人も居ないだろう。貴族の魔力生成力はそこまで衰えている。


 そんな魔法を魔力を持たないと言われるリカルドが放ったのだ。この事実ほど重要なことなど、今の貴族には存在しないはずなのだ。

 どのような技術でそのような魔法を発動させられるのか知らなければならないのに、私がリガータの森へ行きリカルドと会って話すことを父上はけっして許してくださらない。


 ――私もマロウ家の嫡男。この家が滅ぶ様はもちろん落ちぶれる様子も見たくはない。だが、このままであるならこの家に私の居場所はなくなるだろう。マイヤール家のエリザベスはリガータの森に滞在していると聞く。リカルドの秘密を知りたい。父上とライエルを見ていると、この家を守るのに疲れてきた。……今の状況が馬鹿馬鹿しく感じてきた。廃嫡されるのを覚悟して家を出るか? 

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